セキュリテ熊本被災地応援ファンド 被災地のニュース・現状

被災地のニュース・現状2017年9月20日 14:00

益城町ー彼岸花ロード

こんにちは、緒方です。

夏も終わり、随分と涼しくなって過ごしやすい季節になってきました。
突然ですが皆さんは、秋の花と言ったら何の花を思い浮かべますか。私は一番に「彼岸花」を思い浮かべます。

ということで、今回は益城町にある彼岸花の名所「彼岸花ロード」を紹介したいと思います。

熊本県益城町の寺中というところに「彼岸花ロード」はあります。



私が訪れた日はまだ時期が早かったのですが、少しだけ咲いていました。彼岸花は田んぼの近くに咲くのですが、ここ益城町を流れる木山川の土手には一面に彼岸花が植えてあり、毎年9月下旬頃になると真っ赤な彼岸花が見事に咲いているのを見ることができます。



本来なら、川沿いに咲いている彼岸花を数㎞一気に見ることができるのですが、地震の影響で通れない所も少しあります。





五年前からは9月下旬に「彼岸花まつり」も行われています。私が訪れた日には「彼岸花まつり」の準備が行われていました。





鮮やかな赤色の花が美しすぎてずっと見ていられます。毎年、この時期になるとこの彼岸花ロードの美しい彼岸花を見て、「今年も秋が来たな~」と感じます。

近くに祖父や曾祖父母の納骨堂があるので、彼岸参りをしてから彼岸花ロードに行き、秋の始まりを実感した一日でした。
来年こそ、見頃の時期に行って彼岸花が一面に広がる景色をを見たいです。



彼岸花ロードの周りの広大な田園風景も素敵です。彼岸花ロードもこの田園風景もこれから先、ずっと残していきたい地元の最高な風景です。
 
緒方李華

熊本被災地応援ファンド

 

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被災地のニュース・現状2017年8月14日 19:04

益城町/木山神宮


こんにちは、緒方です。

テストも終わり、実家のある益城町にプチ帰省しました。現在、実家はやっと解体の順番が回ってきて工事中なので、みなし仮設住宅の方に帰省しました。
久しぶりに益城町を見て回れたので、今回は益城町の木山神宮について紹介したいと思います。

木山神宮は昨年の熊本地震によって神殿をはじめとする多くの歴史的建造物が大きな被害を受けました。



こちらが現在の木山神宮の本殿です。木山神宮は益城町の役場がある木山地区にあります。1185年に創設され、正式名称は「木山宮六宮殿大明神」といいます。こちらの本殿は築250年以上で写真から分かるように全壊です。

初詣や秋祭り、七五三の時期は益城町に住んでいらっしゃる方々の参拝でにぎわいます。私も初詣は家族みんなそろって木山神宮に行くのが恒例だったり、小学生の頃は、木山神宮の秋祭りが毎年楽しみな行事の一つであったりしたことから、木山神宮は特別な場所です。




神社の入り口にも地震の足跡が今も残っており、復旧にはまだまだ時間がかかりそうです。私自身も、私の家族もそうですが、木山神宮は益城町の住民にとって心のよりどころの一つであると思います。一刻も早く神社の再建が進むことを地元の方とともに願っていいます。



再建がまだ進んでいないことも多々ありますが、前回帰省した際には完成していなかった益城町役場の仮設庁舎が無事に完成していました。地震から1年4ヶ月という時間が経ち、完全な復興に向けて一歩ずつではありますが、確実に前に進んでいます。今後も熊本の魅力とともに復興に向かう熊本の「今」を発信していきたいと思います。

熊本被災地応援ファンド
緒方李華









 

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被災地のニュース・現状2017年7月28日 18:00

多くの人に愛される~阿蘇~

熊本の観光地として有名なのはやっぱり阿蘇ですね!!
阿蘇といえば、大観峰!たくさんの方に大人気で、休みの日には多くの観光客や、ツーリングの人で賑わいます!


私が熊本大学に入学した時にも、新歓行事で阿蘇の大観峰に来るほど、熊本大学の学生にもとても親しみのある場所であり、ちょっとしたドライブなどでも阿蘇を訪れたりします。新歓行事で来た時には、まだ春であったため、こんなにも青々とした阿蘇ではありませんでした。しかし、改めて青々としている阿蘇を見たとき、とても綺麗でいろいろな顔をした阿蘇がいるんだな、と思うほどでした。

熊本地震によってダメージを受けてしまいましたが…


阿蘇は素晴らしいところです!!
私も見に行きたいと思っているのですが、阿蘇からの星空もとても綺麗なんです!
ぜひぜひ、訪れてみてください!!

(画像引用先)
http://www.plaholi.com/pub/878a2505e2ca8666a5a1f598bb1209f6
http://find-travel.jp/
http://hiro.gallery/huukei/%e5%b9%b3%e6%88%9028%e5%b9%b4%e7%86%8a%e6%9c%
ac%e5%9c%b0%e9%9c%87%e3%80%80%e9%98%bf%e8%98%87/
 
                                       大浦 舞子

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被災地のニュース・現状2017年7月13日 18:00

益城町の現状


 こんにちは。緒方です。

 今回は私の地元である益城町の現状について紹介したいと思います。

 益城町は昨年の熊本地震で2度の震度7を観測し、新聞やテレビなど多くのメディアに取り上げられました。しかし、地震から1年以上経ち、現状が伝えられる機会が少なくなっています。


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 これは、私の実家の近くの道路です。大きな土のうが歩道にいくつも並べられています。もともとは歩道の横にコンクリートのブロック塀があったのですが、地震でそのブロック塀が崩れてしまい、土がむき出しになっています。土のうは余震が来たり、雨で土が柔らかくなったりして土が崩れてきてしまうのを防ぐために地震後ずっと置いてあります。大きな道路は整備が完了したところが多いですが、整備が行われていない道路もたくさんあります。



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 ここも私の実家の近くの道路です。一見するとあまり地震の影響がないように見えます。しかし地震前、道路の両側は住宅が連続して立ち並んでいました。この道を通る際に当たり前のように見ていた家が解体され、更地となった場所が多くあり、寂しい感じがします…。

 地震後に自分の家を解体し、仮設住宅やみなし仮設住宅に住んでいらっしゃる方は多くいますが、長年住み慣れたところを離れて新しい環境で過ごすというのは簡単なことではありません。私の家族は益城町のみなし仮設住宅に住んでいますが、ご近所さんで家を解体して益城町を離れた方が何人かいらっしゃいます。私の祖母はこのようにご近所さんが益城町から離れて行ってしまうのが悲しいと言っていました。だんだんと生活の再建が進んでいく中で、人とのかかわりが減ってしまい、心のつながりを求めている人は少なくないと思います。今後は外見の復興だけでなく、前向きになれる心や気持ちといった内面の復興にも力を入れていくべきだと感じました。



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 益城町では家の解体がまだ進んでいないところもありますが、このように家を再び建て直している姿をよく見かけるようになりました。毎日朝から夕方まで工事の音が鳴り響きます。地震直後は家が解体されたり、がれきをかき集めたりする悲しい音として聞こえていましたが、現在は復興に向けて前に進む音に変わった気がします。これから地震前の益城町の姿に戻るだけでなく、地震前より元気な益城町になれば嬉しいです。益城町についてこれからも現状を伝えていきたいと思います。
 
緒方李華





 

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被災地のニュース・現状2017年7月12日 17:30

住民の心の支え、熊本城

こんにちは!

みなさんは熊本といえば何を思い浮かべるでしょうか。

熊本は九州の中心で、熊本市街は熊本城を中心に発展してきました。
今回は、熊本のシンボルである熊本城について紹介したいと思います。

熊本城は、加藤清正が築城しました。(1607年)
大阪城、名古屋城とともに日本三大名城のひとつに数えられる熊本城の天守閣は、
以前は多くの観光客であふれていました。

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https://kumamoto.photo/archives/picture.php?/185/tags/31-%E7%86%8A%E6%9C%AC%E5%9F%8E

しかし、地震の影響で熊本城は大きな被害を受け、現在は天守閣に近づくこともできません。
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https://kumamoto.photo/archives/picture.php?/2817/category/263

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https://kumamoto.photo/archives/picture.php?/2814/category/263

熊本城の天守閣は大天守と小天守があります。
天守閣は、大天守が8本、小天守が4本の地中杭の上に建っているため、
地震の時その杭に支えられて構造自体には大きな被害はありませんでした。
しかし、瓦が飛んだり、石垣が崩れたりなどの被害がありました。

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http://news.mynavi.jp/articles/2016/11/15/kumamoto/

大天守の復旧は平成30年までに完了する予定です。
小天守は少し遅れると思われますが、大天守も小天守もなるべく早い復旧を目指しています。

今回地震で大きく損傷した熊本城ですが、
実は、かつて西南戦争の際に天守閣と本丸御殿一帯が焼失したことがあります。
その後(1960年)に鉄筋コンクリートで再建され、
瓦や石垣の位置まで外観を忠実に再現して後世まで受け継がれてきました。
地震で多くのものを失いましたが、それでも前に進むための復興のシンボルとして、
熊本城は大きな役割を果たしています。
今も昔も熊本城住民の支えとなっているのです。

<参考>
https://www.city.kumamoto.jp/hpKiji/pub/detail.aspx?c_id=5&id=16136&class_set_id=2&class_id=2555
熊本市HP/復興のシンボル熊本城-2017年4月「天守閣」

http://castle.link-hp.net/01.html
熊本城の歴史:熊本城観光体験記
2017年7月 庄山真由

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