歌津小太郎こぶ巻ファンド ファンドニュース 2013年09月

被災地からのレポート2013年9月30日 21:38

いよいよ 販売開始!!

”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。待ちに待ったさんまが9月下旬よりようやく調達できるようになりまして看板商品である”さんま昆布巻”を作れるようになりました。製造を担うベテラン従業員のみんなも張り切っています。


(完成品!! 「さんま昆布巻」○右と「にしん昆布巻」○左)

■さんまの昆布巻が愛される理由
多くの皆さんにとっては「お正月のお節料理でみかけるくらい」、それが昆布巻だと思います。
漁師の食卓のおいしいものを作り続けてきただけ…南三陸・歌津の小さな小さな水産加工食品会社の我々ですが、仙台の老舗百貨店の藤崎さんとそのお客様をはじめ多くの方が歌津小太郎のこぶ巻きを熱烈にそして辛抱強く待っていてくれました。
「たかが昆布巻になぜ?」
正直、昆布巻を作って売っている私自身も判りませんでした。
震災後の半年が過ぎた頃、ようやく工場再開に向けて活動を始めた時、
多くのみなさんから昆布巻の復活を待つ激励の言葉を頂くようになりました。

み なさんがいうには歌津小太郎のこぶ巻きは、お正月のおせち料理にはもちろん、お弁当のおかずや来客の際のもう1品と言う時には欠かせないとおっしゃってい ただきます。中でも、お盆やお正月にふるさと宮城に帰省された子供さんやお孫さんに是非食べさせたいとか、お土産で持たせてあげたいなど、ご身内でのご利 用が圧倒的に多いのが、他の商品と大きく違う点です。


(南三陸直売所 みなさん館 歌津小太郎コーナー 9月27日撮影)


(仙台 藤崎百貨店 歌津小太郎コーナー 9月29日撮影)

私にとっては子供の頃からなじんでいた昆布巻の味ですので普通のことでしたが、その”三陸の普通の昆布巻の味”がみなさんに愛されていたのでした。

■出資者の皆様へ
製造再開となりましたさんまのこぶ巻きですが、9月中は充分なさんまが揃わずに、まだまだ充分な量が作れていません。
しかし、出資者特典は10月初旬より順次、発送しますのでもう少々お待ちくださいませ。

■みなさまへ
歌 津小太郎ファンのみなさまの中でも、何よりも待ち望まれる声が多かった「さんま昆布巻」が私たちの納得する出来栄え(歌津小太郎の味)でよみがえりまし た。皆さまには、待たせに待たせてしまい本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。心を込めてつくりました…感謝の想いを南三陸からお届けいたします…。


(仙台藤崎百貨店 での写真は、特別にご許可頂き掲載しております。)

これからも応援よろしくお願いします。



-----------------------------------------------------------
(宮城県南三陸町)
歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
皆様の資金は、
昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

 

この記事だけを表示

被災地からのレポート2013年9月20日 10:35

さんまのこぶ巻製造再開!

秋の味覚と言えば「さんま」、
と言う方も多いと思います。
そのさんま、猛暑の影響なのか
今年はさんまが三陸沖までなかなか南下せず、
不漁が続いていました。

みなさまの中でも、
ニュースで、スーパーで、
さんまの不漁とその影響による価格の高騰を見たり感じてたと思います。

でも、やっとさんまが南下し獲れるようになりました。
そこで大忙しになるのが、
有限会社橋本水産食品の歌津小太郎です。
震災前の看板商品を震災3年目にして復活させます。


歌津小太郎こぶ巻ファンドの契約を9月末までに完了した、
出資者の方々に10月初旬よりさんまのこぶ巻をお送りします!

10月26日、27日のツアーでは、歌津小太郎にも立ち寄ります。
詳細はこちらから
宮城県の事業者を回るツアー開催決定!!(10/26-27)
https://www.securite.jp/news/securite?a=343 


製造風景の写真です。
【作業工程の簡単な説明です】
1. 下処理したさんまを昆布(鵜の助さんの昆布です!)で巻きます。
2. 味がしみ込むように真ん中をあけて鍋にいれます。
3. 独自のしょうゆ、みりん、砂糖などを使ったタレで煮込みます。
4. パックに詰め、2週間ほど熟成して完成です。
 
1
2
3
4
5


-----------------------------------------------------------
(宮城県南三陸町)
歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
皆様の資金は、
昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

 

この記事だけを表示

被災地からのレポート2013年9月19日 20:24

サンマを待ちわびる日々

”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。今回はお詫びしたいことがありまして、その理由とともにご報告します。

2013年4月22日に現在の工場(南三陸町 歌津 管の浜)での生産を再開しました歌津小太郎ですが、震災前の30品目の品揃えを全て復活するには程遠く、5月-6月はおよそ3品目、7月-8月には新たに3品目を常時生産できるところまで立ち上がって参りました。

9月にはいよいよ主力商品であり投資家特典にもしています”さんまこぶ巻”の生産を再開しようとしていたのですが、肝心のサンマが入荷しないために少々遅れてしまう見込みです。本当に申し訳ありません!


(歌津小太郎 自慢の逸品、“復活”さんまこぶ巻)

報道でご覧になっている方もいらっしゃると思いますが、今年は三陸沖の海水温が高い状態が長引き、サンマの南下がなんと例年比の3週間も遅れているのです。9月11日の時点では、宮城県の気仙沼港でも今年最初のサンマの水揚げが始まったと報道されましたが、先日の台風の影響などもあり、わが南三陸の地では、まだまだ加工に回すほどの水揚げが十分足りていないのです。


(今年のサンマ漁 初水揚げの写真、宮城県気仙沼港 平成25年9月11日)


(出荷寸前、氷づけの状態で箱詰めされます…一般小売用には、サンマが出てきていますが、今はまだ水揚げが少ないため、その大半は大都市などの市場に出荷されます。)

歌津小太郎の一番人気「さんまこぶ巻」をはじめ、「ひと味ぼれ(ひとみぼれ)」の原料となるホタテやカキ、ほや醤油漬、塩うに、焼うに、あわび煮貝など、主力商品の材料が揃わずに、作りたくても作れない!

サンマの他にも、ホタテ、カキ、ホヤ、ウニ、アワビなど、計画どおりの生産を行うには足りないものばかり。さまざまな事情が解決されておらず、その要因の一つが、南三陸町内の各漁港に整備する予定の、荷さばき場(漁師さん達が水揚げした、海産物の下処理施設)が完全に復旧しておらず、震災前の4分の1くらいの水揚げしかないのです。だから美味しいものほど、生食用/一般小売用に優先的にまわされますから、我々の加工業者に回ってくる分は量が限られ、しかも競争率が高い! でも、歌津小太郎は地元、三陸産にこだわりたい…。

常設テナントがあります仙台の藤崎デパートB2階では、震災前からの歌津小太郎ファンの方より、「こぶ巻はまだ?」と連日お声がけを頂きまして、嬉しい反面、2年半もお待たせしまして本当に申し訳ない気持ちでいっぱいの毎日です。


(仙台藤崎デパート本館地下2階、歌津小太郎コーナー)


(店頭POPでもお知らせしています。)


従業員一同、祈るような気持ちでサンマを待ちわびる日々が続いています。
「サンマよ~!早ぐこっちゃ来~ぃ!(早くこっちに来~ぃ)」
出資者の皆様には、投資家特典のお届けをお待ち頂くこと何卒、ご理解を頂ければ幸いです。

これからも、皆さまからの応援よろしくお願いいたします。

この記事だけを表示

被災地からのレポート2013年9月10日 13:46

由来

”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産の千葉孝浩です。

今回は”歌津小太郎”と”橋本水産”と苗字の"千葉"の関連が
よく 判らないと出資者の方からご質問受けることが多いので、
その辺の 解説と、震災から2年半を迎える、今の地域の状況
との2部構成で 報告したいと思います。

まず、”歌津小太郎”についてです。
現在の南三陸町はもともと歌津町(うたつちょう、人口約5000人)と
志津川町(しづがわちょう、人口約12000人)が合併し2005年に誕生しました。
その歌津町の地名と、創業者の千葉小太郎の名前を取って、贈答用の昆布巻きを
はじめとした商品のブランド名にしたのが”歌津小太郎”です。





 田舎では古くから苗字のほかに屋号を持っていまして、
ウチの場合は近所に 千葉の苗字の方が沢山いらっしゃったので、
そもそも海に 流れる小川に橋がありまして、その近くに当家があった
ので”橋本”と 屋号を名乗っていました。



震災前までの工場跡地です。
ここが「橋本」由来の場所です。
(平成23年3月13日撮影)

 ちなみに、田舎は近くに親戚がまとまって住んでいることが多いので、
 一つの集落に同じ苗字の家が多く、そのために区別をつけるために
 屋号が欠かせないのです。
その屋号を会社名につけたのが”橋本水産”です。

正直、合併直後は南三陸町という名前にあまりなじめず、
歌津の地名が なくなっていくことが悲しかったのですが、
震災後に全国からのご支援で 建設された、地域の直売所「みなさん館」
の名前を決めるときに、 南三陸を略すと”みなさん”になり、”皆さん”に通じる
ので”みなさん館”と 名前が決まった際には非常にしっくりきていい町名だなと
思いました。



そんな南三陸町にある”歌津小太郎”の新工場ですが
元の町名では歌津町(うたつちょう)の管の浜(くだのはま)と
いうところに ありまして海からは約1kmの内陸に入ったところになります。
 
震災前からの従業員の皆さんのほとんどが旧・歌津町の出身者で、
以前は元の工場のすすぐお近くにお住まいの方ばかりでしたが、
沿岸部の自宅が津波で被害を受けた方が多く、今でも家庭の事情など、
様々な理由で遠く離れた地域で暮らしている方もいて、現在は12名いた
従業員のうち、5名の方が歌津小太郎を離れ、違う環境で生活しています。


 「震災から2年半、今の地域の状況」

 あの日から、2年半という時間が経過しますが、町の景観など、
ここ最近は特に 大きな変化が見られず、震災からの復興はなかなか
目に見えてきません。
先日あった新聞報道では、南三陸町の事業者の7割が震災後に廃業した
との記事も 流れました。ここに来て、故郷での生活再開を断念する方など、
さらなる人口流失 も始まってきています。

次の世代が働く場所があまりにも少ない、近くに緊急病院が無い(石巻の緊
急病院 までは救急車でも1時間かかります。) 子供たちの教育環境も、
なかなか改善されない。 住み続けたくても暮らしていけない、これが被災地に
暮らす私たちの、悲痛な思いです。

沿岸部にあった以前の工場の近くで、歌津地区で最初の災害公営住宅の
建設が急ピッチで 行われています。町も1日も早い復興を目指し、担当部署
と地域住民が一体となって、 今後のまちづくり計画などの合意形成を進めて
います。

<建設中の災害公営住宅の写真>







がれき撤去や道路工事など、復旧工事の段階はほぼ終わり、
これからが本当の意味での 復興に向けて、正念場を迎えます。

今後も、ファンド出資者の皆さまには、これまで同様、被災地の
復興に強く関心を持って いただき、末永く寄り添い、見守って
いただければ本当にありがたいです。

これからも応援よろしくお願いします。
 (記事担当 千葉)

この記事だけを表示