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被災地からのレポート2012年11月26日 12:58

【復興祈願】東北ひとめぐりツアーに参加して その1~陸前高田・気仙沼偏~

私の前職の後輩の増島さんが、「【復興祈願】東北ひとめぐりツアー」を11月24日(土)~25日(日)に企画しました。
増島さんはミュージックセキュリティーズの出資者でもあります 。
被災地に多いときは毎週、少ないときでも1回以上お伺いしており、ほぼ気仙沼市民になりつつあります。
 
今回の企画はFBで募集しておりました!
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行程は下記のとおりです。
24日 東京発→世嬉の一酒造(一関)→陸前高田→気仙沼鹿折復興マルシェ(気仙沼)→夜 気仙沼市内
25日 気仙沼プラザホテル→安波山→(気仙沼市内)エスポート→齋藤茶舗→共徳丸→さなかの駅→石巻→東京
初日の24日に当社に来ていただき、そのまま気仙沼市内まで同行しました。
ぜひ、皆さんにも知っていただきたく、その後の被災地を紹介します。
このツアーの主旨:津波災害からの教訓を学び、復興を目指す現地の“今”を知る週末バスツアーです。単なる被災地観光ではなく、自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じる<体験型>ツアーです。増島さんは、毎月気仙沼や他の被災地に行き、その地域で町おこしや震災復興でがんばっている現場の方を紹介しつつ現状をしってもらうため企画してくれました。

増島さんです。普段は日野市の郵便局の局長さんです。
世嬉の一での紹介は省きます。
世嬉の一の後の陸前高田を紹介します。
陸前高田には3時頃に到着しました。
もと酔仙酒造さんのあったところの前に陸前高田の市内の語り部さんに紹介をしていただきました。
市内を案内してくれたのは、陸前高田市観光物産協会の實吉義正さんです。
基本的に陸前高田はぜんぜん変わっていません。
変わったところは瓦礫がきれいに一箇所に集められ、津波で流された土地に家の基礎だけのこり、雑草が生えている状態でした。
まずは、旧市役所にお伺いしました。
現在の旧市役所です。
三階まで波が来て多くの人が命を失いました。
後ろには瓦礫の山が見えます。
ずいぶん選別されているなぁと感心したのですが、それにはわけがあります。
また、これは大きな問題となっておりました。
市役所の前には避難所に指定された文化センターのようなところがあります。
そこには、百数十名の避難した方がいたそうです。
上の建物がなくなり、建物全体が水に飲み込まれたのがわかります。
17Mの波の壁が襲ってきたそうです。
建物の反対側を見て驚かされます。
先ほどの建物を横から見たところです。
すっかりなくなっています。
後ろから見たところです。建物の中が見えます。
体育館の椅子が見えます。
逃げた方々の事を思うと心が痛みます。
市内には500年前のお寺も流されたそうです。
つまり、500年間はこのような津波は来たことがなく、避難所に指定されていたそうです。
本当に想定外の津波だということがわかります。
陸前高田の学校の前です。子ども達は無事だったそうです。
橋の橋脚だけ残っています。
流された砂や瓦礫の山には雑草が生え、前からあったような山に見えます。
でもここは誰かの家の跡地だそうです。
1本松があった場所でお話を聞いております。
町の以前の様子等と現在を見比べながら詳しく教えていただきました。
ここは中学校の前です。
中学校の校庭では瓦礫の仕分け作業をしておりました。
よく見ると、手で作業しています。びっくりしました。
一つ一つ手で分けています。
最初の写真は集められた瓦礫を鉄板の上で仕分けし、それを又手で分けています。
今、陸前高田市の復興の課題は瓦礫処理です。
いっこうに進んでいないそうです。
陸前高田の瓦礫は県内で処理しております。
手でやるので全然進まないそうです。
これには理由があります。
某県で岩手県の瓦礫を受け入れた際に、サッカーボール大のコンクリート瓦礫が1個混ざっていたそうです。これを見た瓦礫受け入れに反対した団体は、選別が雑でこれでは放射能物質が混ざってしまっているかもしれないと反対したそうです。
それから、国の指導で細かく選別しなければならなくなりました。
放射能の影響で厚い鉄板の上で仕分けを行わなければなりません。
夏の暑い時期にこの作業どれだけはかどるのでしょうか?
その前に、岩手県の瓦礫にどれだけ放射能があるのでしょうか?ほぼないでしょう。
最後にまた手作業で仕分けします。
どれだけの手間隙をかけてやるのでしょうか?
本当にそこまで必要なのでしょうか?
瓦礫のおかげでなかなか復興が進まないと、實吉さんは嘆いておりました。
今本当に必要なのは、この瓦礫を処理して次の街づくりに早く進みたいとのことでした。
私も震災後、何度も陸前高田に行きました。
でもやはり現場の方にそのつどお話し、現実を聞かないといけないと猛省させれた時でした。
そしてなるべく被災地を忘れないよう、私もこのような企画を応援しようと思います。
さて、この日は日が沈み、一路気仙沼、鹿折地区にある、鹿折復興マルシェにお伺いしました。
鹿折復興マルシェ
鹿折地区は気仙沼で津波でもっとも被害の大きかった地域の一つです。
第18 共徳丸という大型漁船が陸に挙がっているので有名になっています。
鹿折マルシェの事務局の佐々木さんにお話をお聞きしました。
佐々木さんの今必要なことは何ですか?とお聞きすると、やはり忘れないでほしい。
ぜひ現地に来てほしいとのことでした。
日も沈み、本日のひとめぐりは終わりに見えましたが、市内の飲食店にお伺いしました。
まずは、居酒屋ピンポンさん
朝もう一度撮影しました。
気仙沼も瓦礫は一応撤去され、綺麗にはなっていました。
以前、ブログで紹介した下記のところですよ。
この通りの先ですね。
綺麗にはなっています。
さて、居酒屋ピンポンは予約をしなければ入れないくらい超人気のスポットです。
お刺身が本当に美味しいです。震災後いち早く開店したお店の一つだそうです。
参加者と記念写真です。今回は当社の専務(母)も70歳を超えていますが、現地の声を聞きたいと参加しました。
これはモウカの星・・・わかりますか?サメの心臓です。
酢味噌やごまダレで食べます。牛レバー刺しのような味です。
気仙沼はサメのふかひれで有名です。
世界では一部フカヒレを捕ることに反対しているそうです。
それは、ヒレだけとってサメを捨てる国があるからだそうです。
気仙沼は、フカひれだけでなく、もったいない精神で全部使用します。
心臓も美味しい料理に、気仙沼のスーパーにいくとわかりますよ。
一階が使えず、二階はスナックを改造してやっているようです。
いい雰囲気です。
居酒屋ピンポンはこちら
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その後、気仙沼のソウルフード、B級グルメ、気仙沼ホルモンのお店、
ホルモン道場に行きました。地元の方にお聞きすると、猟師の方々が食べていたそうです。
千切りのキャべツにウスターソースをかけ、豚のホルモンを焼いて一緒にたべるそうです。
中は煙たすぎてぜんぜん写真取れませんでした。
リーゼントのかっこいい店主が気さくに話をしてくれます。
お店はこちら
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行かれる方は上着をふくろに入れてから入るといいと思います。
とても美味しかったですよ。
近くには、南町紫市場があります。気仙沼の復興市場では最大の場所です。
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ここで、気仙沼のゆるきゃら ほやボーヤで記念撮影です。
明日は、気仙沼の町並みを紹介します。
一関市役所には「近助(きんじょ)」というポスターがあります。
世嬉の一としても何ができるか考えながら本日も元気に営業中です

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今日も美味しいお酒で世嬉の一のスタッフは元気に営業しております!
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