三陸オーシャンほやファンド ファンドニュース

被災地からのレポート2012年12月8日 10:10

「ほやのつぶやき」シリーズ < その2・・・食の歴史 >

ほやは今から1000年前の平安時代の初期から三陸沿岸で

食べ始められたといわれていますが、詳しい記述は残っていません。

 

その記述があるのは江戸時代です。
伊達家献立の正月料理の中で
「ほやの吸い物」が明記されています。

正月料理なので生食ではなく、出汁としての利用が考えられますが、

この時代にほやの殻も活用していたことが想像できます。


このことにヒントを得、試行錯誤の結果『ほや汁』を作ってみました。

ほやエキスポ、ほやほやレストランなどでの評価は上々でしたが、

あるマスコミ記者は「奥深く、繊細な味」と表現していました。

ほやの吸い物

養殖事業は明治のころからで、現気仙沼市唐桑町の畠山 豊八さんが
山ブドウのつるを先端を輪のようにして海につるし、養殖に
成功したそうです。


またわが故郷石巻市、牡鹿半島の鮫ノ浦湾に種場があり、三陸の中でも

宮城県が80%の生産量を誇るようになりました。


牡鹿半島鮫ノ浦湾




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