#21 フェアトレード認証がないことに「意味」がある?

メキシコシティの空港近くにあるホテルの一室で、私はこの原稿を書き始めています。コーヒーの買い付けという全日程を終えた心地よい疲労感と、現地で受け取った熱量の余韻が、今も体に深く刻まれています。
今回の旅の目的地は、メキシコ・チアパス州のコーヒーのメッカ、ハルテナンゴ。私たちが日常的にコーヒーを選ぶ際、「フェアトレード認証」や「オーガニック」のラベルは、安心と信頼の象徴です。しかし、この地で女性生産者たちの現実に触れたとき、私はあるパラドックスに直面しました。それは「認証がないこと自体に、深い意味とリアリティが隠されている」という事実です。今回の記事では、認証の是非を議論するのではなく、ラベルの裏側にある「現場の切実な真実」を解き明かしてみたいと思います。
若手が「自立」を奪われていた現実から生まれた、シエラ・スールの志
ハルテナンゴで私を迎えてくれたのは、2010年にわずか37名の生産者で立ち上がった「シエラ・スール」という組合の人々でした。彼らが新しい組織を自らの手で作らざるを得なかった背景には、深刻な社会構造の歪みがありました。
当時、この地域の既存の組合はどこも飽和状態で、新規加入を受け付ける余裕を失っていました。その結果、情熱を持った若い世代の農家たちは、組合に所属して経済的に自立する手段を事実上「奪われていた」のです。この切実な「機会の欠落」を打破するために生まれたシエラ・スールは、単なるビジネス団体ではなく、若者が未来を自力で切り拓くための「生存戦略」そのものでした。
「手伝い」から「一人の生産者」へ:Cafe Fem 89が放つ誇り
このシエラ・スールの歩みの中で、さらに一歩踏み込んだ変革を目指しているのが「Cafe Fem 89(カフェ・フェム 89)」という女性たちのプロジェクトです。
これまで、この地域の多くの女性は、夫や家族のコーヒー栽培を「手伝う」存在として扱われてきました。しかし彼女たちは、その補助的な立場を脱ぎ捨て、自分たちの名前でコーヒーを生産・販売し、自らのアイデンティティを確立しようとしています。私が現地で強く確信したのは、女性が自立することは、単なる経済活動以上の価値、つまり「社会の未来」を規定する力を持っているということです。
「女性が力強く生きるというのは、まさに未来そのもの。女性が輝ける社会こそが、私たちが発信していくべきメッセージであり、まさにそれこそが未来なのだと感じました。」
彼女たちのコーヒーは、単なる農作物ではありません。自分たちの人生の主権を取り戻そうとする、静かな決意の結晶なのです。
【認証の盲点】なぜ彼女たちは「フェアトレード」を名乗れないのか
ここで、一つの大きな問いが生まれます。Cafe Fem 89のコーヒーは「有機JAS認証」を取得していますが、「フェアトレード認証」は受けていません。母体であるシエラ・スール自体は認証団体であるにもかかわらず、なぜこの女性プロジェクトは認証を取得できない(あるいはしない)のでしょうか。
その理由は、認証制度が定める「民主的な運営」という、一見正当な条件にありました。フェアトレード認証を維持するためには、生産者が一堂に会する「定期的な会合」が不可欠です。しかし、広範囲に点在して住み、家事や育児を一手に担う彼女たちにとって、交通手段を確保し、時には一晩家を空けてまで集まることは、物理的・時間的に極めて困難なハードルなのです。
ここに、認証制度の意外な盲点があります。民主主義を担保するためのルールが、実は「移動の自由があり、家庭の責任に縛られない人々(=男性中心の社会構造)」を前提に設計されている。その結果、最も支援を必要とするはずの女性たちが、その枠組みからこぼれ落ちてしまうのです。
私は、この「認証がないこと」こそが、彼女たちが直面しているリアリティを雄弁に物語っていると感じました。マヤ先住民の人権を守る「マヤブイニック」や、森林保護を掲げる「アルトマヨの森」がそれぞれのテーマを体現しているように、Cafe Fem 89は、既存の枠組みでは救い切れない「女性の社会進出」という次世代の課題を、認証の欠如という形で浮き彫りにしているのです。
日本の日常と重なる「物理的な距離」と「役割」の壁
メキシコの女性たちが直面している「集まれない」という壁は、決して遠い異国の地の物語ではありません。
私の経営する会社も、メンバーのほとんどが子育て中の女性です。そのため、私たちは夜に集まる一般的な忘年会は行わず、就業時間内に開催することを選択しています。これは単なる「配慮」ではなく、多様な人材が活躍し続けるための「構造の再構築」です。
メキシコの彼女たちが「一泊しなければ会合に参加できない」と悩む姿は、形は違えど、日本の働く女性たちが抱える「役割と責任」の葛藤と地続きです。認証という既存の定規に当てはまらないからといって、その活動がフェアでないわけではありません。むしろ、既存の枠組みから排除されてしまう細部にこそ、私たちが真に向き合うべき「支援の本質」が隠れているのではないでしょうか。
結論:ラベルの有無を超えた「物語」への納得
認証は一つの指標であり、決して絶対的な正解ではありません。ラベルがあることで担保される安心がある一方で、ラベルがないからこそ見える、現場の生々しい努力や構造的な課題が存在します。
私は帰国後、この「Cafe Fem 89」のプロジェクトを力強く推進するとともに、森林共生の象徴である「アルトマヨの森」の輸入など、さらに深い物語を持つコーヒーを届けていく決意を新たにしました。私たちが本当に支持すべきなのは、パッケージに貼られたスタンプの数ではなく、その裏側にある誠実なプロセスや、困難に抗いながら生きる人々の意志そのものであるはずです。
私たちはラベルの有無だけでなく、その裏側にある「物語」や「理由」までを味わう準備ができているでしょうか?
次にあなたがコーヒーを手に取るとき、少しだけその向こう側に思いを馳せてみてください。そこには、どんな認証ラベルよりも鮮やかで血の通った、人間の営みと未来への挑戦が広がっています。