ファンド詳細

運用中 歌津小太郎こぶ巻ファンド

震災から4年。新工場の稼働まであと少し

一口金額10,500円 募集総額42,400,000円
事業者名歌津小太郎 参加人数 825人
地域宮城県 南三陸 分野漁業・水産加工
募集期間2012年6月28日~
2016年3月31日
シリーズ被災地応援ファンド
特典
【1口または2口】
『さんまこぶ巻』を1口につき1個を口数に応じて送付させていただきます。
(真空包装のため冷蔵庫で60日保存できます。)

【3口以上】
『こぶ巻詰合せ』を送付させていただきます。
(詰合せの商品はすべて冷蔵庫で60日保存できます。)


特典の詳細をみる

  • ファンド情報
  • プロジェクト概要
  • ニュース
  • 募集情報
  • リスク
  • 分配シミュレーション
  • 申込方法
  • 仕組み
  • スケジュール
  • 営業者
  • FAQ
本匿名組合契約名称 歌津小太郎こぶ巻ファンド
営業者 有限会社橋本水産食品
取扱者 ミュージックセキュリティーズ株式会社
(第二種金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第1791号)
出資募集最大総額(口数) 21,200,000円(4240口)
申込単位(1口あたり) 5,000円
※本匿名組合契約の申込には1口あたり5,000円の応援金が別途必要となります。
出資金のみまたは応援金のみでのお申込はできません。
(上限口数:500口)
出資金取扱手数料 500円 ※応援金には手数料はかかりません。
取扱者の報酬 出資金取扱手数料500円/口
募集受付期間 2012年6月28日~2016年3月31日
会計期間 2013年6月1日から2022年5月31日(9年)
契約期間 本匿名組合契約成立日から会計期間終了日
分配方法 分配金は一括して、最終決算日後に支払われます。
なお、分配金には劣後特約が付されています。
分配比率 会計期間開始日から24ヶ月間(無分配期間):売上金額の0.00%
無分配期間終了後から会計期間終了日まで(84ヶ月間):売上金額の3.25%
予想リクープ平均月売上金額 7,765,568円(税込)
予想リクープ累積売上金額 277,777,778円(税込)(無分配期間を除く。)
被災前概算の平均月売上金額 8,868,000円(税込)
契約方法 匿名組合員になろうとする方は、書面又は取扱者のウェブサイトよりお申込みいただき、
ウェブサイト上で、営業者と匿名組合契約を締結します。

なお、本契約は、出資者が出資金、出資金取扱手数料(および応援金)の払込をすること
及び取扱者が出資者の本人確認をすることをもってその効力を生じます。

従って、出資金、出資金取扱手数料(および応援金)が払込まれていても
本人確認ができない場合には、申込がキャンセルされたと見なす場合があります。

一度成立した本匿名組合契約については、一定の場合を除き、契約の取消、中途の契約解除ができませんので、十分ご検討の上お申し込みください。
決済方法

ネット決済対応銀行でお申し込みの場合は、各銀行画面に接続し、お振込み先、お振込み金額のご入力の手間なくお申し込み頂けます。
(1)ATM,窓口から当社指定口座へ振込
(2)ネット決済(以下の銀行に対応)
三井住友銀行 三菱東京UFJ銀行 みずほ銀行
イーバンク銀行 ジャパンネット銀行

歌津小太郎こぶ巻ファンドの締結については、以下のような留意点及びリスクがあります。

1.本匿名組合契約の性格に関する留意点

本匿名組合契約に係るすべての業務は、営業者が自ら行い又は関係機関に委託することになっており、これらにつき匿名組合員が行い、若しくは指図をすることはできません。本匿名組合事業の状況によっては、事業継続や売上の確保のため、特に、本匿名組合契約はその契約期間が9年に及び、比較的長期間に及ぶため、契約期間中において、営業者の判断の下に価格等の変更等を行う可能性があります。

2.本匿名組合契約の流動性に関する留意点

契約期間中、本匿名組合契約は解約できません。本匿名組合契約の譲渡は同契約により制限されます。本匿名組合契約を取引する市場および匿名組合員である立場を取引する市場は現時点では存在しません。

3.出資金の元本が割れるリスク

本匿名組合契約に基づく利益の分配又は出資金の返還は、専ら営業者の本匿名組合事業による収入をその原資とし、かつ、会計期間中における営業者の売上金額を基に算定される分配金額の支払いのみをもって行われます。したがって、会計期間中の本匿名組合事業における売上によっては利益の分配が行われない可能性があり、また、分配金の支払いが行われたとしても、全会計期間をとおして匿名組合員に支払われる分配金額の合計額が当初の出資金を下回るリスクがあります。

4.資本性借入金の取扱いの変更に関するリスク

出資金は十分な資本的性質が認められる借入金として営業者の会計上資本に計上されますが、十分な資本的性質が認められる借入金に該当するための要件に関する解釈・運用・取扱いが変更された場合、営業者の財務諸表が悪化し、金融機関からの新規借入れ又は借り換えが困難になることから営業者の事業に悪影響を及ぼす可能性があります。

5.営業者の信用リスク及び債務超過に陥るリスク

営業者は、現在債務超過に陥っており、その場合に営業者が支払不能に陥り、又は営業者に対して破産、会社更生、民事再生などの各種法的倒産手続きの申立てがなされる可能性等があり、これらに該当することとなった場合には、本匿名組合契約では、分配金額の支払いが、最終の決算後に一括して行われ、それまでの毎年の分配金額は当該支払いの時点まで営業者に留保されているため、本匿名組合契約に基づく分配金額の支払い、さらには出資金の返還が行われないリスクがあります。匿名組合員が営業者に対して有する支払請求権(出資金返還請求権および利益分配請求権。以下同じ。)には、何ら担保が付されていません。また、本匿名組合事業における売上金額により分配金額が発生したとしても、本匿名組合事業において多額の費用や損失が発生した場合においては、分配金額の支払いが行なわれないリスクがあります。さらに、営業者が破産等の法的倒産手続きに移行した場合には、匿名組合員が営業者に対して有する支払請求権は、他の優先する債権に劣後して取り扱われます。そのため、法的倒産手続きの中で、他の優先する債権については支払いがなされ、回収が図られた場合であっても、匿名組合員が有する支払請求権については一切支払いがなされないリスクもあります。

6.取扱者の信用リスク

本匿名組合契約において、出資金および本匿名組合契約締結の取扱いならびに管理運営を取扱者に委託しているため、分配金額の支払い等は、取扱者を経由して行われます。このため、取扱者が破綻した場合、本匿名組合事業に係る分配金額の支払い等が遅滞し、又はその全部若しくは一部が行われないリスクがあります。

7.販売先の信用リスク

本匿名組合事業にかかる商品の一部は小売店等に販売され、販売代金が小売店等に支払われます。販売から代金回収までの期間の関係で売上金額は一定期間小売店等に滞留され、その間小売店等の信用リスクにさらされます。このため、小売店等が破綻した場合、本匿名組合事業の売上が出ていても、それが営業者、ひいては匿名組合員に支払われないリスクがあります。

8.クレジットカード会社の信用リスク

本匿名組合事業の売上金額の一部は、クレジットカード会社から営業者に支払われます。支払いサイトの関係で売上金額が一定期間、クレジットカード会社に滞留され、その間、クレジットカード会社の信用リスクにさらされます。このため、クレジットカード会社が破綻した場合、本匿名組合事業の売上が出ていても、それが営業者、ひいては匿名組合員に支払われないリスクがあります。

9.経営陣の不測の事態に係るリスク及び経営陣が関与する他の法人経営にかかるリスク

本匿名組合契約の営業者については、その事業の経営陣への依存度が高く、経営陣に不測の事態(病気・事故・犯罪に巻き込まれる等)が生じることにより、本匿名組合事業に重大な影響を及ぼすリスクがあります。さらに、営業者の経営陣の一人である千葉孝浩は、他のNPO法人の経営にも関与しており、当該法人の事業に労力・時間等が割かれる結果、本匿名組合事業の計画遂行に悪影響を及ぼすリスクがあります。これらのリスクに対しまして、本匿名組合契約では各種保険等によるリスク・ヘッジを行いません。

10.営業の再開又は継続が予想どおりなされないリスク

需要が増加することによる建築資材の調達不足により建物や必要な施設等の新設・補修が遅れることで、事業の開始が遅れる、事業の再開ができない、又は事業の継続が困難となるリスクがあります。また、被災地域が今後行政による地盤のかさ上げ等整備事業の対象とされる可能性があり、その場合には、施設等の移転が必要となる可能性もあります。そのため、施設等の新設・補修が遅れ、あるいはこれが困難となり、事業の開始、再開又は継続に支障を生じ、事業計画の大幅な見直しが必要になるリスクがあります。さらに、本匿名組合契約に係る出資持分の総額について最低金額が設定されていないことから、出資金の総額の多寡によっては営業の開始又は継続に必要な最低限の設備費用を賄うことができず、事業計画の変更を余儀なくされる、事業の開始が遅れる、事業の再開ができない、又は事業の継続が困難となるリスクがあります。

11.地域の復興が遅れるリスク

被災前の取引先の廃業、被災地域の復興の遅れ、人口流出や国内外からの訪問者の減少、あるいは、被災地域の復興が遅れ消費が伸びないことなどにより、商品の製造・生産・販売が開始されても、既存の販売先の維持や新規の売り先が確保できず、事業計画を達成できないリスクがあります。また、政治の混乱、政治政策の予期せぬ変更により地域の復興が遅れ、事業の再開、あるいは、継続に悪影響を及ぼすリスクがあります。

12.原子力発電所によるリスク

原子力発電所における事故により空気中および海水中に放出された放射性物質により、海水や土壌その他商品の原料となる水産物・農産物等が汚染され、あるいは、汚染されているのではないかという過度の懸念のために、商品が売れなくなるリスクがあります。また、それらの被害が拡大した場合には、結果として当該商品そのものの取扱いができなくなり、事業の再開・継続が不可能になるというリスクがあります。

13.大地震・大津波等の自然災害のリスク

大きな地震や津波、台風等の自然災害が再び起こり、または、天候不順や病害虫の発生などの自然環境に起因するその他の要因により、事業の継続が困難になるリスクがあります。また既に発生した地震・津波による営業者以外の者への損害・損失などに関連して生じ得る営業者の事業への悪影響についても、未だその把握が十分ではなく、又は客観的に顕在化していない可能性があり、これらの損害・損失等に関連する悪影響が現状の予測を超え、事業の継続に悪影響を及ぼすリスクがあります。

14.製造・販売商品の品質確保・維持に関するリスク

営業者の販売する水産加工品の製造元において津波により商品製造に必要な独自の技術や機材が流出し、商品の品質確保・維持ができず、顧客が減少するリスクがあります。また、津波や放射能などの影響によって水質および水産物の生育環境が変化し、商品の品質が維持できない、あるいは製造できない状況が生じるリスクがあります。

15.暴動が起こるリスク

暴動(窃盗等を含む)が起き、事業が一時中断し営業活動ができないリスクがあります。

16.被災地で伝染病等が蔓延するリスク

被災地の生活環境や公衆衛生の悪化により、伝染病等が蔓延し、営業停止の措置がとられ、営業活動ができないリスクがあります。

17.風評被害によるリスク

原発事故や伝染病等その他の理由により、風評被害を受けるリスクがあります。

18.資金繰りが悪化するリスク

営業者には金融機関からの借入金があり、また、新たな借入れも予定しています。復興後、収益性の悪化により借入金に対する返済が滞った場合、あるいは追加の借入れが行えなくなった場合などには、計画通りの仕入・製造・生産・販売が行えず、経営の存続性に影響を与える可能性があります。また、既存借入れに対して、金融機関から返済条件の変更が認められず、または、金融機関からの返済条件の変更により、あるいは今後事業を継続するうえでさらに借入れが必要となった際の追加融資が認められず、資金繰りが悪化するリスクがあります。

19.特典の進呈を行うことのできない、又は、変更するリスク

営業者は匿名組合員に対し、特典の進呈を行うことを予定しておりますが、事情により特典の進呈を行うことができない、又は、変更するリスクがあります。

20.製造・販売商品の調達に関するリスク

震災の影響や天候不順等の理由により、営業者や営業者の販売する水産加工品の製造元において必要な商品の原材料や包装資材等の調達ができない、遅れる、価格が高騰する等により、商品の製造・生産・販売を予定どおりに行うことができないリスクがあります。また、この影響により販売価格の値上げを余儀なくされ、売上が低迷すること、あるいは、利益率が悪化するリスクがあります。

21.嗜好品の消費が停滞するリスク

営業者が販売する商品にはいわゆる嗜好品も含まれており、これらは被災地の復興時に必ず消費が予想される生活必需品とは異なります。そのため消費者が営業者の商品を購入することを控えるなど、消費者の消費が停滞し、商品が十分に売れないリスクがあります。

22.許認可等に関するリスク

本匿名組合事業の実施にあたっては、食品衛生法等関連する許認可が必要となる可能性があります。営業者が既に営業許可等の許認可を得ている場合であっても、法令に定める基準に違反した等の理由により、あるいは規制の強化や変更等がなされたことにより、その後かかる許認可が取り消され、事業に重大な支障が生じるリスクがあります。

23.主要取引先に依存しているリスク

今後の事業計画では、主要取引先である仙台藤崎百貨店への依存度が高く、仙台藤崎百貨店の運営方針の変更や弊社業績の悪化などで従来どおりの取引が出来なくなることで本匿名組合事業にかかる売上が低迷し、あるいは事業の継続が困難となるリスクがあります。

今後の事業計画

今後の事業計画は以下の通りです。ただし、営業者は、本匿名組合事業の売上金額として、本事業計画の売上金額を保証するものではなく、匿名組合員に対し、分配金額を保証するものでもありません。



【営業者コメント】
(1) 1~3年目(復旧期)  販路を限定して製品の品質向上を重点に会社の基礎体力を高めます。
〇仙台藤崎店…わかめ(めかぶ含む)を主に原料とする製品や磯草の乾物品に特化し、しばらくの間は納品でのお取引とさせていただき、食材が旬の時期などはイベントスペースをお借りして試食販売で対応します。
〇ギフト…生産性の高いギフト2~3アイテムに絞り集中して資源を投入します。
〇物産展、催事…基本的には出店しません。ただし、業務提携しているお取引先様からの要請には柔軟に対応します。
〇ネット通販…約5000名あった顧客名簿の復旧に努めると共に、自主販売のノウハウを築き上げながらファンド出資者の皆さまのような新規顧客の獲得に取り組んでまいります。
〇みなさん館直売所…郊外からの需要に応えられるよう与えられた責任を果たします。

(2) 4~7年目(復興期)  市場規模を震災前までに戻し仙台藤崎百貨店にテナントとして復帰します。
〇仙台藤崎店…商品アイテムを震災前のレベルまで増やしテナントとして以前の役割をはたします。
〇ギフト…年比率20%増に対応できる生産ラインを作り注文に対応します。さらに鮮度にこだわった産直ギフトを提案します。
〇物産展、催事…地域貢献性の高い催しに積極的に出店しファン層の拡大に努めます。
〇ネット通販…生鮮海産物を販売できるシステムを構築して新たな分野に挑戦します。
〇みなさん館直売所…南三陸町の名物となるような商品を提案して地元でも知名度を上げながら復興の一翼を担います。

(3) 8年目以降(発展期)  理念経営を貫き地域産業には無くてはならない企業となるよう発展してまいります。

(計画どおりにならないリスク)
〇主要お取引先である仙台藤崎百貨店の運営方針の変更や弊社業績の悪化などで従来通りのお取引が出来なくなる可能性があります。
〇震災後に設立された「みなさん館直売所」の運営に際してその母体となるNPO法人夢未来南三陸(現、夢未来南三陸協議会)の代表理事として弊社、経営陣の一人である千葉孝浩の就任が決定しています。地域の復興には欠かすことができない事業であること、また歌津小太郎にとっても地域貢献度の高い優先して取り組むべき事業であることから、立場的にも重要な役割を担っており、当該事業に労力、時間等が割かれる結果、本業の経営に少なからず悪い影響が起こる可能性があります。
〇今回、事業再開には、総額1億円近くの費用を見込んでいます。既に決定している4000万円の補助金と本ファンドに加えて、銀行からの長期借入も合わせて予定しています。また、工場建設費が復興需要の資材高騰により予定額を上回る懸念があり、さらなる借入金が発生しかねない状況にもあります。このように事業再開には弊社の年商を越える膨大な資金を必要とするため、ここ数年間の収益の悪化は否めません。さらに生産量や売上高が計画を下回った場合など事業存続に与える不安要素も拭いきれず、出資者の皆さまにとっては高いリスクを含んだ出資であることを十分にご理解いただいた上でお申込みくださいますようお願い致します。

  • その他にもリスクがあります。合わせてご確認下さい。


  • 分配計算式

    匿名組合員への1口あたりの分配金額は、以下の計算式により算定いたします。
    ・会計計期間開始日から24ヶ月間(無分配期間):
     売上金額×分配比率0.00%×1口/募集最大総口数

    ・無分配期間終了後から会計期間終了日まで(84ヶ月間):
     売上金額×分配比率3.25%×1口/募集最大総口数

    分配金額のシミュレーション

    本匿名組合契約における分配金額のシミュレーションは以下のとおりです。なお、シミュレーションの目的は、本匿名組合事業の売上に応じた分配金額を予想することにあります。したがって、売上を保証するものではなく、匿名組合員に対し、分配金額を保証するものでもありません。

    ※1口 5,000円の出資の場合


    (注1) 匿名組合員に対する出資1口あたり分配金額は、上述に記載の計算式に基づいて計算されます。

    (注2) 表中の償還率は、次の算出式によって計算される全会計期間に係る1口あたり分配金額の合計額を基にした償還率であって、年率ではありません。1口5,000円の出資金に対し、1口分配金額が5,000円となる時点を償還率100%としています。
    匿名組合員に対する匿名組合出資金1口あたり分配金額/5,000円

    (注3) 匿名組合員への損益の分配について、利益が生じた場合は当該利益の額に対して20%の源泉税徴収が行われます。なお、将来税率が変更された場合には、変更後の税率により計算が行われます。また、利益とは出資者に対する分配金額が匿名組合出資金額を超過した場合における当該超過額をいいます。したがって、匿名組合員に対する分配が行われても、利益が生じるまでは源泉徴収は行われません。

    (注4) 振込手数料は、ご指定頂きましたお振込先銀行口座によって変わります。手数料金額については以下の表をご参照ください。(金融機関によって手数料金額の変更等がある場合もございますのであらかじめご了承ください。)

    お客様の振込先
    銀行口座
    お振込手数料
    (分配金額が3万円未満) (分配金額が3万円以上)
    三菱東京UFJ銀行 315円 315円
    みずほ銀行 315円 315円
    三井住友銀行 210円 315円
    楽天銀行 50円 50円
    ジャパンネット銀行 52円 52円
    その他銀行 315円 315円

    • ファンド詳細ページ(本ページ)の「このファンドを申し込む」ボタンをクリック
    • ログインする※ユーザー会員登録されていない方は会員登録をしてください。
    • ファンド詳細情報、説明書・契約説明書のご確認ください。(熟読してください)
    • ご契約内容に同意の上、口数を指定し、ファンドのお申込をしてください
    • 指定金額のご入金及び本人確認資料をご送付ください。
    • 入金確認及び本人確認が完了し次第、Eメールにて、契約の成立をお知らせします
    • 皆さんで事業を応援しましょう!
    仕組み図
    1 募集受付期間 2012年6月28日~2016年3月31日(※)

    (※)募集期間中であっても、出資募集最大総額に達した場合は、その時点をもちまして出資の募集を終了します。
    (※)募集期間中に営業者が本匿名組合契約の募集を終了した場合は、そのときをもちまして、取扱いを終了します。
    2 会計期間 2013年6月1日から2022年5月31日(9年)
    3 契約期間 本匿名組合契約成立日から会計期間終了日まで
    4 決算日 5月31日(最終決算日は会計期間終了日)
    5 報告日 決算日より90日以内
    6 分配日 分配金は一括して、最終決算日から120日を超えない日から随時引き出し可能
    【営業者】
    本匿名組合の事業を行う営業者の概要は、次のとおりです。(2012年5月31日現在)

    【取扱者】
    本匿名組合契約の出資募集および契約締結の取扱い、本匿名組合契約の管理運営、匿名組合員へのIR業務等を委託する会社の概要は、次のとおりです。(2012年5月31日現在)

    このファンドは、どういうものですか? 事業に必要な資金を出資者の方から調達を行います。
    そして、出資者の方には、一定期間の売上を分配金として受け取れるほか、投資家特典も提供させて頂きます。
    投資家特典とはどのようなものがあるのでしょうか? 個別のファンドごとに特典は異なりますので、ファンドごとの特典は、ファンド詳細情報をご覧ください。
    利益の分配に際し、税金はどうなりますか? 出資金額を越える利益部分に20%の源泉所得税がかかります。
    途中解約はできますか? 匿名組合契約を途中で解約することはできません。
    元本は保証されていますか? 本ファンドは元本を保証するものではありません。 ファンド対象の売上如何によっては出資金が減額、あるいはゼロとなる可能性があります。
    未成年者でも契約できますか? 親権者の同意があればご契約頂けます。
    >>申込方法とよくある質問
      歌津小太郎こぶ巻ファンド
     
     
     
     
     
     
     

    復興にあたり

    私たち歌津小太郎(有限会社橋本水産食品)はあの日、3月11日からいまだに時間が止まったままの状態が続いております。 工場が建っていた場所は津波の強烈な引き波で土地ごと流され今では海になってしまいました。 震災当日は社長、専務不在の中、散り散りになりながらも、逃げ延びた総勢12名の社員の無事が確認できたのはそれから一週間ほどたってからでした。会社として生産資源の全てを失い事業再開を断念せざるを得ない状況の中でぎりぎりの判断に迫られました。再起と再開を誓い合い従業員の生活を守ることを最優先に判断した結果、断腸の思いで離職証明書を手渡しました。

    あれからの一年間は、気持ちばかりが先に行ってしまい、状況が一歩進んでは二歩さがるような毎日を送る中で何度も心が折れそうになりました。地域を離れ違う生き方はどうかとも正直考えました。そんな精神状態が続く中、全国のお客様からお見舞いや励ましのメッセージをいただく度に、何もできない今の自分達の現実を恨みました。しかし「従業員との約束を果たすまでは終われない」、「お客様の期待に応えられないのは悔しい」という気持ちが強く芽生え始め「このままではいけない」、「なんとか応援に応えよう」、「地域のお役にたとう」、「今、出来る事から少しずつ始めてみよう」と意識が変わってまいりました。

    これまで支えていただき再開をお待たせしているお客様やお取引先様、被災地の復興支援に惜しみなくご尽力いただいたボランティアの皆さま、そして何よりこれまで苦楽を共に会社を支えてきた従業員一人一人に恩返しをするためにも必ずや歌津小太郎は復活します。震災で全てを失い大きな犠牲を払いましたが、それ以上に得たことも多く、今回のセキュリテ被災地応援ファンドを通じて新たなお客様づくりに挑戦できる機会も得られました。被災地はまだまだ皆さまの応援を必要としています。再スタートができない企業もたくさんあります。是非、関心を持って今後ともお付き合いいただければ幸いです。
     

    会社紹介

    弊社は昭和50年に個人事業者として創業しました。以来、いかにして三陸で水揚げされる磯の宝たちを限りなく地元の人が食べている状態で都会に暮らすお客様に召し上がっていただくかを追求してまいりました。
    製品のほとんどが手作りに頼る部分が大きく少量ずつの生産しか対応できないため主に仙台の藤崎百貨店でのテナント販売が売り上げの大半を占めておりました。その他、通販でのお取り寄せや物産展販売会などにも取り組んでまいりました。


    (震災後、社内に掲げていた企業理念が泥の中から奇跡的に見つかりました。クリックすると別ウィンドウでご覧いただけます)


      漁師 歌津小太郎 ホームページ(外部サイト)
     

    被災地からのレポート

    被災地応援ファンドWebサイトで、事業の進捗等を報告いたします。
    >>被災地からのレポート

    被災状況

    工場、自宅、事務所、倉庫2か所、車両4台が津波で全壊、流失した他、原材料と製品の委託保管先でした冷凍庫会社も全壊、流失しました。

    復興計画

    (1)新物の海藻類が入荷(2012年2月~)
    工場の建設が間に合わないのですが、この時期に仕入れないとまた一年待つことになるので約半年分を仕入れ一次加工品は仮施設を設け先行して販売ができるように準備をします。(保管は気仙沼市(株)冷水に委託)

    (2)借地にて生産施設建設工事着工(2012年7月~)
    震災前の土地は工場建設が不可能ですので借地になりますが移転して新たに建設します。

    (3)生産施設完成、生鮮加工品製造、販売開始(2012年10月~)
    少量生産でスタートとなり、出荷量に限度があるため主に仙台藤崎百貨店とネット通販などお取り寄せのお客様に限定した製品に集約して販売します。

    (4)みなさん館直売所オープン(2012年10月~)
    震災前からの地域の念願でありました農産物、海産物直売所が弊社と同じ敷地内に完成予定、弊社がこれまで手薄でした地元での知名度アップにも積極的にとりくみます。

    (5)ファン層に向けた生鮮海産品お取り寄せギフト販売開始(2016年~)
    うに、あわび、ほたて、かき、たこ等の三陸を代表する磯の宝たちを限りなく私たちが食べている採れたての状態で歌津小太郎ファンにお届けするお取り寄せギフトを提案いたします。
     

    本匿名組合事業について

    水産加工品の製造および販売事業

    ファンド資金使途

    募集最大総額の出資金の使途として、次を予定しております(なお、合計金額は、応援金(募集最大総額21,200,000円)を加えた額となっております。また、応援金の資金使途は、主として以下記載の工場建設費用となり、匿名組合出資金は工場建設費用には充当されません。)

    (注1)出資金の資金使途については、取扱者による監査が行われます。
    (注2)合計費用、内訳項目、金額はあくまでも見込みであり変更の可能性があります。最終的な合計費用が上記を上回った場合には営業者が負担し、合計費用が下回った場合には分配の際に返還させていただきます。なお、返還金額に利息は付きません。また、上記以外に必要となる費用等につきましては、営業者が負担します。
     

    投資家特典

    希望する匿名組合員に対して、契約期間中、以下の特典を設けております。なお、特典は営業者の都合により内容が変更される場合や、特典の実施ができなくなる場合もあることにご留意ください。

    【1口または2口をご出資の皆さまには】
    歌津小太郎が震災からの復興には欠かすことのできない商品、そして皆さまの力強い応援にお応えするのにふさわしい商品をと考えまして『さんまこぶ巻』を1口につき1個を口数に応じて送付させていただきます。(真空包装のため冷蔵庫で60日保存できます。)

    【3口以上をご出資の皆さまには】
    さんまこぶ巻を筆頭に歌津小太郎が造る味の技がぎっしりと詰まった『こぶ巻詰合せ』(写真の品を予定)を1セット送付させていただきます。(詰合せの商品はすべて冷蔵庫で60日保存できます。)
     
     
    ※今回、出資者の皆さまに用意する『さんまこぶ巻』は新工場完成後に製造される製品の中でも2013年秋以降に水揚げされる生さんま(冷凍していない鮮魚の状態)から製造する季節限定商品を予定しております。
    ※いずれの特典も、工場再建の進歩や海の状況により、翌年以降にさせて頂く場合がございます。出資者の方には準備ができた時点で別途ご案内します。
    ※セット内容は、変更になる場合がございます。
    ※特典の海外への発送はできません。

    被災地からのレポート

    2016年11月1日 10:30イベントのお知らせ

     被災地からのレポート

    今月は、2回のイベントに千葉が参加します!!
    人気のさんま昆布巻・めかぶ漬・塩蔵わかめなど歌津小太郎のうまいもんを
    もってお邪魔致します(≧▽≦)
     
     ①11/3(木)埼玉県蓮田市で行われる
     「雅楽谷(うたや)の森フェスティバル」
        開催場所:蓮田市役所
      


    ②11/20(日)神奈川県座間市で行われる
     「座間ふるさと市民まつり」
      開催場所:座間中学校
     


    皆さんのご来場お待ちしておりま~す(*´ω`*)/
     
     
    記事担当:三浦
     

    2016年10月13日 10:32秋の味覚!さんま

     被災地からのレポート

    今年もさんまの時期がやってまいりました。

    今年はさんま漁が不漁のため、原料調達に苦戦しましたが、おかげ様で皆様に歌津小太郎のさんま昆布巻を

    年間を通してお届けする分を確保することができました。

    新物でお送りしたセキュリテ通販のさんま昆布巻セットは好評につき、販売終了致しました。

    ご購入いただき、ありがとうございました。

     

    自社通販は継続してご注文を受け付け中です。とろける昆布と脂の乗った秋刀魚の絶品昆布巻!

    この機会に新物の味を是非ご賞味ください。

    http://www.utatsukotaro.co.jp/

     

     

     

    新物さんま昆布巻の販売開始と時を同じくして、新しいリーフレットが完成しました!!

    /data/blog/archive/original/29496.JPG

    より一層歌津小太郎商品の良さが伝わるリーフレットに仕上がったのではないかと思います。

     

     

    今後もより一層皆様に美味しい商品をお届けできるようスタッフ一丸となって頑張ります(>_<)

     

     

     

    記事担当:三浦

    2016年8月23日 10:00ご無沙汰しております・・・

     被災地からのレポート

    長らく更新できず、すみませんでした。
    更新できずにいる間に、一歩前進した歌津小太郎をご報告いたします!!
     
    まずは、新商品&復活商品のご紹介です!
    ≪4月≫
    かき燻製
    /data/blog/archive/original/28931.jpg
    生食用として生産された「牡蠣」を選び抜き、剥きたてぷりぷりを桜のチップでスモークに仕上げました。
     
     かき佃煮
    /data/blog/archive/original/28932.jpg
    ご飯との相性が抜群の一品です!甘さ控えめ仕立てで、お酒のおつまみにもピッタリです。
     
    ≪5月≫
    だしめかぶ
    /data/blog/archive/original/28936.jpg
    厳冬の2月に収穫された新芽の柔らかいめかぶを細かくスライスし、パリパリの香ばしい乾燥めかぶに仕上げております。アツアツのお味噌汁や麺類に洗わずひとつまみはなすだけで、上品でやさしい旨みが広がる魔法のおだしです。

    焼まつも
    /data/blog/archive/original/28937.jpg
    香り立つ磯の風味をお楽しみいただける一品。採ったばかりのまつもを天日乾燥し、さらに風味が長期間保つよう遠火で炙り焼きにした商品!!お味噌汁やお吸い物に洗わずそのままはなして使え、また焼まつもに熱湯をかけ、鮮やかな緑色になれば、酢の物などにもオススメです。

    ≪7月≫
    塩うに
    /data/blog/archive/original/28930.jpg
    素材選びから製法に至るまで、うまいっをとことん追求し歌津小太郎のこだわりが細部まで表現された極上品です。
     
    ≪8月≫
    焼うに
    /data/blog/archive/original/28935.jpg
    直火で焼き上げることによって、より一層ウニの風味が増す「焼うに」は地元でも知る人ぞ知る至福の味わいです。丁寧にアワビの殻に盛り付け、高温で一気に焼き上げた製法は、歌津小太郎こだわりが細部にまで行き届いている商品です。
     
    と、少しずつではありますが、震災前の商品の復活と新商品開発に向け頑張っています!


     
    そして、なんと6月からはオンラインショップがスタートしました。
    今までよりも便利にご注文できるようになっておりますので、是非一度ご覧になってみてください(*´ω`*)
    http://www.utatsukotaro.co.jp/


     
    8月20日(土)には、専務の千葉が埼玉県で行われた、はすだ市民まつりにお邪魔して来ました~!
     /data/blog/archive/original/28929.jpg

    最後になりましたが、今年3月より復活し好評だった、旬まつり。6月に続き、9月にも旬まつりを行います。
    新物商品が出る時期に合わせての旬まつり!!お楽しみに~( *´艸`)
     

    記事担当:三浦

     

    2016年3月31日 10:21今年も行きます!

     被災地からのレポート



    今年も、歌津小太郎・千葉が埼玉県蓮田市にお邪魔します。
    今が旬のめかぶ漬・塩蔵わかめなど新物商品を持って伺いますので、 お楽しみに~( *´艸`)


    記事担当:三浦

    2016年3月22日 10:212015年10‐12月報告~明日の歌津につなげる夢工房・第二工場オープンしました!~

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の(有)橋本水産食品の千葉孝浩です。大変にご無沙汰をしておりました。 我々の出資者の皆様と、そしてこちらミュージックセキュリティーズさんのサイトを通じて東北の復興を見守って下さっている皆様に私たちの近況をご報告させていただきます。

     おかげさまで”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”は2015年9月下旬にファンド募集額の満額を達成することが出来ました。改めて多くの皆様からご支援を頂いたことに感謝致します。

     そのファンド資金がどのように使われたか――2013年4月オープンの第一工場の建設に活用させて頂くとともに、2015年12月中旬に全面オープンとなりました第二工場の建設に使わせて頂きました。第二工場に併設した直営店舗のオープンイベントには沢山のお客様にお越しいただき門出の言葉を頂きました。本当に多くの皆さんの応援があってここまで来られましたが、各方面の皆様に感謝の気持ちをお伝えしたいと思いながらも、その第二工場のオープンまでの間、様々な準備作業に追われておりました。それゆえ2015年の秋以降、情報発信のほうが滞ってしまいましたことを反省しつつ、久しぶりに長文の報告をさせていただきます。




    2015年12月13日、歌津小太郎第二工場併設店舗お披露目イベント当日の一コマです。


     いつもの長文報告の中では<あとがき>の中で時折触れていました『事業の進捗度合いを登山に例えると…』ですが、今回は<まえがき>先にご報告します。

    <まえがき: 登山に例えると…> 前回は、2015年4月23日の記事『復活2年目~2月・3月の報告:第二工場着工・ホームページリニューアル』の<あとがき>の中で次のように表現していました。
     https://www.securite.jp/news/oen?a=2766

    2015年4月の時点までを、『6合目からなだらかに長く続く7合目を目指して歩み続けてきたといったところ』、そして、それに続いて、 『この秋にオープンの第二工場が完成すると一気に状況が変わります。登山に例えるならば、7合目の先には斜面60度の難関が待っているというイメージでしょうか。第一工場の倍の生産量に増やすことが出来るのですが、一方ではそれを支える製造スタッフを増員しなければなりません。秋からのボトルネックが『製造スタッフ』となることが明確なので、その準備を今からしております』と。

     あれから約1年が経過した今、2016年3月の時点の実感としましてはここまでの1年の経過を振り返ると、  ◎9月頃にようやく7合目に到着: 2015年の新さんまのシーズンを迎えて前年よりもさらに多くの皆様に新さんまの昆布巻をお届けすることが出来ました。  ◎続いて12月下旬に8合目に到着: 10月から12月初旬にかけて、第二工場の完成と新施設稼働に向けた準備、その間に新スタッフのトレーニング、そしてむかえた12月11日の第二工場の全面オープン、12月中旬に出荷ピークを迎えるお歳暮ギフトの取り扱いと、怒涛のような業務量をこなしました。 4月の時点で、『斜面60度の難関』と例えて心の準備はしていたものの、予想を上回る状況でした。

     もちろん小太郎社長や専務の私だけでなく、全部で17名となった歌津側のスタッフ全員が一丸となってこの嵐のような3カ月間をくぐり抜けました。仙台/藤崎デパートの直営店舗スタッフ5名も一人で二人分の仕事量をこなし対応してくれました。

     と、ここまで“大変だ~!大忙し!”といったような多忙な様子ばかりをザックリとご報告させて頂きましたが、後から数字で振り返りますと当然ながら忙しさと比例して売上のほうも2015年12月の単月の比較ではありますが、震災前ピーク時の数値とほぼ同等の売上実績を達成することが出来ました。(年ベースでは依然として震災前の6割にとどまりますので、すごい成績でした!) これも応援して下さった皆さんのおかけで、歌津小太郎が大きなステップアップを図れた成果でございます。被災地応援ファンドを通じて長く応援を続けて下さる皆様に感謝致します。


     さて、長い<まえがき>はここまでで、順を追って10月からの出来事をご報告させて頂きます。

     ●2015年10月のご報告: 2012年6月から募集をさせて頂いたこちらの被災地応援ファンドでの出資者の募集ですが、2015年9月下旬に800名を超える出資者様のお力を借りましてようやく満額となりました。ちょうど、出資者特典としてご用意していたトロさんまの昆布巻のシーズンとも重なりまして、10月初旬のうちに全ての出資者の皆様に特典を発送することが出来まして、一区切りをつけることが出来ました。


     丁寧に丁寧に包装作業をしております!

     その出資金・応援金を活用しまして建設することとなった第二工場のほうは、この頃、工事の最終段階を迎えていました。9月上旬の時点で足場を取り払い、歌津小太郎の看板を取り付け、目の前の国道45号線を通る皆さんにその姿をお見せすることが出来るようになりました。



     看板取り付け時の写真。左手奥(車の影)にちょっとだけ見えるのが南三陸直売所『みなさん館』、写真には写っていませんが写真より右手の位置に歌津小太郎第一工場という並びになります。

     生産規模が増えること、そして直営店舗も設けることとなりますので、以前から懸案でしたスタッフの増員も行いまして、9月には4名の方が新しく歌津小太郎の仲間となりました。この時点で総勢、22名。震災の前よりも人数的には多くなりました。



     10月下旬には新スタッフの歓迎会を兼ねて親睦会を開催しました。ご覧のように歌津小太郎は漁師町の女性達に支えられています。

     また、10月限定で発売しましたセキュリテセットの『トロさんま昆布巻』のほうは前年の『新さんま昆布巻』に比べ、1.5倍のご注文を頂くことが出来ました。『トロさんま』が通常のサンマとどう違うかと申しますと、水揚げ時点から冷凍処理を一切してないサンマのみを使用して提案した商品です。これまで数量が少ないのであえて『トロさんま』だと強調することなく提供してきたのですが、やはりキチンと商品の特徴を説明することが大変に重要なのだと感じました。特に水産物は工業製品と違い、シーズン毎に脂ののりとかが違ってくるわけですが、そういったきめ細やかな違いを正しくお伝えしつつ、良い原料が入ったときにはその特徴を正しくお伝えすることが我々のような小さな水産加工食品会社の一つのブランド化の手法であると実感しました。

     ●2015年11月のご報告: 11月上旬、毎年恒例となりました神奈川県座間市(11月1日)・埼玉県蓮田市(11月3日)でのイベントに参加しました。



     11月1日、座間市ふるさと祭りでの販売(ここでの販売スタッフさんは普段は建設業の皆さんなのです)

     震災前に比べ、諸般の事情でなかなか歌津の地を離れることができず、歌津小太郎として首都圏の催事イベントに出店することが少なくなったのですが、4月・8月そしてこの11月のイベントは2012年4月から欠かさず出店させて頂いております。やっぱり自分自身で直接、お客様に販売するのが楽しいですし、座間市も蓮田市も震災後のボランティアがきっかけで知り合ったかけがえのない友人であり応援者でもある多くの皆さんに会えるのが嬉しいのです。

     今回もホタテ焼きと沢山の歌津小太郎自慢の商品をお持ちしました。恒例の『完売御礼!』集合写真に多くの仲間が参加してくれること、毎年、この写真のコレクションが増えていくことで、一歩ずつ前進出来ていることを実感します。



     11月3日、蓮田市”雅楽谷(ウタヤ)の森のフェスティバル”『完売御礼!』


     11月中旬に入りますと、再びお歳暮商戦の時期を迎えます。その時期と、第二工場内直営店舗の開店準備が大詰めを迎えて来るため、本当に慌ただしい毎日でした。


     ●2015年12月のご報告: 12月11日(金)、第二工場に併設します直営店舗がいよいよオープンの運びとなりました。そして13日(日)にはオープニングイベントを開催!

     こちらの様子は写真のほうでご紹介します。



     歌津小太郎第二工場併設の直営店舗です。12月11日の開店当日は朝から嵐の一日でした。



     販売コーナーの一角には「田んぼも畑もいらぬ わが家には 大磯の北西(なれ)に 宝があり」、歌津津小太郎の千葉家で先祖代々伝わる言葉を掲げています。


     出来たての商品の全ラインナップが並びます。

     他にも沢山の写真がありますが、本文の後半でご紹介します。

     これまで歌津のほうではお隣の『みなさん館』で限られた商品数・量を販売していただけでしたが、このたびの直営店舗のオープンにより、歌津小太郎の全商品と四季折々の歌津で水揚げされる海産物を販売できることになりました。震災前にはこのような店舗の運営など全く想像していなかっただけに、大きな飛躍となりました。地元の漁師さん達の期待も大きいですし、彼らの後押しもあって大変に励みになります!

     看板商品が『昆布巻』という歌津小太郎ではお歳暮商戦とお正月料理向けで12月が最も売上の多い月となります。皆様の応援により2015年12月は前年度よりもさらに活気に満ちた年末となりました。仙台地下鉄東西線が開通してよりいっそう便利となった仙台/藤崎デパートの店舗では12月31日17時の仕事納めまでお客様が途切れることなく続きました。


     <あとがき>
     2015年を振り返りますと本当にあっという間に過ぎ去った感があります。 父・千葉小太郎が母のあさ子とともに個人事業として海藻類の加工品を中心に商売を始めたのが1975年(昭和50年)。それからちょうど40年の節目の年であったのですが、多くの人々の支援を受けて第二工場の建設にまでこぎつけることが出来、大きく飛躍した年となりました。

     2013年4月に歌津小太郎第一工場で再スタートした頃は、まだ震災・津波の影響で小さな町の小さな漁港の復興のほうは追いついておらず、地元の海の資源を水揚げしても処理できずにと、とにもかくにも、工場だけあっても原材料が追いつかないという状況が一年以上続きました。2014年の後半になりますと、依然として南三陸町の中でも超小規模な歌津/馬場中山地区の漁港の整備は遅れていましたが、なんとか周辺地域の設備で補完するような状況で、2014年末のお歳暮商戦の需要などを賄うことが出来ました。

     そして迎えた2015年の年末商戦でしたが、毎日何かしらのトラブルは抱えながらも、震災前の規模よりも増員となったスタッフ達に支えられ、予想以上の好成績をおさめることが出来ました。

     地域の海の恵みを生かした水産加工業という生業(なりわい)で、この南三陸町・歌津の地で50年先も100年先も生きていく――震災前は100年先のことなんて考えたこともなかったですが、今ならば自信を持ってこの大きな目標に向けて迷いなく進んでいけます。震災直後の絶望の状況から、こうした自信と地域に対する誇りを取り戻す後押しをして下さった日本中の多くの皆様に感謝します。

     南三陸/歌津では今がわかめ漁の最盛期で、小さな港も活気づいています。我々の自信作、2016年産わかめ・海藻類を使ったうまいものをこの春も沢山お届けしますのでご期待下さい!


     次のご報告、2016年1-3月期のご報告はタイムラグのないように早目にご報告したいと思います。引き続き、私たちの復興を見守って頂けますようよろしくお願いします。

     記事担当: 千葉孝浩

     <写真特集: 12月11日・13日の歌津小太郎第二工場直営店舗オープンの様子>
     

     12月13日、オープンイベント前の様子です。




     お祝いのお花を沢山頂きました。ありがとうございます。


     オープンイベントの目玉は活アワビや活ホタテ・牡蠣の販売!!
     スタッフの皆さんに段取りを説明している私(千葉)です。


     目玉商品の活きアワビ目当てに多くの皆さんの行列が出来ました。

     
     歌津小太郎でこれまで扱っていなかった生鮮品(活アワビ・活ホタテ)はコチラの漁師さん達の支えで販売にこぎつけました!


     活ホタテです。活アワビの方は写真を撮る隙もなく完売となりました。




     工場併設の直営店舗ですので歌津小太郎の全商品ラインナップが並びます。



     店舗内部の全景はこんなかんじです。


     いつもの販売スタイル、バンダナ帽に歌津小太郎のハッピ姿です。
     (写真協力: 馬場中山カオル商店)


     ■歌津小太郎/歌津直営店舗までのアクセス お車でお越しの場合: 三陸自動車道、登米東和ICより国道398号線で南三陸町に入り、南三陸町志津川で国道45号線に乗り換え気仙沼方面を目指してお越しください。ローソン歌津店が目印です。(カーナビの場合は「平成の森」を入力すると施設の入り口付近に歌津小太郎があります)
      ※登米東和ICより約40分
      ※仙台市内より約2時間30分

     旅行などで宮城県にいらっしゃる際にはぜひ南三陸町の歌津小太郎にもお立ち寄りください!

    2016年3月11日 10:00震災から5年・・・

     被災地からのレポート

    あの震災から、5年が経ちました。
    まだまだ復興途中ではありますが、 皆さまのお陰で新工場も立ち上がり、
    歌津小太郎ならではのこだわりの商品を 少しずつお届けできるようになりました。

    今後も支えて下さる皆さまのご期待に沿えるようスタッフ一同 頑張ってまいりたいと思います。

    まだ寒さの残る南三陸ですが、わかめ漁も始まり、浜が活気づいています。
    歌津小太郎より皆さまに感謝の気持ちを込めて、春の旬まつりを開催中です。




    詳しくはホームページにて↓
    http://www.utatsukotaro.co.jp/

    これからも歌津小太郎をどうぞ宜しくお願い致します。


    記事担当:三浦

    2016年2月17日 15:21春の新物!PartⅠ

     被災地からのレポート

    こんにちは。

     お待たせしました!新物のめかぶ漬が販売になりました。
     この時期の新芽のめかぶは、身が柔らかく美味しいんです!!
     歌津小太郎こだわりのめかぶ漬おすすめです!
     色鮮やかな緑色・・・春ですねぇ~(*´▽`*)


     美味しそう( *´艸`)

     新物の湯通し塩蔵わかめは、もう少々お待ちくださいね。
     また、特別企画も考え中です!ぜひ次回お楽しみに~


     担当:三浦

    2016年1月29日 13:03初☆新店舗の様子

     被災地からのレポート

    こんにちは(´∀`)
    本日は新店舗の様子をお伝えします!!
     
     のれんが営業中の目印になります!!




    店舗内はこの様になっております。




    ≪冷蔵・冷凍ケースコーナー≫


    伝票記入&休憩コーナーもご用意しております(≧▽≦)






     ★季限定の磯たこ★
    新店舗と藤崎店の限定品です。焼いて 旨みが詰まった磯たこは、
    普通の湯だことちょっと違い絶品ですよ!!試食もご用意していますので、是非!!
    お近くを通られる方是非お立ち寄りください!!




     
     
    もうすぐ、三陸に春を告げるわかめ漁の時期がやってまいります!
    めかぶ漬と塩蔵わかめの新物販売を2月下旬より予定しております。
    期間限定で、特典付き商品も販売する予定でおります。

    次回の更新をお楽しみに・・・☆★☆★☆



    記事担当:三浦

    2016年1月8日 13:55「新年のご挨拶」

     被災地からのレポート


    ご報告が遅れてしまいましたが・・・

    おかげさまで、昨年12月11日より弊社新社屋に併設の店舗をオープンすることができました!!
     たくさんのお客様にご来店いただき、ありがとうございました。
     また、藤崎や電話・インターネットでのご購入をして下さった方々へも感謝の気持ちでいっぱいです。

     『 おらいの商品(弊社の商品)は、喜んで頂けましたでしょうか?(*´▽`*) 』


     本年も皆様に喜んでいただけるようスタッフ一同気持ちを新たに邁進してまいります。
     今後とも歌津小太郎を宜しくお願い致します。

     新しいスタッフも増えました。
     ↓            ↓





     次回は、新店舗の様子をお伝えしたいと思っております。お楽しみに( *´艸`)


     記事担当:三浦

    2015年12月9日 16:57BIG ニュース!!

     被災地からのレポート

    お待たせ致しました!!

     いよいよ、12/11(金)新店舗オープン致します!!

     
     
    12/13(日)には、オープンイベントも行います。
     是非!!歌津小太郎へ寄ってってけらい(≧▽≦)


     皆さまご注文有り難うございます!
     只今、ギフト発送真っ最中です(゚∀゚)/



     皆さまからのご注文・ご来店、心よりお待ちしております。


     記事担当:三浦

    ■セキュリテセットからのお知らせ■

    ~いよいよ12月15日まで!!~



     
     

    2015年11月17日 11:32今年もこの季節がやって来ました!

     被災地からのレポート

    こんにちは、(有)橋本水産食品渡邊笑美です。

    今年もお歳暮の受付がスタートしました。
    藤崎本館7Fギフトセンターと、ミュージックセキュリティーズ・セキュリテセットでは、
    11/12(木)から受付開始となっております。
     

    ※こちらは、手づくり昆布巻セットCK-5
    (藤崎本館7階 お歳暮ギフトセンター)



    ※こちらは、セキュリテセット『歌津小太郎ギフトセットB』
    (ミュージックセキュリティーズ 買って応援!セキュリテセット)


    また、歌津小太郎でも、メール・TEL・FAXからのご注文も随時受付ております。
    是非この機会に、"歌津小太郎”をクリックして下さい。(*'▽')

    ”歌津小太郎”おすすめ厳選ギフトより


    歌津小太郎ホームページ→http://www.utatsukotaro.co.jp/
    藤崎本館7Fギフトセンター→https://shop.fujisaki.co.jp/shopping/net/CategoryTop.xhtml
    ミュージックセキュリティーズ→http://www.securite.jp/blog/community_news.php?ba=b10820a33357










    2015年11月6日 10:43皆さん、ありがとうございます!

     被災地からのレポート

    こんにちは、(有)橋本水産食品渡邊笑美です。
    先日、千葉が座間市&蓮田市両市のイベントに参加してきました。


    11月1日(日)に行われた、座間市”市民ふるさとまつり”の様子


    座間市民ふるさとまつりではお神輿が登場。



    11月3日(火)に行われた、蓮田市 ”雅楽谷(ウタヤ)の森のフェスティバル”の様子


    ”歌津のお母ちゃん達の旨いもん”を届けたく、売り場には歌津小太郎選りすぐりの
    商品が並びました。
    お陰様でお持ちした商品は両日とも『完売』(*^^)v 
    天気にも見守られ、お得意様から、今回初めて「歌津小太郎」を知ったお客様、
    そして何と言っても、座間市ではかおる建設工業の皆さん、蓮田市でははすだ支援隊の
    皆さんの協力があってからこそだと感じています。

    これからも皆さんに”旨いもん”をお届けできるよう、歌津のお母ちゃん達は日々
    ”旨いもん”を作り続けていきたいと思います。


    はすだ支援隊の皆さん


    『完売御礼』!!ありがとうございます!(^^)!





    2015年10月30日 11:18今年も歌津の旨いもん!届けます。

     被災地からのレポート

    こんにちは、(有)橋本水産食品渡邊笑美です。
    千葉に代わりまして、イベント参加情報をお伝え致します。

    今では毎年恒例となりました、座間市&蓮田市両市のイベント。


    (今年の蓮田イベントのポスター)

    歌津のお母ちゃん達の旨いもんを皆さんに味わってもらいたく、
    今年も千葉が足を運ぶ事となりました!


    (昨年の蓮田イベントの様子)


    (昨年の蓮田完売達成シーン)

    皆さんも是非、お近くの際には寄ってみてください!
    歌津小太郎ハッピにバンダナ帽姿の千葉が目印です。


    【イベント案内】
    〇2015年11月1日(日)9:00~15:00 座間市民ふるさとまつり
    開催場所:神奈川県座間市 座間中学校
    ※雨天決行

    〇2015年11月3日(火)9:00~16:00 雅楽谷の森フェスティバル
    開催場所:埼玉県蓮田市 蓮田市役所特設会場
    ※雨天決行

    【出店商品】両日共通
    歌津小太郎商品から、塩蔵わかめ、陸中漬、ひと味ぼれ、さんま昆布巻、めかぶ漬。
    また、昨年同様活ほたての『ホタテ焼』もやります!

    2015年10月23日 14:00親睦会

     被災地からのレポート


     こんにちは。有限会社橋本水産食品の渡邊笑美と三浦恵です。
     今回も千葉に代わり、私達が『歌津小太郎』最新情報をお伝えします!(^^)!

     9月より新メンバーが4名加わり、合計22名となった橋本水産食品。 新工場オープンに向け、皆で食事をしながら、意見交換してまいりました!!



     社長の挨拶から始まり、専務の千葉、奥さん、そしてスタッフからの話で会食が始まりました。
     社長の話の中で、「歌津小太郎は皆があっての工場。うまいもんを造る為にはとにかく身体が大切!声を掛け合って、助けあってこそが美味しいものづくりに繋がる。」 社長の言葉はいつも私達従業員を思いやる言葉でいっぱいです。とてもありがたい限りです。

     スタッフの話の中でも先輩スタッフが新メンバーに熱いメッセージを話してくれました。 新メンバーが良い商品を造りあげる為に、細かく指導してくれる先輩方。 それに、一生懸命応えようと日々努力している、新メンバー。 伝統とこだわりを守る為、おいしい商品づくりを続ける為お互いが向上していけるよう頑張っていきたいと思った事と思います。
     皆さん一丸となって頑張って行きましょう!!(≧▽≦)/



     
     只今、新商品発売に向け、フル稼働しております。こうご期待(^_-)-☆

                                                                     
                                                                                                      
                                                                            さて皆さん、この画像から
                                                                           連想するものは・・・( *´艸`)
                                                                           美味しいよ~☆

    2015年10月13日 09:39おかげ様で。

     被災地からのレポート

    有限会社橋本水産食品渡邊笑美と三浦恵です。
    今回は、千葉に代わりまして『歌津小太郎』のnowを私達がお伝えします。(*'▽')


    この度、『歌津小太郎こぶ巻ファンド』は、皆様からのたくさんのご支援により、
    平成27年9月末にて募集金額満額を達成する事が出来ました。
    心より感謝申し上げます。


    そこで歌津小太郎では、感謝の気持ちを込め、出資者様への特典といたしまして、
    今が“旬”のとれたてさんま、その名も『トロさんま昆布巻』をご用意いたしました。


    これまでの「さんま昆布巻」からさらに進化させ、冷凍していない「生」のさんまから
    作ったので脂の乗りが違います。
    これまで出来なかった事がようやく少しずつではありますが形になり、今回の企画にたどり着きました。


    皆様どうぞ、歌津小太郎の『トロさんま昆布巻』。是非ご堪能下さい。(⌒∇⌒)



    一つ一つ、心を込めて包装作業中です。



    全国各地に、歌津小太郎『トロさんま昆布巻』が届けられます。


    歌津小太郎ホームページも随時最新情報更新中!!
    http://www.utatsukotaro.co.jp/

    買って応援!セキュリテセット
    https://www.securite.jp/news/oen?a=2825








    2015年9月11日 09:25第二工場の完成まであと少し!歌津-小さな町から大きな挑戦!

     被災地からのレポート

    歌津小太郎の第二工場建設の現在の様子です。   



    9/10 いよいよ看板取り付けまで来ました!!


    私、千葉が見守る中、看板取り付け中(>_<)


    ☆☆無事取り付け完了!(≧▽≦) これが目印!!!皆さんのお越しお待ちしております!!☆☆


      ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。歌津小太郎では、2012年6月28日からファンド募集を始めまして、3年2カ月を経過しました。震災から数えると、4年半もの時間が経過しまして、報道で東北の現状の話題が取り上げられることが少なくなりました。しかし、こちらの被災地応援ファンドでは現在でも新たに歌津小太郎の応援をして下さる方が増えております。そして、先日出資者の方が800人を超えました!本当にありがとうございます。

      歌津小太郎があります宮城県南三陸町は、いわゆる『平成の大合併』で2005年に誕生した町ですが、元々は合併当時の人口13,500人ほどの志津川町(しづがわちょう)と同じく人口5,400人の歌津町の二つに分かれていました。小さいほうの歌津町の中心部からも離れた場所にあります歌津/馬場・中山地区――地域の人とはたいてい顔見知りというくらい小さな漁師町に住む我々にとって、『800人』ってスゴイ人数なのです。こんな小さな町の名も知らなかったであろう歌津小太郎を長きにわたって応援して下さる皆さんに感謝致します。

      歌津小太郎は2012年6月にファンド募集をした際に想定していたよりも、大きな飛躍を遂げることとなりました。それが冒頭の写真、第二工場の建設です。

      最近になって、こちらのサイトで歌津小太郎のことを知った方もいらっしゃると思いますので、改めて歌津小太郎の震災の日からの歩みをご紹介しましょう。多くの出来事は、こちらのブログで2年前、2013年秋に長い文章と沢山の写真でご紹介しています。まずはそちらをご覧ください。

       ~~大変長い文章です。ぜひぜひ、お時間のあるときにでもご覧になって下さい~~
     ◎2013年10月19日 歌津小太郎の復活物語(前編) 2012年7月まで 
    http://www.musicsecurities.com/blog/community_news.php?ba=b10820a32654

    ◎2013年10月24日 歌津小太郎の復活物語(後編) 2013年9月まで
    http://www.musicsecurities.com/blog/community_news.php?ba=b10820a32661

      今、気がついたのですが、上記のブログの中で何度か触れている“歌津小太郎ホームページの活動日誌○月○日”をご覧ください”とありますのが、歌津小太郎ホームページをリニューアルする前の古いほうのホームページを指していまして、現在は参照先が無くなってしまっていました。申し訳けありません!!! ただ、上記の二つの本文中だけでも当時の概要を知って頂けるのではないかと思います。

      後編のほうで出てきておりますのが2013年4月に完成した歌津小太郎の工場です。ファンド募集を開始した際は、震災前の規模のおよそ半分の面積のこの工場だけでなんとか復活を遂げるという計画でした。そこに転機がおとずれたのは2014年5月――地場産業の復興に寄与する事業に対して大変に大きな支援をして下さる補助金制度の募集があり、それを活用して建設出来ることになりましたのが、冒頭の写真の第二工場です。

      歌津の地域でもっと多くの人が仕事に就けて、同時に歌津の美味しさを日本全国に発信する、そんな理想を掲げて膨大な申請書類を作成しました。『事業採択』の通知を頂いたとき、声をあげて“ヤッター”と叫んだ1年前がつい先日のように思えます。

      それからあまりにめまぐるしく、いろいろなことに行動をしなければならず、改めて振り返る瞬間がなかったのですが、この第二工場の補助金がおりることとなったのは、歌津小太郎にはファンド出資者という大きなバックアップがあることを地元金融機関も高く評価して下さったことが大変に大きいのだということ、皆さんにお伝えできていなかったように思います。本当にありがとうございます。

      第二工場は10月中旬の完成を目指し、急ピッチで建設が進んでいます。この工場が出来ますと、今まで第一工場の中で、一日に何度も生産品目の切り替えを行い非効率に行っていた作業が飛躍的に改善します。また、小規模ですが直売コーナーも設けますので、お客様と直接接したり、ガラス越しになりますが全て手作業の歌津小太郎の『旨いものづくり』の様子もご覧いただいたりすることが出来ます。


    第二工場建設の完成予想図です。




    藤崎百貨店の売り場の様子です。


    こちらは、塩ウニとホヤ醤油漬です。


      新工場のオープンを前に、製造スタッフの増強も行っています。また、沢山生産が出来るようになるということは、それだけ多くの皆さんに販売しなければ事業としては回りませんので、販路の拡大に関してもようやく着手しはじめました。

      手始めに、といっても“ようやく”といった感もありますが、9月1日よりメールでのご注文の受付を開始しました。

      ◎歌津小太郎ホームページ メールでのご注文方法
     http://www.utatsukotaro.co.jp/product/mail-order/index.html

      こうして、“ようやく”メール注文を受けられるようになったのは、これまで製造スタッフと兼務の事務担当しかいなかったところに、9月から事務作業・発送を専任で担当する者をおくことが出来るようになったからです!
      数10個という単位の生産しかできないためにお中元やお歳暮のラインナップにいれられない『塩うに』や『ほや醤油漬』を入れた詰め合わせセットなどは、このメール注文でご連絡を頂ければ対応出来ます!

     小さな漁師町の小さな水産加工会社の歌津小太郎。三陸の他の事業者さんの復興スピードに比べても、ナント歩みが遅いと思われる方もいらっしゃるかもしれません。沢山、改善しなければならない課題を抱えていますが、それでも三陸の海の幸の復興とともに一歩ずつ、着実に前進を続けております。そして11月になりますと第二工場の生産開始、ここから歌津小太郎の新しいステージが始まります!『歌津の旨いもの』をより多く、パワーアップしてお届けすることが出来るようになるのです。これからも応援を宜しくお願いします!


    <あとがき>
      震災直後から避難所生活、その後の地域の活動を通じて、歌津の地域や漁師の生業(なりわい)の復興に関して、漁師さん達と腹を割った議論を重ねました。そして、津波で全てを失っても、再び漁師を続けるという強い意志と、そう思わせる歌津の海の魅力を再認識していきました。漁師さん達も、仙台の老舗デパートで三陸の水産加工品を販売する私たち歌津小太郎の商品が、どんなに人気を博しているか、『歌津さんところの塩ウニにホヤ醤油漬はまだなの?』と常連のお客様に復活を熱望されていた商品が多数あったことなど、知らなかったと言います。おそらく、震災や津波など何もなかったら、そこまで深く漁師さんと水産加工屋の我々が話し合うことはなかったと思います。

      『歌津をブランド化する努力をしていなかった』、一言でいえばそういったことですが、これからは違います。地域で一体となって、歌津の旨いものを発信していきたいと思います。歌津小太郎の第二工場には、漁師さん達の期待感も一杯です。大役を担うこととなりますが、こちらも精一杯ガンバリマス!



     記事担当: 千葉孝浩



     9月2日の夜明け前の中山漁港。既に仕事を始めた漁師さんの船が見えます。この時期の沿岸部での操業は、サケ漁が主体となります。


     初秋を感じる夜明け前の空、この風景の中で仕事する漁師さんを羨ましく思った瞬間でした。(馬場中山カオル商店HP20150902


    ●セキュリテからのお知らせ●
     

    2015年9月2日 10:35三陸のさんま 2015

     被災地からのレポート

    暑かった夏が終わり9月に入りますと、私たちはそわそわし始めます!



       ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。歌津小太郎ではファンドの特典を9月下旬から10月下旬までの一カ月間に集中して送らせて頂いています。特典内容は、歌津小太郎の大人気商品の『さんまこぶ巻』を中心に歌津のうまいものとなっております。皆様に一番美味しい状態のものをお届けしたくて、『さんまこぶ巻』の中でも秋に水揚げされたさんまをそのまま使った『新物さんまこぶ巻』、これがほんの一カ月程度の限定商品なのですがコレを味わって頂こうとこだわっているからです。

       『こぶ巻なんて、お正月のおせち料理で食べるくらいかな~』そんな方も多いかと思いますが、私達のこぶ巻は仙台の老舗デパート・藤崎のデパ地下の歌津小太郎直営店舗で、年間を通じて一番良く売れる大人気商品なのです。8月中旬の帰省シーズンも『都会に戻る娘や親戚に持たせたい』と、こぶ巻をお求めになるお客様が大変多かったです。





      脂がのった特大サイズのサンマから昆布がトロっとさんまがトロっと 二重奏の味わい

     

       震災から2年半後、2013年秋にその年のさんまの水揚げを待ってようやく『さんまこぶ巻』が復活したときの様子は、こちらのブログでその裏話も含めてご紹介させて頂きました。それがこちらとなります。

    ●2013年9月19日 サンマを待ちわびる日々
     https://www.securite.jp/news/oen?a=2125

    ●2013年9月20日 さんまのこぶ巻製造再開
     http://www.musicsecurities.com/blog/community_news.php?ba=b10820a32626




      さて、ここからが本題です。今年の三陸のさんまの状況ですが、例年に比べスタートが遅れているとのことです。 見込みとしましては、9月中旬から『新物さんまこぶ巻』の仕込みに取りかかれそうです。皆様、今シーズンのさんまにどうぞご期待下さい!


    今年も美味しい昆布巻!!届けっからね(^^)/



     <あとがき>
      しばらく停滞していたFacebookページのほうですが、8月の蓮田でのイベントの様子をご紹介しています。三陸のうまいものの写真を掲載していますので、こちらも合わせてご覧になって下さい。   

    Facebookページリンク



    記事担当: 千葉孝浩

    2015年8月19日 09:16南三陸・歌津の海と地域を研究!

     被災地からのレポート

    本当に暑い日が続いていますね!  


    8月のとある早朝、歌津・中山港から歌津半島を眺める


    少し海のほうに目を移すと、、、


    太平洋から登る朝日です。この日は雲ひとつない晴天でした。(馬場中山カオル商店HP20150801)


    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。例年ならこの時期は100kmほど離れた仙台・藤崎デパートの直営店と歌津との往復を週に2回ほどこなしまして、お中元商戦やお盆の帰省時のお土産品としての『うんめぇもの需要』に対応しているのですが、この夏は第二工場の建設が佳境ということもありまして、ほとんど歌津を離れることなく過ごしております。


    実は我が町、南三陸町・歌津地区は入り組んだ海岸線と、平地が少なくてすぐに高台や森林となるという地形のおかげか、仙台に比べると夏の平均気温は2-3℃低いように思います。35℃を越える瞬間もありますが長時間続くことはなく、夕方には海風が心地よく吹いてきます。そんなわけでこの夏、私自身は夏バテすることもなく、歌津小太郎の仕事と先日ご紹介しました『歌津うんめぇもの研究会』の商品開発といった新しい事業をなんとかこなしております。


    さて今回は歌津のうんめぇもの研究の基盤となる『歌津の地域の魅力』をご紹介したいと思います。実はあたりまえに享受していたのであまり自分達では気づいていなかったのですが、震災後に来て頂いたボランティアの皆さんから教えられて改めて私たちの町の魅力に気がつくことが出来ました。そんな気づきをご紹介します。

    第一の魅力は何といっても『海』だと思います。夏なので子供たちの海での遊びについてご紹介しましよう。私の年代の小学生時代の夏休みの過ごし方は、午前中は野球、午後は海で泳ぐという毎日でした。自宅のほんの目の前が海ではありましたが馬場中山地区の海岸線は子供目線からいうと大人の漁師の仕事場としての海でして、全て遊泳禁止でしたので、自転車で2kmほどの距離にある長須賀海水浴場で毎日のように遊んでしました。男の子たちは砂浜ではなく防波堤から飛び込みをして度胸試しをする、そんな遊び方をしていました。  








    現在の長須賀海水浴場の様子です。海水浴場から防潮堤に変わろうとしています。(2015.8.16撮影)

    海で遊ぶうちにおのずと、海の生き物にも詳しくなります。正式な名前は判らなくても、磯の海藻の種類はたいてい判りました。その経験は今も活かされていますね。

    子供たちにとっては遊び場の海ですが、大人にとっては、そう、漁師さんにとっては職場そのものです。自宅からすぐ目の前に広がる太平洋が職場。海が荒れればお休み。都会で毎日通勤電車で職場に通うボランティアさんからは、心の底からうらやましいと言って頂きました。


    次に、お金の値打はつけられないと思いますが、太平洋から登る『朝日』。四季折々にいろんな表情がありますが、震災後の不自由な避難所生活のときには、毎朝、この朝日に勇気を貰いました。



    歌津・中山漁港からの朝日

    3番目にあげるとしたら、『地域の伝統・風習』でしょうか。漁師町ならではの習慣が沢山あり、それがボランティアの方には新鮮に映ったようです。伝統の漁法であったり、漁師の中でのルールであったり、初めて見聞きする人には未知の世界が沢山あったようで、いろんな質問を頂きました。「古い慣習は窮屈ではあるかもしれないけど、それを次の時代につなげること。それが他にはない歌津の魅力の一つになるよ!」そんな風に言って貰い、改めて地域の特色の一つなのだと知りました。






    アワビの開口時の様子(2015.1.9) 
    (※開口とは地元の漁協が漁業権を持っている組合員に漁を許可することを言います)


    ついこの前、震災前の歌津、中山漁港の写真が数枚出てきたのでご紹介します。撮影日時は2008年2月1日となっていました。一年で最も寒い時期のはずですが、写真からはのどかで穏やかな港の雰囲気が伝わる画像になっているように感じます。あらためてこんな感じだったかなぁと懐かしく思います。今後も歌津の海や山の写真を掲載させて頂き、より多くの皆さんに歌津を知って頂き、地元の者には気づかない“歌津の魅力再発見”に結びつくように、私たちにとっては何気ない地元の風景・風物の姿を写真でご紹介したいと思います。









    <あとがき>
    『歌津うんめぇもの研究会』の活動を始めてからうんめぇものを育む我が町の再発見をしたくなりまして、こんな記事にしてみました。皆さんに歌津の魅力が伝われば嬉しいです。
    記事担当: 千葉孝浩
    写真協力: 千葉小太郎

    2015年8月4日 14:58『歌津うんめぇもの研究会』始動!

     被災地からのレポート



    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。今回は、本当は7月上旬にすぐにでもご報告したかった私たちの地域・南三陸町歌津地区の話題を遅ればせながらご報告させて下さい。(ただいまお中元商戦の終盤で、なかなかパソコンに向かう時間が取れず、タイムリーな情報発信が出来ずにおりますことをお許し下さい)


    大震災から4年4カ月を経ました7月8日、東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の食を売り出す「南三陸ブランド戦略協議会」が発足しました。地元の漁業者や農業者、食品加工業者などが協働で活動を盛り上げまして、海産物のみそ漬けや缶詰などのこれまでになかった新しい加工品の商品開発をするというもの。既存のそれぞれの事業者の販路に加えて、高級志向の強い顧客層をターゲットにするという広がりも狙いまして、秋から県内外で本格的に販売を始める予定でおります。


    南三陸町の地域別に歌津、志津川、戸倉の各地区で、1次産業の活性化や6次産業化に取り組む3グループで構成しています。私たち歌津小太郎は『歌津うんめぇもの研究会』というネーミングで漁業者や農業者、加工業者や小売業者の仲間たちとともに活動を行います。そして私、千葉がこの研究会の会長と申しますか世話役となっております。


    7月8日の「南三陸ブランド戦略協議会」の発足式では、多くの報道陣や食に関する流通などの関係者、行政の方々にお越しいただき、様々な試作品・コラボ商品の『うんめぇもの』を試食して頂きました。  







    例えば、地元産大豆を使ったみそで漬けたホタテやホヤの加工品や、タコのトマト煮の缶詰といった試作品は、南三陸の農業者と漁師と食品加工業者のコラボの典型的なものとしてご紹介。 ワカメの茎の甘煮は、漁師の家庭料理として沢山ある定番メニューの一つとして食されているものですが、そんな普通のうんめぇものを普段は人前でプレゼンすることなどない漁師さん自身から、『甘煮に合うワカメの茎の見分け方』に始まり各家庭の秘伝の味の秘密を紹介させて頂くなど、大いに盛り上がりました。


    今後、『歌津うんめぇもの研究会』は秋からの本格的な新商品販売に向けて準備を進めて参ります。地域の取り組みにも歌津小太郎の得意分野であるモノづくり部門で関わりを持ち、生産者と加工業者が一体となって取り組める組織をめざしながら、歌津の地域全体のうんめぇものの新規ブランドを構築していくことを計画しています。


    今後、この『歌津うんめぇもの研究会』の活動もこちらで随時、ご報告させて頂きたいと思います。 歌津小太郎も歌津の他の事業者さん仲間たちも、震災からの4年の間に地域を思う気持ちが以前にも増して深くなり団結力も強まりました。


    この日を迎えるまでの関係者皆さまのご苦労に報いるためにも「楽しくなければ続かない」の活動理念を合言葉に5年先、10年先も継続する事業となるよう、異業種や世代の垣根を超えて、関わっている一人一人がやりがいを感じながら取り組むそんな『歌んめぇもの研究会』となるよう全力で頑張って参りたいと思います。
    これからも引き続き応援を宜しくお願いします。

    記事担当: 千葉孝浩  
    ※今回は、千葉孝浩@歌津小太郎・歌津うんめぇもの研究会会長兼務 として記事を書かせて頂きました。











    2015年7月3日 13:10バナナはないけど『ばなな漁港』

     被災地からのレポート

    唐突ですが『ばなな漁港』と検索してみて下さい。


    馬場中山カオル商店HP20150617

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    今回もときおり頂く質問のなかからちょっと面白い情報をお伝えします。

    歌津小太郎の創業の地である南三陸町(旧・歌津町)にはリアス式海岸の入り組んだ地形の合わせて小さな漁港が沢山あります。なかでも直線距離で2kmくらいに隣接する馬場地区と中山地区、それに名足(なたり)地区、この3つの地域のそれぞれの小さな漁港を総称して『ばなな漁港』と呼ばれているのです。

    実際のところ、私たち地域のものにとっては、3つの漁港をまとめて総称するという必要性はあまりなく、馬場漁港は馬場漁港であり、中山漁港は中山漁港とそれぞれ呼び分けています。しかし、行政側からみるとこの3つの改修工事などを行う際に、3件それぞれプロジェクトを構築するよりも、距離の近いこの3漁港を同時進行で改修工事を行ったほうが効率的といった理由だと思いますが、行政側のほうで震災よりももっと前からこの3漁港を総称して示すために『ばなな漁港』と名付けて下さいました。

    冒頭の写真は、そのばなな漁港の目の前の湾内に設置する防波堤のブロックでして、一つ一つに“ばなな離岸”と刻印がされています。果物のバナナが語源ではないので、“ばなな”とひらがなで表記するのが正しい表記とされているようです。港の見学にいらした方が、この“ばなな”という表記を見て、『なんですかソレ?』と思うことも多々あるようです。また、県の港の復興計画の中からは馬場漁港や中山漁港が復興計画のプロジェクト件名から外れてしまっているので、『小さな漁港だから見捨てられたのではないか?』と心配して下さって問い合わせがきたりしたこともありました。

    そこで今回はこの『ばなな漁港』をキーワードに私たちの町の港の復興の様子や風景をご紹介したいと思います。
    歌津小太郎の工場は、そのうちの馬場漁港のお隣に海に面して建てられていました。


    震災直後の旧・歌津小太郎工場敷地



    小太郎社長が海水汲みを行っているのが中山漁港です



    昨年2014年8月の写真となりますが、中山漁港でのホタテの水揚げの様子です。



    2015年1月9日撮影。ばなな漁港の沖合より。海からすぐに標高400m級の山々が連なっていることが判るかと思います。



    ここからは、現在のこの3つの漁港の様子をご覧いただきます。


    “ばなな”の“ば”:馬場漁港です。(地図でいうと一番南)   

    2015年7月2日 小太郎社長撮影

    “ばなな”の真ん中の“な”:中山漁港です。

    2015年7月2日 小太郎社長撮影

     “ばなな”の最後の“な”: 名足漁港です。

    2015年7月2日 小太郎社長撮影


    唐突にお伝えしたように『ばなな漁港』で検索すると、まずは釣り人向けの情報、次いで行政の漁港整備の情報、さらにブログなどでこの“ばなな漁港”を取り上げて下さった方の情報がヒットします。地域にいる私自身は普段はあえて検索することなどないので、第三者から見た私たちの地域の情報を知る機会となりました。

    現在、『ばなな漁港』は高さ8メートルの防潮堤建設の計画のもと、周辺の用地確保のための整備が進められていて、海が目の前に広がるいつも見慣れていた風景が、近い将来にはコンクリートの壁に覆われたような港に大きく変わってしまします。未だに地元でも賛否が両論の中、着々と復興事業は進められています。
    安心して暮らすための担保は防潮堤がしっかりと守ってくれることになりますが、生業を育んできた海への影響は今後少なからず出てくることも私たちは覚悟しておかなければなりません。

    震災から4年3ヶ月が経過して被災地の復興も少しずつ目に見えて変化してきましたが、ここに住み続けるための葛藤は今も抱える切実な課題です。そんな中でも漁師は今日の稼ぎに海に出ます…
     「みんな本当に頑張っています!!」


    2015年6月25日撮影。「ウニの開口」の様子

    記事担当: 千葉孝浩

    2015年6月16日 11:26ほやが美味しい季節となりました~歌津の母さん達の想いよとどけ!~

     被災地からのレポート

    南三陸町の北部、旧・歌津町周辺では、地域の第一の特産品であるワカメ漁を4月末頃で終えますと、次は『ほや』の旬を迎えます。   
     

    “海のパイナップル”とも言われているホヤ


    “ほや醤油漬”


    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。美しいリアス式海岸が続く宮城県と岩手県の沿岸部ではもともと天然のほやが多く取れました。そのほやですが、私たちにとってはこの時期になったら食べずにはいられないソウルフードで、子供のころから当たり前に食べていました。それが実は他の地域では全く知名度が低い食材であることを、恥ずかしながら社会人経験を10年以上経てから知りました。


    歌津・中山漁港(小太郎社長撮影)


    前置きが長くなりましたが、季節限定商品でゆえに数量は『さんま昆布巻』にかないませんが、『ほや醤油漬』が歌津小太郎の代名詞といっても過言でないくらいの大人気商品でした。2013年4月に工場を再建してからも、地域の漁港でのほやの水揚げが十分な量まで戻らなかったので初年度の復活は断念し、一年後の2014年5月にようやく『ほや醤油漬』の復活をさせることが出来ました。そして今シーズンですが、昨年よりもさらにほやの仕入れ量に自信が持つことが出来るまで、すなわちほや漁師さんのほうも漁の復興が進んで参りました。そこで満を持して皆様にお届けすることになりましたのが『歌津小太郎・新物ほや醤油漬と珍味のセット』!!!


    期間限定『新物ほや醤油漬と珍味のセット』


    5月21日から6月14日までの「被災地応援ファンド」セキュリテセット限定販売でしたが、お客様から「父の日ギフトに使いたい!!」と言う要望が多数ありましたので歌津小太郎ホームページと仙台藤崎百貨店「歌津小太郎コーナー」のみで販売期間をを延長(6月21日(日)まで)することになりました。


    ※歌津小太郎直筆“お父さんありがとうコースター”もお付けします!!

    このセットはあえて『さんま昆布巻』をメンバーから外しました。今回は、ほや醤油漬を“センター”にしまして、お父さん達にお酒のつまみで味わって欲しい、そんな想いで厳選したので、5人(5品)のメンバーの顔触れを検討した結果あえて『さんま昆布巻』を外してみたのです。出来れば、これまで『ほやを食べたことがない』、そういった方に是非とも一度試してほしいと思います。

    宮城県人・岩手県人が愛してやまないほやは一度食べたらやみつきになると絶賛する方がいる一方で、その独特の味と、鮮度が悪くなるとたちまち味が落ちてしまう、それも金属臭という特徴ある異臭を放つために“嫌われがちな食材”でもあります。そんなほやですが、歌津小太郎の『ほや醤油漬』は秘伝の味付けで他に類を見ないほどほやの美味しさを最大限に引き出していまして、それがゆえに年齢を問わず熱烈なファンがいるという特徴ある商品です。   


    水揚げされたばかりのほや


    山積みされたほや


    商品となったほや


    以上、歌津の現場から千葉がお伝えしました。

    記事担当: 千葉孝浩  

    PS 歌津小太郎のホームページではこんなコンテンツもご用意しました。   
    ・漁師の一眼 → こちら
    ・小太郎の四季 → こちら







    2015年5月28日 10:36歌津の漁師のおかあちゃん

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。

    今回は、これまでにもときおり質問を 頂いていた話題ですが、小太郎社長夫人で歌津小太郎の製品の味を全て決めているあさ子へのインタビューを中心にしまして、歌津の漁師のおかあちゃん達の姿をご紹介したいと思います。

    実は2014年2月には『小太郎社長インタビュー:歌津の漁師』というタイトルでご紹介していまして、戦前という時代に漁師町で生まれた小太郎社長の幼少期のインタビューを介して、歌津の昔の漁師の暮らしと当時の子供たちの様子をご紹介したのですが、それを公開した直後から、女性版と申しますか、あさ子のほうのストーリーも知りたいというリクエストを頂いていました。しかし、自分の親に改めてインタビューするのも気恥ずかしいのと、読まれる皆さんの関心がどこにあるのか、身近にいる者としては非常にまとめにくいテーマだと思いまして、長く保留にしていました。

    その書きにくいテーマをちょっと工夫をしまして、あさ子へのインタビューはウチの製造スタッフ兼事務兼広報担当の渡邊に任せまして、歌津の昔の暮らしぶりと『食のこと』についてもイメージしてもらえればと思います。



     === 独占インタビュー ===

    “小太郎社長の妻・あさ子さんの、(有)橋本水産食品が生まれるまで”

    渡 邊:さて今回はあさ子さんに子供の頃のお話しから順に伺いたいと思います。女性に年齢を聞くのは失礼ですが、インタビューという事でお許し頂いて、教えて頂けますか?

    あさ子:はい、いいですよ!昭和18年生まれで、兄姉は五人。私は末っ子として生まれたよ。生まれも育ちも※旧歌津町(うたつちょう)・馬場(ばば)だね。
    ※H17年に歌津町と隣町の志津川町が合併し、現在は南三陸町となっています。

            

    渡 邊:あさ子さんの幼少時代~中学校時代のお話をお聞きします。小さい頃はどんな遊びをしていましたか?                                        

    あさ子:そーだねー、かくれんぼや石けり、お手玉、おはじき、縄跳び、馬っこ(まっこ)乗りかな~?    

    渡 邊:えっっ?馬っこ乗りってなんですか?

    あさ子:人数が揃うと馬になる人と上に乗る人を決めて、下に落ちないように次々に飛び跳ねて乗っていくの。落ちたり、馬の形がくずれるとやり直しする遊びだね。馬になる人は大変だよ。増えれば増えるほど重くなっから、つぶされてしまうっちゃ。

      
     
           
          ※当時の『馬っこ乗り(飛び)』  Ieより

    渡 邊:馬になる子は危ないですねぇ。 そんな中、浜生まれの浜育ちのあさ子さんは海とはどのよう関わってきたんですか?

    あさ子:そうだね~、小学校三年生頃から両親と一緒に船に乗って行って天然のわかめの「わかめあげ」 を手伝ったなぁ。 当時は半農半漁の生活だったから、学校に行く前に朝仕事として畑に行っては麦ふみをして、海に行ってはわかめあげをしてからでないと学校には行かせてもらえなかったんだよ!

    体を動かせばお腹もすくし、かと言って食べる物もないからね。自分の家の仕事の他にも手伝いに行ってはお米をもらったりしてね。高学年になると、海藻とりやウニ・アワビの開口にも連れてってもらったりしてね。            

    渡 邊:子供なりの役割があって手伝いは必須だったんですね。  

    あさ子:そうだね、幼い頃から当たり前のようにしてきたから、これが(手伝い)糧となって、今があるようなもんだね。

    渡 邊:手伝いの中にも女の子は台所の手伝いもあったと思うんですが、やはりこの頃から料理の手伝いがあったからこそ今の料理上手に繋がるんでしょうか?

    あさ子:いやいや、料理は結婚してからだよ。もちろん、台所の手伝いはしてたけどね。



             


    渡 邊:そうなんですね!結婚という言葉が出ましたので、ここからは結婚してからのお話をお聞きしたいと思います。小太郎社長と結婚したのは何歳の時ですか?
     
    あさ子:昭和41年だから、社長が25歳で私が23歳の時だね。どちらの家も漁師の家庭でね。当時の千葉家は網差しや天然ホヤをやってたね。それからかれこれ6年経って長男、孝浩(現在、(有)橋本水産食品専務)が生まれ、その3年後に次男、馨(現在、かなっぺ経営)が生まれたのね。次男が生まれた年に橋本水産食品として創業、その後(有)橋本水産食品として会社を設立。有限会社になってからは私が、ほや、めかぶの原料を各浜に買いにトラックで歩いたね。

    この頃のほやの味漬けは小太郎社長だったんだよ。ある方のあるたれとの出会いがあってね、その一品を応用して歌津小太郎の味を作り上げてきたの。煮物や昆布巻なんかは私独自の味で味漬けしてたけどね。それと、採った海藻は社長が市場へ売りに行ってね。

         
            
             こんぶ炒り作成中のあさ子さん

    渡 邊:そうだったんですね。 幼少時代から結婚後までのお話をお聞きする事ができ、ますますあさ子さんファンになりました。有り難うございました。

    以上、渡邊がお届け致しました。



    歌津小太郎の商品づくりのこだわりを一言で言えば「人」です。

    もちろん新鮮な旬の素材や地元でしか食すことのできない料理法など、物「モノ」を通じ味や風味を表現するためのこだわりは当然あります。

    しかしながら、この自然豊かな環境で生まれ育った私たちにしてみれば商品を作るうえで物へのこだわりは、当然に備わっている基本的な要素です。それよりも、その自然を熟知している経験や素材の特性を引き立たせる熟練された技術こそ私たちが商品に吹き込まなくてはいけない者「モノ」としてのこだわりです。

    今回の記事はそんな私たちのモノづくりの一面を少しでもイメージが膨らむようお伝えできればと思い、歌津小太郎の味付けの原点を築いた創業者の人となりをご紹介しました。現在、製造スタッフ10名ほどで毎日の商品づくりをより「いいモノ」にするべく作業工程を日々工夫し、作り手の立場を楽しみながら業務にあたっています。

    現在建設中の新工場も高度な衛生環境にするため、最新の設備が導入される計画で進めていますが、決して大量生産ではない、手づくりのやさしさが伝わる「モノづくり」にとことんこだわり、これからもお客様に必要とされる事業となるよう精進してまいります。

    <あとがき>

    小太郎夫人のあさ子へのインタビューはいかがでしたでしょうか?

    私も知らないことが沢山ありました。最初に出資者の方にリクエストを頂いたときは、どんな記事が書けるか想像もつかなかったのですが、担当した渡邊がうまくその辺を引き出してくれたと感じています。 おかげさまで工場を移転し、限られたアイテムから製造を再開して丸2年を無事に迎えることが出来ました。水産加工に必要な海水の引き込みが依然かなわない状況の中、スタッフ一人一人が持ち得ている知恵と技術でここまでの商品を扱えることが出来ました。もちろん未だにお客様からのご要望にすべてはお答えできていない部分に関しては、何よりも優先させなければいけない課題と捉え、今後は取り組まなければなりません。

    正直なところ事業再開から、この半年ぐらい前までは私自身「焦り」、「迷い」、「弱気」と言ったマイナス思考的な考え方がどうしても頭の中の大半を占領していました。もちろん今になってもこの要素は一つも解消できている訳ではありませんが、なんとなく上手に付き合うことが出来るようになってきた気が最近しています。その要因は何なのかを自分に問いかけてみると「期待」、「信頼」、「覚悟」と言う前向きな気持ちを心に持てるようになってきたからなのかと感じています。

    これからも皆様からの力強い応援をなによりの原動力に、私たちの最大の武器であるスタッフ一丸のチームワークで自分たちにしか出来ないモノづくりに挑戦してまいります。
    これからも応援よろしくお願いします。

    記事担当  インタビュー/渡邊笑美、 本文/千葉孝浩








    【100セット限定】新物ほや醤油漬と珍味のセット

    旨みたっぷりの絶品のホヤを醤油漬にしました。
    旨みが引き立ち一度食べたらファンになること間違いなしの
    自慢の一品です。

     

    2015年4月23日 14:32復活2年目~2月・3月の報告:第二工場着工・ホームページリニューアル~

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    『毎月11日に更新するぞ!』と決めて始めたいろいろな思いを盛り込んでご報告する毎月配信のブログがここのところ滞ってしまっておりました。今回は2月と3月の経過をまとめてご報告します。


    既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、長いこと動きのなかった歌津小太郎のホームページを2月27日よりリニューアルしました。同時になんとFacebookもはじめました。

    ホームページ→http://www.utatsukotaro.co.jp/
    facebook→https://www.facebook.com/utatsukotaro




    これは、なかなかパソコンの前での作業に時間を取ることができない私に代わって、製造スタッフ兼事務担当の二人が、今年1月の初めからスタートしたプロジェクトの成果です。漁師町の奥様達なので魚をさばくのは得意でも、こうしたパソコン作業はとっても苦手!そこのところをなんとか試行錯誤しながら、得意な人に教わりながら仕上げました。手作り感満載で歌津小太郎らしい出来栄えになっているかと思います。

    こうした独自のホームページやFacebookでの情報発信に加えて、ここのところの1年半ほど力を入れていた被災地応援ファンドのこちらのブログでの発信を通じて、より多様な局面から私たち歌津小太郎と私たちが暮らす歌津の地域への理解を深めて頂ければと思います。


    さて、今回のブログの主題ですが、既にピークを過ぎてしまってからのご報告で本当にカッコ悪いのですが、歌津小太郎の拠点であります南三陸町・歌津の港では2月下旬からワカメ漁が始まり、3月から4月初旬にかけてピークを迎えました。そのワカメ漁のご報告に始まり、2月と3月の進捗をお伝えしたいと思います。

    また、今回は出資者の方から意外な質問、「小太郎社長は最近どうしていますか?」というものを頂きましたので、そちらにお応えしつつ、私たちの現状を踏み込んでお伝えしたいと思います。

    ●歌津に春到来! 
    ワカメ漁2015 3月下旬から4月上旬の歌津・馬場中山の港の様子はこんなかんじとなります。


    朝日が昇る前から作業をするワカメ漁師さんの船です。
    列になって浮かんでいるのは、ワカメ養殖のロープを支える浮きです。



    朝日が昇る頃に作業をする船をもう少しズームしてみましょう! 
    以上の写真2枚馬場中山カオル商店HP20150328



    もう少し太陽が昇ってからの写真です。(朝日の写真とは別の日)



    港での収穫したワカメの処理作業風景の遠景です。
    上記の写真2点とも馬場中山カオル商店HP20150402



    漁師さんの家族単位で作業を行っています。 馬場中山カオル商店HP20150330


    今年の歌津のワカメは、海水温の低温が影響して生育が遅れたこともあり、思うような収穫が出来ないシーズンとなりました。ワカメそのもののご紹介は、歌津小太郎の商品のご紹介に交えて次の活動報告のなかでお伝えします。

    ●2015年2月~3月の歌津小太郎の活動報告
    【新物めかぶ2015】
    今年の2月は天候にも恵まれ、寒い時期のメカブ特有の新芽で柔らかい良質のメカブを用意することが出来ました。その新物メカブと歌津小太郎自慢のさんまの昆布巻をセットにした、春限定のセキュリテセットを今年も販売させて頂きました。おかげさまで82名様から98セットのご注文を頂き、またまた全国に送らせて頂きました。
    お買い上げ頂いた皆様には、あらためて感謝感謝の気持ちでいっぱいです。
    ありがとうございました!



    【第二工場建設】
    1月22日に地鎮祭を行いました歌津小太郎第二工場ですが、諸般の事情で着工はそれから一ヵ月以上後の2月26日からとなりました。第一工場のお隣に出来ますので私も他の製造スタッフみんなもワクワクしながら工事の進捗を見守っています。   


    地盤改良工事が始まりました。2015.2.26撮影


    2015.3.3撮影


    2015.3.26撮影


    2015.4.14撮影


    2015.4.22撮影



     ●歌津小太郎への素朴な疑問 Q&A
    仙台・藤崎の常連のお客様からは、
    「歌津小太郎さんの姿をお店で見なくなったけど、今はどうしていますか?」
    ファンドの出資者の方からは、
    「小太郎社長の姿をブログの中ではあまり見かけないけど、お元気ですか?体調など崩されていないでしょうか?」

     あるいは、半分冗談ではありますが、
         「千葉さん(孝浩)は『2代目・漁師の歌津小太郎』を“襲名”されたりしないのですか?」
    といったお声をときおり頂きます。

    「あれれ、もしかしたら小太郎社長の存在感がここのところ薄くなっていたかも?」と、気付かされました。ご心配をおかけしてすみません!
    小太郎社長はもちろん元気にしておりますが、お客様の前に姿を見せることが少なくなった、その理由をご説明したいと思います。

    小太郎社長は10年ぐらい前までは仙台・藤崎の直営店舗にほぼ毎日店頭に立っておりました。(私がお伝えするのも手前味噌ではありますが)実は、藤崎の常連のお客様の中には、『歌津小太郎商品のファン』というよりは『小太郎社長ファン』という方も少なからずいらっしゃいました。その後、体力的にも歌津~仙台を毎日通うことが厳しくなり、小太郎社長の代打で店に立つ私に、「あれ、今日は小太郎さんは?」と問いかけられる方が多かったので、『小太郎社長ファン』というのは言い過ぎではないと思っています。

    2011年の震災・津波で被災してからは生産資源を全て失ったので、販売するものも無くなってしまいましたから、そのような形で小太郎社長がお客様の前に姿を現すことはなくなってしまいました。その後、2013年3月に仙台・藤崎の直営店舗が復活し、さらにその一ヵ月後に歌津・管の浜の現在の工場が出来てからは、実は小太郎社長には歌津での重要な任務、それも小太郎社長にしか出来ない特殊任務的な作業があり、仙台の店舗のほうにはなかなか顔を出すことが出来なくなってしまいました。
     
    「その重要な任務とは…?」  
    …実は『海水汲み』なんです。

    通常期ですと毎日500ℓの水を2往復、取り扱い原料によっては毎日5往復も海水を汲んでは軽トラックで工場に運んでいるのです。

    以前の工場は海の目の前に建っていましたので、原料を洗うための海水は海から直接くみあげていましたが、現在の工場は内陸に500mほど入ったところにありますので、このような海水汲みの作業が必要になりました。

    そもそも、なぜ真水ではなく海水を使うのか?
    海産物の下処理は真水を使ったのでは製品になりません。私が言うまででもありませんが、素材の良さを引き出すためには出来るだけ自然に近い状態で作業しなければなりませんし、細胞や繊維を壊さないためにも水産加工では海水での下処理は基本中の基本です。例えば、めかぶ漬の下処理でメカブを洗浄する工程がありますが、この作業を真水でした場合、メカブの鮮やかな緑の色や独特のねばりが極端に損なわれてしまいます。また、一日の作業を締めくくる清掃作業では作業場の床や壁の洗浄も海水で洗い流すと、次の日の朝の状態が全然違います。  


    震災前工場があった近くの中山漁港で、海水汲み
    に取り掛かる、小太郎社長  








    『海水汲み』の作業を終え、海を見ながらくつろぐ小太郎社長です。 馬場中山カオル商店HP0326

    この『海水汲み』ですが、現在の第二工場建設と合わせて、海水を引き込む工事が出来るように行政に申請し調整中なのですが、いまだに最終判断が出ていません。この件のネックは港の整備の進捗なのですが、今後の歌津小太郎の商品製造の生産性に影響する重要事項なので、引き続き働きかけを行って参りたいと思います。


    <あとがき>  
    歌津小太郎のブログは、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

    現在、第二工場建設対応で本当にバタバタでして、すぐには全てに対応出来ないと思いますが、少しずつ皆さんのご要望にお応えしつつ、歌津小太郎のありのままをご理解頂けるように努めたいと思います。

    ときおりこのあとがきで現在の歌津小太郎の復興の進捗度合いを登山に例えて参りました。前のブログを読み返してみると、2014年4月18日配信の記事でちょうど2014年の第一四半期を終えた時点での進捗として「登山に例えると6合目まできた」という報告をしていました。それからちょうど1年が経過しましたが、この間は6合目からなだらかに長く続く7合目を目指して歩み続けてきたといったところです。

    実は首都圏のデパートなどから催事販売への出店のお声掛けなども頂いているのですが、まだまだ生産体制が十分でないため、直営店舗の『仙台・藤崎』、工場のお隣の『みなさん館』、そして震災前からの販売代理店である加藤物産による小規模な催事販売という既存のこの3つの販路への供給を間に合わせるだけで精一杯という状況でしたので、泣く泣く断念していました。ビジネス用語的に申しますと、ボトルネックが『生産体制』でして、具体的には本来は水産加工の『二次加工』を行う設備で、『一次加工』も行わなければならなかった故に効率の悪さが原因でした。(ちなみにこの『一次加工』に海水を沢山使っているわけです)

    そのボトルネックですが、この秋にオープンの第二工場が完成すると一気に状況が変わります。登山に例えるならば、7合目の先には斜面60度の難関が待っているというイメージでしょうか。第一工場の倍の生産量に増やすことが出来るのですが、一方ではそれを支える製造スタッフを増員しなければなりません。秋からのボトルネックが『製造スタッフ』となることが明確なので、その準備を今からしております。

     …と、ここまで書いたところで、(いつものことですが)あとがきなのにとても長くなってしまいましたので、今回はここまでで締めたいと思います。

    まだまだ沢山のハードルを抱えながらの事業再建ではありますが、引き続き応援を宜しくお願いします。




    記事担当: 千葉孝浩

    2015年4月15日 11:52行って来ました!

     被災地からのレポート

    遅くなりましたが・・・
     埼玉県蓮田市・第25回商工祭さくらまつりが4/4(土)行われ
     (有)橋本水産食品より千葉孝浩が歌津小太郎の代表として行って来ました。

    今年のさくらまつりは、天気が心配されましたが、 まつりが始まる少し前には雨があがり、
    まつり中は 何とか降らずに持ちました。
    きっと何処かにお天気男・お天気女がいたのかな~と思います。


    当日の祭りの様子


    毎年のことながら、沢山の人で賑わいます。


    今回のさくらまつりも毎年お世話になっている“はすだ支援隊”の 皆さんの応援があり、
    おかげ様で持参した商品はすべて完売となりました。
    本当に有り難うございました。
    蓮田の皆さんの協力と支えがあってこそ、歌津小太郎の今があります。
    今後も深いお付き合いを続けていくと共に、皆さんの応援にこたえて いけるよう、
    三陸・歌津の『うまいッ!』をお届けしていきたいと思います。


    目印の大漁旗



    トレードマークの、歌津小太郎ハッピにバンダナ帽の千葉と、
     “はすだ支援隊”のリーダー、小森さん。


    試食の提供をしている、千葉



    ブースの外でも・・・


    お子様連れのお客さんもたくさんきて頂きました。


    南三陸町・歌津 馬場・中山地区キャラクター“海藻戦隊・わかめんジャー”は
    残念ながら登場しませんでしたが、
    蓮田市のマスコットキャラクター“はすぴぃ”が来てくれました。
    子供達も大喜び!



    また、毎年8月に行われる、“はすだ市民まつり”にも、出店する予定でおりますので、
    夏にも『歌津小太郎』の旬の味を持って皆さんに会いに行きたいと思います。
    今後共、宜しくお願い致します。


    記事担当 渡邊 笑美

    2015年4月2日 11:29今年も行きます!さくらまつり!

     被災地からのレポート

    今年もさくらの季節がやってきました。
    『歌津小太郎』にとって4回目の出店となるさくらまつり。
    (有)橋本水産食品・千葉孝浩がトレードマークの歌津小太郎ハッピに バンダナ帽を身にまとい、皆さんに会いに行きます。


    ↑こちらは去年の様子。わかめの試食とセールスに追われる千葉。
     昨年同様、この機会に歌津の地域と歌津小太郎の復興の進捗もお伝えできればと 思っています。


    今回は、
    ・新物 湯通し塩蔵わかめ
    ・新物 めかぶ漬
    ・陸中漬
    ・ひと味ぼれ/ほたて
    ・さんま昆布巻 の5アイテムが小太郎ブースに並びます。
     南三陸町歌津の旬の味と地元漁師のお母さん達が作るおふくろの味をお持ちしますので、
    皆さん是非!イベント会場へ足を運んで頂ければと思います。


     ■埼玉県蓮田市・第25回商工祭さくらまつり
    日 時: 2015年4月4日(土) 午前10時~午後4時 ※雨天順延
    場 所: 元荒川河川敷公園(蓮田駅より徒歩10分程度)
    会場までは、蓮田駅東口よりのぼり旗を目印にご来場いただけます。
     (会場付近の混雑緩和の為、公共機関をご利用ください)

    詳しくはこちら↓
     http://www.nihon-kankou.or.jp/saitama/detail/11238ba2210115879


    ↑去年のさくらまつりの様子。
     絶好のさくら日和でした。


    ↑海藻戦隊・わかめんジャー。 今年は来てくれるかな~?


    【解説】 私達、歌津小太郎のある南三陸町の馬場中山地区と蓮田市さんとは震災を機に深くおつきあいをさせていただいています。蓮田市と白岡町の建設業者さんの有志により結成された“はすだ支援隊“の皆さんが初めて馬場中山地区のボランティアに来ていただいたのが2011年4月下旬。それ以来、ガレキ撤去、炊き出しに始まり、第二避難所建設、道路建設といった大きなプロジェクトも私達・地域のメンバーを導き奮い立たせながら協同で活動してくださいました。震災から4年を経過した今もなお、ご支援を継続して頂いています。


    記事担当 渡邊笑美

    2015年3月25日 14:01『震災から4年 東北の食を楽しむランチ&トークイベント』参加報告

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    先日の週末、3月21日(土)に『震災から4年 東北の食を楽しむランチ&トークイベント』に参加して参りましたのでご報告します。

    震災から丸4年を迎えましたこの3月、私たち歌津小太郎にとっては2013年4月に工場を再建してから“丸2年”を迎えようとするこの時期ですので、歌津小太郎のナンバーワンの人気商品である『さんまの昆布巻』と今が旬の『めかぶ漬』をお持ちして伺いました。


    『さんまの昆布巻』と今が旬の『めかぶ漬』。4月中旬までセキュリテセットとしても販売中!




    実はこれまで、ミュージックセキュリティーズさんから何度も東京でのイベントにお誘い頂いていたにも関わらず、日々の製造と仙台の直営店舗での販売、そして新たなる挑戦に向けた様々な業務に忙殺され、なかなか東京まで出向くことが出来ずにいました。前回、歌津小太郎が東京でのイベントに参加させて頂いたのが、工場再建直後の2013年7月、その頃はまだ原材料が揃わないという事情で看板商品の昆布巻の復活が果たせておらず、事業再建はしたもののヨチヨチ歩きという段階でした。今回は、ようやく歌津小太郎を温かく支援して下さる皆さんの前で、自慢の昆布巻とともにご挨拶することが出来たわけです。


    イベント会場内の様子


      ゴメンナサイ。ちょっと暗くて判りませんが、私(千葉)です。


    今回は、10社くらいの事業者さんが参加するイベントで、立食パーティー形式でしたが、全員の前でお話 させて頂く時間も5分ほど頂きました。 …が、残念なことにちょっと舞い上がってしまい、重点的にお伝えしなければならないこと、本来は歌津小太郎の新たなる挑戦である第二工場のこともう少し詳しくお話すべきでしたがうまくお伝えしきれないままに終わってしまいました。こういった場に慣れていないなと大反省。


    しかし、イベント全体が約3時間半とたっぷりの時間をとって頂いたので、歌津小太郎の試食コーナーにお越しいただいた多くの皆さんと十分にお話をさせて頂くことが出来ました。どういった期待をこめて私たち歌津小太郎を応援して頂いているか、そういったお話も直接お会いして出資者側の思いを伺うことが出来た貴重な体験でした。本当にありがとうございます!


    会場内に設けた『歌津小太郎試食コーナー』


    商品以外の話題なのですが、実は一番多かったお声がけが、
       「ブログを読ませて頂いています。文章がウマイですね!」
    というもの。嬉しいような、気恥ずかしいような…すなわち、こちらに書かせて頂いている長文のブログのことです。多くの方にこうして反響を頂きましたので、この場を借りて歌津小太郎ブログに関して補足しておきたいと思います。


    長文ブログの後半にもいつも書いていますが、『被災地からのレポート』に私たちの本音の思いも含め沢山のことを綴るようになりましたのは、出資者の方からのアドバイスによるものでした。

    ・会社の名前が“有限会社橋本水産食品”で、  
    ・私の苗字が“千葉”で、    
    ・ブランド名が“歌津小太郎”で、、、

    この3つが関連づかずに判りにくいので、そこをブログ記事で説明してはどうか? こういったアドバイスを皮きりに、「出資者の目線で見ると歌津さんのココが判りにくいから。。。いい商品なのに伝わっていないから。。。こういう表現で伝えると都会の人にも判りやすいのでは。。。」といったように効果的な発信のためのアドバイスを頂くようになりました。その結果生まれたものが歌津小太郎の長文ブログなのです。


    そんなわけで、私自身の文章がウマイのではなく、なかなか出資者の皆さんの前で“歌津小太郎”の全容をご説明する機会を持てなかった私たちを“広報(後方?)支援”の位置づけでサポートして下さるようになった出資者の方との合作が、うまく読者の側に届いているということなのです。

    ブログに関するお声がけを頂いた皆様には、そのような出資者の方とのコラボ記事であることをお伝えしまして、従業員10数名の小さな会社である我々にとっては、遠くにいても『出来ることを出来る範囲で支援して下さる力』、すなわち出資者の皆さんのお力を得たことが、事業再建の一番の推進力となっていることを感謝の気持ちとともに述べさせていただきました。


    もちろん、ブログの話題だけではなく、『さんまの昆布巻』と『めかぶ漬』をご試食頂いての感想や、“首都圏で昆布巻を買えるようにならないのか?”といった嬉しいお声掛けも沢山頂きました。ありがとうございます。

    4年たって徐々にあの大災害の記憶が風化していく中、私たち東北の事業者のために集まって下さった皆さんに本当に感謝します。

    歌津の海岸は、現在、ワカメ漁の最盛期でして4月下旬まで収穫が続きます。気候が良くなって参りますこれからの季節、東北を旅行される際には、是非、南三陸町・歌津にお立ち寄り頂ければと思います。


    有限会社橋本水産食品 千葉孝浩


     
     

    2015年3月6日 09:54ホームページがリニューアル!

     被災地からのレポート

    しばらくの間、動きの感じられないホームページでしたが、
    遂に!!
    常に新しい情報が目に見えるホームページが誕生しました。

    これまで(旧ホームパージ)から、生まれ変わるまでの日は事務所スタッフが
    ホームページ作成チームとして、日々活動してきました。
    写真の撮影から始まり、文章の校正・レイアウト、また自身が思っている意見を
    お互いに 出し合いながら、1月中旬から2月下旬にかけて作りあげてきました。


     ・・・とある作業風景での会話
    校正スタッフ「この写真はどうでしょう?」
    撮影スタッフ「う~ん、もう少し中央によせた方がいいかな・・・」 etc.

    こんな感じの会話が1か月半続き、納得がいくまで意見を出し合い、
    ようやく、Newホームページが出来上がりました。


    また、新たな試みとして、初めてfacebookも始めました!
    是非こちらも、活用して頂ければと思います。

    詳しくはこちらまで↓
    facebook→https://www.facebook.com/utatsukotaro
    ホームページ→http://www.utatsukotaro.co.jp/


    記事担当 渡邊笑美

    2015年2月24日 10:01復活2年目~1月の報告&私たちが第二工場を作る理由~

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    2015年もあっという間にニカ月が過ぎようとしています。私たちの拠点であります宮城県南三陸町(の北部の旧・歌津町)では、何日か雪が降りましたが積もるというほどではありませんでした。しかし、太平洋に面するこの地域特有の強く冷たい風で寒さは格別です。この寒さが海の中で美味しい宝物を育んでいます。


    歌津・馬場地区の港です。吹きっさらしの状態の中ですが、ワカメの収獲に必要な機材を準備している様子です。(馬場中山カオル商店HP20150212)


    歌津の海の宝物の一つ、アワビです!  今年初、1月9日の“アワビの開口”での収獲です(馬場中山カオル商店HP20150109)


    今回はいつもと趣向を変えまして、前回の長文のブログ(1月21日配信の12月の”お歳暮商戦最終報告と直近3カ月の予定”)でお伝え切れなかった話題、私たちの第二工場建設の話題を先にお伝えし、後半で1月のご報告をしたいと思います。


    ●『漁師 歌津小太郎』第二工場の地鎮祭~そして建設を決断した理由
    先日、短いブログで速報をご紹介しておりますが、1月22日に『漁師 歌津小太郎』の第二工場建設の地鎮祭を執り行いました。第二工場建設に関しては当然、大きな投資となるわけですが、忙しさの中で皆さまに詳しい経緯をご報告出来ないままに突然のご報告となりましたかと思います。誠に申し訳ありません。事後報告となってしまいますが、改めてご説明したいと思います。


    2015年1月22日、第二工場の地鎮祭を行いました!


    【漁師 歌津小太郎の第一工場と第二工場の概要】
    2011年3月11日の津波被害で、私たちは海に面して建っていた工場を含め全ての生産資源を失いました。2年間のブランクを経ましたが、多くの皆様と国や地域行政の支援により、2013年4月に宮城県南三陸町(旧・歌津町)管の浜という地域(そこは海岸線から500mほど入ったところです。)に旧工場の半分くらいの規模の水産加工工場を再建しました。

    今回、新たに建設します第二工場は、この管の浜の第一工場と同じ敷地に隣接して建てるものです。機能としては第一工場が震災前の主力商品でした『メカブやホヤなどの生鮮加工食品』を生産するのに対し、第二工場では現在の主力商品である、さんま昆布巻などの『昆布巻専用の生産ライン』を有し、歌津の海で水揚げされたホタテやアワビに牡蠣、そして宮城県人が愛してやまないホヤなどの海産物の『一次加工と急速冷凍加工』を行うという役割の工場となります。ほとんどが手作業で行いますので工場というより『水産加工場(かこうば)』という表現のほうが合っているかもしれません。また、第二工場には小スペースですが、販売できるコーナーも設けて、地域での自社加工商品の利便性も高めて行こうと計画しています。



    ●第一工場の概要(比較のため)
    建屋面積:  182.18平米
    完成年月:  2013年4月


    歌津小太郎新工場の全景(完成直後に撮影)です。 歌津小太郎HP20130518


    ●第二工場の概要(および今回建設する付帯設備)
    建屋面積:   343.95平米
    延べ床面積: 603.14平米
    仕様:       鉄骨2階建て(販売スペースを含む)
    工事期間:  2015年3月から9月を予定



    第二工場完成予想図

    【私たちが第二工場建設を決断した理由(わけ)】
    第二工場が出来ると、歌津小太郎では震災前には取り扱っていなかった生鮮品の海産物も取り扱うことが出来るようになります! すなわち、ビジネスの範囲が格段に広がります。


    この大きな挑戦へのきっかけとなったのには、大きく二つの要因からでした。
    一つ目の要因は、支援して下さる皆さんとの交流から生まれた『歌津の旨いっを届けたい!』という強い思いでした。そして二つ目は、震災前の歌津小太郎を再建するという考えだけでは解決できないことがあまりにも多く、その状況から脱したいと切に願ったことからでした。


    『支援して下さる皆さんとの交流』とは全国に広がる支援者の皆さんとの交流を全て書き出すと語りつくせないくらいの長文になってしまうので、中でも象徴的な出来事をご紹介します。震災から1年後の2012年4月より、毎年4月・8月・11月の3回、埼玉県蓮田市の地域イベントに呼んで頂き、歌津の漁師さんが食べている旨いものを支援者の皆さんと一緒に販売させて頂いたこと(こちらのブログでも随時報告させて頂いていますが)これが私たちに強い力を与えてくれました。


    蓮田市の土木・建設業の組合の皆さん達(その名も“はすだ支援隊”)とは震災直後からその専門性を生かしたボランティア活動で、私たちの避難所である歌津・馬場中山生活センターを支援して頂いたことをきっかけに、その後、避難所が解散となってからも長きに渡って支援を続けて下さった方たちです。そんなご縁から始まりまして、年に3回の地域イベントに呼んで頂くようになりました。最初のうちは、ホントにそれしかなかったという事情もありますが、『南三陸(歌津)特産のワカメ』のみを販売していました。



    震災後、間もない時期は、このワカメ一品だけでも、「肉厚でしっかり味がある!これがホントのワカメの味なんだ~!」と大変に好評を頂きましたが。その後、回を重ねるごとに地域イベントにお越し頂いたお客様のご要望がワカメだけではなく、ホタテとかカキとか多種にわたる歌津の海産物であることに気づきました。当時(2012年-2013年頃)の南三陸・歌津の海の復興状況を知っている支援隊の皆さん(←何度も申しますが、本業は土木建設業)は、そのような要望にも「まだ加工施設が整備されてないんでワカメしか販売することが出来ないんですよ~」と、歌津から少人数で来ている私たちを代弁して誠意のこもった対応をしてくださいました。その姿を見て、「いつか必ず歌津小太郎のとっておきのうまいッを持って来よう」そして、支援隊のみんなに「歌津小太郎のこれがうまいんですよ」とか「今回の目玉はこれです」とお客様に自信をもってお勧めできる海産物を一緒に売ろうという意欲が芽生えました。

    2014年11月3日、蓮田市イベント(このときは歌津小太郎商品とホタテ焼きを提供)の完売達成シーン――「バンザ~イ!!!」
    写真に写っている皆さんが私たちに力を与えてくれる恩人たちです!



    さらには、震災前からの歌津小太郎直売店舗(仙台市内)のお得意様から復活を待ちわびている商品、特に人気なのがホタテやホヤやアワビなどを使った商品ですが、そういった商品に対しての声がたくさんあるのにも関わらず、全く手を付けられていない不甲斐なさ…応援してくれている皆さんをいつまで待たせなくてはならないのか…そんな心のうちでの葛藤があり何とかして実現しなくてはと言う自分でもびっくりするほどの強い気持ちを持てたことでした。


    大きな挑戦へのきっかけとなった二つ目の要因ですが、再建に向けた道のりのなかで何度も壁にぶつかった経験から、これまでのような自分たちの役割だけ、すなわち震災前の歌津小太郎に戻ろうとするだけでは全く前に進めないという現実に直面した時でした。

    宮城県の中でいうと、気仙沼や石巻は町としても港としても規模が大きく、専門的に言うと『拠点港』という位置づけですので、復興は第一優先で行われました。しかし、ホントに小さな漁港が海岸線に点在していた南三陸町では、津波で被災した後の港の設備の再建が大幅に遅れています。そのため、漁師さんが採った海産物の『一次加工処理(魚介類の洗浄→規格品の選別)』を行うという部分が現在もほとんど機能していません。従って、これまで常識だった『地域の漁港で水揚げ後すぐに一次加工処理をし、衛生管理をしっかり行った流通を行う』ということが出来なくなっています。


    2014年8月上旬、歌津・中山地区での震災後初のホタテの水揚げです。といっても港に設備(洗浄・冷蔵庫・選別場etc)がないので、水揚げ後すぐに別の地域の加工場に移して、一次処理を行います。



    以前であれば、私たち歌津小太郎のような水産加工場は『二次加工(下処理→味付け→包装)』の仕事だけをしていたのですが、私たちの仕事の上流側である『一次加工処理』が停滞していたのでは商品が作れませんので、現在は不便ながらも我々のほうで一次加工処理も行っています。


    『海産物の一次加工』というのと、歌津小太郎の現在の工場の違いというのも一般の方には判りにくいかと思います。歌津小太郎では、海藻類や魚や魚介類を調理してパック詰めし、2週間とか1カ月とか3カ月の賞味期限のものを作りますので、衛生管理を徹底して行っています。そのような体制を『二次加工』と言います。この二次加工の調理場の中に、海から水揚げされたそのままの魚介類を持ち込むのは衛生管理上、あまり好ましくありません。ホタテを例にとりますと、水揚げされたそのままのホタテは、貝殻に藻などが沢山ついていますので、多様な海の微生物と食品二次加工のスペースを共通で使うのは、衛生面でのリスクが高まるためです。


    もう少し詳しく申しますと、震災前は、歌津の小さな漁港のそれぞれが、一次加工施設を持っていたので、そういったところで一次加工したもの、ホタテでいえば貝柱の状態で歌津小太郎工場に仕入れていたわけです。その一次加工施設がないので、現時点では、キッチリと衛生管理に配慮しながら、歌津小太郎の現在の工場内でその一次加工も行っているのですが、このままでは衛生面だけでなく生産性も大変に悪いのです。その結果、これまでのブログの中でもときおり触れておりましたように『港の一次加工施設の整備まで、まだ復興の手が回っていないため、歌津小太郎の得意とするところ(二次加工)に全力投球出来ない』というわけです。我々、歌津小太郎が震災前と質と量で同様くらいの商品ラインナップにまで戻すには何をしなくてはないのか…「公共投資での整備が待てないならば、歌津小太郎の一次加工施設を作れないだろうか?」そう強く思い始めるようになりました。

    「なんとかしなければ!」とモヤモヤした気持ちでいたときに、南三陸町から地域産業の復興に向けた補助事業の公募を目にしました。歌津小太郎の工場再建からちょうど1年後の2014年5月初旬のことでした。

    「これだ!これしかない!!」藁にも縋る思いとはこのことだと直感しました。これからやらなくてはいけない私たちの事業像や地域水産業の将来の姿について、積りに積もった思いのたけを申請書に敷き詰めました。国と町が審査する補助事業のため、取り決めの項目や施設環境の条件など、詳細な制約を一つ一つクリアしながら申請受付最終日の昨年(2014年)5月31日、締切ぎりぎりの1時間前に何とか提出することが出来ました。


    各申請書類のファイルです。



    その後、お中元やお盆商戦の繁忙期でも審査の結果が気になって仕事がうまく手につかないでいた昨年(2014年)8月、役所から郵便で届いた「採択」の通知に、ホッとして一気に体から力が抜けたことを今でも覚えています。

    それから、今年(2015年)の1月22日の地鎮祭を迎えるまでの約5か月間は更なる試練の連続でした。施設、設備業者さんとの話し合いはほぼ毎日と言った感じでしたし、保健所、道路、排水、漁港などの関係機関との相談など、自分たちの理想の工場にするためには、これほどまでの確認作業があるのかと思い知らされました。

    現在は今年(2015年)3月の工事着工を目指し、工事関係者の皆さんと協議をしながら最終の詰めの判断をする段階に来ました。まだまだ課題や難題を抱えていて簡単には建てられそうもない歌津小太郎第二工場ですが、これまでも何とか努力して解決してきたことを思い出し、理想の商品づくりを追い求め、次のステージへ向かって前進するよう取り組んでまいります。


    長くなりましたが、以上が私たちが第二工場(一次加工施設)を作る理由(わけ)となります。現在の工場が2013年4月に復活しましたが、それから1年たっても震災前の売上の半分程度までにしか戻せていなかった2014年5月という時期に、さらなる大きな投資に挑戦しようと思いましたのは、『次の世代にもこの地に軸足をしっかり固めて歌津の旨いものを作り続けて欲しい』という願いと申しますか、強い決意表明なのでした。



    ●2015年1月報告
    歌津小太郎の唯一の直営店である、仙台藤崎百貨店が今年(2015年)12月に開業する地下鉄東西線一番町駅の連絡通路の開通工事に伴い、食品フロアの全面改装工事が1月29日より始まりました。 本館地下2階にありました私たちの売場も、現在は本館地下1階の仮スペースに移転しての営業となっていて、お客様には多々ご迷惑をお掛けしているところであります。歌津小太郎コーナーの場所は仙台名産品コーナーの一角に構えており、これまでと変わらない品揃えを展開し営業しています。 こちらのコーナーには今年(2015年)4月の中旬までの期間営業し、改装工事が終了しだい新しい歌津小太郎コーナーとして本館地下2階に移る予定です。
    歌津の第二工場建設と仙台の歌津小太郎コーナーのリモデルとが同時に計画が進められているので、頭の切換えが難しく、右往左往する毎日が続いていますが、これもいつものことと思うようにして、逆に楽しんで新しい取り組みに挑戦して行こうと思います。



    本館地下1階の仮スペースでの売り場


    <あとがき>
    歌津小太郎のブログは、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
    (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)

    2015年の大プロジェクト『第二工場建設』、その決断に至る経緯をようやくご説明できました! 漁港や水産加工の世界の事情など、一般の方には判りにくいこともあろうかと思いますが、なんとなく判って頂けたのではないかと思います。

    今後は、第二工場に併設する直売所的な販売スペースの構想に関しても、その運営の手法に対して支援して下さる皆様の楽しいアイディアを取り入れていければなと思っております。

    前回のあとがきと重複しますが、もっと便利に歌津小太郎商品をご利用いただけるようwebサイト(通販事業)の整備や、首都圏でのデパ地下販売会にもこれまで以上出店するよう計画しています。時間の経過と共に、私たちの地域の環境も復興に向かって着実に前進していることを感じ取れるようになっております。私たちが目指す事業が地域の発展に少しでも貢献できるよう、お客様から必要とされる商品をしっかりご提案できるよう精進して2015年に挑みたいと思います…頑張ります!!

    記事担当 千葉孝浩


    震災前までの工場跡地で、古くはココが千葉家の自宅でした。昭和の半ば頃は、家の裏に直接小舟をつけていたわけです。遠くに見えるのが歌津半島の先端です。(震災直後の2011年3月13日撮影)


    現在の海の様子


    2015年1月9日、アワビの開口(収穫して良い日)のときです。(馬場中山カオル商店HP20150109)


    私たちの地域では、震災後もほとんどの漁師さんが以前と同様に漁師を続ける選択をしました。
    …辛いことも沢山ありましたが、代々漁師をしていたご先祖から受け継いだこの歌津の地での暮らしを絶対に諦めません!

    2015年1月23日 13:38第二工場 地鎮祭

     被災地からのレポート

    2015年1月22日、第二工場建築に伴い、地鎮祭が執り行われました。
    あいにくの雨模様と、気温が低い中での地鎮祭。
    小太郎社長はじめ、専務の千葉、工事関係者を合わせ、
    計8名にて今後の工事の無事をお祈りいたしました。


    只今、地鎮祭の会場準備中



    安全祈願が始まりました。










    斎鎌(いみかま)を使い刈初をする、小太郎社長“え゛い”


    神前に玉串を奉る、専務の千葉




    千葉に続き、工事関係者の皆さんも奉り、




    最後にお神酒を頂き、地鎮祭終了。


    参加して頂いた、工事関係者の皆さん、寒い中足を運んで頂き 有り難うございました。

    また今後の予定や、新しい動き・情報がありましたら、 随時発信していきたいと思いますので、
    宜しくお願いします。




    記事・撮影担当  渡邊笑美






    2015年1月21日 13:16復活2年目~12月のお歳暮商戦最終報告と直近3ケ月の予定~

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    2015年、新しい年がはじまりまして早くも半月が過ぎました。昨年末は爆弾低気圧の影響などで南三陸も雪の降る日が例年に比べ多く、荒れた天候が続きましたが、新年を迎えてからからここ最近は穏やかな天候となっています。本年の工場の仕事始めが1月6日(火)からでしたが、小太郎社長の年頭の挨拶にスタッフ一同、気持ちを引き締め、歌津小太郎が今年一年やるべきことを確認し合いました。


    平成27年1月6日 仕事始めの歌津小太郎製造スタッフ集合写真
    (撮影当日、不在だった渡邊と、カメラ担当の私・千葉孝浩を含め13名体制です)


    思えば、2年前、2013年の今頃は新工場の完成を目前にし、あれやこれやと震災後の2年間のブランクを取り戻すべく再出発の準備に明けくれ、その合い間に仮の工場である『みなさん館』のレンタル工房で歌津小太郎商品を作っていました。1年前の2014年の今頃は震災後初のお歳暮商戦を乗り切り、忙しいながらもスタッフのみんなと喜びを分かち合っていました。


    そして今はと申しますと、1年前の今の時点では構想も出来なかったのですが、なんと『第二工場』を建設するべく、準備が着々と進んでおります。お伝えしなければならないことが沢山あるのですが、順番に整理しましてお話したいと思います。書き始めたら、またものすごく長くなりそうでしたので、今回は、2014年のお歳暮商戦の最終報告までに留めました。


    そのあと、次回のブログの発信のタイミングでのご報告となりますが、現在の歌津/馬場中山地区と現在の工場があります管の浜周辺の状況をご報告させて頂きます。そのうえで、歌津小太郎がなぜ『第二工場』の建設に到ったのか、ご説明したいと思います。

    ●お歳暮商戦報告1~広がりに喜びを見出す・歌津小太郎ギフトを沢山お届けしました! 昨年12月17日に中間報告をさせて頂きましたが、改めて2014年のお歳暮商戦を総括してみたいと思います。


    主力商品が『昆布巻』、すなわち、お節料理の定番ということもありまして、歌津小太郎は一年を通じて一番売上が多いのが11月から12月にかけてのお歳暮や年末年始のご自宅用の需要となります。この2ヶ月間の売上が年間売上の4分の1くらいですので、かなりこの時期に集中するのだということが判って頂けると思います。

    (写真は2013年お歳暮ギフトカタログより)


    2013年度のお歳暮商戦では、4月に工場再建したということもあり『歌津小太郎の昆布巻』の復活を待ち望んでいて下さっていたお客様に支えられまして予想以上の実績を上げることが出来ました。 復活の2年目となる2014年度はどうであったか――震災から丸3年が経過し、全国的には徐々に東日本大震災の報道がされなくなってきていますから、『被災地を応援するために東北のモノを買おう!』といった気運は2014年のお歳暮商戦ではもう多くを見込めないであろう悲観的な要素と、『歌津の漁師が食べている本当の旨いもの』を提供し続ければ、きっと沢山の人に想いが届くだろう、そんな楽観的な発想とが入り混じりながら、2014年度のお歳暮商戦の売上目標を“前年比+10%くらい”と掲げてみました。

    結果は、残念ながら前年比97,3%。数字としてはもっと頑張れたらなぁという結果ではありますが、実は内容的には嬉しいこともいくつかありました。12月17日の中間報告にも取り上げましたが、震災前はギフト配送は宮城県内へのお届けが大半で、わずかに関東近県向けがあった程度でしたが、今回は47都道府県の全てにお届けすることが出来ました。


    12月中旬、「ニッコリ笑って~」と声をかけられないくらいのスピードで包装作業をしていました。

    震災前と現在とで歌津小太郎が明らかに変わったのは、“大きな広がり“です。こちらの『被災地応援ファンド』に参加することで、全国の多くの皆さまにファンド募集のサイトを通じて、歌津小太郎の名前を知って頂くことが出来たこと、それに加えまして、震災直後の避難所生活の際に始めた歌津/馬場中山地区の情報発信(その目的は避難所で“今すぐ必要”なモノと支援の手をリアルタイムで伝えること、そして、その支援のお礼をお伝えすることでして、2012年11月まで毎日続いたもの)により、我々の地域を知ってそして支援してくれたボランティアの方が全国に広がったこと、この2つのチャンネルにより、震災前に比べて『歌津小太郎』に気が付いてくれた方が増えたことが広がりの理由かと思います。

    実は震災前には、『販路を増やそう!』という発想はそれほど強くなく、年に4-5回ほど宮城県外のデパートでの催事販売に出向く以外はほとんど手つかずの状態でした。しかし、全てを失い再出発してからは、少しでも早く震災前の数字(売上)に戻すこと、さらには、ファンド出資者の皆さまの我々への期待にお応え出来るようにと考えたときに、これまでのように『宮城県の人なら誰でも知っている歌津小太郎』というだけではダメなのだと気がつきました。その点から申しますと、全国の人に歌津小太郎の味をお届け出来たという2014年の結果は大きな成果といえるのです。本当にありがたいことです。

    また数字に関してですが、売上目標を“前年比+10%くらい”と強気に計画してみたものの、実は前年比と同様であったとしても、それは製造スタッフにはかなり無理をしてフル生産をしなければならないという限界値でした。昨年に比べ製造スタッフは増員しているものの、その他の制約、例えば作業スペースに、原料や完成品の保管スペースや、毎日の配送スケジュールに間に合うかどうかなどといったことを勘案しますと、前年比97.3%は、胸の張れる結果と捉えています。


    そんなわけで製造スタッフの方は通常期、毎週土日がお休みのところ、毎週土曜日も製造を行うという無理のない範囲の『繁忙期体制』で臨み、12月30日に2014年の仕事を無事に終えました。
     (ちなみに1月にはゆったりと代休を消化するようにしています)



    ●お歳暮商戦報告2~歌津小太郎直営店舗では~ 仙台市内の老舗百貨店『藤崎』の歌津小太郎直営店舗を受け持つ販売スタッフのほうも前年よりも人数を増やしましたので、繁忙期であるのに加えて、デパートの地下の売り場ということからお店自体のお休みが本当に少なく大変な職場ではありますが、チーム力で非常に頑張ってくれました。


    こちらが12月の歌津小太郎直営店舗(藤崎の地下2階)


    こちらの写真は7階の催事場(ギフトセンター)です。

    お歳暮商戦の時期の直営店舗では、昆布巻が本当に飛ぶがごとく売れてゆきます。多くは毎年ご購入頂く歌津小太郎ファンの皆さまです。デパ地下での対面販売の特徴でもありますが、提供しております商品のほぼ全てを試食出来るようにしていますので、12月の店頭はお客様が途切れることがないという活気が続きます。現在の販売スタッフは4名でして、それに加えて歌津から仙台への商品搬入も担う私(千葉)が12月中は出来るだけ店頭にも立つようにしています。以前(震災前)に比べ、こうして店頭に立つ時間が少なくなった私を見つけると、古くからのお客様が声をかけて下さり、歌津の様子を尋ねられるということも多く、そしてまた他のお客様が足を止められて一緒にお話しを聞いて下さる――そんな風景が12月の歌津小太郎店舗なのでした。   


    普段は歌津小太郎直営店舗で生鮮品を扱わないのですが、例年、年末の3-4日間だけ『南三陸名物の水ダコ(お刺身用)』をご用意しています。こちらも昆布巻同様に年末年始のご馳走用に大人気の商品でして連日完売!(今年は水タコが不漁のため、品薄の中での販売となり午前中でほぼ完売でした) 今回から『南三陸歌津産 天然あわび煮』も年末の店頭商品として追加してみました。震災前にも年末限定の商品として販売していましたので、こちらも店頭に出して数時間後には完売となりました。


    中山漁港で水揚げされた天然アワビです。

    今回のご報告はここまでに留めたいと思います。
    近いうちに、『南三陸町の今~歌津/馬場中山地区・管の浜地区』、『歌津小太郎が“第二工場”を作る訳』といった流れでご説明を加える予定でおります。



    ●今後の3カ月計画
     今回のブログでは、まだご説明が足りない部分が多いかと思いますが、今後の3カ月は次のような予定があります。
    随時、ご報告して参りたいと思います。


    1月…・第二工場の地鎮祭  1月22日(木)   
    ・仙台藤崎の地下食品フロアの全面改装着工(1月27日で地下2階のフロア閉鎖)
    ※工事期間は4月中旬頃まで、その期間は地下1階の仮設売り場にて営業

    2月…・第二工場建設工事着工予定(寒い時期なので3月からに変更する場合も有り調整中です)  
    ・新物めかぶ製造(今回より「いかめかぶ」復活、めかぶ漬も継続する)

    3月…・新物わかめ入荷



    <あとがき>
    歌津小太郎のブログは、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
     (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)

    2015年は大プロジェクト『第二工場建設』が控えています。この『第二工場建設』という決断に至った経緯を、忙しさにかまけて出資者の皆さまにもまだ丁寧に説明出来ていませんでしたので、それを説明したかったのですが、いろんな思いを詰め込んだ結果、12月のご報告だけでもくどく・長くなってしまいましたので、続編として近いうちにご説明したいと思います。

    予定よりは多少遅れての工事着工となりますが、ファンド資金を最大限活用して、新しい分野にも挑戦する環境を整えていきます。今回の施設では生産施設としてだけではなく、直売所的な販売スペースも設け、南三陸の新鮮な海の幸や、自社製品を地元から発信し、広げて行く事業にも挑戦してまいります。

    また、もっと便利に歌津小太郎商品をご利用いただけるようwebサイト(通販事業)の整備や、首都圏でのデパ地下販売会にもこれまで以上出店するよう計画しています。時間の経過と共に、私たちの地域の環境も復興に向かって着実に前進していることを感じ取れるようになっております。私たちが目指す事業が地域の発展に少しでも貢献できるよう、お客様から必要とされる商品をしっかりご提案できるよう精進して2015年に挑みたいと思います…頑張ります!!



    記事担当 千葉孝浩



    1月9日の早朝6時、今年初めて千葉家がアワビ漁に出た日の朝日です。
    今後のブログでは歌津の海のことも沢山紹介して参ります。お楽しみに!

    2015年1月7日 10:38新年のご挨拶

     被災地からのレポート

    新年明けましておめでとうございます。
    本年も「歌津小太郎」宜しくお願い致します。

    2015年は雪のスタートとなりました。
    まだ、雪が残る南三陸町歌津から、
    千葉小太郎社長よりご挨拶を皆さんにお届けしたいと思います。


    (2015年元日 南三陸町歌津、中山漁港より撮影した初日の出)

     謹んで新年のお慶びを申し上げます。

     旧年中は大変お世話になり有難うございました。
    おかげさまで、私たちの地域も本格的な復興に向かって日々前進しております。
    本年は第二工場建設の大プロジェクトも控え、より一層の飛躍する年となるよう、
    従業員一丸となって精進してまいります。
    新しき年の皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
    本年も宜しくお願い申し上げます。

    平成27年1月6日 有限会社 橋本水産食品
    千葉 小太郎



    (平成27年1月6日 新年初営業日、歌津小太郎製造スタッフ集合写真)


    撮影担当 千葉 孝浩
    記事担当 渡邊 笑美

    2014年12月17日 13:42復活2年目~お歳暮商戦中間報告と年末年始の予定~応援ファンドの皆さんに感謝~

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    12月も中旬となりまして、こちらのブログをご覧になって下さる皆さまも大変に忙しくされているのではないかと思います。私はというと、昆布巻をはじめとする沢山の商品を営業車に積んで、歌津と仙台の100kmの往復をほぼ毎日、その合間に第二工場の建設の着工準備とで昨年の1.5倍の忙しさをなんとかこなしています。

    おかげさまで、私たち「漁師 歌津小太郎」ブランドの復活2年目のお歳暮商戦は、(第二工場建設を計画しているということも加味して…)若干強気で計画していた目標数量をなんとかクリア出来そうな動きでご注文を頂いております。ありがとうございます!!!

    昔からの『藤崎』(←仙台市の老舗百貨店です。歌津小太郎の直営店あり)のお客様に加え、今年も首都圏を中心に新たなお客様からご注文を頂くケースが増えて参りました。こちらの『被災地応援ファンド』というチャンネルに加えて、震災をキッカケに「困っているときは、困っているありのままをドンドン発信しよう!」と始めた地域の情報発信の効果で、宮城県の小さな町・南三陸町のさらに小さな小さな漁師町にある歌津小太郎を知って頂く機会を得たことが、こんなにも広がったことに製造スタッフも販売スタッフも大変に驚いています。

    特に広がりがあるのはお歳暮ネットショッピングの部門です。歌津小太郎自身では通信販売を行っていないのですが、お歳暮の時期だけ、『藤崎』のサイトに掲載して頂くのです。これは震災前からあったのですが、正直申しまして、以前はこの藤崎ネットショッピングからご注文頂くのはほんの僅かでした。 今年はお歳暮商戦スタート直後に、都内にお住まいの出資者の方がすぐに気がついて下さり、「親戚中に送る分をネットから注文しましたよ!」とご連絡まで頂戴しました。これはホントにスタッフ一同、出荷伝票にお辞儀するくらいの感激でした!
    ネットからのご注文は首都圏にお住まいの方からが多いという傾向がありまして、さらに配送先も日本全国津々浦々。そこでスタッフの中ではこんな会話が交わされています。

    <とある日のギフト出荷作業>  
    スタッフA: 
    『なんとまんづ! コレ、沖縄の住所だっちゃ~』
    【すご~い! コレ、沖縄の住所だよ!】

    スタッフB:
    『沖縄なんてこれまでねがったっちゃね~。こっつぁ~九州だっちゃ~』
    【沖縄なんてこれまでなかったよね。こっちも九州だし~】

    スタッフA:
    『今年は全部の県にギフトおぐらったんでねぇ~』
    【今年は47都道府県へのギフト配送、達成したんじゃないか?】

    スタッフB:
    『歌津小太郎が全国の人に知ってもらって、もうなんだもねぇ~なぁ~』
    【歌津小太郎、全国の人が知ってくれてることになるのか。スゴイね~!嬉しいね~!】



    只今、包装作業中!!

     
    包装が終了し、山積みになっています。




    ヤマト運輸さんが回収に来ました。
    これから、全国各地に『歌津小太郎詰合せ』が届けられます。



    なお、歌津小太郎の年末年始の予定は次のようになっております。
    12月18日(木)      『藤崎』お歳暮ネットショッピングの承り期間終了

    12月28日(日)より    『藤崎』年末限定!! 『南三陸名物の水ダコ(お刺身用)』※品薄ですが…
    『南三陸歌津産 天然あわび煮』を藤崎で取り扱い

    12月30日(火)      製造部門の仕事納め
    12月31日(水)17時  『藤崎』の仕事納め  
    (1月1日だけお休み)

    1月2日(金)        『藤崎』初売り
    1月5日(月)        歌津小太郎製造部門の仕事始め


    2014年も残りわずか! 一人でも多くの皆さんに『歌津の旨いっ!』をお届け出来るようにスタッフ一同頑張ります。

    記事担当: 千葉孝浩

    2014年11月18日 14:13復活2年目~9月と10月のまとめ報告とご連絡~お歳暮商戦に入りました!

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    10月10日より31日までの期間限定でしたが「さんま昆布巻セット」をこちらのサイトで販売させて頂きました。この機会に初めて歌津小太郎の味をお試し頂いた方、出資者特典で既に昆布巻をお試し頂き、リピートでご注文頂いた方など、様々な皆さんに我々の自慢の昆布巻をお届けすることが出来ました。大変ありがとうございました。

    「昆布巻、届いたか~い」  の歌津の言葉版


    今回の記事では後半に首都圏でのイベント出店の様子を掲載しています。イベントの定番は南三陸産のホタテ焼き。漁師の『うまいっ』を代表する逸品です。

    さて、歌津小太郎ではこの時期、11月中旬から12月末までがお歳暮商戦の時期ゆえに年間を通して一番の繁忙期となります。私は歌津と仙台を頻繁に行き来しまして走りまわっていますし、製造スタッフも朝8時には作業を開始、仙台の販売スタッフはいつもよりも常駐の人数を増員して対応します。昨年は復活の初年度ということでの忙しさでしたので、2年目は少し落ち着くかと思いきや、私に限って言えば今年は今年で第二工場の建設も重なりまして、さらにめまぐるしい状況となっております。
    そこで、最初から言い訳となってしまい誠にお恥ずかしい次第ですが、今年の2月から月に一度の連載をしておりました歌津小太郎の長い文章のブログ報告のうち、『3年間のふりかえり』の部分は休載させて頂き、当座は直近の出来事のご報告や告知などにとどめたいと思います。要するには、12月末まではパソコンの前で長文を作成する時間が取れなくなるのです。自分で「毎月発信するぞ!」と決めて臨んだのに、本当にカッコ悪いのですが、ご理解を頂ければと思います。

    いちおう「休載」という位置づけでして、少々時期を逸してしまうかもしれませんが、繁忙期の12月を過ぎまして来年の1月になってしまいますが、再び『3年間のふりかえり』の“10月版”から“1月版”を順番に書き記したいと思います。私自身、この記事を書き始めまして改めて整理がついたこと、気が付いていなかったけど教訓として身に付いていることなど沢山あり、どちらかと申しますと、皆さまに向けて書いているというよりは未来の自分のために整理していると、そんな風な面が強くなってきていました。

    あまりにも長い文章で、皆さまに飽きられていないかという心配もありましたが、時折、出資者の方がご自身のブログで歌津小太郎のこの長文ブログのことを取り上げて下さったり、私のつたない文章を引用して歌津小太郎を紹介して頂いていたりするのを見つけますと、丁寧に読んで頂けていること、思いが伝わっているのだということが判りまして嬉しく感じています。そんなわけで、また1月になりましたら長い独り言のような『3年間のふりかえり』記事におつきあいいただければと思います。

    ● 2014年9月後半から10月にかけての歌津小太郎活動報告 ~仙台のデパ地下にて昆布巻がぶ~
    【今年のさんま昆布巻きは…】
    歌津小太郎が直営店舗を設けております仙台市内の老舗百貨店『藤崎』では、9月下旬から『新物さんま昆布巻』が登場しました。
    今年のサンマは丸々と太って脂の乗りが良く昆布巻には最高! それを石巻・十三浜の『鵜の助』さんの昆布――これは昆布巻用最高品質のものを厳選して仕入れていますが――その鵜の助昆布で巻きまして、歌津小太郎の秘伝の製法で絶妙な味わいに仕上げています。『新物』が出始めますと、常連のお客様が今年の味の品定めにとすぐにお買い上げ頂きまして、まさに羽が生えているかのごとく飛ぶように売れていきます。私自身も大変に嬉しいですが、それを製造スタッフに報告しますと、自分達の作る味が支持されていることを実感しさらにやりがいを感じているようです。

    トロっと昆布がとろけて、さんまの旨味と重なります。ブログでは昆布巻の味をお届けできないのが残念!

    10月に入りましてからは、三陸でとれた鮭を使った昆布巻の新物も出始めました。これにニシンの昆布巻も加わりまして、「さんま・さけ・にしん」の昆布巻製品フルラインナップが揃いましたのが10月下旬。これらが揃いますと、歌津小太郎のお歳暮セットの準備が整ったこととなります。

    【第二工場建設の進捗】
    当初の予定では今月(11月)からの着工を目指し、地元の建設会社さんと1年前より計画を練ってまいりましたが、現在更なる衛生環境の向上と、新しい分野の商品を生み出すための施設にするべく計画の見直しをしています。着工は12月にずれ込んでしまいますが、納得のいく生産施設となるよう今後も万全を期して第二工場建設に臨みたいと思います。尚、この工場では地元で水揚げされる新鮮な魚介類や出来たての歌津小太郎商品を販売する物販コーナーも設ける計画です。地域住民の利便性を高めるのはもちろん、遠方から南三陸町にお越しになる方など交流人口増加にもお役に立てるよう、地域に貢献できる施設を目指してまいります。

    【11月2日-3日の首都圏イベント報告(座間市&蓮田市)】
    2012年からの恒例イベントとなっていますが、今年も神奈川県座間市と埼玉県蓮田市のイベントに呼んで頂き、歌津小太郎と歌津の地元の美味しいものをお持ちして販売させて頂きました。双方の会場とも用意した品物は全て完売! ありがとうございました~!!!

    11月3日、蓮田市イベントの完売達成シーンです。「バンザ~イ!!!」
    中央のピンク色のハッピが蓮田市長さんです。

    これらのイベントは、震災後の避難所生活の際に歌津・馬場中山地区にボランティアに来て頂いた皆さんとの交流が継続しているものです。誰よりも私自身が一番楽しみにしているイベントです。少しずつの歩みではありますが、我が町である南三陸町が復興に向けて前進していることをご報告できることが本当に嬉しいのです。震災直後は、日本全国のみなさんが自ら車を走らせ支援物資を運んで下さいましたが、今は私自身が『歌津の地元の美味しいもの』をトラックに満載してお返し出来るようになったわけです。

    今回の特集写真コーナーではこの2か所でのイベントの様子を掲載しておりますので、イベントの盛り上がりとともに、私の『旨いものをお届けできる喜び』の情景をご覧いただければと思います。

    ● 2014年11月~12月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報 歌津小太郎にとっては11~12月は昆布巻を中心にしましたお歳暮セットの時期ですが、南三陸・歌津の海のほうは、港での『わかめの種挟み作業』が佳境となるとともに、アワビの開口の時期を迎えます。

    我が千葉家でも生粋の漁師、小太郎(父)と、櫂押し歴60年のあさ子(母)、漁師にはなれなかった私(孝浩)、見習い櫂押しの馨(弟)の4人が乗り込んで明け方の海に出港です。この日は絶好の開口日和(波も穏やかで、風もそれほどなく)の中、朝6時~9時までの時間アワビ漁に挑むため、家族が久しぶりに一つの目標に向かって団結しました。結果は専門に海に出ているわけではないので、周りの漁師さん達の半分ほどの水揚げでしたが、私たちにしては十分な漁でした。それよりも箱メガネで海の中を眺めなら、あらためて歌津の海の豊かさを感じる、とても貴重な機会にもなりました。


    奥の櫂を押しているのがあさ子(母)、赤い合羽が小太郎(父)、オレンジが私(孝浩)、撮影者が櫂押し見習いの馨(弟)の布陣でアワビ漁に挑みます。(2014.11.16撮影)


    午前9時になりました。
    漁を終え港に帰ります。(長時間、慣れない体勢でしたので、あっ足が…いっ痛い…)


    港に帰ると、規定のサイズに満たされているのか検査を受けます。
    ※ここ中山漁港の今年最初のアワビ漁の水揚げは昨年よりも厳しく、震災前の約半分の水揚げのようです。

    仙台・藤崎百貨店では11月13日(木)からいよいよお歳暮ギフトセンターがオープンしました。昨年のお歳暮商戦から復活した「歌津小太郎手づくり昆布巻」シリーズですが、今シーズンから1アイテム増え、3アイテムでの展開で取り組んでまいります。地元宮城県・仙台にお住いの方はもちろん、webからの受注にも対応していますので、被災地応援ファンドの出資者の皆様もご利用いただけるようになっています…どうぞよろしくお願いいたします。

    ※藤崎百貨店ホームページは→こちらから




    ギフトセットが出そろいました! 


    <あとがき>
    歌津小太郎のブログは、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
     (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)

    震災から3年半を過ぎますと、社会全体の関心はオリンピックであったり、グローバル化であったりと……被災地はどんどん忘れられていくことを感じ、今もときおり直面する困難な状況に、気持ちが折れそうになることもまだまだあります。
    そんな合間でしたが、11月2日と3日の首都圏でのイベントでは沢山の助っ人さん達に助けられ、そして沢山のお客様にお会いし、温かい言葉を頂くことが出来ました。やっぱり、このように直接、お声掛けを頂き、そして私も「頑張ります」とお伝えすること、その一言一言が全て自分への宣言となり、元気の素になります。この次に皆さんのところにお邪魔する際には、歌津小太郎としても歌津・馬場中山の地域としてもさらなる復興の歩みを進めた姿をご覧いただけるように頑張りたいと思います。

    最後に、私はつくづく自分のこの仕事、特にお客様に直接自慢の美味しいものをお届けする『対面での販売』が好きなんだなと実感しました。仙台の『藤崎』でも、今回の屋外でのイベント販売でも、直接お客様のお顔が見えて、喜んで買って頂ける姿が見える――お客様との会話そのものも楽しいですし、震災後に復活してからはホントに思いやりの深い言葉を沢山頂きました。この対面販売というのはビジネスとしての爆発的な飛躍はないかもしれませんが、歌津小太郎のこのスタイルの本質は変えぬように、自分達が食べて美味しいと思うものをお届けする、そんなシンプルな商売を続けて参りたいと思います。

    記事担当 千葉孝浩


    ■□■□■今月の特集写真コーナー■□■□■□■□■□
    ●11月2日-座間市でのイベント報告

    11月2日の早朝、座間中学校の会場に私の運転するトラック「馬場中山号」が到着です!


    座間市イベントの開始前ミーティングです。手作りの垂れ幕を準備して頂いていましたが、温かみがあっていいです!


    今回はこんなに広いスペースを用意して頂きました。


    座間市イベントの販売の助っ人女性陣です。普段は建設会社で事務などをされている皆さんです。


    販売スタッフさんたちに、まず、試食を味わって頂き、お客様への説明内容をレクチャーしています。


    こちらは強力な助っ人の弟カオル&カナエさん夫婦に手前がカナエさんの妹・ナナコさん。 ホタテ焼きの担当です。


    ホタテ焼きが大人気で焼くのが追いつきません。

    カオル&カナエ夫婦に南三陸町の現在の様子を質問して下さっているお客様です。 美味しいものが沢山あるので、是非、いらして下さい――こうして気にかけて下さるのがありがたいのです!


    そして、あっという間に完売でした!


    今回は女川町さんのチームとの合体での出店でして、そちらはサンマ焼きを提供していました。もちろん、サンマもオイシイですよ!


    歌津小太郎商品も残りわずか――その後、完売となりました!ありがとうございます。
    座間市でのイベントは、神奈川県にお住まいの歌津町出身者の方も沢山立ち寄って下さいました。 ウレシイですね!定番化しているイベントの良いところです!  
    (ここまで、馬場中山カオル商店HP20141102)

    ●11月3日-蓮田市でのイベント報告

    これはなんだか判ります? 大漁旗を掲げるための竹を切りだしてきて下さいました!


    歌津小太郎商品とホタテを満載したトラック「馬場中山号」です。


    大漁旗を掲げます。一番目立っています。


    イベント開始前に蓮田市長さんがお越しになりました。いつも気にかけて下さり、ありがとうございます! 歌津小太郎のハッピを着ていないと判りにくいかもしれませんが、左が私(千葉孝浩)。


    炭火の準備が出来ました。ホタテを焼き開始です!




    まずはお客様にお出しする前に、助っ人陣が試食です! 美味しく焼けています。


    準備が整いましたので、イベントスタートです!


    テレビの取材も入りました。美味しさも写して下さいね!


    こちらでもホタテが大人気です。肉厚なのに加え、炭火で焼き立て! 美味しくないはずがありません!


    歌津小太郎商品の販売助っ人は“はすだ支援隊”の男性陣です。普段は土木建設業の皆さんが、わかめの説明をして下さっています。もうかなり慣れています。


    沢山の助っ人さんのおかげで、私はむしろ呼び込み役となっていました。まもなく歌津小太郎商品も完売です。


    イベントの終盤で蓮田市長さんが様子を伺いに来て下さいました。ちょうど完売したところ! 本当にありがとうございます!!!


    歌津小太郎売り場担当さんも大満足!


    イベント大成功! みんなで記念撮影です! みなさん、ありがとうございました!


    大活躍のホタテの焼き台。これは避難所生活のときにも活躍した思い入れのあるモノでした。


    焼き台もトラックに積みまして歌津に戻ります。また美味しいものを満載してお邪魔します! ありがとうございました~~~  
    (ここまでの写真は馬場中山カオル商店HP20141103)

    2014年10月28日 10:44『11/2座間市・11/3蓮田市』歌津の旨いものたっぷり持って行きますよ!

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    10月10日より30日まで、セキュリテセットでの『新物さんま昆布巻』の限定販売を致しておりますが、
    おかげさまで予想以上のご注文を頂いております。震災前まではほぼ宮城県内のお客様だけにしかお届け出来ていなかった“歌津小太郎の味”を、このような仕組みを通じてより広くそして多くの皆さまにお届けできること、昆布巻の作り手であるベテラン製造スタッフ陣(歌津の漁師のお母ちゃん達)も大いに喜んでおります。


    私たちが“歌津小太郎の味”を作ってます!  


    さて、今回は2012年から恒例となっております11月の首都圏での催事への出店のご案内をさせて頂きます。2日連続で2か所での開催でして、いずれも都心から1時間程度です。


    第一弾: 11月2日(日)神奈川県座間市『座間市民ふるさとまつり』
       [会場]  座間中学校    
                  ※新宿→座間(相武台前)は小田急線で約50分


    ●第二弾: 11月3日(月・祝)埼玉県蓮田市『雅楽谷の森フェスティバル』   
         [会場]  蓮田市役所    
                ※上野→蓮田はJRで約50分



    【出店内容】
    お持ちする商品は11月2日と3日で共通となりますが、歌津小太郎の商品としましては、わかめ、陸中漬、ひと味ぼれ(ひとみぼれ)などの3品目をメインに。そして目玉商品は、11月1日に水揚げした南三陸産の活きホタテを私がトラックで運びまして、その場で炭火焼きにします『ホタテ焼き』!


    水揚げしたばかりのホタテを持っていきますよ(写真は昨年2013年11月のもの)


      【11月の催事出店の経緯】
    座間市も蓮田市も震災ボランティアで来て頂いたみなさんとのキッカケに交流が深まりました。ボランティアの皆さんはそれぞれ個人的な活動として頻繁に歌津の我々の手助けに来て下さっていたのですが、我々がそのときどきで何に困っていて、被災後の時間の経過とともに次はどんな手助けが必要かを察知して下さいました。そしてなんとか水産加工の商品が作れるようになってからは、地元の自治体や商店街に働きかけて、『買って応援』する場として、2012年よりこの時期のこうしたイベントにお声掛けを頂くようになりました。今年で丸3年となります。

     
    歌津小太郎スタッフ自身が首都圏に直接出向いて販売する数少ない機会ですので、お近くのかたは是非、お越し頂ければと思います。
    両日とも私(千葉孝浩)が出店責任者としまして終日おります。いつものように歌津小太郎のハッピを着ていますので、お声掛け下さい。今回の歌津からの助っ人は、歌津小太郎第三の男・弟のカオルとその奥さんのカナエさん。そして、現地の助っ人は、私たち歌津/馬場中山地区の応援団である座間市・蓮田市それぞれのボランティアのみなさんです。(歌津小太郎の長文のブログの中の写真で登場している皆さん達ですよ)

    私(千葉孝浩)の催事の際の姿です。店頭では全ての試食商品を味わって頂くのをモットーにしています!遠慮せず、お気軽に声をかけて下さい!(2014年4月の蓮田イベント時)

    例年、準備した商品の全てが完売となるのですが、特に人気商品の『ホタテ焼き』は早い時間で無くなってしまう可能性が高いですので、お早目の時間をオススメします! では、天候に恵まれることを祈りつつ、歌津の旨いものの準備にとりかかりたいと思います。 より多くの皆さんとお会いできることを楽しみにしています。

    記事担当: 千葉孝浩

    追伸 残念ながら、歌津小太郎の看板商品の『さんま昆布巻』もホントは皆さんに試食だけでも味わって貰いたいのですが、現在フル生産中ではありますが、それでも品薄状態が続いているため、この催事にもお持ち出来ません。ゴメンナサイ!  



    ■□■□■特集写真コーナー■□■□■□■□■□
    昨年、2013年11月のイベントの様子をご紹介します。

    蓮田イベントです(この焼き台…はんぱなく火力が強いんで、すんごく熱いんです!!)
    2013.11.3


    網にのせて、5分もすれば…


    出来上がり!!

    大盛況のため、2013年の蓮田イベントでは400個 が2時で完売となりました。 歌津小太郎の出店ブースは大漁旗を掲げていますので、目印にして下さい。
     (ここまでの写真は被災地からのレポート20140121「歌津小太郎の11-12月~歌津の
    海と仙台のデパ近より~」から再掲載)

    2014年10月21日 10:04歌津小太郎の『由来と沿革2014』

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    今回は、昨年秋の『さんま昆布巻』復活から一年を経過したことと、最近になりまして第二工場建設計画をブログの中で触れましてから新規で出資して下さる方が増えて参りましたので、いろんな意味も含めまして改めて“歌津小太郎とは?”をご紹介したいと思います。そこで『由来と沿革2014』というタイトルにしてみました。


    2014年4月26日のファンドツアーで訪れたみなさんとの集合写真です。前列の左から2番目が小太郎夫人のあさ子、後列の一番左から私(孝浩)、小太郎社長です。(被災地からのレポート2014年5月13日より)




     【歌津小太郎の“愛される昆布巻”とは】
    歌津小太郎の看板商品はなんといっても昆布巻でして、さんま・にしん・さけを巻いた3品目があるのですが、中でも歌津小太郎ファンから熱烈な支持を得ているのが『さんま昆布巻』です。多くの方にとって昆布巻は、「お節料理の中でみかけるくらいしか思いつかない」というものかもしれませんが、歌津小太郎では昆布巻は年間を通して販売をしていて不動のナンバーワン商品です。特にこの時期は今年水揚げされた旬のサンマを使った『新物さんま昆布巻』を提供しております。どのくらい人気がすごいかと申しますと、この時期は製造スタッフは9割がた、この昆布巻の製造に集中していまして、残りの1割の時間で昆布巻以外の定番商品を数品目だけ必要最低限の量を作る、9月中旬からお歳暮商戦が終わる12月末まではそういった生産体制となっております。

    ベテランの製造スタッフが毎日巻いています! 皆さん料理自慢のお母ちゃん達ばかりです!!

    歌津小太郎のさんまの昆布巻は、秘伝の味付けと歌津の漁師のお母さん達の特殊製法により絶妙な味わいとなっており、口に含むと最初に“トロっ”と昆布がとろけ、そのあとサンマの旨味が広がります。骨までまるごと使っていますが、大変に柔らかく煮あがっており、ふだんは魚をあまり食べない子供さんでも好んで食べてくれるのだと言って下さるお客様もいらっしゃいます。


    手作りの品ゆえに、めいっぱい頑張っても生産数量が十分ではないために、昆布巻製品は仙台市内にある老舗百貨店の『藤崎』の中の歌津小太郎直営店舗と当社の工場のお隣にあります南三陸町直売所『みなさん館』だけでの販売となります。しかし、これでは実店舗に行くことが出来る宮城県の方にしか、昆布巻をお届けできません!!!


    そこで、10月10日にこちらのサイトでもご紹介させて頂いているように10月30日までの期間限定となりますが、セキュリテセットとしても販売を開始しました。宮城県以外の皆様にはそちらでお試し頂けると嬉しいです。


     藤崎本館地下2階の歌津小太郎直営店舗です。売り場の半分は昆布巻や煮物製品が占めていまして、さらに一日に何度も補充しています。(2013年12月撮影)



     【歌津小太郎の由来とは】
    2012年6月にこの被災地応援ファンドに参加してから、多くの方に歌津小太郎を知って頂く機会が増えました。皆さまからよく頂くのが、

           「”歌津小太郎”と橋本水産食品の“橋本”と苗字の"千葉"の関連が判らないので教えて欲し い!」
          
           「橋本さんという方が創業者ですか?」

     というお声です。確かに判りにくいですね! 自分達にとっては当たり前のことなので、あえてご説明をするという発想が抜け落ちてしまっていることが沢山あるなと気付かされるご質問です。

    このネーミング問題に関しては、2013年9月10日に「由来」というタイトルでその説明をしておりますが、一年以上経過しましたので、その3つの名前の関連を改めて再編成してご紹介したいと思います。


    ◎会社名の有限会社橋本水産食品の“橋本”とは
    創業者である千葉小太郎(父)が昭和50年(1975年)に漁師と兼業で水産加工を始めたのですが、その際に社名をウチ(千葉家)の屋号の“橋本”からとりまして有限会社橋本水産食品としました。都会に住む方は屋号というのはなじみがないと思いますが、地方では商売をやっていない家でも屋号を持つということがよくあります。ちなみに千葉家があります南三陸町(旧・歌津町)の馬場・中山地区では、100軒ほどの家族のうち、12軒の千葉さんがいらっしゃいますし、他にも阿部さん、及川さん、佐々木さんという家が多く、苗字だけでは判別できませんので、屋号で呼び合うのです。 我が千葉家の場合は、前の歌津小太郎工場の場所が”橋本”の原点でして、津波で跡かたもなく流されてしまいましたが、明治29年の三陸大津波まで、もともと代々漁師を営む千葉家があり、そこの隣に海に流れる小川にかかる橋がありまして、その橋のたもとということで”橋本”という屋号で呼ばれていたのでした。


    震災前までの工場跡地です。 「橋本」由来の場所です。ここが自宅だった昭和の半ば頃は、家の裏に直接小舟をつけていたわけです。遠くに見えるのが歌津半島の先端です。(2011年3月13日撮影)



    ◎“歌津小太郎”とは?
    昭和50年(1975年)に有限会社橋本水産食品を立ち上げましたが、会社といっても本当に小さな家族経営の規模でして、漁師と兼業しながらわかめの塩蔵品などの半加工品や、味付けした「めかぶ」や「くきわかめ」といった加工品をほそぼそと作っていました。当初は盛岡のスーパー等で「むきホヤ」を直接納品に行ったり、近くの産業まつりなどの物産展のイベントに出店したりと、そんな商売をしていました。 いまどきの言葉でいうと、一次産業(漁業)、二次産業(製造業/水産加工)、三次産業(サービス業/小売)の全てを行う六次産業(一次+二次+三次)だったわけです。

    やがて私たちが作る味が評判となり、仙台の老舗百貨店の藤崎さんにお声がけ頂くことが出来まして、常設の店舗を構えるようになったのが平成5年(1993年)。その時に、私たち自身のブランド名を作り、その名前を町名の歌津と創業者の千葉小太郎を合わせて“歌津小太郎”と名付けました。直営店舗を持つようになってからは、味付けした「めかぶ」や「くきわかめ」に加えて、海藻類の煮もの製品のラインナップも充実させていきまして、昔は各家庭で作っていたけれど手間がかかるのであまり作らなくなってきた『昆布巻』なども歌津小太郎商品としてお出しするようになりました。この海藻類の煮もの製品は我々にとっては歌津のどこの家庭でも定番のメニューであり、色合いも地味ですからデパートで売れるのかと当初は半信半疑でしたが、仙台という宮城県内での“都会”のみなさんには懐かしい味としてご指示を頂いたのでした。


    小太郎社長の昔の漁師姿の写真(15年ほど前に「藤崎」の直営店舗での宣伝用に撮影)  


     【歌津小太郎の震災前と現在】
    歌津小太郎をもっと良く知って頂くために、震災の直前と現在のビフォー・アフターを比較したいと思います。こちらも依然にブログで掲載したものを再編成して、数字を若干、新しくしています。

    ◎震災前の歌津小太郎(有限会社橋本水産食品-2010)
    会社概要: 有限会社橋本水産食品(商品ブランド名: 漁師歌津小太郎)
    震災前の住所:宮城県本吉郡南三陸町(旧・歌津町)
          歌津字馬場82  (本社、兼自宅)
          字中山59-4(工場) ※海まで5歩
    従業員数(社長も含む): 14人(うち歌津メンバーが9人、仙台の販売スタッフが5人)
    取り扱い商品: 季節商品も含め全30品目  
         代表商品 こぶ巻(さんま・にしん・さけ・あなご・たらこ)、めかぶ漬、ほや醤油漬、陸中漬 など
    販売チャンネル:  
        仙台・藤崎における直営店舗での対面販売  7割
         提携先 ㈱カドヤ加藤物産による首都圏の百貨店での対面販売 2割
         その他催事販売、通販など  1割
    震災前の3年間の平均売上額:  1.1億円   


     <<<2011年3月11日、東日本大震災とその後の津波により全ての生産資源を失ったのですが、 全従業員は無事でした!!!>>>



    ◎震災後の歌津小太郎(有限会社橋本水産食品-2014)
    会社概要: 有限会社橋本水産食品(商品ブランド名: 漁師歌津小太郎)
    本社住所: 宮城県本吉郡南三陸町(旧・歌津町)歌津字馬場82  
                  (本社兼自宅でして震災前と変わりません)
    震災後の新工場住所: 南三陸町歌津字管の浜55-1 (海からは1kmほど内陸)
                  ※震災から丸2年経過した2013年4月27日に新工場を再建しました!
    従業員数(社長も含む): 12人(うち、歌津メンバーが8人、仙台の販売スタッフが4人)
    取り扱い商品: 季節商品も含め全20品目くらいまで回復   
         代表商品 こぶ巻(さんま・にしん・さけ)、めかぶ漬、陸中漬 など
         復活を望まれる商品 ほや醤油漬の通年販売、めかぶ漬の各種アレンジ商品(イカめかぶ等)
    販売チャンネル:  (割合は2013年6月-2014年5月の概算)
         仙台・藤崎における直営店舗での対面販売       7割
         提携先 ㈱カドヤ加藤物産による首都圏の百貨店での対面販売 1.5割
         南三陸直売所『みなさん館』での委託販売      1割   
         その他催事販売とセキュリテセットなどでの通販  0.5割
    震災後の1年間の売上実績:  ※ファンド募集期間中なので数字の公表が出来ないのですが、
      2013年6月-2014年5月の概算では、震災前の5割強くらいでした。原材料が揃わずに立ち上がりの前半で品数が揃えられなかったため、当初予想を大きく下回りました。
    備考: 現在、製造スタッフが9名(8月に一人増員)ですが、全ての製品が手作りという歌津小太郎では、スタッフがフル稼働しても各所から頂くご要望に十分に応えられないというのが現状です。ネックとなるのが、2013年4月に再建した新工場の加工スペースでして、震災前の半分の面積なので製造スタッフを増員するのも厳しい状況です。そこで、南三陸町からの企業に対する補助事業の支援を受けまして、現在の工場のお隣に第二工場を増設する計画を進めています。2015年6月完成予定です。



    震災前も後も変わらないのが私たちの作る思いでして、創業者の千葉小太郎が“漁師が食べている「うまいッ」を限りなくそのままをお届けする”ただそれだけを追及して参りましたし、これからも方針を変えずに作り続けて参ります。

    こんぶ炒りを調理中のあさ子(小太郎夫人)

    また、震災前後で変わらないもう一つは“対面販売”でほとんどを売り上げるという昔ながらの商売です。今は通信販売でなんでも買える時代ですので、時代遅れのビジネススタイルかもしれませんが、顔の見える販売を行っていたことが震災後の再建を後押しする結果となったことから得た教訓です。全く通信販売を行わないというよりは、今後、チャンスがあって通信販売の販路を開拓することになりましたら、出来るだけ“対面販売”の良さを取り入れたスタイルで、私たち“歌津小太郎”を良く知ってくださってからお買い上げ頂くようなそんな運営をしたいと考えています。セキュリテセットでの10月30日までの“昆布巻限定販売”は遠くにいても既に私たちを良く知って下さっている“被災地を応援する皆様”に歌津小太郎のこだわりの味をお届けできるチャンスとして取り組んでおります。


     【歌津小太郎のある旧・歌津町とは?】
    宮城県の旧・歌津町は大まかな位置関係でいいますと気仙沼と石巻のちょうど中間あたりにあります。歌津半島といって細長く太平洋に伸びる半島があり、その北側の根元あたりに、千葉家の自宅と旧工場のある歌津/馬場・中山地区があります。仙台からでいうと距離で100km、車で2時間程度のところです。

    平成17年(2005年)に、歌津町(うたつちょう、人口約5000人)とその南隣の志津川町(しづがわちょう、人口約12000人)が合併して南三陸町が誕生しました。人口比で判るように旧・志津川町のほうに町の行政機関の中心が置かれました。この二つの町はいずれも沿岸漁業が盛んですが、あえて違いを挙げるとすれば、志津川町のほうが比較的平地の面積が大きいために水産加工業が発達したけれども、歌津町のほうはそういった加工場を設ける場所が少ないので、古くからの漁業で生計を立てる家が多いということ、それに加えて、歌津町のほうは山の面積も多い分、林業も盛んである、そういった特徴があります。双方の町もともにわかめ養殖をしており、タコも獲れるのですが、ブランドイメージとしては、志津川町のほうは“タコ”(オクトパス君というキャラクターでも有名)、歌津町は“わかめ”というのが定着しています。いずれにしても合併して誕生した南三陸町全体が海の恩恵を受けて生活を営んでいるのだといえます。

    震災の前から抱える南三陸町周辺の課題は、次の世代が働く場所があまりにも少なく、近くに救急病院が無い(石巻の緊急病院まで救急車で1時間かかります)、子供たちの教育環境もなかなか改善されない― ―そこに2011年の震災・津波が押し寄せました。特に働く場所の問題は、この地に住み続けたくても暮らしていけないという諦めにもつながり、働く世代の人口流出となっています。自分たちでは気づきませんでしたが、震災で支援に来た方からの一言が今でも脳裏に焼き付いています…「限界集落」。ここに住み続ける私たちにとって、震災が有る無しに関わらず、早かれ遅かれ免れようのない現実に今、直面しています。地域の疲弊は、私たち歌津小太郎の事業にとっても深刻な問題です。次の担い手となる世代への製造技術や食文化の継承はもちろん、特に深刻な問題は原材料の調達先である地元漁師さん達の後継者不足の問題です。これを解決するには安定した収入源を確保するため、南三陸の素材が持つそもそもの値打ちを、適正に評価される仕組みを地域全体で作り出さなくてはなりません。産業間の垣根を越えて、みんなで支え合うことを大事にしてきた田舎の文化の良さを、今こそ原点に立ち返って見直す必要があると感じています。私たち歌津小太郎としても、その一翼をしっかりと担えるよう、微力ながら地域に貢献してまいります。

    【今回のまとめ】
    今回の記事、“歌津小太郎の『由来と沿革2014』”を書いていまして、大変に遅ればせながら、昭和50年(1975年)創業ということは、来年の2015年が有限会社橋本水産食品の創業40周年にあたることに気がつきました。同時に、もう過ぎてしまったのですが、昨年の2013年が“漁師歌津小太郎”というブランド名が誕生して20周年であったことに気がつきました。昨年春に新工場で再スタートしてからあまりに目の前のことでいっぱいいっぱいで、大事なことに気がつくのが遅かったことに反省しきりです。

    津波で全てを失っても諦めずに再建する道を選んだ一番のきっかけは、仙台/藤崎に何度も足を運んで下さっていた“歌津小太郎ファン”のお客様からの復活を望む声を沢山頂いたことですが、結果として小さい会社ながらも大家族のような従業員のこの地での生活を守れたことを改めて感慨深く思い起こしました。

    小太郎社長と母のあさ子が一念奮起して漁師自ら海の幸を加工して販売するという商売に踏み切った40年前。それから長い年月が経ちましたが、今も変わらず笑顔で調理場に向かい“漁師が食べている「うまいッ」”を作り続ける製造スタッフさんを見ますと、津波で失ったのは形のあるモノだけであって、歌津小太郎の味を作りだす“無形の生産資源”は全く失っていなかったと思えてきました。津波被害を受け、丸2年間のブランクを経たものの復活させることが出来た無形の「うまいッ」資源を50年目、60年目の歌津小太郎につなぎ続けていくべく、頑張りたいと思います。

    引き続き皆さまの応援をよろしくお願いします!

    記事担当: 千葉孝浩


    2012年6月、元の歌津小太郎工場の場所で撮影した写真です。

    津波で海の中にもガレキが沈みましたが、漁師さんが海中清掃を行い、豊かな海が戻ってきています。 千葉家は専業での漁師はやめましたが、この地に古くから住む既得権として地域の漁港周辺での“漁業権”を今でも持っています。そして今でも年に数回だけ、アワビ漁などで海に出ます。 (奥から小舟を操作する母のあさ子、オレンジ色のカッパを着た小太郎社長、アワビカギを使って海中うぃ覗き込んでいる私(孝浩)、写真を撮影しているのが弟・カオル。海での家族写真です。2013年12月撮影)



    歌津/馬場中山地区の高台からは海から上がる太陽がキレイに見えます。豊かな海とこの風景――震災直後は、絶対にこの地での暮らしを諦めないと日の出に向かって何度も誓いました。(馬場中山カオル商店HP20141009)

    2014年10月3日 10:03復活2年目~8月のまとめ報告と“9月”~なりわいの復興に向けての歩み

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
     8月下旬から9月は全国各地で大雨の被害が報告されていますが、皆様の地域では大丈夫でしたでしょうか? 2011年に津波被害を受けました南三陸町/歌津・馬場中山地区の元の工場がありました場所は地盤沈下していることもあり一時的に冠水したところもありますが、幸いにも大きな被害はありませんでした。現在の工場があります管の浜(海岸線より1kmほど内陸)は被害を受けることなく通常業務を行っています。

    9月初旬、波の荒い日の様子です。 馬場中山カオル商店HP20140903


    さて、秋といえばサンマですが、歌津小太郎では『新物サンマ昆布巻』の季節となります!


    写真は2011年9月のもの。アウトドア好きでテントで過ごすボランティアの方に歌津の漁師さんたちがサンマを差し入れたときのものです。こうやってワイルドに焼いて食べるのもオイシイです。 馬場中山地区HP20110918

    本当は毎月11日前後の配信を目標にしていますが、今回の記事はすっかり遅くなってしまい、とうとう10月になってしまいましたので直近の歌津小太郎の活動報告は8月後半と9月前半の分をお伝えします。震災後の3年間の振り返りでは震災から半年を経過した9月くらいになりますとそれぞれの『なりわいの復興』に向けて取り組むようになりましたので、そういった話題に重点をおいてお伝えしたいと思います。このブログでは紹介しきれないほど沢山の出来事がありました。歌津小太郎だけでなく南三陸町/歌津・馬場中山地区での生活を絶対に諦めないと決め、それぞれの仕事・暮らしを粛々と取り戻していこうとする地域の皆さんの姿を、嬉しいことももちろんですが辛いことも含め、出来るだけありのままにお伝え出来ればと思います。


    ● 2014年8月(および9月前半)の歌津小太郎活動報告  ~今年もサンマが来てくれました~
     昨年は異常気象(海水温が高い)の影響でサンマの南下が遅くなりましたので、今年はどうなることかとやきもきしながら、8月後半から北海道でのサンマの水揚げのニュースに地元の漁師さん達の最新情報にとアンテナを張り巡らせていました。幸いにも今年のサンマは丸々と太って脂の乗りが良いとのことで昆布巻には最高の品質! そんなサンマの初荷が9月12日に届きました。サンマが届いたとなると製造スタッフも私も『新物サンマ昆布巻』の作業に集中します。

    一本一本愛情を込めて巻きます。


    そして、歌津小太郎秘伝の手法で味付けし、煮上げてパック詰めし完成!

    9月下旬より仙台市内の老舗百貨店『藤崎』と南三陸町の『みなさん館』(歌津小太郎工場のお隣)で『新物サンマ昆布巻』販売をしております。出資者の皆様で、昨年のシーズン中に出資者特典発送期間の後に参加された皆様、そして追加出資の皆様には10月上旬から特典の発送をさせて頂きます。是非、是非、楽しみにしてお待ち下さい。

    首都圏で歌津小太郎商品を扱って下さっています(株)加藤物産さんによる10月の販売は、小田急百貨店新宿店、伊勢丹浦和店を予定しています。詳しくは歌津小太郎ホームページの「販売会のお知らせ」をご覧下さい。
     ……しかし……誠に申し訳ないのですが、『新物サンマ昆布巻』は生産数量が限られる関係で首都圏での販売では扱っていない場合がほとんどです。旧・歌津小太郎工場の半分の規模の生産設備しかないという現状ゆえに看板商品さえも満足な数量を作れないというのが実情なのです。これまでにも加藤物産さんの販売スタッフから「昆布巻が欲しいという要望が来ている」と何度も報告を受けているのですが、対応できておらずに本当にゴメンナサイ! ただいま改善のための第二工場増設計画に入っておりますので、ご理解頂ければと思います。

    また、順番が前後してしまいましたが、8月23日(土)に開催されました『はすだ市民祭り』での販売の様子も、後半の写真特集のほうで掲載していますのでご覧頂ければと思います。

    ●3年間の振り返り
    2月のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き綴っています。 書き残しておくことで未来の自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。

    歌津小太郎の旧工場及び千葉家の自宅のあった南三陸町(旧・歌津町)馬場中山地区は地域全体が壊滅的な津波被害を受け、どうにか津波を被らなかった公共施設・馬場中山生活センターという高台にある建物で200人が避難生活を送ることになりました。一階の天井まで津波を被った千葉家でしたが、6月中旬にはなんとか修復して住める状態になりましたので、避難所を出ることが出来ました。これまでの報告では7月には地域の全員が仮設住宅や元の家に戻るなどしまして、7月11日(震災の日からちょうど4ヶ月)の日に避難所の解散となりましたことをお伝えしました。バラバラとなった地域の人々がその後どうなっていったか、私たちのストーリーに是非じっくりお付き合いいただければと思います。

    とある日、支援センターではボランティアさんが撮影してきた歌津中学校(旧・歌津町唯一の中学校)の運動会の映像と写真を見せて貰いました。この後、閉会時の映像で不意に流れてきた中学校の校歌を聞いて、地域の男性陣は涙ぐんでいました。  馬場中山HP20110905


    ☆ 2011年9月: それぞれのなりわいの復興に向けて
    2011年9月の出来事を思い出すと、あまりにも沢山のことがあり、どのように整理しようかと悩ましく、それが今回の記事をなかなかアップできなかった理由の一つです。そんなわけで大変にごちゃ混ぜな状態でご紹介することをお許しください。

    この頃の大きな出来事の一つが9月10日に我らが歌津/馬場中山地区の強力な応援団である“はすだ支援隊”の埼玉県蓮田市さんから直々にご招待いただき、我々の被災の状況からこれまでの半年の歩みをお話しする場を作っていただきました。題して、『どっこい生きる!!馬場・中山地区』――この“どっこい生きる”というキャッチフレーズと申しますか枕詞は、実は被災した当初、4月か5月頃にNHKさんが我々の孤立集落状態2週間という経験談をつぶさに取材した結果、ニュースで長めに取り上げてくださったときにつけられたタイトル、『孤立集落、どっこい生きる!』からきています。それ以来、追加取材を頂いて放映されるたびにこの“どっこい生きる!”という表現がよく使われました。

    会場の蓮田市役所前です。こんなに立派な看板まで用意して頂きました。ここからの写真は、馬場中山地区HP20110910



    蓮田市の中野市長です。市長も我々のことを非常によく知ってくれています。


    馬場中山地区から参りました4人です。大勢の前で話すことはないので緊張しています。


    埼玉はすだ支援隊リーダーのトシさんの質問に答える形で進行します。


    左から、私(千葉孝浩)、お隣がスリムで精悍な若手漁師のカズヒコさん


    この写真の左より、震災の時が漁師3年目だったというヒデユキさん、そして右はしが弟の千葉馨です。


    未来道の説明を航空写真で説明しています。どのように道が分断され、孤立集落となったか、航空写真での説明が一番わかりやすいです。未来道プロジェクトでは“はすだ支援隊”の方といっしょに汗を流しました。


    こんな大きな会場いっぱいの参加者です。


    漁師さんのお二人は馬場中山の漁師のなりわいについてお話させて頂きました。津波で多くの船が失われたこと、港の設備が破壊されたこと、あまりの津波の脅威にヒデユキさんは一時は海を見るのも辛かったといいます。


    後半にはサプライズがありました! 漁師のカズヒコさんはいち早く新しい漁船を手に入れて、間もなく進水式のため、はすだ支援隊より大漁旗を頂きました。


    みんなで記念撮影です。


    この写真は……津波の波の引いた後、あちこちで煙が上がっている写真です。今見てもあのときの絶望感を思い出す悲しい写真の一つです。この写真をご覧いただいたのちに、会場のみなさんに黙とうをして頂きました。


    多くのみなさんに我々の本当の状況を知っていただくことが出来ました。そして、遠くからも我々を気にかけて頂く沢山の『思い』を頂くことが出来ました。


    会場の外では“はすだ支援隊”のみなさんが馬場中山地区で活動している様子を写真展示して下さっていました。



    参加して下さった蓮田市の行政側の方々や一般市民の皆様にも直接、温かい言葉をかけて頂くことが出来ました。このときから馬場中山地区応援団は、蓮田市エリアの土木建設業のみなさんを中心にした約20人の“はすだ支援隊”から、人口62,000人の“拡大はすだ支援隊”になったように思います。

    終了後、市役所の外に出たところでも参加者の方に声をかけて頂きました。若手漁師さん二人が説明をしています。ここまでの写真は、馬場中山地区HP20110910

    このように直接私たちの話を聞いていただく機会を得たことが、その後、年に3回(4月・8月・11月)の蓮田市でのイベントにお声がけ頂けるキッカケとなり、震災から3年半を経た現在も続いています。もちろん、つい先日の今年の8月23日のイベントにも沢山の蓮田市民にブースに立ち寄って頂きました。本当にありがたいことです。

    [漁師達のなりわいの復興]
    7月中には避難所が解散し、仮設住宅で暮らす人々は慣れない仮住まいながらも最低限の家財道具を一通り揃えますと、地域の皆さんはようやくそれぞれの家族単位で今後の暮らしをどう再建していくかを考えられるようになってきました。歌津/馬場中山地区の9割ほどは漁師さんですから、遠い仮設住宅のくじを引いてしまった方などは10kmも内陸から馬場地区・中山地区の漁港に通い、作業することになります。

    これまでも漁師さん達は、漁協の管理下のもと、共同で漁場の清掃作業を行ってきました。9月に入りますと例年であればワカメ養殖の準備がスタートするのですが、3月の津波で大小合わせておよそ100隻あった船のうち、無傷だったのは3隻。あとは津波にさらわれてどこに行ったか皆目判らないものもあれば、小船に船外機がついたくらいのものは、多くは港の中に沈みました。ごくごく簡単な造りの船は、船体に傷がついていなければ、船外機を取り替えれば使えますから、極力、海から引き上げてなんとか使える船を増やしていきました。

    7月のことでしたが、船外機を支援頂いたこともありました。我々のニーズをしっかりとらえた支援の品に漁師さん達が大感激した瞬間でした。 馬場中山地区HP20110704


    船外機とはこのトラックに乗っている船でいいますと、船尾についているコレです。馬場中山地区HP20110704


    8月にその概要に触れました「なじょにかなるさープロジェクト」は、まずは歌津/馬場中山地区の漁業の中心であるワカメ養殖をなんとか2014年シーズンに向けて復興させようということで、複数の支援団体が協力を申し出てくれてスタートしたものでした。プロジェクトに参加する漁師さんは主に4人。震災前まではそれぞれが良い意味でライバルとして、競い合っていた漁師仲間でした。ワカメ養殖の『仕込み』の始まりは10月です。ですから、何が何でも5トンという規模の養殖に使える船を1隻、9月中に手に入れたかったのでした。

    8月にかすかな情報を頼りに訪れた北海道でなんとかその5トンの船を手に入れられる道筋が出来、各種の手続きを経て、いよいよ北海道から歌津へ船を回送します。こうして、手に入れた船は福が倍になって帰ってくるようにと『福福丸』と名付けられました。この福福丸関連の写真は、後半の特集写真のコーナーにまとめて掲載します。

    北海道の港を出る直前の『福福丸』です。馬場中山地区HP20110910


    [ガレキ除去×未来道プロジェクト]
    8月にはほぼ完成した未来道ですが、2011年も9月に入って雨が降ったりやんだりという日が続きました。最低限の出来る範囲でルート全体に砂利を敷き詰めた未来道は、少しの雨でもぬかるんで水がたまったままのところがところどころ出来ます。しかし、まだまだ物資が乏しい中、行政の力を借りずに地域住民で作った未来道には充分な砂利を敷き詰めるお金がありません。にわか工事の避難道としてはこれで充分かと思っていたのですが、そこにまたプロの助言が届きました。

     「砂利は買わなくても良い。地域のアチコチにころがる大型コンクリート片を砕いて敷き詰めれば良いのだ」と――。歌津/馬場中山地区にこれまでにも沢山の支援物資を提供してくれた福井県・大野市の建設業組合の名物社長の一人、石塚さんは説明をするよりも早く、コンクリートクラッシャーをトレーラーで運んできてくださいました。

    9月4日朝、2台の輸送車に乗せられてコンクリートクラッシャーがやってきました。馬場中山地区HP20110904

    石塚さんのすごいところはスピードです。私たち地域のものが困ってマゴマゴしているうちに、石塚さんが経験を持っていて大得意とするところは、驚くべき速さでスマートにプロジェクトを前進させてくれることでした。そんな強力な支援のおかげで、地域のあちらこちらに転がるコンクリート片を片付けると同時に、未来道に敷き詰める砂利が出来ていったのでした。後から道路建設のプロにきくと、平常時であれば建設資材として売っている砂利を買ったほうが安かったのだと言います。しかし、いずれにしてもどこかにどかして処理しなければならない、堤防の残骸などと大きなコンクリート片をこのように処理することが出来たのは、未来道の砂利確保とコンクリート処理の一石二鳥どころではなく、塞ぎがちなあの時期に共同作業に没頭できた喜びと、その目に見える効果を加えると三鳥も四鳥も得られた、それが「未来道プロジェクト」の後半戦でした。


    大きな塊だったコンクリート片をあっというまに砕きます。後半の写真特集で、砕くまでの工程をご紹介します。馬場中山地区HP20110904

    [地域の伝統行事と生活]
    9月といえばお彼岸です。私たちの地域は漁師町ということが強い理由だと思いますが、やはり昔から操業中の事故で命を落とす人が少なくなかったので、お彼岸の地域行事が根強く残っています。彼岸の中日は女性たちの行事として『お念仏』を行います。後半の特集写真のコーナーではそういった地域行事の写真なども取り上げてみました。


    ☆ 2012年9月: 震災から1年半――事業再開に向けてスタッフミーティングを開催しました!
    震災から1年半を経過した頃は、陸上のガレキは片づけられていましたが、まだ護岸の改修にまでは手がつけられていませんでした。秋は台風の襲来で海が荒れる日が増えます。


    2012年9月撮影の海岸線の様子です。多くの海岸線は大きな土嚢で応急補修をしているだけという状況です。歌津小太郎HP20120915



    波が高い時の入江の様子です。台風のときはこんなものではありません。歌津小太郎HP20120915


    そんな地域の状況ではありましたが、2012年9月14日、歌津小太郎再開に向けて大きな節目がありました。10月より南三陸直売所「みなさん館」のオープンに伴い、そのなかのレンタル工房をお借りして歌津小太郎の商品を作ることが出来るめどがたったことをお伝えするため、再び元従業員のみなさんに集まって貰いました。




    レンタル工房の図面と見ています。元の工場の1割くらいの規模での再スタートです。


    歌津小太郎再スタートのメンバーです。歌津小太郎HP20120915


    震災前の従業員数が13名でしたが、それぞれの事情で歌津の地を離れてしまった方もいらっしゃいます。 家族同様で長年いっしょに働いてきたメンバーの数人はこの場に集まれなかったのですが、いつかまた環境が変化し一堂に介することが出来るように、少しずつ歌津小太郎を震災前以上に盛り上げていこう、そう誓った日でした。


    ☆ 2013年9月:  3年ぶり、『さんま昆布巻』の復活に涙
    2013年4月には歌津小太郎新工場が再開できましたが、原材料が揃わず看板商品の『さんま昆布巻』を作れずにいました。9月になりますと、初物のさんまを使って『さんま昆布巻』のフル生産体制に入れるのですが、2013年は肝心のさんまがなかなか来てくれませんでした。鵜の助さんの最高品質の昆布を用意して準備万端の体制で臨んでいたのに! 海水温が高い状態が続き、さんまが南下してくるのが遅くなったのです。
    この間、仙台・藤崎/歌津小太郎売り場では、うまいものの時期を知っている常連のお客様が「昆布巻はまだ…?」と何人もやってきました。ここに来て看板商品である昆布巻をさらにお待たせすることになるとは…。
    最終的には計画よりも3週間ほど遅れて、9月下旬からさんまの昆布巻作りに取りかかりました。藤崎に訪れる歌津小太郎ファン(特に昆布巻ファン)のお客様たちには、9月の終わり頃ようやく昆布巻をお届けすることが出来ました!
      「この味を待っていたのよぉ!」
    お客様のお声を頂き、ようやく歌津小太郎復活の第一段階をクリア出来たように思い、同時に涙が溢れてきました。製造を担うベテラン従業員さん達も、長年培った自分たちの技術が、まだまださびれていないことを確認できて、ほっと一安心といった感じでもありました。

    写真は2012年12月の仙台/藤崎の歌津小太郎売り場です。『昆布巻』が復活してようやく歌津小太郎らしくなってきました。 被災地からのレポート20130121


    ● 2014年9月~10月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報
    9月下旬から三陸沖では漁船漁業に携わる漁師さん達による秋サケ漁が漁期に入り、南三陸町志津川市場は秋の味覚の訪れで、震災前と変わらぬ賑わいを取り戻しています。歌津小太郎でもこの秋サケを使った『さけ昆布巻』も『さんま昆布巻』同様、新物の時期を迎え、工場スタッフの生産体制も連日フル稼働の状況です。皆さんご存知のようにサケは3年をかけて自分の生まれた川に戻ってくる習性があります。3年前と言えば震災の年にあたりますので、サケが順調に水揚げできるのかと、漁師の皆さんは不安の中での操業を今年は強いられています。3年半を過ぎた今なお、震災の爪痕が漁業にも大きく残っているのだと思うと、改めてこの災害の大きさを思い知るところでもあります。




    20141002撮影 脂の乗ったサケが今日は大漁です。




    20141002撮影 1匹が8kgを超える大物を漁師のお母さんたちの熟練の技でさばきます。

    歌津小太郎では10月下旬より仙台藤崎百貨店と南三陸直売所みなさん館にて『新物さけ昆布巻』が店頭に並び始めます。『さんま昆布巻』共々、今後控えるお歳暮商戦、年末商戦には欠かせない商品として万全の態勢で臨みたいと思います。

    <あとがき>
    いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
     (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)

    今回の教訓ですが、2011年9月10日に蓮田市でお話をさせていただいたことが、参加した4人にとってはちょうど『合宿』のような効果があったように思います。合宿のイメージは学生の頃の部活などで泊まりがけでトレーニングに行くといったことに代表されると思いますが、とにかく普段と環境を変えた一泊二日の時間というのは大変に多くの貴重な体験となって印象に残ります。

    2011年3月11日のあの日から、私自身の生活の多くは歌津と仙台を往復し物資の調達を、そしてこの頃、9月になってからは歌津小太郎の再建に向けての相談で地方事務所のある気仙沼市へと、この3ヶ所以外に行くことはほとんどないという生活でした。他の3人は歌津から出ることもほとんどなかったと思います。そんな4人がガレキだらけの宮城県沿岸部を出て他県の『本当に日常の風景』の場所に行きますと、別世界に降り立ったような感覚というか、いやいやこれが普通の状態なのだと再認識するというか、長い道中で同行したメンバーととりとめのない話をしたり、数年先の歌津のことを話し合ったりなど、とにかくいろんな話をしました。

    蓮田市での夜の部では、今回のブログに写真は掲載しませんでしたが、はすだ支援隊のみなさんと遅くまで語り合いました。その時に語り合ったことが3年を経て実現できていること、まだ未完のことなど様々ですが、あの合宿的な経験があったからこそ、その後、進みが早まったことが沢山ありました。年代は近くとも経験値・分野が大きく異なる土木建設業の“はすだ支援隊”のみなさん達は、とにかくいろんな悩みに直面する我々を第三者の視点で導いてくれる『良きコーチ』でした。物事の節目節目でのこうした合宿的経験を良きコーチを迎えて行うのは、何か停滞したような場面で大変に重要だと感じました。

    2011年9月はこの他にももっと沢山の出来事がありましたがあまりに長くなるので、多くの重要場面を割愛してしまいました。またの機会に再び振り返ってご紹介したいと考えております。ここまでおつきあい頂きありがとうございました!

    記事担当 千葉孝浩


    ■□■□■今月の特集写真コーナー「なりわいの復興に向けて歩む」■□■□■□■□■□
    いつも後半に特集写真のコーナーを設けています。「なりわいの復興に向けて歩む」と題しまして、2011年9月の地域の皆さんの姿とそれを支えて下さる強力な支援者の方をご紹介したいと思います。写真素材は全て、馬場中山地区ホームページ(歌津小太郎第三の男・カオルが運営)の中でご紹介したものを再掲載しています。今回は、地域の者にとっては当たり前の姿の地域の行事の様子も取り上げてみました。

    [1.わかめ養殖の復活を目指した“なじょにかなるさープロジェクト”編] まずは地域の漁師さん達の9月頃の日常の様子です。


    もちろん、震災前は個々のお宅で車を持っていましたが、まだ、このころは全員が車の調達が出来ていたわけではないため、こんな風に集合します。これが津波被害沿岸部のあちこちでの日常だったと思います。ここからの写真は、馬場中山HP20110909


    中山地区の海岸の休憩所です。あのはすだ支援隊の作品です。手前は万能選手の『暖助』。暖も取れるし煮炊きに焼き物も出来る薪ストーブです。馬場中山HP20110909


    9月30日、この日の作業は――  馬場中山HP20110930


    自分達で出来ることは自分達でやります! 自ら漁港の船着き場にセメントを埋めていました。






    船着き場作業の後、一旦、大きな仕事が終わった打ち上げで、バーベキューをしました。 避難所生活以来、こうした外での食事の手際が早くなっています。 ここまで、馬場中山HP20110930



    ここからが『なじょにかなるさープロジェクト』のメンバー、船を取りに行く写真です。

    出発の日、9月9日です。馬場中山地区HP20110909




    仙台のフェリー乗り場まで送って行きました。ここまで、馬場中山地区HP20110909


    9月10日、これが『福福丸』です。  馬場中山地区HP20110910


    天候の見込みを考慮すると、すぐの出港が最良ということで、歌津に向けて港を出ました。


    北海道の島影が遠くなっていきます。 ここまで、馬場中山地区HP20110910



    『福福丸』を回航中の漁師さん達から、携帯がつながるタイミングで写真が届きます。津軽海峡は一日で越えられました。馬場中山地区HP20110911


    海峡を越えたころから海が荒れ始め、こんな写真も届きました。馬場中山地区HP20110911


    早朝に港に立ち寄ると、いました!『福福丸』です。 馬場中山地区HP20110913

    近くでみるとこんな感じです。養殖作業で活躍するクレーンがついています。


    船上はこんなかんじです。


    北海道から帰ってきた漁師さん達がくつろいでいます。みなさんには判りにくいことかもしれませんが、沿岸漁師さんは船の操縦免許は持っていても、いつもは見慣れた山影の見える沿岸海域で操業するだけ。「航海」という経験は全くなかったので、この4日間の津軽海峡越えの航海は大冒険だったのでした。 馬場中山地区HP20110913


    [2.未来道プロジェクト編]

    9月4日、早朝にすごいものが届きました。またまたこの方の登場。福井県大野市の石塚さんです。ここからの写真は、馬場中山地区HP20110904

    届けられたものは、想像をはるかに超えるすごいものでした。

    本当に大きいです。一般道をよく通れたなと驚きます。


    左手奥にコンクリートクラッシャー、そして砕いたコンクリート片をコンベアで持ち上げて、トラックの荷台に直接落とし込むのが手前の部分です。


    あっという間に位置決めして設置していきます。

    コンクリートクラッシャーの試運転用にコンクリート片を運びこみました。


    判りにくいですが、コンクリートクラッシャーの投入口を覗き込んで試運転準備中です。


    砕かれたコンクリートが出てきました。









    コンクリートクラッシャーを運んできたのは、超低床トレーラーという特殊車両です。荷台部分は地上から50cmくらい。背の高い設備を運ぶ専用車です。役目を終えると颯爽と帰っていきました。ここまでの写真は、馬場中山地区HP20140904


    まとまった量のコンクリートガレキ製の砂利が出来上がったところで、未来道への砂利敷き作業を再開しました。 馬場中山地区HP20110912


    8月の作業では道の中心部に砂利を敷いたので、今回追加する砂利は道の崖側を補強するように敷きます。中央で後ろ姿を見せているのが私(孝浩)です。


    重機できれいにならしています。オペレーターさんが器用です。


    [3.地域の生活と伝統行事編]
    ある日の夜、高台への集団移転についてのお話を聞くための集会がありました。

    南三陸町全体に共通するお話です。ここからの写真は、馬場中山地区HP20110904

    場所は、馬場中山生活センター(避難所だったところ)です。

    お話はすばらしい歌津をつくる協議会会長さんからでした。話し合いは夜遅くまで続きました。ここまでの写真は、馬場中山地区HP20110904

    ここからは地域の行事の様子です。

    9月23日、彼岸の中日ということで馬場地区の女性陣が『お念仏』を行っていました。馬場中山地区HP20110923


    大きなお地蔵様を正面にして、

    輪になって座り、綱をつかんでいます。

    久しぶりに地域の女性たちがこれだけの人数集まります。ご先祖様を思い、そしてこの地の再建を見守って欲しい、そんな願いを込めて祈り、念仏を唱えます。ここまで、馬場中山地区HP20110923

    次の話題は『苗プロジェクト』

    こちらは別の日です。苗プロジェクトの蛯名さんがいらして、今後の苗プロジェクトの運営方法に関して話し合いを提案しています。話し合いの場は支援センター(旧・第二避難所)です。馬場中山地区HP20110904


    蛯名さんです。苗プロジェクトを立ち上げたときの個人としても思い、そしてそれに賛同して下さった有志の方々の思いを伝えています。苗プロジェクトを資金面で支援しているのは、神戸を中心に阪神淡路大震災で全国の人にお世話になったからその恩を『恩送り』という形で返したい――そういった関西エリアの個人の方や中小企業経営者の方が多いのだということでした。


    仙台市の沼田種苗さん(中央)です。沼田種苗さんは、仙台市内沿岸部で農家を営んでいた多くの顧客が津波の塩害でしばらく耕作できなくなってしまったのだそうです。野菜の苗を生産する農家さんたちは仙台の内陸部が多かったので被害を受けていませんが、野菜苗を作っても売り先がない、そういった状況だったのでした。








    ざっと数えて20人ほどの女性達が苗プロジェクトの話し合いに集まりました。話し合いの論点は、いかに公平にルールを決めて堆肥を分配するかです。苗に関しては希望数をとりまとめ役が聞いて、苗プロジェクト運営者にお伝えしていましたが、堆肥は早いもの順で好きなだけ持っていくということで、これまでルールがなかったのです。それぞれの畑の規模がバラバラですし、全員が避難所にいた6月の頃と違い、近くの元の家に住む者と遠い仮設に住む者では苗プロジェクトの堆肥分配の情報が届くにも情報格差があります。重たい堆肥を運ぶにも、高齢で車を運転できないおばあさんも多くいます。話し合いは当事者である女性たちで行って貰いました。


    苗プロジェクトの運営をしているみなさんの集合写真です。左から苗屋さんの二人、有機農家さん、堆肥を作るお二人、とそれぞれ青空の下で汗を流すことが多く、いっぺんに集まることはめったにないそうです。女性たちの話し合いがまとまり、支援する側と支援を受ける側とで今後もうまく運営できそうです。


    トラック満載の苗です。


    堆肥も荷降ろしします。

    秋に植えるものといえば、白菜です。(箱はレタスですが…)


    早速、植えつけます。
    ざっと数えて20人ほどの女性達が苗プロジェクトの話し合いに集まりました。遠くの避難所にいて参加できなかった人も含めると、約60名(60軒)ほどが苗プロジェクトの苗と堆肥を活用して、自給用の野菜を作っています。 ここまでの写真は、馬場中山HP20110904


    [4.今年(2014年)の8月23日 はすだ市民祭り編]  



    今回は歌津から漁師の佐々木英幸さんが助っ人で参加してくれました。(真ん中のピンクのタオルを首に巻いたのが佐々木くんです)




    今年で3年目ですので、はすだ支援隊との役割分担もきっちり…息もピッタリです!!


    夕方4時 最後のお客様は蓮田市の郵便局員さんでした…ありがとうございます。




    完売御礼…みんな集まってバンザーイでイベントを締めくくりました。

    2014年9月22日 11:29秋です!『初物さんま昆布巻』はじめました~!!!

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の渡邊です。今回は歌津と100km離れた仙台をめまぐるしく行き来する専務の千葉に代わりまして、普段は製造と事務を担当しております私がご報告いたします。

    9月に入りましてこちらはめっきり涼しくなり秋の景色となりました。“秋”といえばサンマです! 歌津小太郎では9月12日に今シーズン初となるサンマが到着しました。サンマが届いたとなると我々製造スタッフは小太郎夫人のあさ子さんを筆頭に臨戦態勢に入ります。そうです!絶大なファンの方がいらっしゃる『新物さんま昆布巻』作りがいよいよ始まるのです。   


    取れたてのさんま登場!


    昨年は海水温が高かった影響でサンマの南下が遅くなったために9月の後半まで皆さんをお待たせし、そのままお歳暮商戦に突入しましたので、てんやわんやの状態でしたが、今年は昨年よりも10日ほど早く取りかかることが出来ました。正直、ほっとしております。


    サンマの昆布巻作りは他の商品に比べ手間がかかりますので、昆布巻きを作る日は朝から製造メンバー全員が昆布巻だけを作ります。いつもいつも丁寧に作ってはいますが、特にこの『初物』を作るときには、新鮮なサンマの柔らかな身を傷つけないようわが子に衣を着せるような気持ちで昆布を巻きます。

    一本一本愛情を込めて・・・


    みんなで作り上げていきます。

    この後は歌津小太郎秘伝の調理方法で時間をかけてゆっくり煮まして、夕方に完成となります。 そんな風に作りました昆布巻の仕上がり具合を早速味見しました。 今年は昆布の質感が冬場の積雪量の影響で例年に比べ若干柔らかいため、多少の微調整が必要となりましたが、その辺は熟練スタッフの特殊技術で納得の出来栄えに仕上がりました。昨年よりもトロっとした食感でサンマの旨みがギッシリ詰まった昆布巻に満足度120%です!!


    こちらは、煮あがった状態の昆布巻です。

    というわけで今シーズンの『新物さんま昆布巻』のご用意が整いました! 9月23日(火)より仙台市内の老舗百貨店『藤崎』と南三陸町の『みなさん館』(歌津小太郎工場のお隣)で販売をしております。皆様、是非いらしてください。


    最後に、
    “今の時期のサンマは丸々と太って、脂の乗りがなんだもね~(脂の乗りは文句のつけようのない出来だ~)”


    スタッフみんなで、『新物さんま昆布巻、食べてけさい~ん。』



    記事担当: 渡邊@製造兼事務担当

    2014年8月22日 09:12復活2年目~7月のまとめ報告と“8月”~あの夏、共に汗を流した仲間たち

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    お中元シーズンの7月を乗り越えまして8月も半ばを過ぎました。学生さんは7月中旬くらいから夏休みですし、社会人の方も長期休暇を取られる時期ですので、我らが南三陸町/歌津・馬場中山地区には2011年以来、リピーターとなってくださったボランティアさん達(私は馬場中山地区応援団と呼んでいますが)が続々と訪れ懐かしい顔を見せてくれています。


    8月上旬、中山地区の漁師さん達が震災後初めてとなるホタテの水揚げ作業を行っていました。 少しずつ、海のモノが復活してきています。 馬場中山カオル商店HP20140804

    今回の記事ではお中元商戦の話題を中心に7月の報告を致しまして、震災後の3年間の振り返りでは、夏休みに入ったことでより活発となった馬場中山地区を応援するボランティアさんと我々の復興に向けた活動にはじまりまして、その後の強力な応援団達の活動をご紹介したいと思います。このブログでは紹介しきれない沢山の出来事がありましたので全てをご紹介することは出来ませんが、震災後のあの夏から始まった私たちの強固なつながりのその訳を皆さんと共有したいと思います。

    また、後半のほうで詳しくご紹介していますが、8月23日(土)に埼玉県蓮田市でのイベントに馬場中山地区を代表して歌津小太郎が出店しますので、首都圏の皆さんでお近く方は是非お越しいただければと思います。

    ● 2014年7月の歌津小太郎活動報告  ~歌津小太郎自慢の“こぶ巻”、沢山お届けしました!~
    6月11日より歌津小太郎が常設の販売コーナーを構えております仙台の老舗百貨店『藤崎』のお中元商戦が始まりまして7月31日まではその対応に集中しておりました。

    歌津小太郎自慢のお中元セットの広告写真です。ブログではお味をお届けできないのが残念です。

    昨年の今頃はまだ歌津小太郎の新工場が立ち上がったばかりで品数が揃わずにお中元セットを作れなかったので、3年間のブランクを経てのお中元復活となりました。昨年のお歳暮商戦では震災後ようやく復活した“歌津小太郎のこぶ巻”に対しまして予想以上に沢山の皆様からご用命頂きましたが、仙台の夏の贈り物には笹かま、牛タンの名産品に始まり、果物や冷たいお菓子とかがお中元に好まれるだろうと感じますし、藤崎本店のデパ地下には美味しいものが沢山並んでいますから、今回のお中元商戦に関しては控えめの予想をしておりました。

    結果は――本当にありがたいことに、震災前の2010年の頃とほぼ同等くらいのご注文を頂くことが出来ました。藤崎の販売コーナーではそれまでの1日二人体制から、このお中元商戦に向けて専任スタッフを、もう一人増員して対応準備をしました。歌津小太郎ではほぼ全ての商品をご試食できるようにしていますので、お立ち寄り頂いたお客様には常連さんにも初めての方にも全て味わって頂いてからお選び頂くようにしています。そうしますと、お店の前に人だかりが出来まして、それを見てまたお客様が足を止められる――まずはご試食頂くことが歌津小太郎の販売スタイルなのです。味わってさえ頂ければ、我々が自信を持ってお送りしている歌津小太郎の味のファンになって頂ける自信があるのです。  


    藤崎スタッフの稲田さん


    こちらは稲田さん(左)と櫻井さん(右)

    そんな歌津小太郎の味を全て決めているのが小太郎夫人のあさ子(私=孝浩の母)です。私にとっては自宅の食卓でもなじんでいる歌津の家庭の味ですが、漁師と兼業で水産食品加工を始めて以来、変わらぬ味を作り続けています。


    こんぶ炒りを調理中の、あさ子さん

    我々の店舗の写真をご覧になると判ると思いますが、ワカメもこぶ巻もその他の海藻商品も遠めに見ると全部が真っ黒! 見た目が本当に地味なのです。ですから、おそらくどんなに腕の良い写真家さんに“こぶ巻”の販売促進用の写真をキレイに撮って頂いたとしても、写真だけで判断してお選び頂くような通信販売には向かないと思っています。それゆえに頑なに対面販売にこだわって、店頭で直接味わって頂いてからお買い上げ頂く歌津小太郎のスタイルが定着したのですが、顔の見える販売を続けていたことが、結果的に我々の復活の大きな後押しとなったことは前回の「6月報告と“7月”」でもお伝えした通りです。 夏の帰省シーズンは都会に戻る親族に“こぶ巻”や“めかぶ漬”を買って持たせる、そういった需要でやはり藤崎の直営店舗は大賑わいでした。  




    藤崎本館地下2階“歌津小太郎コーナー”


    首都圏で歌津小太郎商品を扱って下さっています(株)加藤物産さんによる8月後半から9月にかけての首都圏での販売は、伊勢丹浦和店、小田急百貨店新宿店、東急百貨店東横店を予定しております。詳しくは歌津小太郎ホームページの「販売会のお知らせ」をご覧下さい。


    3年間の振り返り
    2月のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き綴っています。 書き残しておくことで未来の自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。

    歌津小太郎の旧工場及び千葉家の自宅のあった南三陸町(旧・歌津町)馬場中山地区は地域全体が壊滅的な津波被害を受け、どうにか津波を被らなかった公共施設・馬場中山生活センターという高台にある建物で200人が避難生活を送ることになりました。一階の天井まで津波を被った千葉家でしたが、6月中旬にはなんとか修復して住める状態になりましたので、避難所を出ることが出来ました。前回の報告では7月には全員が仮設住宅や元の家に戻るなどしまして、7月11日(震災の日からちょうど4ヶ月)の日に避難所の解散となりました。バラバラとなった地域の人々がその後どうなっていったか、私たちのストーリーに是非じっくりお付き合いいただければと思います。

    ☆ 2011年8月: あの夏、共に汗を話した仲間達
    7月に避難所を解散してから6箇所の仮設住宅地区と全壊を免れて元の家に留まった住民とでバラバラに暮らす我々は、いつかはまた「馬場・中山地区」としてコミュニティーを復活させることを強く願っていました。「未来道プロジェクト」は馬場中山地区が津波被害により海岸線の道路が寸断され孤立集落を経験したことから、津波の影響を受けない高台を通る避難道を作るプロジェクトとして自ら計画して進めたプロジェクトでした。8月はそれに加えて「なじょにかなるさープロジェクト」、これは漁師さん達の生業であるわかめ養殖の復活を推進するプロジェクトですが、こちらのほうも活動がスタートしました。沢山の出来事がありまして情報満載ですがお付き合い下さい。


    [未来道プロジェクトの8月]
    前回の「6月報告と“7月”」の記事で概要をお伝えしております未来道プロジェクトですが、7月いっぱいでルートはつながりましたが、土が露出したままでしたので、少しの雨でも地盤が緩み、車が通れる状態を維持できなくなります。8月はその砂利を敷き作業を中心に進めました。こちらは説明よりも写真で見たほうが伝わると思いますので、後半の特集写真コーナーで[未来道プロジェクト8月編]でまとめておきます。

    前回記事の繰り返しとなりますが解説しますと、今回の津波では海沿いを通る道路が分断されたため孤立集落となり、最初の一週間ほどは命を繋ぐ水・食料の確保がままならない状態でした。唯一残った道は高台を通るとても狭い農道(道とは呼べないくらいのもの?)でした。そのルートを使って、今後の避難道として、あるいは高台への集落移転地区(予定地)への幹線道路として使い、百年先の世代まで安心して暮らしていける地域の再建をしようと立ち上げられたのがこの「未来道プロジェクト」です。

    この未来道プロジェクトの活動の様子は、避難所生活の頃、震災からちょうど1ヶ月後の4月11日に立ち上げてそれから毎日を写真で綴った「馬場中山地区ホームページ」で発信し続けたことで多くの方からの共感を頂き、次々と広がりを生み出していきました。この頃からテレビニュースの取材も多く入るようになりまして、当時の私たちは自分達が取り上げられているニュース映像を見ている余裕がなくて、何が起こっているかあまり理解していませんでしたが、とにかくいろんな方面から新たな申し出が増えてきたことに驚きを感じていました。


    [なじょにかなるさープロジェクト始動!]
    「なんとかなるさ」をこちらでは「なじょにかなるさー」と言います。 馬場中山地区の漁業の中心はわかめ養殖でした。太平洋の海流に育まれた肉厚のわかめは最高品質で知られていました。そのわかめ養殖を復活させようというのが「なじょにかなるさープロジェクト」です。今回はその第一章にあたる「わかめ養殖に必要な漁船探し」の写真を後半の特集写真コーナーにまとめております。


    なじょにかなるさープロジェクトのメンバーが北海道に到着しました。馬場中山HP20110802

    「なじょにかなるさープロジェクト」をご理解頂くためには、まずはわかめ養殖の一年間のサイクルを説明したいと思います。今回のブログの中ではあまりにも長くなるので、次回の記事のなかで詳しく触れたいと思います。
    順番が逆になってしまいますが、なじょにかなるさープロジェクトの成果であるわかめ養殖復活の様子はすでにこのブログシリーズの中の2014年3月10日配信版『復活2年目~2月のまとめ報告と“3月”~歌津の新物わかめ&めかぶ』でご紹介しているので、ご関心のある方はそちらをご覧いただければと思います。

    [8月、馬場中山地区のつながりを支えてくれた人々]
    地域全体の大きな動きとしては「未来道プロジェクト」と「なじょにかなるさープロジェクト」ですが、その他にも6月からスタートしている「苗プロジェクト」(推進代表者はお隣の登米市の有機農家さん)やその他の団体や個人の方がそれぞれの思いで、それぞれの得意な分野で知恵を使って工夫を凝らして我々の地域を支えてくれました。

    こちらも説明文よりも写真のほうが伝わると思いますので、後半の特集写真コーナーの中でまとめております。当事者の私たちが見ると、あの夏のいろいろな思いがよみがえり、改めて応援してくださったみなさんに感謝の気持ちをお伝えしたくなる写真ばかりですが、つたない文章のキャプションでなんとか伝われば幸いです。


    ☆ 2012年8月: 歌津のわかめの早期復活をPR!


    [歌津のわかめの復活を発信する機会を頂きました]
    7月に引き続き 8月中にも2日間だけですが仙台/藤崎百貨店での販売をいたしました。さらに埼玉県蓮田市でのイベントにも出店出来ました。蓮田市さんとは2011年4月後半に“はすだ支援隊”のみなさんが馬場中山地区にボランティアに来ていただいたことにはじまりご縁ができまして「はすだ市民祭り」にお呼び頂いたのでした。驚くことにはすだ支援隊のみなさんだけでなく、歌津/馬場・中山地区へのボランティア参加がご縁で親しくなりました皆さんが「歌津小太郎応援団」として福井・静岡・神奈川・東京などから遠路はるばる駆けつけて下さいました。大勢の方にイベントを盛り上げて頂き、大成功に終わりました。
    この頃から自宅台所工房はフル稼働! 家族総出でわかめを袋詰めしていました。


    2012年8月25日 はすだ市民まつり   被災地からのレポート 20131023記事より

    [歌津小太郎新工場の建築確認申請]
    2011年12月にはいわゆるグループ補助金制度に応募しまして新工場建設の計画を本格的に開始していたのですが、建設費の高騰や建設資材調達の遅れなどさまざまな理由から、建設事業計画を何度も見直した結果遅れに遅れたのですが、ようやく建築確認申請提出(気仙沼土木事務所)にまでたどり着きました! 針生承一建築研究所さんのご尽力になんとかここまで参りました。気持ちばかりが焦っていた日々でしたが、一つずつ問題を解決しながら進めておりました。

     気仙沼土木事務所に申請書類提出。こうした役所もプレハブ作りの仮設庁舎です。


    [ファンド募集開始してみたら]
    2012年6月28日からミュージックセキュリティーズさんによる“歌津小太郎こぶ巻きファンド”の募集を開始していましたが、地域の仕事やわかめ製品を人海戦術で作るなどで目の回るような忙しさゆえに、ときおりお声がけを頂く東京での事業者説明会にはなかなか参加できずにいました。そして工場がないのだから歌津小太郎の主力商品をご説明することも難しい状況でしたので正直申しましてどのくらい皆さんに歌津小太郎の姿が伝わっているか想像が出来ませんでした。後から確認してみますと、ファンド募集の開始直後に出資者として応援いただいた方には宮城県内の方が多かったことが判ります。宮城県内の中でも自分達も地震被害を少なからず受けているが津波被害を受けていないという地域の方々が、我々のような壊滅的に被災してしまった小さな企業の応援をして下さる、宮城県の中での『共助』といいましょうかそういった気持ちを読み取ることが出来、大変に嬉しく思いました。


    ☆ 2013年8月:  歌津小太郎商品を蓮田のみなさんにお届け

    [はすだの皆さんと再会 ]
    8月24日、昨年に引き続き埼玉県蓮田市の「はすだ市民祭り」に南三陸町の地域を代表して特産品の販売を行いました。 震災直後から南三陸町歌津馬場・中山地区に支援に入っていただいた「はすだ支援隊」の皆さんにはこの2年半、お世話になりっぱなしでした。 (詳しくは歌津小太郎ホームページの活動日記2012年7月1日)

    昨年は歌津小太郎の商品としては半加工品の「湯通し塩蔵わかめ」だけしかお持ちできなかったのですが、今回は封を開ければすぐに食べられるご飯のお供、「陸中漬(りくちゅうづけ)」と「ひと味ぼれ(ひとみぼれ)」もお持ちしました。海のない埼玉県蓮田市の皆さんと、海の幸だけはどこにも負けない宮城県南三陸町の私たち。直線距離で350kmを超える距離、震災前は何の接点もなかったこの二つの地域ですが、地域ぐるみの大きな親戚同士みたいなおつきあいが続いています。


    (埼玉県蓮田市 中野市長さんと、はすだ支援隊の皆さん)

    [歌津小太郎の8月]
    前回の記事に盛り込めなかった7月の話題ですが、大変に遅ればせながらとなりますが、2013年4月27日に開業した歌津小太郎新工場の3ヶ月遅れの開業祝の昼食会を弟の馨(カオル)の夫婦がオープンした“カフェかなっぺ”で開催しました。(正確には7月27日のかなっぺオープンよりも前に団体客受け入れのトレーニングも兼ねてのものでした)


    この日、残念ながら小太郎社長も私(孝浩)も参加できなかったので、歌津小太郎製造スタッフのみ7名の“女子会”となりました。 馬場中山カオル商店HP20130723


    トレーラーハウスを使った店内の様子は、厨房コーナーから見るとこんな大きさです。 厨房ではカナエさんがパスタを盛り付けているところです。  馬場中山カオル商店HP20130723




    普段の仕事姿は帽子にマスクをしているのと、恥ずかしがってブログ用の写真をなかなか撮らせてくれませんので、製造スタッフの普段着姿は貴重な写真です。手前が母のあさ子です。


    昼食後は午後の仕事に戻りました。カフェかなっぺの入口から海を臨むとこんな感じです。ちょっと判りにくいですが海岸線からは急な坂を10mくらい登ったところにあります。右手のトレーラーハウス(宿泊用)の左に見える海岸線のあたりが旧・歌津小太郎工場のあった場所周辺です。 ここまでの写真は馬場中山カオル商店HP20130723


    ● 2014年8月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報 8月15日北海道根室港にサンマ漁の主力となる小型棒受け網漁船の初水揚げのニュースを見てホッとしました。先月から始まった北海道沖での流し網漁が不良との情報でしたので、来月から製造する新物のさんま昆布巻にどれほどの影響があるのかと、最悪の場合、今年はさんま昆布巻の製造が出来ない事態にもなりかねないとの思いもありました。サンマ漁はこれからが本格的な漁期に入りますので昨年のような不漁のシーズンでないことを心から願っております。


    それから、地域の情報として復興に向けて大きな出来事がありました。8月1日(金)南三陸町では初めてとなる災害公営住宅の入居が始まりました。震災から約3年半、仮設住宅からやっと自分たちの住まいで生活が始まります。今後は戸建て住宅の建設なども始まり、新しい居住区が続々と生まれてきます。

    それから、書き出しの部分で触れていましたが、8月23日(土)に埼玉県蓮田市でのイベントに馬場中山地区を代表して歌津小太郎が出店しますので、首都圏の皆さんでお近く方は是非お越しいただければと思います。場所は、「蓮田駅東口のくぼ通り」です。今回はまだ暑い日が続く中の屋外イベントですので、わかめ製品を中心に3-4品の歌津小太郎商品をお持ちして伺います。私(孝浩)が歌津から、そしていつものように“はすだ支援隊”の皆さんがいっしょに盛り上げて下さいますので、上野駅からは一時間弱ですので、お近くの方は是非いらして頂ければと思います。



    <あとがき>
     いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。 (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)


    今回の教訓では、「善意を表明する的確な場さえあれば人は純粋に善意を示す」ということをご紹介したいと思います。震災発生の2011年3月から今回の記事にあります8月まで、概ね最初の6ヶ月の間に我々に支援の手を差し伸べて下さった皆さんとは現在も継続しておつきあいを頂いています。食べるものも水もトイレも不足していた避難所生活の当初の頃だけに留まらず、我々をこうして応援してくださる方々に対し、大変ありがたい反面、「自分だったら縁のなかった被災地域に対してここまで親身に時間も費用もかけて支援を継続できるだろうか」と思いました。それは私だけでなくカオルもそのように感じていたようです。

    長くボランティアさん達の受け入れの窓口をしてくれていたカオルの言葉を借りると「そもそも人間には困った人をただ助けたいという気持ちが備わっていて、純粋に助けたいだけなんじゃないか」といいます。当初はなぜボランティアの皆さんが何の見返りもなしにわざわざこんな所まで支援物資を運んで来たり ボランティア活動をしに来てくれるのか理解できませんでした。馬場中山地区全体が避難所生活をしていた頃、不足していた日用品などをホームページで募集した際にそれを手配してくださった方から「支援する機会を与えてくれてありがとう。」というメッセージをいただいたことがあります。そういったメッセージを数多く頂いて、「純粋に助けたい気持ちのあらわれ」だと思うようになったといいます。


    こちらの地区に対する行政からの支援が遅れる中、馬場中山生活センターのみんなはこの純粋な善意に支えられたおかげで被災直後の大変な時期を生き抜いてこれました。その善意を与える側と受け止める側のマッチングが非常にうまくいったのが我々の馬場中山地区であったのだと、あの震災から3年5ヶ月を経てようやくそのように振り返ることが出来ました。


    まだまだ我々の地の漁業を中心とした正業(なりわい)も生活の復興も課題が沢山ありますが、全国の方からの善意に支えられてここまで加速して立ち上がることが出来ました。ようやくみなさまの善意へのお返しをするにはどうしたら良いか考えられるようになったのですが、私に出来ることは歌津小太郎商品だけに限らず歌津の魅力である“旨いもの”を広くお届けすることであろうと思い到りました。そんな訳で今回も長くなった次第ですが、ここまでおつきあい頂きありがとうございました!


     記事担当 千葉孝浩


    ■□■□■今月の特集写真コーナー「あの夏、共に汗を流した仲間達の笑顔」■□■□■□■□■□
    いつも後半に特集写真のコーナーを設けています。「あの夏、共に汗を流した仲間達の笑顔」と題しまして、2011年8月に馬場中山地区に来ていただいたボランティアの方の写真をテーマ別にご紹介したいと思います。写真素材は全て、馬場中山地区ホームページ(歌津小太郎第三の男・カオルが運営)の中でご紹介したものを再掲載しています。集合写真と皆さんの驚嘆の「仕事ぶり」を中心にピックアップしてみました。

    テーマは、1.未来道プロジェクト8月編、2.なじょにかなるさープロジェクト始動編、3.8月、馬場中山地区のつながりを支えてくれた人々編 の順に並べております。それぞれの日付は写真のキャプションに年月日を8桁で記載していますので、もっと写真を見たい方は、馬場中山地区ホームページから日付で探してみてください。
    [1.未来道プロジェクト8月編]

    高台を通る未知未来道から海を眺めるベストショットです。遠くに島のように見えるのが歌津半島です。 馬場中山地区HP20110811


    埼玉はすだ支援隊のトシさんと中山さんです。深夜の2時に到着し日帰りで未来道の様子を見に来てくれました。 馬場中山地区HP20110731


    7月中に大まかにルートを切り開くところまで進んだ未来道を確認しています。この日の私は緑色のツナギ(一番右)です。 馬場中山地区HP20110731


    自分達で建てた第二避難所(この頃は支援センターと言っていました)で未来道や今後の復興について話し合っています。 馬場中山地区HP20110731


    8月2日、朝から未来道工事開始です。 馬場中山地区HP20110802


    役場の方が未来道工事の様子を見に来ました。町の復興計画とうまくリンクさせるために頻繁に話し合ったほうが良いとアドバイスです。 馬場中山地区HP20110802


    この日(8月2日)はテレビ局の取材も入っていました。  馬場中山地区HP20110802


    ボランティア活動のために全国から集まった有志の皆さんが未来道の作業を手伝うために来てくださいました。 馬場中山HP20110806


    木こりさんや草刈機で草を刈る方々です。  馬場中山HP20110806



    写真では見えませんが木こりさんが根元をチェーンソーで切っています。 馬場中山HP20110806




    10分後、あっとゆうまに木を伐採しました。馬場中山HP20110806



    8月7日もボランティア活動のため全国から集まった有志の皆さんが未来道の作業を手伝うために来てくださいました。ありがとうございます。  馬場中山HP20110807



    8月8日もボランティア活動のため全国から集まった有志の皆さんが未来道の作業を手伝うために来てくださいました。ありがとうございます。

    こちらの皆さんは後に長いお付き合いとなる神奈川県座間市の『かおる建設工業』の皆さんたちでした。きっかけは、南三陸ボランティアセンターから「馬場中山地区では地域で自主的に避難道を整備している」という情報をキャッチし、“道路建設は本業だから力を貸すよ!”ということで来て頂くことになったのでした。 馬場中山HP20110808



     8月28日朝、集中砂利敷き作業前の写真です。前日夜遅くに到着したはすだ支援隊は短い仮眠をとっただけ。 馬場中山地区HP20110828



    未来道プロジェクトに初参加に人もいるので、作業前に未来道の全容を下見に行きます。 馬場中山地区HP20110828



    別のボランティア団体の皆さんです。未来道プロジェクトに対して炊き出しをしてくださるとのことです。 馬場中山地区HP20110828



    未来道で一番地盤の高いところ、見晴らしの良いところから砂利を敷き始めます。 馬場中山地区HP20110828



    木々のすき間から海が見えます。  馬場中山地区HP20110828



    快晴に恵まれ未来道工事日和です。この日もテレビニュースの取材が入っています。  馬場中山地区HP20110828



    未来道が二股に分かれるところです。 馬場中山地区HP20110828



    馬場中山地区HP20110828


    少しずつ砂利を敷いていきます。 馬場中山地区HP20110828



    林を切り開いた場所も立派な道になってきました。  馬場中山地区HP20110828



    汗だくの作業の後には、こんなおもてなしを用意しました。馬場中山名物となっていた五右衛門風呂の復活です。入浴シーンの写真はこちらのブログには不適切なので掲載していません。 馬場中山地区HP20110828



    8月29日、二日目の集中砂利敷き作業です。まずはトラックから重機を使って砂利を敷きます。 馬場中山地区HP20110829



    地元のメンバーがスコップを持って砂利をならしていきます。女性たちも参戦です。 馬場中山HP20110829



    馬場中山HP20110829



    馬場中山HP20110829



    昼食時のくつろぎ風景です。 馬場中山HP20110829



    この日の昼食はやきそばにおにぎりと前夜の残りの焼き鳥、そしてデザートにスイカでした。 馬場中山HP20110829



    はすだ支援隊のリーダー、トシさんの笑顔です。 馬場中山地区HP20110829



    馬場中山生活センター前で海をバックに記念撮影です。未来道への集中砂利敷き作業を率いてくださったはすだ支援隊の皆さんが戻られる前にその場にいた全員が集まりました。 馬場中山HP20110829


    [2.なじょにかなるさープロジェクト始動編]


    なじょにかなるさープロジェクトのメンバーが北海道に到着しました。馬場中山HP20110802

    わずかな情報を頼りに漁港をめぐり、わかめ養殖に使えそうな漁船を探します。こういった船が停泊しているところに行き、事情を説明し売りに出ている船がないか直談判で探しました。 馬場中山HP20110802


    北海道に漁船探しに訪れていたメンバーが戻りました。書類を広げて精算作業をしています。 畳の上にダイニングテーブルと、不釣合いではありますが、ここはみんなで作った第二避難所の中でして有効に使われています。馬場中山HP20110804


    北海道に行ってきた4人の若手漁師さんです。欲しい船が見つかりましたが、どのように調達するかを話し合っています。 馬場中山HP20110804


    右のお二人が「なじょにかなるさープロジェクト」に支援を申し出てくれているホープインターナショナルさんのスタッフの方です。左側の漁師さんたちが漁船探しの視察の結果を報告しています。馬場中山地区HP20110805



    なじょにかなるさープロジェクトで行った北海道視察についての報告書をまとめていました。

    漁師をなりわいとする皆さんはパソコン操作や文章作成に使い慣れていません。そういった苦手なところもホープインターナショナルさんがサポートして下さっています。 馬場中山HP20110809


    [3.8月、馬場中山地区のつながりを支えてくれた人々編]


    後ろの女性二人が横浜市からボランティアで来た伊藤姉妹です。後に草刈り姉妹と名付けられ大活躍します。 馬場中山地区HP20110811



    伊藤姉妹は大阪市内の有志の方から地域の子供達のためにと花火を沢山持参していました。 馬場中山地区HP20110813


    泊りがけでボランティアに来ていただいた方には、みんなで作った第二避難所を簡易宿泊施設として開放していました。馬場中山地区HP20110814



    ボランティアの伊藤姉妹の主催で花火大会が開催されました。 馬場中山地区HP20110814






    花火のあとはスイカが振舞われました。 イベントが終了した後もボランティアさんと地元のみんなとの会話が盛り上がりなかなか解散しませんでした。 ここまで馬場中山地区HP20110814


    伊藤姉妹による草刈り活動の開始です。馬場中山地区HP20110817




    プロのカメラマンさんのボランティアさんは家族写真を撮影してプリントしてお渡しするプロジェクトを行っていました。 馬場中山地区HP20110813


    馬場中山地区HP20110814


    仮設住宅の前でもパシャリ。その時々のありのままの家族の姿をテーマにしています。馬場中山地区HP20110814



    馬場中山支援センターでは、支援物資で頂いたパソコンが有効に使われるようになっていました。 全くパソコンに縁のなかった漁師さんのなかにも避難生活中で見よう見真似でキーボード入力が出来るようになり、簡単な情報検索が出来るようになった人が複数います。 馬場中山地区HP20110810


    こちらは中山地区の海辺の休憩所です。はすだ支援隊による6月の“作品“です。漁師さん達を中心に有効に使われています。 馬場中山地区HP20110818


    苗プロジェクトの第4便が届きました。秋野菜の苗と堆肥が中心です。すげ傘を被っているのが苗プロジェクトを主催する蛯名さん、右の女性が馬場中山の地域のメンバーの要望を取りまとめています。 馬場中山地区HP20110818


    希望していた苗の分配を確認します。 馬場中山地区HP20110818



    よく見えないかもしれませんが、苗プロジェクトで頂いた苗で育ったスイカです。 馬場中山地区HP20110818


    ボランティアさん達が苗プロジェクトの苗から作ったトマトのおすそ分けを食べています。フルーツのように甘いトマトでした。馬場中山地区HP20110817

    2014年8月8日 08:46南三陸・歌津の海の幸&歌津小太郎商品の取り扱い店舗「みなさん館」情報

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    前回、7月29日にこちらのブログにアップした記事に対して、早速、反響とご質問がありましたので補足してご説明したいと思います。

    まずは質問ですが、歌津小太郎工場のお隣にあります「南三陸直売所 みなさん館」に関してです。


    2014.7.27 撮影


    左:ほや 150円  右:ホタテ 150円  2014.7.27 撮影


    この2枚目のホタテの写真に関しての質問ですが、「殻付き活きホタテ 1枚150円」が大変にお得で魅力的ということで、ギフト配送出来ないかというものでした。残念ながら「みなさん館」では生鮮魚介類は店舗での販売のみで配送の対応はしておりません。いずれはそういったことも出来るようになりたいのですが、現在は生鮮魚介類の取扱量そのものが少ないので、配送の為の発砲スチロール容器とか、生鮮品ゆえの配送への配慮の徹底ですとかそういったことの対応がまだ不十分なのです。


    生鮮品以外、例えば歌津小太郎商品のように水産加工品全般は配送可能ですので、「南三陸直売所 みなさん館」のホームページからご覧になってみてください。

    順番が逆となりますが、改めてこの「南三陸直売所 みなさん館」の解説をしておきたいと思います。

    ●「南三陸直売所 みなさん館」について
    みなさん館は東日本大震災から一年半が経過した2012年10月7日に南三陸町の北部(旧・歌津町)の管の浜という場所でオープンしました。(歌津小太郎工場のお隣です)


    「南三陸(みなみさんりく)」の「みなさん」が力を合わせて地域づくりをしていく場として『みなさん館』と名付けられたこちらの直売所では、町民が中心となり自然豊かな魅力ある南三陸の地場の農産物や海産物、それらを活用した味噌や漬物、弁当やお惣菜、お菓子などを製造販売しています。小規模ですが飲食コーナーもありまして、地元女性のグループが南三陸ならではのお食事を提供しています。


    歌津小太郎ももちろん地域の一員として『みなさん館』の設立メンバーとして参加させて頂いており、私自身はその運営組織であるNPO法人夢未来南三陸の代表も務めさせて頂いております。また2012年10月から2013年4月までの間、歌津小太郎工場が完成するまでの7ヶ月間は『みなさん館』の中に作られたレンタル工房〔20平米〕を歌津小太郎の仮工房として使わせて頂きましたし、歌津小太郎の復興にはなくてはならない存在でした。そんなわけで、こちらのブログでも『みなさん館』は頻繁に登場しております。


    南三陸町の中では、南側(旧・志津川町)の南三陸町の役場などがある中心地のエリアに「南三陸さんさん商店街」(みなさん館から車で10分の距離)という仮設店舗商店街がありますので、全国的にはそちらのほうが有名でして『みなさん館』はちょっと地味な存在です。しかし、震災以前にはそのような地元の産品を販売できる直売所がなかったので、この『みなさん館』が出来たことは地元にとっては大きな飛躍の場となりました。これまで商売をしたことがなかった女性たちもそれぞれが得意な分野を活かして『みなさん館』の運営に携わっています。


    『みなさん館』ならではのヒット商品は、地元のお母さん達のグループが製造している「田舎風味噌」やみなさん館 館長自らが、土や水にこだわって生産した南三陸米(ひとめぼれ)など。食材以外では、女性たちが得意とする手芸作品も販売しています。 夏の期間限定商品としては、冒頭の写真にありますように殻つきホヤに活ホタテ、ウニの開口の日に当たればウニ(殻つき)など。
    この時期限定のお食事メニューは、“ほやうどん”。また、年中のメニューとして、“油ふ丼”や“タコ刺定食”といったものをご用意しております。


    夏休みで東北に足を運ばれる方は是非、『みなさん館』にお立ち寄り頂ければと思います。南三陸の自慢の食材の多くは試食できるようになっていますので、まずは味わってからお買い物を楽しんで頂けると嬉しいです。歌津小太郎商品も常に全商品ラインナップを置いていますよ!


    みなさん館内の様子 2014.8.7撮影



    館内にあるお食事処“むすび庵”。
    メニューはこちら↑       2014.8.6撮影


    こちらは、“歌津小太郎コーナー”(冷蔵ケース)



    こちらも“歌津小太郎コーナー”(冷凍ケース)



    新・カタログも登場!
    “感謝の想いを込めてお届けします。”


    歌津小太郎は地域の復興とともに歩んでおります。是非とも多くの皆さんに歌津の地にお越し頂き我々の歩みをご覧いただければと思います。 記事担当 千葉孝浩

    2014年7月29日 09:59復活2年目~6月のまとめ報告と“7月”~「未来道プロジェクト」・「ファンド募集」

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    7月も最終週になり、すでに梅雨明けしたのではと感じるほどの酷暑に耐えながら毎日を過ごしています。本当は“毎月11日”を目標にこのブログをアップできるよう準備を進めているのですが、今回はかなり遅くなってしまいました。
    いいわけとなりますが、この時期はどうしてもパソコンの前に向かう時間を取れなくなります。そう! お中元商戦の時期なのでした。



    こちらは、藤崎本館地下2階歌津小太郎コーナー


    今回の記事ではそのお中元商戦の中間結果をご報告しまして、震災後の3年間の振り返りでは7月の出来事である「’11年―未来道プロジェクト」、「’12年―被災地応援ファンド募集開始」、「’12年―自宅キッチンでの製造再開」といった内容を中心にご紹介します。いつも長~くなってしまうこのブログですが、この3年間に歌津小太郎だけでなく歌津/馬場中山地区を支えてくれた強力な支援者の皆さんの活動をご紹介することで、改めて感謝の気持ちをお伝えしたいということを秘かに狙った結果なのです。最後までお付き合い頂けると嬉しいです!

    ● 2014年6月の歌津小太郎活動報告  
    ~お中元商戦の中間報告、主役はやっぱり“こぶ巻”です!~

    6月11日より歌津小太郎が常設の販売コーナーを構えております仙台の老舗百貨店、藤崎のお中元商戦が始まりました。昨年の今頃は、4月の工場再開から日が浅くて充分な品揃えが出来なかったため、お中元セットをご用意出来ませんでしたので、お中元商戦としては3年間のブランクを経て今回より復活となりました。今回は、3,240円、4,320円、5,400円(いずれも税込)の3種類のセットをご用意しました。





    お中元でも“こぶ巻”を選んで下さるお客様は日本人らしい気遣いを意識していらっしゃる方が多いです。こぶ巻は「喜ぶ」につながることと、“巻物”という姿が昔でいうところの書物にあたるので「勤勉に学問に励む」ということ、この二つの縁起をかついで贈り物の“絶対的定番”として考えて頂いているのです。だからこそ、「歌津小太郎がなくなると困るのよ~!」と。昨年のお歳暮の際にそのようなお声がけ頂いたのですが、再び贈り物のシーズンとなり、にっこりと微笑んで「この3年間、違う贈り物を探すのが大変だったわ!」とおっしゃって頂いたときには、また目頭が熱くなりました。


    もう一つ、6月の嬉しい報告があります。前回の“5月報告と6月”のブログ記事の中で首都圏で歌津小太郎商品を扱っているところとして代理店契約をしている(株)加藤物産さんでの販売会のお知らせをしましたら、「歌津小太郎の応援団です!」と名乗って買っていかれる方が何人もいらしたという連絡を受けました。本来ならば私たちが出資者の皆様お一人お一人にお礼に伺いたいところなのですが本当にありがたいことです。震災前は全売上の9割以上は宮城県内のお客様という本当にローカルで小さな小さな水産加工屋の歌津小太郎ですので、首都圏にいらっしゃる出資者の方は、我々を全く知らなかったと思いますが、こうして被災地応援ファンドの仕組みをきっかけにご縁が出来て応援してくださること、本当に嬉しく、未来に向けて前に進むための励みとなります。


    (株)加藤物産さんによる7月後半から8月にかけての首都圏での販売は、横浜、吉祥寺、新宿を予定しております。詳しくは歌津小太郎ホームページの「販売会のお知らせ」をご覧下さい。

    ●3年間の振り返り
    2月のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き綴っています。 書き残しておくことで未来の自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。


    歌津小太郎の旧工場及び千葉家の自宅のあった南三陸町(旧・歌津町)馬場中山地区は地域全体が壊滅的な津波被害を受け、どうにか津波を被らなかった公共施設・馬場中山生活センターという高台にある建物で200人が避難生活を送ることになりました。一階の天井まで津波を被った千葉家でしたが、6月中旬にはなんとか修復して住める状態になりましたので、避難所を出ることが出来ました。震災から4ヶ月を経過した2011年7月の出来事からご覧下さい。


    ☆ 2011年7月: 避難所の解散、未来道プロジェクト
     [避難所の解散]

    3月11日の震災・津波発生の日から丸4ヶ月を経過しました7月11日、我らが歌津/馬場中山地区の避難所である馬場中山生活センターはその避難所の役目を終え解散しました。海岸沿いの道路が寸断され孤立集落の状態で200人もの地域住民は明日がどうなるか判らぬままこの高台のセンターに集まり避難生活が始まりました。沢山のものを失い、大切な家族や友人まで失い、この地に未来があるのだろうかとガレキの山を前に落ち込む日々もありました。一方、辛い目にあったのは自分ひとり、自分の家族だけではないので、集団生活の中で助け合いながら、生活の再建を目指しました。避難所を出られるようになることが第一段階の目標でありましたので、それぞれに複雑な思いを胸にしまいながら、避難所の片付けを行いました。そして馬場中山生活センターはひっそりと静かに元の地域の集会所の役割に戻ったのでした。



     避難所としての最後の晩餐会は7月9日に開催されました。馬場中山地区HP20110709



    晩餐の食卓にあるのは、


     つい先ほど捌いたお刺身でした。ここまで、馬場中山地区HP20110709より


    馬場中山生活センターの中です。個人の荷物が全て運び出されたのでピンク色の敷物を4ヶ月ぶりに剥がします。馬場中山地区HP20110711


    元の姿は板の間でした。そこにゴザとクッション性のあるシートを敷き、夜は布団を敷き詰めて寝ていたのでした。馬場中山地区HP20110711



    震災から4ヶ月目の7月11日、馬場中山生活センターは元の集会所という役割に戻りました。馬場中山地区HP20110711


    [未来道プロジェクト]
    6箇所の仮設住宅地区と全壊を免れて元の家に留まった住民とでバラバラに暮らす我々は、いつかはまた「馬場・中山地区」としてコミュニティーを復活させることを強く願っていました。そのためには、次にまた同じような大規模な天災が起こったとしても、誰一人を失うことなく、そして集落が孤立することなく、すぐに家族全員の無事を確認できるようにしよう!!!――避難生活の中で沢山の話し合いを続けてきました。


    話し合いの早い時点から持ち上がったテーマが避難道の確保でした。今回の津波では海沿いを通る道路が分断されたため孤立集落となり、最初の一週間ほどは命を繋ぐ水・食料の確保がままならない状態でした。唯一残った道は高台を通るとても狭い農道(道とは呼べないくらいのもの?)でした。そのルートを使って、今後の避難道として、あるいは高台への集落移転地区(予定地)への幹線道路として使い、百年先の世代まで安心して暮らしていける地域の再建をしようと立ち上げられたのがこの「未来道プロジェクト」です。



    「高台を通る道」…といってもこんな風でした。馬場中山地区HP20110717



    馬場中山地区にとってこの避難道の確保は絶対的に必要なものであることは明白でしたが、震災後3~4ヶ月を経過した時点では、行政側に要望を出しても全く手の回る状況ではありませんでした。南三陸町は役場自体も被災していましたし、職員で亡くなられた方も沢山いましたから無理もありません。そこで我々は、元々ある農道を活用して車が通れるくらいに幅を広げ、傾斜やカーブを緩めてと、「未来道」のルートを自分たちで話し合って決め、さらに全ての地権者(多くは避難民の方々)の了解を取りました。その上で、行政側への了解を取り、地域のメンバーと強力な支援者の皆様とともに、自分達で、自分達が生き残り安心して暮らしていくための道「未来道」の工事に着手しました。


    この「未来道」の第一期工事は、多くの住民が避難所生活を脱した2011年6月中旬からルート検討を始め、本格的な工事は7月16日に着工、8月下旬頃には砂利道ながらも立派な避難道として完成しました。今回の後半の特集写真は、「未来道プロジェクト」を取り上げておりますので、のちほどゆっくりご覧下さい。


    未来道のルートです。この写真でいうと、逆Y字型になります。現在の生活の拠点である馬場仮設と中山仮設から未来道を通り、県道を経由して国道45号線に抜ける全長が1.3kmの避難道です。 (馬場中山地区 未来道プロジェクトサイト)


    自分達が生きるために作った「未来道」。このプロジェクトは立ち上がりの早い時点から馬場中山地区を応援してくださる支援者の方達の中でも、土木建設業を営む方々が推進して下さったおかげで実現しました。ベースとなる農道はありましたが道のないところは森を切り拓き、重機で道を広げ、津波で破壊されたコンクリートのガレキを砕いて砂利にして敷き詰めました。未来道工事に必要なものはあっというまに集まりました。例えば重機は支援者の中で土建業者さんが自社の重機を無償で差し出してくれたものを始め、「レンタル費を支援します」、「重機のガソリン代を支援します」、「ダンプの運転が出来ます」と、考えられないくらい多くの支援者の方がそれぞれの得意分野を生かした支援の手を差し伸べてくれたのでした。


    我々、馬場中山の地域のメンバーは道路を作るのは初めてですが、多くが漁師を本業としますから力仕事ならなんだって出来ます! 沢山汗を流して、重機の届かない細かい部分の作業を行いました。私も普通免許で運転できる大きさのトラックで砂利をいっぱい運びました。この頃の写真はいつもツナギを着て、首にタオルを巻いていましたね。


     かくして馬場中山地区を未来につなげたいという思いが「未来道」という形になりました。


    ☆ 2012年7月:  被災地応援ファンド募集開始、みなさん館建設開始、自宅キッチンでの塩蔵わかめ製造開始
    最初に少し、前回の記事に盛り込めなかった「2011年6月」の話題をお知らせします。 (前回の記事もあまりに長くて割愛してしまった部分です)


    歌津小太郎は震災で全ての生産資源を失ったため、どんなに復活を望む声が多くとも、資金面で不安要素を抱えていたため乗り越えられない壁にぶつかっていました。しかし、被災地応援ファンドで資金を調達することが決まると、いろいろな懸案も前向きな方向で決まっていくようになりました。工場建設計画は、地元、南三陸町の山庄建設㈱の協力もあって、海岸より1kmほど内陸にはいった管の浜(くだのはま)という地域に建設することになりました。工場の計画が決まり、再建後の販売計画も立てられるようになると、物事は好転して進むようになり、ファンド募集に必要な各種の数字も埋められるようになりました。



    そして2012年6月28日、この日からミュージックセキュリティーズさんによる“歌津小太郎こぶ巻きファンド”の募集を開始したのでした。

    自然と笑顔になりました! 歌津小太郎HP20120601

    今振り返っても、この頃はいろんな「計画」でものすごく忙しかったです。実は、歌津小太郎の工場に隣接して、南三陸直売所「みなさん館」を建設することも決まりまして、こちらのほうが歌津小太郎の工場よりも先行して進んでおり、6月中には地鎮祭が執り行われました。完成後にはもちろん歌津小太郎の商品も扱って貰います。こちらは地域でNPOを立ち上げて運営していくものでして、私(孝浩)も地域のメンバーとして重要な役割を担っています。公益社団法人アジア協会アジア友の会さんにご協力頂き、NPOの立ち上げの最初からサポート頂きここまでたどり着きました。

    みなさん館の地鎮祭です。 歌津小太郎HP20110726



    地鎮祭の数日前の会議です。この当時は「夢未来南三陸」という名で任意団体として活動を開始していましたが、直売所のオープンに向けてNPOの認可を取得するべく話し合いを行っています。歌津小太郎HP20110726

    歌津小太郎の話題に戻ります。
     「工場がなくちゃ商品が作れない!」そう思い込んでいた私たちに、歌津小太郎ファンの皆さん達は良い意味で“ムチャぶり”をして下さいました。「震災から1年以上経つけど、歌津小太郎はいつ復活するの?」と藤崎デパートへの問合せに、「商品が作れるようになったらすぐに買うから連絡が欲しい」というお手紙。歌津小太郎の売り場を100%元の姿に復活させることは出来ないけれど、小太郎社長が漁師をやりながら最初に販売を手がけた当時のスタイルである本当に簡単な一次加工品の製造、すなわち「湯通し塩蔵わかめ」や海藻の乾物類ですが、これならば袋詰めの機械だけあれば小さなスペースでも作れますから、とりあえず出来るところから再建をスタートしようということになりました。


    工場が再開するまで自宅キッチンが作業場です。 歌津小太郎HP20120707




    小さな一歩ですが1年4ヶ月ぶりに歌津小太郎の商品が出来ました!歌津小太郎HP20120707


    そんな経緯で「自宅の台所」で作った商品で1年4ヶ月ぶりに仙台/藤崎B1階の“歌津小太郎コーナー”が復活しました。7月12日-16日の5日間だけ、商品も「三陸歌津産湯通し塩蔵わかめ」だけですが我々には大きな一歩でした。顔なじみのお客様と沢山の再会を果たすことが出来ました。 これが実現したのは、藤崎さんの多大なるご支援があればこそですが、そのバックには我々の復活を待ち望む歌津小太郎ファンのみなさんの多大なるお力添えがあったのでした。


    この写真は2011年3月14日、震災から3日後に藤崎の売り場撤退作業後に撮影したものでした。工場が跡形もなく流されましたので、売り場を維持するわけにいきません。みんながピースサインをしていますが、心情としてはとても悲しい日でした。 歌津小太郎HP20120719


    その後、1年4ヶ月、この小さな貼り紙がそこにかつて歌津小太郎店舗が存在していたことを知らせていました。 歌津小太郎HP20120719


    そして2012年7月12日、5日間だけですが、歌津小太郎が復活しました!チラシでも広く告知して頂きました! 歌津小太郎HP20120719


    仙台/藤崎の地下1階、短期間ではありますがこの場に戻ってきました! 歌津小太郎HP20120719



    ☆ 2013年7月:  “カフェかなっぺ”オープン!―歌津の魅力発信基地
    1年前の7月の出来事ですが、千葉家の身内のことで恐縮ですがとても嬉しいことを一つご紹介します。次男の馨(カオル。私=孝浩の弟)が夫婦でカフェをオープンしました。旧・歌津小太郎工場のあった海岸を見下ろせる高台です。

    かなえさんとカオル 歌津小太郎被災地からのレポート20131102

    トレーラーハウスを使った小さなお店です。 馬場中山カオル商店HP20140626


    こんな風に海を見下ろすカウンター席があります。暗いですが後姿は小太郎社長です。馬場中山カオル商店HP20140624


    なぜ突然カフェの話か…きっかけは震災なのでした。2011年の夏の、馬場中山地区にボランティアとしてやってきたのが後にカオルの奥さんとなるカナエさんと妹のナナコさん。東北には全く接点がなかったのに報道を見て自分達でも何か出来ないかと長めの休暇をとって二人で横浜からやってきました。女性ならではの細かい気配りで支援してもらい、何度も何度も継続的に歌津に訪れて、明るく盛り上げてくれました。誰が名づけたか「草刈り姉妹」。我々の手の回らない雑草退治を汗だくになりながらやってくれる姿に賞賛の気持ちと親しみを込めつけられた名前なのでした。


    ただ彼女達が活躍できるようになるには最初の頃は問題が―歌津のおじいさん・おばあさんたちの強い方言が理解できなかったのです。その“通訳役”となったのが弟・カオル。ここから先は長い話となるのでこのくらいで割愛しますが、詳しくはカオルが運営するホームページ“馬場中山カオル商店”をご覧下さい。


    カオル&カナエさんの“カフェかなっぺ“は馬場中山の地元の方と遠方から訪れる方が集まれる場所を用意することで活気づけていくことを目指しています。早速「馬場中山に行ってみようプロジェクト」を立ち上げ、さまざまな仕掛けをご用意しています。こちらもぜひ見守って下さると嬉しいです。


    あまりにも千葉家の内輪の話なのでこちらの被災地からのレポートでご紹介するか、ちょっとためらいがあったのですが、やはり嬉しいことなので取り上げておきます。 2013年4月の話に遡りますが、4月下旬は歌津小太郎工場の再開に加えて、こんなお祝い事がありました。


    2013年4月29日、カオル&カナエさんの結婚イベントが行われました。参列者のドレスコードは「普段着」。この日、バラバラに暮らす地域の皆さんの多くが再び集いました。 馬場中山支援センター(ボランティアさんといっしょに作った台に避難所)前にて集合写真


    お色直し後、「未来道」の一番見晴らしの良いところに会場を移して再び入場です。軽トラックがリムジンに見えてきます。


    「未来道」の砂利道の上に白いバージンロードが作られました。遠くに海が見えます。


    再びお色直しで「普段着」となり、ケーキではなくマグロに入刀です。

    最後は、この日集まってくださった地域の方やボランティアの方に新郎の父である小太郎社長からお礼の言葉をお伝えしました。



    この日、テレビニュースの取材も入っていました。「南三陸町の夫婦 地元の復興へ 特別な思いで企画した結婚式」と紹介されました。 ここまで馬場中山カオル商店20130429より



    一方、そんなわけでこのブログの中で、「歌津小太郎の第三の男・カオル」と紹介していますカオルのマンパワーは“カフェかなっぺ“を拠点にした歌津・馬場中山地区を応援する各種プロジェクトに向くようになり、歌津小太郎の男性陣は実質、小太郎社長と私(孝浩)の2名だけになりました。それが歌津小太郎の現在の懸案の”人員不足“の要因でもありますが、それでも良いのです! 2011年4月上旬、千葉家の男性陣3人でロウソクの火を囲んで話し合った結論である「私たち家族は、これからの1年間は地域に貢献することを仕事とする!」をそのまま千葉家を代表して継続してくれているわけで、見方を変えれば千葉家の業務範囲が広がったということなのですから! それに歌津小太郎の商品の多くは歌津周辺の海藻を原料にしていますから、この地の漁業が完全復活となってこそ、歌津小太郎も完全復活といえるわけなのです。




    さて、歌津小太郎の活動に話を戻します。
    7月30日にはミュージックセキュリティーズさんの企画で3事業者合同の被災地応援ファンド事業者報告会を開いて頂き、40名ほどのみなさんに現在の歌津小太郎の状況を説明させていただきました。八木澤商店の河野さんや寒梅酒造の岩崎真奈さんにも初めてお会いしました。我々は工場を再建したばかり、次々に新しい課題に直面しているのですが、他の事業者の方も同様に悩みをかかえていること、そんななかでもファンドの出資者の方の強力な応援に助けられていること…事業者として同じような痛み、同じような志を、みなさんがお持ちであることを確認し、想いを分かち合えた貴重な機会となりました。


    ● 2014年7月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報
    この時期は、ホヤやウニと言った三陸を代表する海の幸が豊富に出荷される時期なのですが、各港に整備されるはずの荷さばき場(1次処理施設)の整備の遅れで、思うような水揚げが出来ずに今シーズンを終えようとしいています。歌津小太郎でも先月に復活した「ほや醤油漬」の仕込みが7月上旬に終わり、予定では10月末ぐらいまで販売できる数量を何とか確保できました。(本当はもっと仕込みたかったのですが、お中元シーズン対応に作業ラインを組み替えなければならず、震災前の3割程度の数量を仕込むのが精一杯でした)…それでもホヤは今でも水揚げされています!! 歌津小太郎に隣接する「南三陸直売所 みなさん館」では地元志津川地区の漁師さんが、その日売れる分だけを毎日出荷してくれるので、8月末ぐらいまでは店頭に並んでいます。もちろん「みなさん館」ではお昼の時間帯など、むきたてのホヤもメニューにありますので、こちらにお越しになられた際には是非ご賞味されてはと思います。



    2014.7.27 撮影


    これからの南三陸は一年でも一番賑やかになる時期、お盆を控えています。歌津小太郎商品も出品している「みなさん館」がたくさんの方に利用いただき、地域に必要な施設としてより活用されるよう、歌津小太郎として地元からも盛り上げて行こうと思います。


    2014.7.27 撮影



    <あとがき>
    いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。 (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)

    2014年も半年が経過しました。いまの時点での歌津小太郎の復興の度合いは登山に例えると6合目を超えてなだらかな尾根が続く7合目を目指しているところかなというところです。強力な応援団がその登山に同行してくれ、ときには重い荷物の一部を担いで下さるおかげで、一歩ずつ、長い上り坂の歩みを進めることが出来ている、そんな気がします。被災地応援ファンドの支援者の方はなんと660人を超えました。こちらの皆さんも一緒に歩んで下さっているように思っております。本当にありがたいです。


    今回の教訓ですが、「未来道プロジェクト」によって地域のみんなも私自身も「明確な目的があれば何だって出来るのだ」ということを身をもって体験しました。現代の生活では公共の仕事は役所がやることと思い込んでいますが、昔々は確かに道路作りも港の整備も人海戦術で地域の人々でやっていたのだから、自分達が必要なことは自分達でやっても良いのだし、出来るのだという単純なことに気がつきました。


    ただ、人海戦術ではなく現代は重機などの文明の利器を使うわけですが、それらをその道のプロの方が支援者として手をさし伸ばして下されば、自分達だけの力では効率の悪さゆえになかなかゴールが見えないようなことでも、意外に簡単に道が拓けるのだということが判りました。「何だって出来る!」を後押しして下さった支援者の皆さんには本当に感謝しております。


    記事担当 千葉孝浩


    ■□■□■今月の特集写真コーナー「未来道プロジェクト」■□■□■□■□■□
    ブログの本文中に写真を沢山入れると間延びしてしまうので、5月ブログから後半に特集写真のコーナーを設けています。今回のテーマは「未来道プロジェクト」。 7月17日から本格的に着工し、8月下旬には砂利道ではありますが車が通過するのに支障がない程度に道を整備できました。そのため、今回は“7月”に拘らずにこの期間の写真をご紹介します。

    (再掲)未来道のルートです。この写真でいうと、逆Y字型になります。全長が1.3km (馬場中山地区 未来道プロジェクトサイト)


    未来道工事の初日です。気合が入っています。 歌津小太郎HP20120701


    最初はこんな状態の道なき道でした。ここからの写真は7月17日の様子です。馬場中山地HP20110717

     

    重機が入ります。


    重機に近づいてみましょう!


    その先の森の中でチェーンソー隊の皆さんが木を切っています。


    黄色い重機の先端はハサミ状になっていて、切り倒した木を効率よく運び出します。


    別のチームはバケット状の重機で道を広げる作業をしています。


    作業が早いです。


    チェンソー隊(木こりチーム)の作業も早いです。森だったところにあっという間に一本の道筋を通しました。


    お昼は山の上で食べました。おいしいおにぎり・漬け物・ポテトサラダは馬場中山の女性陣チームが作ってくれました。 ここまでの写真は馬場中山地区HP20110717



    ここからは7月18日です。作業二日目のチェンソー隊(通称、木こりチーム)です。


    こちらの男性が「未来道プロジェクト」の立役者のIさんです。どんな重機でもスマートに扱います。栄養ドリンクを飲んでやる気満々です!


    馬場中山地区のベテラン重機オペレーターも負けていません!


    こちらも我々の地域の男性ですが彼は震災を機に重機オペレーターの免許を取りました。たのもしい即戦力です。


    ここは昨日までは道ではなかった場所です。


    未来道の終点は元々ある舗装道路に抜けます。


    早々に担当するチェンソー仕事を終えた木こりチームの皆さん達、高台から合流する舗装道路を見下ろしています。体を張って仕事をする皆さん達、立ち姿がカッコいいです。ここまでの写真は馬場中山地区HP20110718


    ここからは7月19日の写真です。作業3日目の朝、朝食後の姿です。彼らは福井県大野市の建設業会会員の有志の方でした。


    3日目のボランティアさんは福井県のIさん一人を残し、それぞれの地域に戻られました。この日からは地域の男性陣がバリバリ動きます。


    先端にハサミ状のものをつけていた重機は木を運ぶ作業を終えたので、バケット型に取り替えます。 重たいのですごく大変。左側でグレーのツナギを着ているのが私(孝浩)です。 ここまでの写真は馬場中山地区HP20110719


    ここからはコンクリート破砕機、その名も「ガラパゴス」を紹介します。


    コンクリート粉砕機(ガラパゴス)です。 ここからは、歌津小太郎HP20120701


    コンクリートを砕いて、




    いっぱい敷き詰めました。歌津小太郎HP20120701


    ここからは8月28日の砂利敷き作業日の様子です。 馬場中山地区HP20110828


    砂利を丁寧に広げる作業は人海戦術でやっています。


    この日は女性たちもスコップを持って参戦です。


    お昼はあの避難所だった建物、馬場中山生活センターの中も外も使って振舞いました。


    林の中の道にも砂利を敷きます。 ここまで馬場中山地区HP20110828


    8月28日-29日の二日間、集中して砂利式作業をしていただいたのはあの“はすだ支援隊”。 作業を終えて帰る前の集合写真です。ありがとうございました。 馬場中山地区HP20110829



    [もっと知りたい方へ]
    今回の特集写真コーナーで取り上げた「未来道プロジェクト」をもっと知りたい方は、以下のリンク先を参照下さい。
    ●馬場中山地区未来道プロジェクト 概要

    2014年6月17日 10:45復活2年目~5月のまとめと“6月”~「ほや醤油漬」復活と「苗プロジェクト」

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    6月になり南三陸も入梅時期を迎え、はっきりしない天候が続いております。
    今回は、5月の嬉しい出来事二つのご報告に始まりまして、いつものように「3年間の6月の振り返り」、それから今年の6月のお中元商戦への取り組みをご紹介したいと思います。
     「振り返り」の中では、沢山の出来事があったこの3年間の中でも歌津/馬場中山地区を支えてくれた強力な支援者の皆さんの活動を出来るだけ多く取り上げるようにしています。今回も長いですがお付き合いください。

    カフェかなっぺの窓辺越しからの歌津の海の風景です。歌津小太郎の第三の男(弟・カオル)の夫婦が運営しているお店です。  馬場中山カオル商店HP20140601


    ● 2014年5月の歌津小太郎活動報告 ~歌津のホヤ、3年ぶりの復活です!~
    5月は嬉しいことが二つありました。一つ目は、2014年5月13日、我が歌津/馬場中山地区で震災後初となる「ホヤ」が水揚げされました! ホヤは宮城県では大ファンの多い珍味なのですが、他県の方にはなじみがうすいかもしれませんので解説します。その形から「海のパイナップル」とも呼ばれるホヤは、「独特の深い磯の味わいが酒の肴に非常に合う」、「一度食べたら病みつきになる味」などと絶賛されています。しかし一方では鮮度が落ちると大変な臭み(金属臭と申しますか)が生じるため、最初の出会いが肝心で、宮城県民でも大嫌いな人も少なからずいるという強烈に個性的な海の幸です。

    ホヤの3年ものです。ソフトボールくらいの大きさです。中に鮮やかなオレンジ色の身が入っています。 (歌津小太郎工場にて2014.05.13)



    歌津小太郎ではこのホヤを「ほや醤油漬」としてお出ししていました。実はウチの商品のなかでも復活を望む声の多かったのが、一番目がダントツで「こぶ巻」ですが、2番目がこの「ほや醤油漬」でした。「歌津小太郎のほや醤油漬」は加工品なのだけど、生に近い食感で、風味、味覚を楽しめるというのが“ホヤ好き”の皆様にご好評でして、宮城県出身の都会で暮らすファンの方たちが帰省のたびに買って帰る、そんな人気商品なのでした。
    その「ほや醤油漬」が6月4日より、仙台・藤崎デパートの歌津小太郎コーナーで発売開始となりました。(まだ原料が充分に確保出来ないので1日30個だけの限定販売となりますが…)



    嬉しいことの二つ目ですが、5月22日(木)~28日(水)の7日間、千葉県船橋市にある、東武百貨店・船橋店6階イベントプラザで開催された『宮城・山形の物産展』に出店して参りました。連日盛況でして、首都圏の多くのお客様に歌津小太郎の味を直接知っていただくことが出来ました!


    このイベントは今年で12回目を迎えるものでして、歌津小太郎は震災前からお声がけを頂き出店させていただいていました。震災後は2011年と2012年は商品が作れなかったのでお休みしていましたが、昨年2013年から再び出店させて頂くようになりました。本当にありがたいことです!


     東武百貨店さんが力をいれて宣伝してくださいまして、7日間とも予想以上の人出となり、歌津小太郎コーナーにも沢山のお客様にお立ち寄り頂きました。また昨年は工場復活直後でしたので、商品の品数も少なかったのですが、今年は7品目をお持ちすることが出来るようになりました。品数も着実に進化しています!!!


    普段はあまりお知らせしないのですが、今回は特別にこの7品目の売上数ランキングをお知らせします。 ジャーン、第一位はめかぶ漬! 続いて、さんま昆布巻、磯人漬、ひと味ぼれ(ひとみぼれ)、と続きます。常設で出店している仙台・藤崎デパートでの人気ランキングとは、それほど大きな違いは無いのですが、 仙台では人気があるけど、逆に船橋では第7位となった小女子(こおなご・地方によってはイカナゴとも言う)に関しては、もっと魅力をお伝えできるようにせねばと感じました。


    こぶ巻きを中心にお持ちしました。   歌津小太郎-被災地からのレポート20140522

    歌津小太郎のスタッフ自身が出向いて百貨店に出店するのは、震災後はこの東武百貨店・船橋店さんの催事だけですが、震災前は3ヶ月に一度くらいの頻度(年間に6回くらいの頻度で)で首都圏にも直接出店していました。今年は他の地域での催事出店のお声がけを頂いているのですが、当面は人員不足というのがネックで対応できずにおります。残念なところです。


    ちなみに首都圏での販売に関してですが、実は限定した場所と期間になりますが、歌津小太郎商品が買えるチャンスがあります。東京・荒川区の㈱加藤物産さんとは歌津小太郎商品と代理店契約をさせていただいていまして、一週間の期間限定での販売会ですが、デパ地下コーナーでお求めが出来ます。詳しくは歌津小太郎ホームページの「販売会のお知らせ」をご覧下さい。6月は渋谷、浦和、新宿、池袋、吉祥寺に出店しています。デパ地下の小さな催事ブースでの出店なのでかなり見つけにくいのですが、加藤物産さんの主力商品である「中華くらげ」を山盛りで販売しているお店を探してみてください。


    東武百貨店・船橋店さんでの催事に戻りますが、今回はフカヒレの石渡商店さんも出店されていました。 石渡商店さんはこちらの被災地応援ファンドの先輩事業者さんですし、いらしていたスタッフさんとも古くからの顔なじみですので、津波で被災して再建したもの同士、お互いに声をかけあいながら活気ある7日間を過ごしました。



    ●3年間の振り返り
    2月のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き綴っています。 書き残しておくことで未来の自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。


    歌津小太郎の旧工場及び千葉家の自宅のあった南三陸町(旧・歌津町)馬場中山地区は地域全体が壊滅的な津波被害を受け、どうにか津波を被らなかった地域の集会所・馬場中山生活センターという高台にある建物で200人が避難生活を送ることになりました。では、震災から3ヶ月を経過した6月の出来事からお読み下さい。


    2011年6月、カレキ撤去後の歌津小太郎の元工場の敷地  (馬場中山HP20120701)


    2011年6月: 暑さとの戦いの始まり、仮設住宅への引越し開始、そして苗プロジェクト始動
    6月1日の時点では馬場中山生活ンターで避難生活を送っていたのは80人ほどになっていました。5月の下旬に地域への水道供給が復旧すると、停滞していた他の様々なことも加速して進むようになりました。その代表的なものが、「仮設住宅の建設」です。6月に入ってからは設備工事が整い完成した順番に数軒ずつの単位で仮設住宅に引っ越していきました。引越しといっても、家財道具をすべて流されているので、少ない荷物を軽トラックに一家族分の荷物が積み込めるという簡単なものでした。


    仮設住宅での新しい生活が始まります。 馬場中山HP20110604

    地域全体の希望としては、ご近所の家同士が同じ仮設住宅に入居できるようにという思いでしたが、平地が少なく山がちな地域の特色上、希お望がかなわず、大まかには6箇所の仮設住宅に移り住むことになりました。近いところでは馬場中山地区から1km、遠いところは10kmほど離れた場所ですので、特に漁師さんには不便な生活となります。


    仮設住宅の建設風景です 馬場中山HP20110605


    一方で、地域に残る人もいます。震災前の馬場中山地区は約80軒、200人の住民。そのうちの津波を被らなかった5軒、それと津波を被ったもののなんとか修理して住むことが出来る家が10軒程度、あわせて15軒ほどは当面は馬場中山地区のもとあった家の場所に残って暮らすことになりました。

    歌津小太郎の千葉家に関しては、その馬場中山地区居残り組でした。当初は、自宅は一階の天井まで海水に浸かり、海側(東側)の柱の何本かがダメージを受けたので、「全壊」の判定を受け、一旦は解体と諦めていました。しかし、地元の大工さんに相談しまして大規模補修をすればなんとか住めるだろうというお話でしたので、ボランティアの皆さんとともに1階のガレキ処理を行い、大工さんにいくつかの柱を補修して頂いて強度を確保してなんとか住めるようになりました。そのような作業を5月下旬までは、地域全体が水道未復旧の状態で進めていたわけです。我が家の再建だけをとっても多くの方に力を貸していただきました。ありがとうございます!


    自宅(実家)です。比較的高い位置にあったのですが、それでも1階天井まで、水に浸かりました。  歌津小太郎日誌HP201206


    震災直後の自宅の写真です。  歌津小太郎HP20120701(撮影は2013年3月)


    ある日のボランティアさんの集合写真です。ところどころ持ちこたえた家が点在します。 馬場中山HP20110616


    そんな経過を経まして、6月中旬には小太郎社長と母のあさ子、そして弟(馨・カオル)3人が避難所を出まして元の家に戻ることが出来ました。私(孝浩)はと申しますと、やはり水道の復旧を待って6月上旬から歌津町内の内陸部にあるアパートのほうで家内と長男との家族3人の暮らしを再スタートしました。震災当時、長男は5歳だったこともありまして、馬場中山での避難所生活ではなく家内とともに家内の実家(仙台市)にお世話になっていました。震災の日、長男の通っている保育園も津波を被ったことを知りながら、道路がないために安否が分からないまま一夜を過ごすことになりましたが、次の日の早朝に高台の歌津中学校に保育園児が避難しているとの情報が入り、小太郎社長と弟(カオル)の二人で迎えに行ったことを、仙台にいた私は後でそのことを聞きました。幼稚園の先生たちに守られながら一晩を過ごした経験は、彼なりに衝撃的な震災・津波体験をしたのだと思います。   

    そんなわけで、6月から私たち家族は、それぞれの住まいから日中は馬場中山生活センターなどに出向いてそれぞれの活動を行うという生活スタイルになりました。それぞれの活動とは、母のあさ子は調理班、弟(カオル)が地域の情報発信による物資提供支援要請にボランティアさんの受け入れ窓口、私(孝浩)と小太郎社長は、地域の避難道「未来道」建設作業を、地域の皆さまや支援者の皆さまと共に汗を流す毎日でした。


    地域の住民と、全国の支援者の皆さまの協力で建設した「未来道」の工事 (油圧ショベルは福井県大野市高茂組さんからお借りしました) 馬場中山HP20110617


    さて、6月の馬場中山での被災住民の日常ですが、この頃から暑い日が続くようになり、それが新たなる問題の種でした。ハエが大発生しまして暑さと衛生面でのストレスを強く感じるようになってきたのです。実際に年配の方が暑さで体調を崩されて、救急車で運ばれるということも起こりました。(そのときは大事には到りませんでした)
    そのようなタイミングで、数日おきに数軒ずつが仮設住宅へ引越しとなり、馬場中山生活センターでの避難住民が徐々に減っていきましたので、狭いところに大人数が暮らしていた分のストレスは緩和されるようになって参りました。


    漁師さんたちが早朝、魚を獲ってきてくれました。冷蔵庫が充分ではないので、即、捌きます。 馬場中山HP20110607


    避難所に残る人も仮設住宅に移った方もほぼ共通ですが、日中の作業はというと、男性陣のうち漁師さん達は海の清掃作業、それ以外の人達は公共の場所のガレキの撤去や薪作り、そして徐々に雑草が生えてきてガレキ撤去の妨げになるので草刈りというのが主な仕事でした。また、漁師さんの中には夜明け前に小船を出して魚を採り、すぐに捌いておかずの一品に加えてくれるようなチームも出来てきました。女性陣は毎日の炊事をというのは変わりませんでしたが、避難所の全体の人数が減ってきたこともあり、朝から晩まで炊事に追われることがなくなりました。そのようになりましてから、ようやくそれぞれの家庭で自給用程度に作っていた畑の手入れに時間を割けるようになりました。


    毎日の避難所での料理作りで使う野菜やその他の食材は、実は行政からの直接支援というのは少なく、大半は歌津馬場中山地区としての情報発信で「欲しいもの情報」を伝えて、全国から送って貰っていたものでした。当初、電気が使えなかったので当然ながら冷蔵庫が使えませんで、日持ちしない食材の管理には本当に苦労しました。そんな中から女性陣達が思い始めたのが、せめて野菜は新鮮なものを地域の畑から調達できたら良かったのにというもの。


    震災があったのが3月ですが、その頃はこの地域では畑への作付けを全くしていない時期でした。特に高台の津波被害のなかった畑に関しては、見るたびに「何かしらここに植えてあったら食材調達の苦労が半減したのに~」という思いがふつふつと湧いてきました。しかし、4月5月と農作業に最適な時期が訪れても植えつける苗を買うお金もなければ、地域の苗屋さんも被災していて連絡のとりようがない、調達できないという状況でした。


    また、津波を被った畑も少しずつガレキを撤去し耕し始めてはいたのですが、表土を流されたので全く栄養分がなく、そのまま野菜を植えても育たないだろうというのです。こうして女性陣達から「畑仕事」の再建を求める声が増えてきたのですが、千葉家はあまり畑をやっていなかったので、私自身もカオルも農業には詳しくなく、女性陣の要望に応じて「野菜の種が欲しい」と情報発信に載せる程度でした。


    そんなときに救いの手を差し伸べて下さったのが、南三陸町の西側(内陸側)に隣接する登米市の一人の農業者の方、Eさんでした。登米市内も地震の被害という点では被災していた地域ですが、内陸ゆえに津波による甚大な被害というのはなく、すぐに生活を再建できていました。そんな地域にいて、そして農業を営む自分が津波で被災した沿岸部の方のために出来る支援がないだろうかということで立ち上げたのが、私たち馬場中山地区の畑をやる住民に向けた支援策「苗プロジェクト」でした。


    「苗プロジェクト」の仕組みは、野菜の苗や堆肥や有機肥料、農具などを馬場中山地区で必要とする人々に直接届けるというものです。馬場中山地区の人の8割ほどが「半農半漁」で、漁師のほうが主体ではありますが畑もやっている家が多かったのです。それを一個人の農業者の力と資金だけでは出来ません。そこで全国から一口1000円で資金を募り、運営していくというものでした。この「苗プロジェクト」の第一弾が6月4日に届けられました。トラックに満載した堆肥、予め希望を聞いて用意した野菜の苗、津波で農作業小屋も流されているので何もないだろうと用意してくれたクワやカマなどの農具。ご自身も農業者なので、至れりつくせりの品揃えで用意してくださいました。


     届けられた農業物資を見たときの女性陣のテンションはものすごいものでした。翌日には全ての苗が植えられたことがその喜びを物語っています。その様子を沢山の写真で記録してありますので、今回の記事の後半の写真特集にしました。

    とある雨の中、苗プロジェクトさんより追加の苗を頂きました。馬場中山HP20110626


    「苗プロジェクト」支援者からの応援メッセージです。 馬場中山HP20110626


    2012年6月: 元従業員の皆さんとの再会 ~再起を誓った日~
    震災から1年3ヶ月。6月に入って早々に歌津小太郎の元従業員の皆さんに集まって頂きました。おかげさまで被災地応援ファンドの資金も活用してなんとか歌津小太郎再建の道筋が出来てきたため、元従業員の皆さんに説明できるところまでたどり着いたのでした。


    我が家(実家)のリビングが会議室です。 歌津小太郎HP20120601



    具体的なスケジュールをお伝えしています。 歌津小太郎HP20120601


    工場跡地に向かっています。 歌津小太郎HP20120601

    工場再建のスケジュールと皆さんのそれぞれの事情や今後の問題点を話し合い、再建に向けた準備を全員が一丸となってやることを誓いました。話し合いの後、元の工場の跡地に向かいました。そして撮った写真がコレです。被災地応援ファンドの事業説明の中でも使っている写真です。


    自然と笑顔になりました! 歌津小太郎HP20120601


    2013年6月: 理想の昆布は案外すごく近いところにありました
    待ちに待った新工場が4月下旬に完成し、新しい環境に少しずつ慣らしていきながら歌津小太郎の商品を復活させていました。5月に入って看板商品のこぶ巻作りにトライしたのですが、どうしても震災前の歌津小太郎の味が再現出来ない! 理由は簡単で、震災の影響もあり満足のゆく原材料が揃わなかったのでした。こぶ巻の本格的な復活は旬のサンマが水揚げされる9月からと予定はしていましたが、看板商品の味を落としたら歌津小太郎の復活とはいえません!
    納得のいく材料を探し、小太郎社長も私も北は岩手県大船渡から南は宮城県石巻まで、三陸海岸を右往左往。解決策はなんと被災地応援ファンドの中にありました。30年来のおつきあいのあるタツミ食品遠藤社長から「こぶ巻にするならあのしたづ(あの人たち)の昆布が最高だ!」とご紹介いただいたのが鵜の助さん。そう、“鵜の助4人の漁師ファンド”の彼らの昆布でした。


    鵜の助さんでの集合写真です。 歌津小太郎HP20130608


    昆布作業を見せていただきました。肉厚の昆布を規格寸法どおりにカットしています。 歌津小太郎HP20130608


    詳しくは企業秘密で申し上げられないですが、簡単に言うと、昆布巻に適した昆布というのは、肉厚で弾力があるにも関わらず、柔らかくなければならないため、昆布の刈り取り時期や養殖をする海域など、特別な条件で水揚げされた昆布だけを用意してもらいました。 しかし昆布は手に入っても昆布巻のもう一つの主役、さんまは手に入りません。シーズンとなる9月までは昆布巻の生産を断念することにしました。


    ● 2014年6月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報
    昨年のお歳暮シーズンより2つのアイテムで始まった昆布巻のギフト商品が、今年の夏から1アイテム増え3アイテムとなり、6月12日から始まった仙台藤崎百貨店でのお中元商戦に挑んでおります。私たちを取り巻く環境は依然として厳しく、4月の消費増税に始まり、今でも続く原発の風評被害などで決して見通しの明るい状況にはなっていませんが、今出来ることを一つ一つ形にして、皆さまからのご期待に応えてまいりたいと思います。

     【販売再開情報】
    6月4日(水)~  ほや醤油漬(120g) 1,080円(税込)
     


    取扱いは、仙台藤崎百貨店「歌津小太郎コーナー」のみでの販売となっております。(一日30個限定)

    6月12日(木)~ 手づくり昆布巻セット 4,320円(税込) 
                         ※他にも 手づくり昆布巻セット 3,240円(税込)と、5,400円(税込)があります。


    こちらは、藤崎本館7階お中元ギフトセンター


    こちらは、藤崎本館地下2階歌津小太郎コーナー

     藤崎百貨店のHP からご注文いただけます。→ www.fujisaki.co.jp/ 



    <あとがき>
    いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。 (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)


    今回の教訓ですが、まず教訓のというよりは2011年6月のことを思い出していてゾッとしたのが、「もしも震災が6月で、それから3-4ヶ月の避難所生活だったらどんなことになっていただろうか?」ということでした。というのは、6月というとかなり暑いですので、その中で電気も水道も寸断されたとなると、衛生面でかなりストレスの多い生活だったと思います。そういえば阪神大震災も1月でしたので、寒さのほうの苦労はあったかと思いますが、日本全体が「暑い時期の大震災」をここのところ経験していないのではないかということに気がつきました。となると、私たちが経験した「3月に被災、それから数ヶ月の避難所生活」よりも大変な事態がありうるのだ――私は想像したくもないのですが、是非ともそういった防災計画や行政の方などの専門の方には念頭において頂ければと思いました。


    昔の生活を地域の年配者から伺うと、モノを冷やすといえば「井戸水でスイカを冷やす」というように、日常生活の中に井戸があり、電気がなくてもくみ上げることが出来てという生活だったといいます。馬場中山生活センターのご近所には数軒、現役で井戸水を使っていた家がありましたので、給水車が来るようになるまではそれが水供給の命綱でした。水道が整備され、各家庭の井戸はどんどん使われなくなってしまいましたが、もっと多くの現役井戸があったら、水の供給確保に加えて食材を冷やす場面でも井戸水が活用できたのではないかと思いました。とにかく「水」で最初に苦労し、「井戸」に助けられたので、災害時の井戸の効用について教訓として強く述べておきたいと思います。

    記事担当 千葉孝浩


    避難所のすぐ下にある民家の井戸です。これが重要なライフラインでした。手押しポンプは元々はついていませんでしたが、震災後に急遽支援物資として取り付けて頂きました。都会からきたボランティアさんが珍しがりながら水を汲んでいるところです。 馬場中山HP20110619

     ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
    ブログの本文中に写真を沢山入れると間延びしてしまうので、5月ブログから後半に特集写真のコーナーを設けています。今回のテーマはちょうど丸3年を迎えた「苗プロジェクト」。登米市の農業者の方が、馬場中山地区のおばあさん・お母さんたちと話し合いながら立ち上げて下さったものです。 この「苗プロジェクト」の2011年6月の活動を中心にご紹介したいと思います。


    お隣の町・登米市で農業を営むEさんによる畑仕事のニーズのヒアリングです。  馬場中山HP20110531


    そして6月4日、トラックに満載の堆肥と、  馬場中山HP20110604



    野菜の苗が届きました!  馬場中山HP20110604


    地域のおばあさん達が驚嘆しています! 馬場中山HP20110604


    第二避難所(青い屋根)裏の畑です。堆肥の使い方などをレクチャーしています。 馬場中山HP20110604


    一番左が「苗プロジェクト」を立ち上げたEさんです。馬場中山HP20110604


    早速、植えています。  馬場中山HP20110605


    6月10日、苗プロジェクトの第二便が届けられました!  馬場中山HP20110610



    クワ・鎌・ジョウロもあります。 馬場中山HP20110610


    第一便で間に合わなかった苗がこんなに沢山届きました! 馬場中山HP20110610



    クワや鎌を持ってやる気満々のみなさんです。 馬場中山HP20110610


    ナスの苗を定点観測しましょう。植え付け後10日です。 馬場中山HP20110615


    20日後です。ちょっと判りにくいですが実がつき始めました! 馬場中山HP20110625



    25日後です。ピンポン玉くらいになりました!ここからの成長が早いのがナスです。 馬場中山HP20110630



    トマトです。まだ青いですね。  馬場中山HP20110630


    こちらはジャガイモです。ジャガイモは5月下旬にタネイモを植えました。  馬場中山HP20110630


    ちょっと判りにくいですがキュウリです。  馬場中山HP20110630


    苗プロジェクトのキュウリです。植えてから一ヶ月を待たずに収穫です。 馬場中山HP20110630

    と、ここまでが2011年6月の写真でした。

    最後に現在の「苗プロジェクト」の活動をご紹介します。

    2014年5月16日、今年の「苗プロジェクト」第一便が届けられました。ダンボールに苗が満載です。 馬場中山カオル商店HP20140516

    お隣町の登米市のEさんが立ち上げた「苗プロジェクト」は3周年を迎えました! 現在は、継続して支援してくださる方が減りましたが、その代わりに堆肥を有料にして運営費の一部にするなど、徐々に自主運営化して続けています。馬場中山地区のおよそ70軒が参加していますので、仮設住宅に移り、バラバラに暮らしている皆さんも、この「苗プロジェクト」の到着日には一同に集まり、にぎやかな日となります。

    2014年5月22日 10:53今年も行きます!

     被災地からのレポート

    5月22日(木)~28日(水)の7日間、
    千葉県船橋市にある、 東武百貨店・船橋店6階イベントプラザにて、
    『宮城・山形の物産展』が開かれます。   

    詳しくはこちら→http://www.tobu-dept.jp/funabashi/event/6f/miyagi.html



    (店内の様子)

    今年で12回目を迎える『宮城・山形の物産展』。
    歌津小太郎は、震災後今回で2回目の出店となります。
    南三陸町歌津から、(有)橋本水産食品  千葉孝浩と
    仙台から藤崎スタッフ1名が、売り場担当として足を運んでおります。

    売り場には
    ・めかぶ漬
    ・磯人漬
    ・陸中漬
    ・ひと味ぼれ
    ・さんま昆布巻
    ・わかめ
    ・極上小女子
     の7アイテムが並びます。


    →こちらは、磯人漬・めかぶ漬



    →こちらは、さんま昆布巻とひと味ぼれ


    どうぞ皆さん、お近くに行った際には、是非寄ってってください。


    記事担当 渡邊
     

    2014年5月13日 13:05復活2年目~4月のまとめ報告と“5月”~避難生活の中での歌津の味

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    5月になりまして宮城県南三陸町の歌津の地も様々な緑が芽生え遅い春の花も咲き誇るようになりました。
    特産のワカメの作業も4月末で終わり、港はワカメ作業の道具が片付けられました。
    今回は震災当時、5月頃の避難所での暮らしぶりを中心に、来月からの復活商品のことにも少し触れてご紹介したいと思います。




    歌津には海だけでなく山もあります。5月初旬にはこうして山桜が満開となります。 
    (馬場中山カオル商店HP2014 .05. 03)




    ● 2014年4月の歌津小太郎活動報告
    4月は大きなイベントが二つありました。一つは4月5日の「埼玉県蓮田市・商工祭さくらまつり」です。
    こちらに関しては前回の「3月報告と4月」のほうでハプニングも含めてご報告済みですのでそちらをご覧下さい。

    二つ目は、4月26日にファンドツアー。3つのコースから南三陸エリアを選んで下さった方、13名の皆さんが歌津小太郎工場の見学に来てくださいました。出資者の皆さんに完成後の歌津小太郎工場をご覧頂くのは昨年10月以来の二回目となります。今回は小太郎社長と歌津小太郎の製造の責任者である母のあさ子、そして私の3名(孝浩)の3名でご案内しました。こちらも4月30日のブログで報告済みですのでそちらも合わせてご覧下さい。大変にタイトなスケジュールの中、参加者の皆さんから沢山の励ましと、そして歌津小太郎の味を試食いただいて喜んで頂き、参加者も我々も終始笑顔の1時間でした。




    4月26日の集合写真です。前列の左から2番目が小太郎夫人のあさ子、後列の一番左から私(孝浩)、小太郎社長です。



    2013年4月に現在の工場がオープンしましたので、ちょうど1年を経過しました。お越しいただいたみな
    さんのご質問にお答えしているうちに、改めてようやくここまできたという実感が湧いてきました。



    3月くらいからワカメの他にも歌津の名物の沢山の種類の海藻(当地では磯草と呼ぶのが一般的)が採れるようになります。こちらでは漁師の家の女性たちがこうした磯草を自宅の作業場で天日乾燥させています。この自然の力で乾燥させた磯草のなかでも品質の良いものを選んで歌津小太郎商品にしていますが、4月になってようやく震災前と同じくらいの品揃えがそろうようになりました。「ふのり」に「ひじき」に「まつも」に!
    仙台/藤崎デパートにみなさん館にと、歌津小太郎の売り場は磯草商品のほうも賑やかになって参りました!


    ●3年間の振り返り
    2月のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き綴っています。
    書き残しておくことで未来の自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。
    歌津小太郎の旧工場及び千葉家の自宅のあった南三陸町(旧・歌津町)馬場中山地区は地域全体が壊滅的な津波被害を受け、どうにか津波を被らなかった地域の集会所・馬場中山生活センターという高台にある建物で200人が避難生活を送ることになりました。では、震災から2ヶ月を経過した5月の出来事からお読み下さい。


    ☆ 2011年5月: 電力復活! 第二避難所完成! そんな避難所での暮らしぶりは…
    まずはインフラの復旧の進捗に関して時系列でお伝えしておきます。(復旧の早かった順に並べました)

    【5月末時点の地域のインフラ復旧状況】

    ・ 携帯電話 ◎: 複数の会社のものが4月中旬くらいから概ねつながるようになる。

    ・ ガス ◎: 元々がプロパンガスでの供給エリアでしたので、インフラというより供給体制(ガスの配達)が通常状態に戻ったのが4月下旬

    ・ 灯油(ストーブや発電機用) ◎: 不自由なく供給いただけるようになったのがやはり4月下旬。

    ・ 電気 ◎: 電力会社の尽力でこの避難所を最優先に作業を進めていただき、ようやく5月6日に電力供給が復旧しました!(地域で津波を被らなかった家も同様に、それから数日後に電力復旧となりました)

    ・ 水道 ○: 電力と同様、被災後の当初は、福井県の支援者からお借りした用水タンクに水を貯めて使っていました。こちらも避難所向けの供給を最優先で進めて頂き、ようやく5月27日に「蛇口から水が出る」ようになりました。しばらくは、飲料水用には使わずに、生活用水にのみ使うようにという指導でした。

    ・ 固定電話 ×: 止まったまま。電話線が壊滅ですし、家そのものが流されていますから復旧の見込みは不透明。


    このように一番遅れていた水道が5月下旬に復旧しましたので、なんとか日々の生活がまわるようになったというのが5月でした。


    また、4月29日から5月8日まで大型連休期間といいことがあり、この間に多くのボランティアの方がいらっしゃいました。一番の大きな変化は、第二避難所建設です。4月26日から始まった建設作業は驚くほどの急ピッチで進められ、5月に入る頃には外装工事は全て終わり、内装の工事が着々と進められていました。物資が不足する中、内装の壁材や畳にサッシと必要な材料が支援者のネットワークで手に入り、手際よく施工されていきました。仕上げの電気の配線工事も済むと、なんと、工事開始から15日後の5月10日には完成! こちらは女性陣の宿泊場所として使われることになりました。それぞれの布団を持ち込み、新築の第二避難所で初めて過ごす皆さん達の喜びようはまるでどこかの旅館に泊まりにきたようなそんな様子でした。



    ちょっと判りにくいですが、高台の右側の赤い屋根が元々ある馬場中山支援センターで、左の青い屋根が第二避難所です。こんな位置関係です。 (馬場中山HP2011. 05. 27)




    第二避難所の中の様子。広さが判りますでしょうか。  (馬場中山HP2011. 05. 09)



    第二避難所の中の様子。大工さんが棚まで作って下さいました。 (馬場中山HP2011. 05. 10)



    多くのボランティアさんの協力で第二避難所が完成しました。中でも全工程を中心的にやってくれたのが馬場中山出身で千葉県内で活動されている大工さんの紺野兄弟です。約一ヶ月間、本業の仕事をやりくりして時間を作り、馬場中山での活動に専念されました。  (馬場中山HP2011. 05. 18)



    ここでちょっとこの時期の避難所での暮らしぶりを紹介しておきたいと思います。もう二度とこのような体験をしないことが最善なのですが、あの厳しい被災と避難所生活の中で私たちがどのように暮らしていたか、正直、私自身も記憶から遠くなってきているのです。出来るだけ教訓になることを中心に、5月の頃のありのままの避難所生活を思い出したいと思います。私(孝浩)や弟のカオルはそれぞれ物資の調達やボランティアさんの対応窓口など役割の仕事が多々ありましたので、代表例として70代の母(あさ子)の暮らしぶりで振り返りたいと思います。



    震災後の当初は地域で被災した人の多くが馬場中山生活センターに身を寄せましたので、200名ほどの大所帯でしたが、一週間後にはそれぞれ親戚や知り合いの家に一時的に寄せて頂く等して歌津を離れる方もいましたので80名ほどに減っていました。それでも大人数でした。




    避難生活の朝はものすごく早く、起床時間は朝4時頃でした。元々、漁師の仕事は朝が早いのですが一人が起きるとみんなが起きだすので、結果、そんな習慣となりました。5月になるともうこの頃には外が若干明るいですし、馬場中山支援センターは東に向いて海を見下ろすように建ってしますので、毎日、朝日を見ていました。

    早朝から女性陣が食事の準備をします。朝ごはんは、5時頃から4班に分かれて流れ作業で食べます。主に前の日の食事の残りや、前日のうちに準備していた朝食を温めなおしたりして食べました。昼と夜は、自衛隊から炊いたご飯を人数分供給して頂いていまして、おかずだけを女性陣が作っていました。それに加えてボランティアさんから炊き出しを頂くことも多かったです。
    電力供給が充分でなかったこともあり、晩御飯は暗くなる前には片付けを終わらせていたので、とにかく女性陣は日のある時間帯は常に炊事と洗い物をしているような状況でした。母は、歌津小太郎の仕事でも得意というか本業の調理班を担当していました。ときおり、歌津小太郎の味の海藻料理も出てきましたね。



    ブルーシートの屋根をかけた屋外の調理スペースです。あさ子が「ひじき炒り」を作っています。
    (馬場中山HP2011. 05. 09) 



     馬場中山の女性陣は皆さん料理上手です。そんな女性陣の活躍ぶりを、本ブログの後半に沢山の写真でご紹介しておきます。


    食事関係は共同作業で行っていましたが、その他の洗濯や掃除は家族単位でやっていました。一方の男性陣達といいますと、漁師さんに関しては日中は海の清掃作業などを行っていました。大きなものでは、海に沈んだ小型船の引き上げをしていましたね。漁師以外の方々も、道路のガレキを取り除いたり薪を割ったりと、何かしら力仕事をしていました。今思い出してみますと、夜明けとともに起き、みんなが体を動かして仕事をし、食事し、そして日暮れとともに寝る。本当に原始的な生活でした。



    いつ終わるか判らない集団生活でしたので、毎日、何かしらの事件が起きていました。先の見えない不安はありましたが、毎朝、太陽が昇り始めるのを見ると、“明けない夜はない“と思えてきました。


    この朝日に励まされました。 (馬場中山カオル商店HP2014. 04. 29)



    5月になりますと郵便のほうもこの馬場中山生活センターに一旦届き、それから各家庭に配布されるようになりました。その中には歌津小太郎の再建を願う一般のお客様からのお手紙も見られるようになりました。




    ☆ 2012年5月: はじめての経験、ファンド計画の構築中
     馬場中山地区の状況としましては、震災前の例年ですと、5月の第一週くらいにはワカメ作業が終わりますが、2012年はまだ体制が完全には戻っていませんでしたので、5月第三週くらいまでワカメ作業がずれ込みました。また、なじょにかなるさープロジェクトとして商品化した「福福わかめ」を復興イベントなどでの直接販売の他に今後どういった体制で販売していくかなど、話し合いをしながら模索していました。


    ワカメ作業が終わると、地域の女性たちにも時間に余裕が出てきました。そこで一時中断していた地域のキャラクター「ワカメンジャー」の編みぐるみ製作も再開されました。

    「ワカメンジャー」は地域に来てくださるボランティアさんに大人気です。 (馬場中山HP2012. 05. 23)



    一方、歌津小太郎の活動のほうは2012年4月からスタートした被災地応援ファンドへの参画のため、復興計画を立てていました。小さな家族経営の水産加工会社から少しずつ進歩してきた我々には、これまで、このような大がかりな投資計画など立てたことがなく、またファンドの仕組みというのもなじみがなかったので、ミュージックセキュリティーズさん(以下、MS社)の指導を受けながら計画を練りました。これまで歌津小太郎がどんな仕事をしてきたのか、このときには歌津小太郎の商品など何もない状態でMS社に説明しなければなりませんでしたが、取引先の多くの皆さんからの応援サポートがあり、なんとか我々らしさが伝わりファンドの名前も「歌津小太郎こぶ巻ファンド」と名付けて貰いました。




    ☆ 2013年5月: 新工場での商品復活―難題が山積み

    待ちに待った新工場が出来、新しい環境に少しずつ慣らしていきながら歌津小太郎の商品を復活させております。加工品のうち早期に復活したのが「陸中漬」(くきわかめの漬物)と「磯人漬」(海藻4種類の和え物)。
    5月末には、お客様からのリクエストの多い「さんま昆布巻」も試作してみました。ところが…
    何十年も昆布巻を作っているのになんと大失敗! 同じようなレシピで同じように作っているのに違う。
    理由は簡単、さんまも昆布も納得のいく素材を揃えられなかったのです。震災前のこれらの原材料は、取引先もその産地もまだ復興しておらず手に入りません。さあどうするか!
    まずは昆布の調達をどうにかしなければなりません。小太郎社長も私も、かつての取引先を訪ね理想の昆布探しを始めました。



    ● 2014年5月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報
    来月から新しく、歌津小太郎に復活の商品が加わります? …と言っても一時期だけとなりますが…



    (工場にて2014.05.13)


    歌津の海の幸を代表する「ホヤ」が、5月13日に震災後初水揚げとなり、藤崎デパート歌津小太郎コーナーにて「ほや醤油漬」が6月4日(水)から期間限定で販売できることになりました。事業を再開してちょうど1年、お客様からの販売再開のお問い合わせではダントツに多かった、自慢の看板商品がいよいよ歌津小太郎コーナーに戻ってまいります。しかしながら完全復活にはほど遠く、現在でも3年育ちのホヤの水揚げが供給不足の状況にあり、今シーズンは旬である夏場だけの販売となってしまいます。今後は、ホヤだけに限らず、ウニの商品にも取り組んで行こうと計画をしていますので随時報告したいと思います。




    (工場にて2014.05.13)




    <あとがき>
    いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

    (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)


    今回の教訓ですが、集団で避難生活を送った日々を思い出すと、一つ問題を解決するとまた一つ問題が増えという状況でした。そんななかでも不自由な調理器具を駆使して女性陣が用意してくれた美味しいものには和みました。我が馬場中山地区の避難所の結束が固いと周りの方から高く評価していただいたのも、美味しいもののおかげというのが理由の一つであると思います。そんな経験から得た教訓は、「大問題に直面したら、まずは美味しいものを食べて考えよう!」。是非、皆さんも実践してみて頂ければと思います。


    ○ 記事担当 千葉孝浩


     ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
    ブログの本文中に写真を沢山入れると間延びしてしまうので、今回から後半に特集写真のコーナーを設けたいと思います。今回のテーマは2011年5月に弟のカオルが撮影した写真の中から「女性陣の調理班の活躍」です。注目すべきは、5月27日までは水道が止まっている中、工夫をしながらいろいろな食事を提供してくれたことです。




    朝食作りです。若干は朝日が入りますが、暗い中で頑張っています。 馬場中山HP20110505



    表で洗い物班が待ち構えています。 馬場中山HP20110505




    馬場中山生活センターの調理スペースはこんなかんじ。ボランティアさんに配る「がんづき」を作っています。 馬場中山HP20110501



    休憩時に「がんづき」を配ります。器や箸を使わなくても食べられるように工夫したおやつです。 
    馬場中山HP20110501



    卵を沢山頂いたので卵焼き作りです。 馬場中山HP20110509



    大鍋で作る雑煮です。5月9日は第二避難所の落成の日でしたので、お祝いの料理まで作ったのでした。馬場中山HP20110509



    鍋から溢れそうなくらい「あんこ」も作りました。 馬場中山HP20110509




    おもちです。保存がきくので、支援物資として沢山届きました。 馬場中山HP20110509




    あんこ餅の完成です。  馬場中山HP20110509



    第二避難所落成のお祝いの食卓のあんこもちと雑煮です。   馬場中山HP20110509



    とある日は、地域で採れたたけのこを料理していました。 馬場中山HP20110517



    歌津の山では山菜も取れます。山菜料理はアク抜きなど手間がかかりますがお手の物です。 馬場中山HP20110517



    近くの大きな避難所で自衛隊が準備してくれるご飯を運び込んでいます。昼と夜の分を受け取りに行きます。 馬場中山HP20110517



    調理班・洗い物班の女性陣が最後に食事を取ります。この日のメインは天ぷらでした。 馬場中山HP20110517



    天ぷらです。大量の大根おろしも準備してくれました。 馬場中山HP20110517




    5月27日、台所から女性達の歓声が聞こえました。驚いて行って見ると、蛇口から水が出るようになっていました! 馬場中山HP20110527



    生きるために必要な水の確保は福井県大野市の酒蔵さんからお借りしたこの水タンクにお世話になりました。同じく福井県大野市の土木建設業者さんがこの大型タンクを運んで下さいました。震災直後の比較的早い時点にこのタンクが届けられたことで、私たちは馬場中山の地で避難生活を続けることが出来ました。   馬場中山HP20110522

    2014年4月30日 14:09ファンドツアーin歌津小太郎

     被災地からのレポート

    歌津小太郎こぶ巻ファンド (有)橋本水産食品 千葉孝浩です。
    ゴールデンウイークに入って、南三陸も春から初夏へと季節が巡って来ようとしています。
    4月26日(土)ファンドツアー2日目も、まさにそのような絶好の好天に恵まれた中、11
    名の出資者の皆様が歌津小太郎新工場を訪問されました。


    当日は土曜日ということもあって、工場そのものは定休日でしたが、その分出資者の皆様に
    は隅々まで工場内を見学していただきました。小太郎社長から事業再開に至るまでの経緯
    とこれまでのご支援にたいしての御礼のご挨拶の後、各加工室についての説明や作業内容
    などを、製造部門の責任者である千葉あさ子(小太郎社長夫人)から案内してもらいました。

     




     


    その後、となりの南三陸直売所「みなさん館」に移り、歌津小太郎商品をはじめ南三陸の地
    場の特産品を多数お買い上げいただきました。


    もてなす側の私たちが、逆に皆様からおもてなしを受けたような、そんなあったかい気持ち
    になりました。



     


    わざわざのご訪問、本当にありがとうございました。

    2014年4月24日 14:55さんまのこぶ巻 「美味しい!」の声の数々

     被災地からのレポート

    昨年の秋に復活した、歌津小太郎の看板商品である「さんまのこぶ巻」。
    納得のいく、昆布と出会い、脂ののったさんまが採れました。


    (製造風景)




    出来立ての一番美味しい時期のさんまのこぶ巻を出資者のみなさまに賞味いただきたく、
    出資者の方に特典を送付しました。
    出資者の方からたくさんの「美味しい!」の声をいただきました。
    一部、ご紹介いたします。

    「美味しかったです。
    中に入っているさんまの味が濃厚で今まで食べてきた昆布巻きとは
    比べようにもならない美味しさでした。(40代女性)」

    「ぎっしり詰まったさんまの身、柔らかい昆布、それらの組み合わせが絶妙でした。
    忘れられないおいしさです。

    私の家族も、南三陸町でつくられたと聞くと、
    真剣な顔つきで昆布巻きの切れ身を箸にとり、
    真剣に味わい、次から次へと口に運んでいました。(40代女性)」

    「東北の味は、「塩辛い」というイメージを従来から抱いておりました。
    今回の試供品を頂きましてその絶妙な穏やかで味わい深い味に感銘を受けました。
    寒さが例年になく厳しいといわれておりますが、
    これからも大いに良い品物を出していただき、歌津さんの粋を全国にまず知らしめてください。(60代男性)」
     
    「口の中でとろける様なこぶとさんまがとても美味しかったです。
    今回初めてこぶ巻を食べて、地元を中心に愛されてきたのがわかった感じがしました。
    ぜひ守って頂きたい味です。
    食べてみてよりいっそう応援したい気持ちが強くなりました。ありがとうございました。(40代男性)」

    今年の秋も、とれたてのさんまでこぶ巻をつくり、
    まだ送付していない新しい出資者の方々に送付する予定です。
    また、さんまのこぶ巻は、
    仙台の藤崎デパート、南三陸町のみなさん館等で販売をしております。
    宮城県にお越しの際はぜひご賞味ください。


    (みなさん館の店舗)
    ______________________________________________________________

    「歌津小太郎こぶ巻ファンド」の詳細・お申込みはこちらから
    http://www.musicsecurities.com/communityfund/details.php?st=a&fid=305 

    2014年4月18日 11:45復活2年目~3月のまとめ報告と“4月”~ロウソクの火を囲み話し合った日から3年

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    あっという間に4月です。歌津小太郎の工場の再開が昨年の4月27日でしたのでようやく12ヶ月の1シーズンが巡ることになります。
    今回は4月の季節の話題としては歌津の海岸のわかめ作業の賑わいを、震災の話題としましては歌津小太郎の男性陣3人でロウソクの火を囲んで話し合った日からの3年の進歩を中心に振り返りたいと思います。
    また、4月25日と26日はミュージックセキュリテーズさんのファンドツアーが予定されています。南三陸エリアの訪問先として歌津小太郎新工場にも立ち寄って頂く予定ですので、是非、我々の愛する歌津の地にもお越しいただければと思います。


    ● 2014年3月の歌津小太郎活動報告
    2014年2月28日より歌津小太郎初のセキュリテセット(買って応援)となる「歌津小太郎 とれたて!めかぶ漬とさんま昆布巻のセット」を3月31日までの期間限定で販売しました。おかげさまで私たちの予想を上回る80名様を超える方から約120セットのご注文を頂きました。製造スタッフ一同もやりがいを感じ充実した毎日で取り組めましたことに大変喜んでおります。ご利用いただいた皆さまには、あらためて感謝申し上げます!!  




     2月下旬から4月にかけてはわかめの収穫シーズンでして、この時期に一年間使用する分のわかめの各部位を、わかめの柔らかい部分と茎わかめに選別したり、めかぶをスライスにして急速冷凍で保管します。昨年の今頃まではまだ歌津小太郎の工場が復活していなかったので、この大事な仕込みの作業が出来ずに、その後の1年間は常に自社保有分の原材料が不足していた為に苦労をしたのですが、今年からはわかめを使う商品ラインナップを安定してお届けできるようになりました。


     ●3年間の振り返り
    2月のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き綴っています。 書き残しておくことで未来の自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。


     ☆ 2011年4月: ロウソクの火を囲み話し合った日
    震災当時の報道で、みなさんもご覧になったと思いますが、南三陸町は庁舎も壊滅的な被害を受けました。従って震災後の数ヶ月は会社の再建に必要な手続き、例えば新工場を建てるには様々な届出が必要ですが、そういった手続きは一切進めることができませんでした。それ以前に電気・ガス・水道そして電話と全てのインフラはストップしたまま。地域で一番高台にある馬場中山生活センターに我々千葉家の家族4人を含む200人もの人々が避難生活を送っており、支援物資も不足し最低限の生活を送ることもままならなかったのです。地域のなかで5軒くらいは津波の被害を免れた家もあったのですが、それでもインフラが全て止まっていますので、まともな生活をおくれる人は誰もいなかったのです。


     震災から3週間ほどたった日の夜、自宅1階はぐちゃぐちゃでしたが、津波の被害から逃れた2階で、小太郎社長と私と弟(馨)の3人で会社のこれからや、家族のこれからについてロウソクの火を囲んで本音で話し合いました。事業を再開するには工場の再建よりも前に、地元の漁業の復興が不可欠であること、大切な家族や身内の方を亡くした方たちが身近にたくさんおられたことなど、今は自分たちの事をするよりも地域のことに専念するべきと意見がまとまり、「私たち家族は、これからの1年間は地域に貢献することを仕事とする。」という結論に至りました。


    この辺りが工場が建っていた場所です(ガレキ撤去後に撮影)  歌津小太郎HP20120701より



    自宅1階です。津波が1階の天井まできました。(2011年3月撮影)  歌津小太郎HP20120701より


     この間は歌津小太郎の会社としての活動ではなく、自宅のある歌津/馬場中山地区の避難所での生活をご紹介します。


     なお震災後のおよそ1年間の様子の詳細は、歌津小太郎ホームページの活動日誌(2012年7月1日版)にて沢山の写真を用いてどんなに感謝しても足りないくらいお世話になった皆さんの姿を紹介しています。


     震災直後には地域の人々、約80世帯・200人が共同生活を送ったのが馬場・中山生活センターです。地域の中でも高台にある公共施設でして、ここは津波を被りませんでした。 私はこの避難所で避難生活を送りながら、物資調達班としてガソリン不足の中、仙台の宮城復興支援センターに何度も伺いました。歌津小太郎の仕事で仙台から北に約100kmの歌津までの距離(通常時であれば車で片道2時間)の移動に慣れていましたのでこの任務を自然に分担していただいたわけです。しかし、4月中旬くらいまではあまりの震災被害の大きさに宮城県側の行政による支援もまだまだ混乱が続いており、充分な食材を確保するのが難しい状況が続いていました。


     馬場中山支援センターです。200人が避難生活を送りました。  歌津小太郎HP20120701より


     馬場中山支援センターは地域で一番の高台にありそこから見下ろすとこんなありさまでした 歌津小太郎HP20120701より



    震災直後の2週間は道路が寸断されて孤立集落の状態でしたが、なんとか自分達で海岸沿いの道路を車が通れるまでに復旧した4月初旬くらいからは南三陸町の内陸側の市町村の方を中心に災害ボランティアの方々が入ってこられるようになりました。また止まっていたインフラの一つの通信手段ですが、こちらは携帯電話会社さんからの応援で携帯電話がなんとかつながるようになり、さらに通信機器用のバッテリーを定期的に交換もしてくださるようになるとインターネットも接続できるようになりました。それが4月11日のことでした。この通信手段を手に入れたこの日から馬場中山支援センターは大きく変わりました。



     「私たち家族は、これからの1年間は地域に貢献することを仕事とする。」 それを見事に実現したのが弟の馨(以下、カオル)の活動でした。2011年4月11日から馬場中山生活センターの様子を毎日毎日ホームページにアップし、さらにツイッターや各種のサイトへの情報発信を用いて「今、この地域で何が不足しているか」を伝えました。この情報発信の効果は予想以上で、ホームページの開設から一週間後には、「ホームページを見ました。○○を送ります」といった流れが出来上がったのです。その当時の様子は今もそのまま馬場中山地区ホームページを残してありますので、関心のある方は是非ご覧頂ければと思います。 (馬場中山地区ホームページはこちら→  http://www.babanakayama.jp/



    この情報発信をきっかけに日本全国から本当にいろいろな物資をご支援頂きました。ここでは全てをご紹介できませんが、一つだけ、震災から3年たっても現役で活躍する大人気の支援物資をご紹介します。 その名も「暖助(だんすけ)」。こちらは長野県にお住まいの方がプロパンガスのボンベの廃材を用いて手作りで製作された薪ストーブでして、ツイッターによる情報提供でこちらの避難所に送って頂きました。4月になっても朝晩はまだ寒い歌津では、お湯を沸かしたりパンやお餅を焼いたりも出来る機能もついたこの「暖助」が大活躍しました。灯油やプロパンガスが無くとも、薪になる木材は大量にありましたから、この暖助の存在は本当にありがたく、暖助を囲んで語り合うという場の形成にもつながりました。


     暖助の初登場の日(4月21日)です。お湯を沸かすしかけも付けてあります。  馬場中山HP20110421より



    暖助を囲んでバーベキューの準備をしています。  馬場中山HP20110421



    こうした情報発信による全国の団体や個人からの物資支援の流れと、仙台の宮城復興支援センターなどの行政側の支援、そして歌津小太郎のご縁による藤崎デパートや他の取引先様からの馬場中山地区への直接支援、その上に馬場中山の地に来て活動をしてくださる団体、こうした支援がつながるようになった4月下旬の頃には、ようやく「生命の危険」を感じるような危機的状況からは脱しました。そして長期化することが予想されるこの避難生活を乗り切るための次の段階に入ったように思います。


    仙台市の藤崎デパートの皆さんが沢山支援物資を運んできてくださいました。レトルトカレー・お菓子・水・ジュース・衣類などをいただきました。みんな私(千葉)の藤崎デパートでのお仲間の方たちです。ありがとうございました!  馬場中山HP20110425



    4月下旬になりますと避難所にさらに大きな進展がありました。一人分のスペースが畳1枚分より狭いという状況を見かねて、第二避難所を建設することとなったのです。このプロジェクトには複数の支援団体が連携して下さり、なんと基礎工事を開始した10日後にはこれまでの馬場中山生活センターのスペースとほぼ同じ大きさの避難所が出来たのです。このプロジェクトの際に初登場したのが「はすだ支援隊」です。
    (次の節の2012年4月にも登場します)


     第二避難所建設の様子  歌津小太郎HP20120701より



    3日目でもうこんなかんじになりました   歌津小太郎HP20120701より



    一方、歌津小太郎の直売コーナーのあった仙台の藤崎でパートの地下2階では、歌津小太郎の被災と今後の復旧の見込みが不透明であることを知らせる貼り紙がひっそりと貼られていました。常連のお客様からは藤崎側にお問合せも頻繁に頂いていたと聞きましたが、何もお答えすることが出来ない状態でした。


    【4月末時点の地域のインフラ復旧状況】
    ・ 電気: 地域全体が停電のまま。電柱が壊滅していましたが、避難所までの電源供給用の電柱が建てられたところまでの復旧(電線は途中まで張られた)。避難所だけは小型の発電機で電気の使用が可能になっていました。
    ・ 水道: 止まったまま。福井県の支援者からお借りした用水タンクに水を貯めて使っていた。
    ・ ガス: 元々がプロパンガスでの供給エリアでしたので、インフラというより供給体制(ガスの配達)が通常状態に戻ったのが4月下旬
    ・ 灯油(ストーブや発電機用): 不自由なく供給いただけるようになったのがやはり4月下旬。
    ・ 固定電話: 止まったまま。電話線が壊滅ですし、家そのものが流されていますから復旧の見込みは不透明。
    ・ 携帯電話: 複数の会社のものが概ねつながるようになる。


    津波を被ってもなんとか持ちこたえた家がまばらに残る中、電線が張られていました。(4月23日) 馬場中山HP20110423




     ☆ 2012年4月: 福福わかめの1000袋完売に涙
     4月7日、歌津/馬場中山地区のわかめ養殖復活プロジェクトの成果を支援者のみなさんにお届けする第一弾のイベント「埼玉県蓮田市・商工祭さくらまつり」での「福福わかめ」の販売を行いました。この日に向けて2月から準備をしていましたが、わかめの塩蔵品を袋詰めしラベルを貼りと、1000袋の準備が完了したのが前日の夜のことでした。 このイベントはちょうど1年前、震災の年の4月から馬場中山地区の災害ボランティアとしてきてくれた「はすだ支援隊」によるその後の継続的なボランティア活動で深いつながりが出来たことによるものでした。


    震災後はほぼ全ての水産物の出荷も出来ない、すなわち漁師さんたちにとっては全く収入が絶たれた状態だったわけですが、この年の2月下旬からわかめの出荷がそれまでの1/3くらいの規模で始まり、今回のイベントのようにわかめ漁師さん自身も参加して、直接お客様にわかめを販売するという経験をし、感慨もひとしおでした。足を止めてくださるお客様には、この「福福わかめ」が出来るまでの道のりをご紹介し、この4月中は全国のボランティアの方が今が最盛期のわかめ作業(めかぶを削いだり、茎を取り除いたり)までいっしょにやってくださっていること、精一杯、そのときの歌津の現状のことをご紹介させて頂きました。


     イベント終了後の記念撮影です。1000袋が完売しみんなが笑顔です。 馬場中山HP20120407



     一方、難航していた歌津小太郎の復興計画ですが、ようやく新工場の設計図面が出来上がり、いよいよこれからという段階になって、工事費の大幅な高騰や、町の復興計画の遅れによって、計画の見直しを強いられることになります。そんな絶体絶命の時に、工場の設計を始めから見直すことから引き受けていただいたのが、仙台の針生承一建築研究所の針生承一先生です。震災で全ての生産資源を失っていた我々は特に建設資金に問題を抱えていたため、針生先生からの強い勧めもあって、今回取り組んでいるミュージックセキュリティーズ㈱ 「被災地応援ファンド」に取り組もうと決意しました。今思うと、歌津小太郎のターニングポイントはこの時でした、ピンチからチャンスに状況が大きく変わったのは…



    ☆2013年4月: 念願の歌津小太郎工場再建 4月2日(大安)、待ちに待った歌津小太郎新工場の引渡しを受けました。55坪木造平屋の真新しい工場です。工事関係者の皆様には厳しいスケジュールをご対応頂き、なんとかここまでたどり着きました。 新工場の建設費は国と県から補助金が支給される制度(通称グループ補助金)を活用しています。当初、何が何でも平成24年度中(2013年3月31日)までの完工でないと補助金が下りないという縛りがありましたので、材料不足・人材不足で計画通りにはいかない現状を、なんとかみなさんが頑張って下さいました。
    (補助金制度の工事期限はその後、若干緩和されるようになり事業者にとって使いやすい制度になりました) 建屋の完成を待って、新品の厨房機器やパック詰め機械に冷蔵庫など生産に最低限必要な機器を据付け、4月27日に新工場稼動となりました。
    製造はベテラン従業員を中心に6名、そして4月から入社しました事務兼庶務を含む新人3名の総勢9名が工場を切り盛りしてくれます。
    (ちなみに、このくらいの規模でも旧・歌津町のなかではベスト10に入る従業員数を誇ります)


    歌津小太郎新工場の全景です。 歌津小太郎HP20130518


    みんなで記念撮影です。 歌津小太郎HP20130518



    ●2014年4月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報
    2月下旬から4月末までは歌津の海岸はわかめ作業で大賑わいです。そんな中、4月3日にチリ地震による津波の警報が歌津の地にも出されました。漁師さんたちは前日から船を陸に上げるなどの対策に追われました。津波予報そのものは数10センチというものでしたが、あの東日本大震災を経験してからは、どんなに小さな地震でもどんなに津波警報が小さなものでも緊張感が走ります。 幸いにも今回の津波はたいしたことがなく、漁師さんたちは4月5日にはもとのわかめ作業に戻ることができました。
    しかし、そんな状況でしたので、4月5日(土)の埼玉県蓮田市でのイベントには予定していた漁師さんお二人が参加できず、私一人だけで蓮田に向かうこととなり……でも大丈夫! “はすだ支援隊”の強力なバックアップにより、例年通り蓮田のみなさんに歌津の地域と歌津小太郎の復興の進捗をお伝えすることが出来ました。そう、今回もホタテ焼きと歌津小太郎商品を沢山お持ちしたのですが、早い時点で完売! みなさん、ありがとうございました~!!!


    当日は絶好のお花見日和となりました。



    大漁旗が目印です。




    ホタテ焼き担当は、はすだ支援隊リーダーの小森さんです。




    私も、新わかめのセールスや試食に“てんやわんや”でした。



     <あとがき>
     いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。 (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)


     2014年も1-3月の第一四半期を終えましたので、いまの時点の歌津小太郎の復興の度合いは、「とれたて!めかぶ漬けとさんま昆布巻きのセット」のご好評もありまして6合目まで進んだかなという感じです。皆様、ご支援、本当にありがとうございます! 支援をしてくださる皆様に少しでも早くご恩をお返し出来るように、まずは事業の環境を整え、私達が食べている三陸・歌津の「旨いもの」を多くのみなさんに提供できるようにしていきたいと思います。


     最後に震災後の“教訓”ですが、この「振り返り」を書き綴り始めて改めて思い出したのですが2011年の4月の始め頃、歌津小太郎の男性陣3人でロウソクの火を囲み、とことん将来について話し合ったあの日のことを、この3年間、つまずくたびに何度も何度も思い出しながら走ってきて、あっという間だった気がします。「地域に貢献することを優先して行う」という決断により、カオルは得意のITを利用した情報発信力を活用して地域全体の渉外担当役となり、私は仙台と歌津を結ぶ物資調達役、小太郎社長は地域をとりまとめる同年代の人達との各種協議(相談役)を担当しました。


     歌津小太郎の元の工場には小太郎社長が筆文字で書いた「企業理念」が掲げられていました。津波で工場は全て流されたなかでもその企業理念の額は奇跡的にみつかりました。そこに書かれている一節に「会社は経営者やお客様のために存在しているのではなく、従業員や従業員の家族の幸せを守るために存在しています」というものがあります。私は震災前に歌津と仙台を往復して仕事をしていたわけですが、それは歌津小太郎の経営のためではなく「従業員や従業員の家族(ウチの家族を含め)の幸せを守るため」であったことに気づかされました。それに気がつくと、震災後からすぐに地域の物資調達役を自然と与えられ地域全体の幸せを守ることにいち早く役立つことが出来たこと、千葉家の他の家族もそれぞれの得意な分野を活かして活動が出来たこと、こういったことが最良の選択だったと思います。


     “教訓”的な表現にすると、「自分が今やっている仕事の本質的な意味を常に理解していれば、どんな困難があっても折れることなく柔軟に対応できる」、ちょっと長いですがこんなところでしょうか。

    ○ 記事担当 千葉孝浩




    暖助を囲んでカオルの「馬場中山地区ホームページ」一周年を祝った日。第二避難所にて 2012年4月11日
    カオルが撮影している為、本人は写っていません。

    2014年4月2日 11:45上野駅から50分! 埼玉・蓮田市のお花見イベントに出店します(4月5日)

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
     2月28日から「歌津小太郎 とれたて!めかぶ漬けとさんま昆布巻きのセット」を期間限定で発売しま
    して、無事3月31日をもちまして受付を終了させていただきました。今回、初めての試みで十分な準備
    期間が取れない中、MS社の担当の方や、出資者の皆様からのご協力によって、予想以上のご注文を
    頂き、製造スタッフ一同、大変に感謝しております。今後は、これに続く第2弾、第3弾を企画したいと
    考えておりますので、変わらぬお付き合いを、どうぞよろしくお願いいたします。



    今回は主に首都圏にお住まいの皆様に向けたお知らせとなりますが、4月5日(土)に以下
    のイベントに出店いたしますので、お近くの方、是非、足を運んで頂ければと思います。


     ■埼玉県蓮田市・第24回商工祭さくらまつり
      日 時 : 2014年4月5日[土] 10時~16時 ※雨天順延
    開催場所: 元荒川河川敷公園(荒川橋~宮前橋間の緑町側)
    蓮田駅より徒歩10分
    イベント情報のリンクページ
     http://asa-hasuda.jp/article.php?shop_cd=1011051418080223&id=16277&bc=12


    元荒川河川敷公園の桜をバックに沢山のブースが出店しますよ(写真は2012年の様子)

    歌津/馬場中山地区の漁師さん数名と私(千葉)がこの春に採れた「新物・湯通し塩蔵わかめ」
    と、歌津小太郎商品「陸中漬」や「ひと味ぼれ」をお持ちします。私は歌津小太郎のハッピを着
    ていますからすぐに判りますよ!


    【解説】
    私達、歌津小太郎のある南三陸町の馬場中山地区と蓮田市さんとは震災を機に深くおつきあいを
    させていただいています。蓮田市と白岡町の建設業者さんの有志により結成された“はすだ支援
    隊“の皆さんが初めて馬場中山地区のボランティアに来ていただいたのが2011年4月下旬。そ
    れ以来、ガレキ撤去、炊き出しに始まり、第二避難所建設、道路建設といった大きなプロジェク
    トも私達・地域のメンバーを導き奮い立たせながら協同で活動してくださいました。震災から3
    年を経過した今もなお、ご支援を継続して頂いています。



    そして私達、馬場中山地区の住民は地域のなりわいである漁業の復興、中でもこの時期が旬の歌
    津のわかめを、震災の翌年である2012年から毎年この4月の桜の咲き誇る時期に蓮田の皆さん
    にお届けできることを大きな喜びに感じています。



     ●2012年4月7日 震災から1年後に出店したときの様子



    イベント終了後の集合写真(前列中央のハッピを着ている方が蓮田市長さんです。歌津から来
    ているのは6名で残りは“はすだ支援隊”の皆さんです)


     イベント開始前です。大漁旗を掲げているのが“歌津流”です!遠くからでも見つけやすいで
    すよ。 しかし、風が強かったので後半は旗を降ろしてしまいました。



    福福わかめです(実は袋詰め作業が前日の夜にようやく間に合ったのでした)



    多くの方が「福福わかめ」を買ってくださいました。なんと1000袋が完売! 嬉しかった~



    ●2013年4月6日の様子


    イベント開始前です。ちょっと寒い日でした。お隣のブースは新潟県小千谷市若栃地区。はす
    だ支援隊の皆さんがこの若栃地区の雪かきボランティアをされているというご縁とのことです。



    歌津小太郎の商品を3品お持ちしました(このときはまだ歌津小太郎の新工場のオープン前でしたが、“みなさん館”のレンタル工房を借りて作っていました)



    イベント開始前に市長さんが激励に来てくださいました。




    私はトレードマークの歌津小太郎のハッピを着ています!
     みつけたらお声がけ下さい。




    この日は後半から海藻戦隊わかめんじゃーが応援してくれました



     誰よりも出店するスタッフ側の私達自身が一番楽しみにしているイベントです。首都圏にお住ま
    いの馬場中山地区応援団の皆さんの多くが顔を出してくださること、我々の1年前からの進化を
    この場を借りて支援者に皆さんにご報告できること、若手のわかめ漁師さんたちは顔の見える販
    売を経験できること、などなど嬉しいことが沢山あるのです。


     いつも事前準備にいっぱいいっぱいでブログでの事前告知が追いついていなかった昨年までを
    反省し、今回は早めにこちら“被災地からのレポート“にお知らせさせていただきました。


    出資者の方や、「めかぶ漬とさんま昆布巻きのセット」をお買い上げ頂いた方はその旨を、そうでない方
    も「このブログで知った」など、是非、お声がけください! お待ちしています!

    2014年3月27日 11:01締め切りまじか!

     被災地からのレポート

    ご好評いただいております、『期間限定販売 歌津小太郎 とれたて!めかぶ漬とさんま昆布巻セット』。
    おかげ様で、たくさんのご注文を頂きありがとうございます。




    旬のめかぶ水揚げ時期だけの限定商品となっている為、締切は~3/31(月)受付分までとなっております。

    今が旬のめかぶ!今だからこそ味わえる磯の香り!

     締切まじかとなっておりますので、是非この機会に、とれたてめかぶ漬・歌津小太郎自慢のさんま昆布巻をご賞味ください。




    詳しい詳細、ご注文はこちらから←





    2014年3月10日 21:28復活2年目~2月のまとめ報告と“3月”~歌津の新物わかめ&めかぶ

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    2014年も早いもので3月を迎え、大震災のあの日から丸3年となりました。
    今回は3月の季節の話題としては“わかめ&めかぶ“を中心に、そして震災の話題
    としましてはどこまでお伝えするべきか悩ましかったのですが、大震災のあの年
    の3月を孤立集落の避難生活を中心に振り返ってみました。
    
    ●2014年2月の歌津小太郎活動報告
    2月は第一週と第二週の週末が全国的な大雪となりました。歌津では大雪もさる
    ことながら天候が悪いと海も必ず大荒れとなり、復旧整備中の漁港が大波で冠水
    してしまいました。新しく整備したばかりのコンクリートで出来た側溝のふた
    も、軽々と持ち上げられ、あちこちに散乱するありさまに、あらためて自然が持
    つエネルギーの威力を思い知らされました。
    今後はそういったところの補修作業を進めながら、まだ不完全な漁港全体の整備
    にも着手していくようですが、今回の南岸低気圧の影響で、さらなる工事の遅れ
    が懸念されます。





    2月下旬からはいよいよ今シーズンのわかめの収穫がスタートしました。海岸に は毎日多くの漁師さん達が、家族総出でわかめの水揚げ後の加工作業を行ってい ます。この活気が4月下旬まで続きます。この地域で水揚げされる「新物わか め」は、波の荒い海域(外洋)で養殖された、肉厚で弾力の強い良質なわかめと して県下でも知られています。今回、この自慢のわかめの時期に仕込む「めかぶ 漬」の魅力をお伝えできるように企画したのが、地元の漁師が食べている新芽の 「めかぶ」だけを使って製品にした「旬!新物めかぶ漬」をこの時期限定で商品 化しました。 歌津小太郎としては初めての試みですが、これを「さんま昆布巻」とセットにし て“「セキュリテセット」美味しさの直送便”にチャレンジすることにしました。 皆さま、是非お試し下さい!  (2月28日に販売開始しました! ご購入はこちら) ※わかめの「めかぶ」とは…(わかめは全長1~2メートルにもおよぶ海藻です が、その根元の部分にある胞子葉に相当する部位) この商品企画は歌津小太郎製造スタッフである漁師のお母さん達がキーパーソン となり実現する運びとなりました。ヒントになったのは昨年の今頃、こんな会話 から…  “新物のでぎだばっかりのめがぶ、東京の息子さおぐったっけ、こでらんねっ て電話かがってきた”  (新物の出来たてのめかぶ漬、東京にいる息子に送ったら、すごく美味しかっ たって電話かけてきた)  “ほんで、今のじぎだげでも商品にしたら、おぎゃくさんにもよろごばれんでねぇ”  (それなら、今の時期だけでも商品にしたら、お客様にも喜んでもらえるん じゃない)






    ●3年間の振り返り
    前回のブログより、毎月ごとに3年間の同じ月は何をしていたか思い出して書き
    綴りたいと思います。
    特に“3月”は思い出すのが辛いこともありますが、書き残しておくことで未来の
    自分達へのメッセージであったり、非日常的な体験をした私達の経験が今後の教
    訓につながったりなど、そういった出来事を皆様と共有できたらと思います。

    2011年3月: すべてを奪われた、東日本大震災
    3月11日の震災の日の直前のことです。宮城県のPR誌(県政だより平成23年
    3・4月号)に私たち歌津小太郎と、被災地応援ファンドへの取り組みでは先輩に
    あたります、タツミ食品さん(遠藤社長のところ)の「湯通し塩蔵わかめ」を
    「食材王国みやぎ」のこだわりの逸品として2社をセットでご紹介して頂くな
    ど、ごく普通に、そしてさらなる販路の広がりを目指して粛々と活動をしていま
    した。歌津小太郎は小さな会社ながらも平成5年(1993年)に仙台の老舗デパー
    トの藤崎さんに直売店舗を構えるようになってからは、地元のお客様のニーズに
    合わせた商品づくりに専念してまいりました。(それまでは首都圏をはじめとす
    る全国各地での物産展を中心とした催事販売などにも力を入れていました)
    ・食材王国みやぎ こだわりの逸品 ~湯通し塩蔵わかめ~ 平成23年3月1日更新
    http://www.pref.miyagi.jp/kohou/kenseidayori/backnumber/201103/kodawari/index.htm
    
    震災の日は金曜日でした。当日の私は歌津を離れ、藤崎デパートでの勤務となっ ていましたので、朝から店頭に立って、旬の「新物めかぶ」などをお勧めしなが ら、お客様への対応に追われていました。 14:46に発生した地震の揺れはこれまでに体験したことのない、すさまじいもの で、地下2階の売り場はお客様も我々デパート側スタッフも、揺れが収まるまで は共に何がなんだか理解できない状態でした。 余震が続く中、全員急いで外に避難…私が第一に行ったのは確実に津波が来るこ とが予想できたので、歌津にいる皆に即避難の指示を伝えたくて、弟(カオル) に電話連絡を試みたのですが、全く通話がつながらない状態でした。 その日は、家族や従業員の安否がはっきりとわからないまま仙台で一夜を過ご し、翌日の夜にダメもとで歌津まで車を走らせました。この移動の中で目にした 震災の記憶も留めておきたいのですが、長くなるのでまた別の機会にご紹介した いと思います。 工場と自宅のある歌津/馬場中山地区は歌津半島の東側海岸部にあり、地域につ ながる道路は海岸線を通るルートしかなく津波で寸断されていました。12日の 深夜にようやく地域の皆さんが避難した馬場中山生活センター(地域の集会所) にたどり着き、小太郎社長はじめ我が家の家族全員の無事を確認することが出来 ました。それと同時に地域の様相は一変しガレキの山になっていることに真っ暗 な中でも気がつきました。 馬場中山地区はおよそ100世帯があり、多くがわかめの養殖を中心にした沿岸 漁業で生計を立てていましたから、海岸近くに家が立ち並んでおり、津波被害を 受けなかったのはたった5軒という有様。 海に面して建っていた歌津小太郎の工場は、高さ15mもの津波が押し寄せ跡形 もなく流され、海岸から少し高台に上ったところにあった自宅も、1階の天井ま で津波を被りました。電気・ガス・水道の全てのインフラは寸断され、震災のそ の日から、地域の人々は地区内で一番高いところに建てられていた集会所(馬場 中山生活センター)の広さ約60坪のスペースに200人が身を寄せ合っていま した。 「何もない」ってこういうことを言うのか。それを実感したのがここでの最初の 1週間でした。あまりにも被害が大きく、南三陸町の役場自体も被災していまし たので、200人が食べ物もなく避難生活を送っていても物資が全く届かず、ガ レキの山の中から何とか食べられるものを拾い集め、分け合いながら飢えを凌ぎ ました。ヘリコプターで物資を投下してもらえたのが確か震災から一週間目、寸 断されていた道路が地元の建設会社から油圧ショベルを借りて自分たちで復旧 し、なんとか車が通れるようになり孤立集落から脱したのは、10日ぐらいして からだと思います。 通信事情が悪く、震災の日に即避難した歌津小太郎の従業員がその後、津波から 逃げ延びたのかどうか… 数人の安否が確認できないまま、気が休まらない日々を過ごしていました…それ からしばらくして、全員の無事が確認できたのは、すでに震災から2週間以上が 経過していました。 道路が通れるようになると、ようやく災害ボランティアの方々や支援物資が地域 に入って来られるようになりました。しかし、被災地全体が大混乱のなか、最初 の頃はボランティアの方々の助けたい思いと、被災した我々のニーズとのマッチ ングがうまく行かず、食糧やすぐに欲しい生活必需品は不足したまま。いつまで この生活が続くのか、本当にこの地で生活を再建できるのか不安を抱えての避難 生活でした。   ☆2012年3月: わかめ養殖復興プロジェクト~なじょにかなるさ~ 震災から1年後、歌津小太郎の再建は2012年2月分の報告とあまり変わら ず、「計画」はなかなか計画通りにはいかないままでした。 歌津/馬場中山地区のほうは震災があっても、何があろうとも季節は巡ってくる もので、わずかな量ではありますが、2月から始まった「初物わかめ」の収穫が 最盛期を迎えていました。 2012年2月のご報告でさわりだけ紹介しました地域のさまざまなプロジェク トですが、「なじょにかなるさープロジェクト」というのが、この「わかめの復 活」を目指したものでした。
    ・なじょにかなるさープロジェクトは
    http://www.babanakayama.jp/info/najonika/index.html
    津波で船も漁具も全て失った南三陸町馬場・中山地区。その震災から4か月を経 て復興に向け『なじょにかなるさー(何とかなるさ)プロジェクト』を立ち上げ ました。このプロジェクトは、全国からのご支援のおかげで津波前の3分の1程 度の規模でわかめ養殖を再開することができました。 具体的には、2011年7月頃より立ち上がったものでして、全国の皆さんから の支援のおかげで、わかめ養殖に必要な漁船を手に入れ、養殖に必要な機材(わ かめ養殖ロープをつなぐアンカーをはじめ、全て)を徐々に整備し、この2-3 月のわかめ収穫に間に合わせたのでした。全国のみなさんからの支援は単にお金 の支援に留まらず、季節おりおりのわかめ作業にも力を貸していただきました。 重機の使える方は重機作業、「わかめ養殖を体験したい」と海岸の吹きさらしの 中でロープにわかめの芽を挟み込む地道な作業を何時間も手伝って下さった方、 このわかめをブランド化しようとアイディアを提供してくださる方。周りを見渡 すと、ガレキの残る風景の中、地域の者だけでは沈みがちになりそうな気持ちを 奮い立たせ、このように一緒に作業をすることで応援して下さった方が沢山いま した。 この地で収穫されるわかめの多くは、地域の漁協を通じて「南三陸産わかめ」と して出荷されますが、そのようにして作られた2012年の初物わかめのうちの 品質の良いものを厳選し「福福わかめ」と名付け、震災復興を象徴する商品とし て独自に販売しました。 これを一番に買ってくれたのも我々の地域を応援してくださった皆様。そして何 よりも顔を良く知る皆さんが、「わかめってこんなに旨かったんだ!」と言って くださったこと、普段の漁協に出荷して終わりというだけではない顔の見える販 売を体験し、わかめ漁師さん達も今まで以上の収穫の喜びを感じていました。 こうした地域の僅かな復興を目にし、我が歌津小太郎も必ず復活してみせると 誓っていました。しかしこのときの実態は、歌津小太郎の新工場の土地が決まっ ているだけ、他は白紙という状態でした。  ※(“なじょにかなるさー” は、“なんとかなるさ”を意味する地域の言葉です) ☆ 2013年3月: 歌津小太郎コーナーの再開!   震災の日から丸2年の節目を迎える3月11日に、仙台藤崎百貨店「歌津小太郎 コーナー」の常設テナントの再開が決まり、全従業員を集めた決起集会を3月1 日に開催しました。この日から元・従業員から再び歌津小太郎で働く仲間となり ました。総勢13名です。藤崎友の会の会報でも我々の再出発を取り上げて頂 き、再開初日には多くの歌津小太郎ファンの方が懐かしいお顔を見せてください ました。 たくさんの皆様の応援があって、この場に戻って来られたのです! その日は感 慨ひとしおの中、以前と変わらない環境で仕事ができる感謝の気持ちと、この日 を目標にしてやってきたのが間違っていなかったのだと、あらためて確認するこ とが出来ました。不安だらけの再出発でしたが、お客様の笑顔が、これから進む 険しい道のりを乗り越える、大きな自信となりました。 また3月初旬でしたが東京・丸の内にあります新丸の内ビルディングで「被災地 ウィークス」というイベントを開催していただきました。その中で歌津小太郎の 商品を特別にレストランでご使用いただいたり、社長の千葉小太郎がトークイベ ントに出させていただいたりしました。 震災以降、自社の再建とともに歌津の地域の復興に全力を注いでいたもので、 実は社長も私もほとんど都心に出ることなく過ごしていたこの丸二年間でした。 従いまして都内で出資者のみなさんにお会いするイベントに参加するのはこの時 が初めてでした。小太郎社長いわく、「熱心に応援してもらっている皆さまに、 お礼を言いたくてこのイベントに参加したつもりが、ついつい皆様の熱意につら れて自分達がしてきたことを話し過ぎてしまい、最終の新幹線で帰るのを断念し たんだ。でもじっくり話ができたんで行って来て本当に良かった。」と誇らしげ に土産話をする姿を見て、皆様と過ごした有意義な時間にとても満足そうでした。 ●2014年3月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報 冒頭の2月報告でもお伝えしましたが、セキュリテセットで歌津小太郎の商品の 取り扱いを開始しました。これまでお中元とお歳暮の時期だけは藤崎百貨店の運 営のもとに通信販売を行っていましたが、歌津小太郎として独自の企画で通信販 売を行うのは初挑戦となります。対面販売を主体として活動してきた私達です が、我々の自慢の「海の宝物」の旨さがみなさんにお伝えできているかどうか、 ドキドキの3月となります。 例年、この時期の歌津のわかめ作業には、歌津に住む漁師の家族の他に都会に出 ている家族や親戚も戻り手伝うことが多いのですが、震災を機に歌津/馬場中山 の地域全体の応援団となってくださった方などもわかめ作業を手伝いに来てくだ さるようになりました。力仕事だったり、めかぶの硬い茎の部分を切り分ける作 業(めかぶ削ぎ)だったり、洗って湯通しして塩を絡めたりと地道な作業なので すが、地域外の方に参加していただき、わかめのこと、海のことを素朴に質問頂 き答えているうちに、自分達にとっては何でもないわかめ作業が、以前に比べ楽 しくなってきているようです。 <あとがき> いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくだ さる出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。 自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに 漁師の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエスト を頂ければ今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。 (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!) 最後に震災後の“教訓”ですが、最初の2週間、従業員の安否を確認できなかった ということがありまして、現在では従業員自身の携帯電話番号の他にご家族の携 帯番号も私と小太郎社長の携帯電話に登録しました。大規模災害の直後は携帯電 話がつながりにくく、かつ充電も出来るかどうか、それでも少しでも早く連絡を 取り合えるようにと思いまして…そして、3日間を耐えられる水と食料を今のう ちから備えるようにしました。私たちの場合、特に最初の3日間(72時間)がと ても深刻な状態でした…「自分の身は自分で守る。」 常日頃の心がけが、いざ という時の大きな違いになることを身をもって経験しました。 ○記事担当 千葉孝浩













    2014年3月6日 14:17旬の「めかぶ漬」情報

     被災地からのレポート

    2月末からめかぶ漁が始まり、橋本水産ではめかぶ作業の最盛期を迎えていますす。
    今回はめかぶの作業風景とめかぶ通販を紹介します。
     
    水揚げされためかぶを一つ一つ選別して 




    細かく刻まれていきます。
    刻まれためかぶを湯通しするとこのように変化していきます。
     
    ①刻まれためかぶ
     
    ②只今、湯通し中!
     
    ③鮮やかなめかぶに変身!!
     

    食べ方は色々ありますが、一番のおススメは
    アツアツのご飯にのせて食べるのが最高です。
    また、被災地応援ファンドでは、期間限定にて新物めかぶを発売中!

    【歌津小太郎 とれたて!めかぶ漬とさんま昆布巻のセット】
    詳細・お申込みはこちら↓

    2014年2月28日 10:26【水揚げのその日に発送!】めかぶ漬けとさんま昆布巻き

     被災地からのレポート

    【お待たせいたしました!歌津小太郎の商品を販売致します!】
     



    【期間限定販売】とれたてをお届けします!!

    三陸の今が旬!春一番の磯の香り 初物 めかぶ漬です!!
    冷凍しないでお届けするので歯ごたえと香りが違います

     


    三陸に春を告げるわかめ漁(わかめ刈り)は、2月中旬から始まります。このまだ寒い時期の新芽の「めかぶ」だけを使って製品にしているのが歌津小太郎の【めかぶ漬】です。今回の商品は、旬の時期だからこそ味わえる磯の香りをご賞味いただけるよう、その日に水揚げした「めかぶ」をその日のうちに製品にしてご発送までするという、茹でたて、出来立ての特別な製造管理のもとでお届け致します!

    さらに、震災前からの人気No.1商品【さんま昆布巻き】をセットにしてお届け致します。歌津小太郎の魅力がつまった特別なセット商品になっております。

    ご注文を頂いてから水揚げして製造しますので、お届けまで1週間のお時間を頂いております。新鮮な商品をお届けするため、ご注文時にご注文日から1週間以降の日付でお届け日をご指定ください。お振込み決済をお選びの場合は、お振込み日から1週間以降の日付でご指定ください。

    旬のめかぶ水揚げ時期だけの限定商品となっており、3月末まで(予定)の限定販売となっております。
     

    今しか味わえないとれたての旬のめかぶ、歌津小太郎自慢の昆布巻き、ぜひこの機会にご賞味ください!





     

     
    【原材料・成分表記】
     
    めかぶ漬:
    めかぶ(宮城県産)、醤油、調味料(アミノ酸等)、
    保存料(ソルビン酸k)、甘味料(ステビア)、酒精
    (原材料の一部に大豆、小麦、ゼラチン、サバを含む)

     

    さんま昆布巻:
    さんま(三陸産)、昆布(三陸産)、
    かんぴょう(栃木県産)、醤油、砂糖、
    酒精、みりん、調味料(アミノ酸等)、
    (原材料の一部に大豆、小麦、サバを含む) 

     

    【賞味期限および保管方法】
     
    めかぶ漬:10℃以下で7日間 / さんま昆布巻:10℃以下で60日間

     


    歌津小太郎 とれたて!めかぶ漬とさんま昆布巻きのセット 

    【セット内容】
    めかぶ漬(200g) x 2
    さんま昆布巻き x 1


    価格:3,000円(税込・送料込)

     

    こちらの商品は3月31日をもって
    ご注文受付を終了させて頂きました。
    沢山のご注文まことにありがとうございました。 

     



    三陸の旬の味覚をどうぞお楽しみください!

     
    ==========================================================================

     

    【お支払い方法】
    (1)お振込み
    以下の銀行へのお振込みが可能です。
    お申込後、当社からお送りする確認のメールに記載の口座へ、以下期日までにお振込をお願い致します。

    (2)クレジットカード
    VISA、MasterCard、JCB、DinersClub、AMEXのクレジットカードがご利用可能です。

    (3)支払留保金のご利用
    支払留保金額もご利用頂けます。

    ※お振込手数料は、ご負担下さい。
    ※送料は商品代金に含まれます。
    ※支払留保金額をご利用の際は、申込確認メールに詳細を記載致します。
    ※クレジットカードをご利用の際は、以下【クレジットカードをご利用頂く場合のご注意】をご確認の上、ご利用下さい。
    【お振込期日】
    ご注文受付のメールをお送りしてから3営業日以内にお願い致します。
    ※必ず期日までにご入金頂きますようお願い申し上げます。ご入金期日を過ぎますと、キャンセルとなりますのでご注意下さい。
    ※購入代金をお振込頂く際は、必ず期日までに、当社からのメールに記載の口座へお振込頂きますようお願い致します。
    万が一出資金お振込口座へご入金をされた際は、 返金となりますのでご了承ください。
    その際の返金は、振込手数料を除いた額を返金致します。
    【商品発送時期】
    ご入金確認後、随時発送致します。
    ※配送は日本国内のみとさせていただきます。
    ※日時指定の場合、お振込みを頂く5営業日以降でご指定下さい。
    ※状況によって、多少前後する場合がございます。何卒ご了承下さい。
    ※遠方など、ご指定頂いた期日の配送が難しい場合は電子メールにて別途ご連絡致します。
    【商品発送までの流れ】
    1.(お客様)お申し込みフォームより購入情報のご入力
    2.(当社)お申込後、振込口座が記載された確認メールを送付
    3.(お客様)当社指定の口座へ購入代金をお振込 ※ご注文から3営業日以内
    4.(当社)ご入金確認完了のご連絡
    5.(当社)随時発送致します。 ※お届け日指定はご入金から5営業日以降でご設定下さい。
    【ご注意事項】
    ※未成年者に対しては、酒類の販売は致しません。申込みフォームにて年齢を確認致します。
    ※当社理由による不良品(破損等)につきましては、商品到着後7日以内のご連絡にて交換致します。
    ※お客様のご都合による返品・交換はご遠慮下さい。
    また、ご不在やご指定の住所不明など、お客様のご都合により、指定日に商品を受け取れなかった場合、再送や返金は対応致しかねます。
    ※複数個購入頂いた場合も、送料込の価格×購入セット数の金額となります。
    【クレジットカードをご利用頂く場合のご注意】
    ※ご本人様名義のカード以外はご利用頂けません。
    ※ご決済は一括払いのみご利用頂けます。
    ※1商品ごとのご決済となりますので、他商品を合わせて購入頂いた場合も、都度ご決済が必要です。(1商品を複数セット購入頂く際は、まとめてご決済頂けます)
    ※ご購入代金は、各クレジット会員規約に基づき、ご指定の預金口座から口座振替にてお支払いいただきます。
    ※クレジットカード決済にあたっては、より安全性の高い環境をサービスとして提供するために、暗号化技術(SSL)を使用しておりますが、当社は、その安全性を保証するものではなく、データ漏洩等の事故が起こった場合、当社はその責任を負いかねますのでご了承ください。

     

    ※クレジットカードはご注文時に即時決済されるカードとなります。リピート商品など初回ご注文時に複数回の商品代金をいただく場合がございます。また、キャンセル・返品に伴う返金の時期につきましては、お手元のクレジットカード発行会社へお問い合わせください。 

     

    2014年2月24日 08:57小太郎社長インタビュー:歌津の漁師

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。 今回は、震災の話題でも歌津小太郎の現状のお話でもないのですが、出資者の方からときおり質問を頂く話題で“歌津小太郎のホームページに掲載している小太郎社長の昔の漁師姿”とそれに関連しまして昭和30年代頃までの昔の歌津の漁師のお話をご紹介したいと思います。



    (小太郎社長の漁師姿の写真)


     まず、小太郎社長の漁師姿ですがこれは戦後間もない頃、昭和25年くらいまでの漁師の姿です。歌津だけでなく三陸一帯の漁師がこういったスタイルだったようです。歌津のあたりでは戦後の数年間くらいまで残っていました。子供さんが見ると浦島太郎みたいと思うようです。


    写真自体は仙台の藤崎にて常設テナントとして出店するようになってから広告用に撮影したもので、親戚が大切に残していた漁師衣装を借り15年ほど前に撮影しました。写真ではよく映っていませんが、下半身につけているのが「ムグ(モク)」という海藻を干して編み込んだ「ムグ前掛け」という作業衣で、現在の漁師が履いている漁業合羽と同じような役割をしていたらしです。(ムグ前掛けの性能は濡れるし、重たいしで今の合羽とは比べ物にならない作業衣のようですが…)


    これまでは父親である小太郎社長に改まって昔話を聞くことなどありませんでしたが、こうして出資者の方に意外な質問を受けたりしたことから、私も興味が湧いてきました。そこで昭和16年生まれの小太郎社長に昔の歌津の漁師の様子をインタビューしてみた次第です。私の解説も含めましてつれづれなるままにご紹介します。


    ○小太郎社長インタビュー写真①

    ● 昭和22-25年頃…小太郎社長の小学校低学年時代
    2011年の津波で完全に流されてしまった旧・工場の地、宮城県本吉郡歌津町中山(当時の市町村名)の“海まで5歩”というところが元々の家でした。2013年9月10日の被災地レポート「由来」でも触れていますが、すぐそばに海に流れ込む小さな川があり橋がかかっていたので屋号が“橋本”。小太郎社長は“橋本んトコの小太郎”でした。


     この地域がみんなそうであるように千葉家も何代も前から半農半漁で生計を立てていました。小太郎社長は5人兄弟の長男でして、当時、戦争に出兵していた父(私からは祖父)の栄太郎の文字にあやかって、「小太郎」と名付けられたようです。


     歌津町は三陸海岸特有のリアス式海岸という地形であるので、複雑に入り組んだ海岸線があり、船をつけられる入り江や、浜に昔から漁師達が住んでいたわけです。平地が少なく、海岸から300mも入るとすぐに山という地形ですので、林業をなりわいとする人々もいて、半漁半林業という家もありました。いずれにしても“漁”すなわち海となんらかの形で関わっている家ばかりでした。それは現代の歌津もあまり変わりませんね。


     この当時は戦争中ということもあり日本全体が食糧難の時代でした。歌津は海の幸には恵まれていましたから、男の子は小学生になると浜の軽作業の手伝いを始め、海藻を干したり磯の貝を採ったりと、おかずになる食糧調達の一部を担っていました。また、女の子も台所の手伝いや、兄弟たちや近所の子供たちの世話など大人と同様の家事を任されていました。


     ○小太郎社長インタビュー写真②

    「海の幸があっても食糧は足んねがったなぁ~、
    よく近所の柿だの大根だの採って食べだっけなぁ~」…小太郎談話

    ちなみに、歌津には小学校が二つあり、歌津町の東側にあたる馬場地区・中山地区(私たちが住む)あたりは名足小学校(なたり)に通っていました。もう一つは町の西側地区の人が通う伊里前小学校(いさとまえ)で、中学生になると町で唯一の歌津中学校で両方が一緒になります。歌津で生まれたならば必ず中学校でみんな一緒になるわけです。だから同学年も上下の学年もほとんど顔見知り。今でも下の名前やあだ名(ニックネーム)で呼び合っています。家業の漁の手伝いだけでなく、小学生だけで磯のものを採ってはおやつ代わりに食べていた、子供がそうやって食べる分には暗黙の了解で怒られることはなかった、そんな時代でした。


     ●昭和26-30年頃…小太郎社長の小学校高学年~中学生時代


    海には漁師の厳しいルールが沢山あります。そのなかでも沿岸で漁を行う者に一番重要なのが「開口(かいこう)」。(今でも漁業権を持つ世帯にのみ与えられた、漁を許されている権利)
     「明日は朝5時から8時までウニを採ってよい」、「今日は12時まで磯草を採ってよい」、そういったルールがあって地域の漁協が、海産物の収穫時期と海の透明度や天候などの要因から厳密に漁の出来る日時を決めていました。乱獲を防ぎ資源を守るためというのが主な目的ですが、天候の悪い危険な日に一人だけで出漁しないようにという安全のためでもあります。

     養殖が始まる前は、天然モノを限られた時間でいかに多く採れるかが勝負です。そこで小学校高学年であっても「開口」となると、授業に遅れてでも親の船に乗り、漁の手伝いをしていたので、立派な稼ぎ手に数えられていました。学校側も判っていて認めていたようです。多いときで年間に100日間も海に出てから学校に通っていたと言います。都会で生まれ育った方には、なんともおおらかに感じられますかね? (開口で学校が公休扱いになるのは、私が小中学生の時代もありましたし、現代の学生にも通用します。) ________________________________________


    ※今シーズンのアワビの開口の写真を何枚か紹介します。(2013.12・8撮影)



     箱メガネでアワビを探しています。


     こちらでは、長竿の先にあるカギに引っ掛けたアワビを引き上げています。


     「アワビカギ」…このカギでアワビを引っ掛けます。


     採れたてたてのアワビは箱にくっ付くと、はがれないので網を掛けおかないと大変なことになります。



    (もちろん我が家でもアワビ漁に〝いざ出陣!!〟手前で竹竿を構えているのが私、オレンジの合羽が小太郎社長、奥の櫂(かい)押しがおふくろのあさ子 撮影者が弟の馨)  

    ________________________________________


     箱メガネを使い、海のなかを覗きこみながら狙いを定め、あわび漁には「アワビカギ」、ウニには「ウニカギ」、ワカメには「ワカメ刈りカマ」と昔ながらの道具を使って漁をしました。網を使うときは重労働ですが、それ以外は子供でもセンスがよければ大漁を狙える、そんな漁法が多かったのです。それぞれの家で、海産物ごとに良く採れる漁場を知り、他の漁師には絶対に教えませんから、おのずと親兄弟で漁をすることになるわけです。


     採ったものは地元の漁協を通して業者が買い上げます。アワビは特に高額で売れるので自家消費用に回すことはほとんどありませんが、海藻類は乾燥すれば保存できるので沢山取れたら自家用に残しました。だから歌津の漁師の食卓は海藻料理がのぼることが多かったのです。


     ○小太郎社長インタビュー写真③

     「昔は多いときでアワビが4時間で80kgも採れだんだぁ~。そんな大漁のときや冠婚葬祭のときだけは我が家でもアワビを食べだっけなぁ~」…小太郎談話


    当時の漁師は、このアワビ漁(11月~12月頃)で向う半年分の収入源を確保していたそうです。今でもアワビの開口はありますし、震災後も再開しています。しかし、当時と今とでは比べようがないほど水揚量が違いすぎています。少なくても、現在はアワビ漁だけでは1ヶ月の生活費にもならないことだけは確かです。


     いかがでしたでしょうか? 昔の歌津の漁師ばなし…
     今後も皆様からいただいた疑問にお答えしながら、もっと歌津小太郎を知っていただけるような記事もお伝えしていきたいと思います。今回は小太郎社長の幼少期を通じて、当時の歌津の文化や習慣をイメージしていただければと思って、記事にしてみました。



    これかも、応援よろしくお願いします。

     (記事担当 千葉孝浩)

    2014年2月12日 13:46歌津小太郎の復活2年目~1月のまとめ報告と“2月”~

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎 こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。 2014年もあっという間に一ヶ月が過ぎました。宮城県南三陸町の歌津地区は今が一番寒い時期。半島になっている分、周りの地域よりも少しだけ温かいのがこの地の特徴ですが、さすがに先週の大雪は想像を絶する降り方で、今でも雪がたくさん残っています。歌津の漁師さんたちにとっても、益々寒さがこたえる時期ですが、この寒さが旨さを育んでいます!…2月後半には“初物わかめ”の収穫がはじまりますよ~!

     さて、今回からは出来るだけ毎月ご報告をアップして参りたいと思いまして、後半のほうにちょっと工夫をしています。一か月分の内容をまとめて報告ですのでまた長くなってしまいましたがお許し下さい。

    ●2014年-歌津の初日の出とお正月 ぜひ、地図で確認して頂きたいのですが歌津/馬場中山地区は東向きの海に面しているので初日の出を見るには絶好のポイントです。今年の元日は曇り模様でしたが、初日の出の時間だけ雲が晴れました。  

    (1月6日のブログ、2014年元日 南三陸町歌津、中山漁港より撮影した初日の出)  


     さて、お節料理にかかせない“昆布巻”を作っている歌津小太郎の千葉家のお正月料理の定番は何かと申しますと、実は漁師町である歌津の地での習慣としては、もちろん海の幸をメインとしたご馳走を、お正月というよりは大晦日(年越し)に頂くというのが通例でして、特に今年は、南三陸町の名物でもあるタコ(水タコ)を大歳の市で販売したこともあって、我が家用にもいくらか残っていましたので、久しぶりに懐かしい味を楽しむことが出来ました。(もちろん昆布巻もいただきました!)


    ● 2014年1月の歌津小太郎活動報告
    歌津小太郎復活1年目の12月はおかげさまで31日まで大賑わいの仕事納めとなりました。元旦の一日はお休みしましたが、歌津小太郎が直販コーナーを設ける仙台市内の老舗百貨店「藤崎」での初売りは1月2日朝8時ですので、すぐに2014年が始動!!!
    「もっと休めたら良いのにね~」と言って頂くこともありますが、デパ地下にお店があるということは年末年始のお休みは元旦だけというのが普通のこと。それに歌津小太郎売り場には、大晦日に来ていただいたお客様の多くが初売りにも顔を見せてくれますから、小太郎社長か私(孝浩)が必ずお店に立ちます! 「年末商戦+初売り」を3年ぶりに経験するのですから、久しぶりのこの感覚を小太郎社長ともども楽しみました。

    さて、12月は完全に土日返上パワー全開で昆布巻作りに奮闘してくれた製造スタッフのほうは1月6日より仕事始めとなりました。  

    (1月6日ブログの集合写真)

     1月の製造スケジュールは12月分の休日の消化ということもあり少しペースダウンしての営業となりました。その一方で、原材料調達の関係で2013年中に復活させることが出来なかった商品を、どのように優先付けして復活させるか、以前の工場に比べ広さも機材も不足な現状で、品目数を増やすにはどうしたらよいか、漁師の奥さん達でもあるので、南三陸の旨いものと、そのシーズンを熟知しているベテラン製造スタッフと相談しながら模索しました。1月にちょっと進展したのは地元産の「焼きのり」が初入荷しまして、商品アイテムにまた一つ仲間が増えました。ほんの少しの変化ですが、積み重ねて一歩でも着実に震災前の状況にまで回復させていきたいと思います。

    ● 震災から3年、今思うこと
    2014年1月26日付けでミュージックセキュリティーズさんによる事業者への共通アンケート「震災から3年。現在の課題と求められるもの」歌津小太郎の場合 をアップして頂きました。

    当社の場合は2013年4月に念願の工場が再建できましたので、それまでの2年間に比べ2013年は大きく前進することが出来た一年でした。直面している課題などそちらのほうで詳しく書いていますので、是非、ご覧頂ければと思います。

     震災から3年を経過しますと、一般の皆さんから震災の記憶や関心が薄れると同様に、我々も直面している課題の近視眼的な解決だけにとらわれてしまい、震災の記憶を決して忘れることはないのですが震災直後に感じた強い思いや教訓が日々の暮らしの流れのなかで薄まってきているように思います。

     そんなわけで今回のブログより、3年前・2年前・1年前の“今月”はそれぞれ何をしていたか思い出して書き綴りたいと思います。歌津小太郎のことに加えまして地域のこともお伝えしたいと思います。

    ● 3年間の振り返り
     ☆2011年2月のこと
    3年前の2月は当然ながら震災前のこと。歌津小太郎では、こんな商品ラインナップを展開していました。 <歌津小太郎売上No1>
    昆布巻(さんま・鮭・にしん・)→2013年10月に復活しました!
     特徴: いわずと知れた歌津小太郎の看板商品です! (…他にも、あなご・たらこがありました)  

    (昆布巻の写真)

     <売上No2>
    ひと味ぼれ(ひとみぼれ)(ほたて・かき)→2013年8月にホタテ入り、11月にカキ入りが復活!
    特徴:昔ながらの素朴な味で作る「やわらかい昆布のお煮しめ」として、単品販売数では昆布巻をしのぐ人気商品です。

    (ひと味ぼれの写真)

     <売上No3>
    いかめかぶ→2013年3月にめかぶ漬として復活! ファンド資金を活用した「めかぶスライサー」で仕込み作っています!
     特徴:そのままの味で、ごはんにかけて「めかぶ丼」が一番のオススメ!! 薄味なので、お好みの味(お酢を加えたり、めんつゆを少々加えたり)に調節して、自分だけのオリジナルの味としても楽しめます!

    (いかめかぶの写真)

    <売上No4>
     ほや醤油漬→2014年6月、復活予定! 今シーズンからが震災後、初水揚げの予定です。
     特徴:歌津小太郎ファンからの復活を待つ声ではナンバーワンの「ほや醤油漬」。ホヤは臭くないのだと言うことを証明できる驚きの味です。

    <売上No5>
     焼うに→ほや醤油漬にも言えることですが、港の荷さばき場(1次加工処理施設)が整備されていないので、水揚げは6月からの予定ですが、製品に出来るのかは不透明な状況です。
     特徴:ウニそのものが持つ濃厚な甘みを引き立たせるためにも、特殊な技術を使って直火で焼き上げました。旬の大粒のウニで盛り付けるのが歌津小太郎流です。


     ざっとこんな感じで季節商品も合わせると、全30品目からなる商品ラインナップで営業していました。 今後の予定としては、2月から磯草(ふのり、まつも、ひじき等)が収穫できる時期なので、初物の海藻類も入札が始まります。歌津小太郎では天日干しの状態で、乾物商品として扱っています。

    ☆2012年2月のこと
    2011年3月11日の大震災後の津波で、“海から5歩”という歌津/馬場中山地区にあった歌津小太郎工場は全ての生産資源を失ってしまいました。当時、小太郎社長と専務の私(孝浩)がともに不在の中、従業員はなんとか全員生き延びてくれたのがせめてもの救いでした。

     震災からおよそ1年後の2012年2月の時期は、2011年11月の時点でいわゆる「グループ補助金」の申請を行い、ある程度の再建資金を国と県から補助して頂けることが決まったものの、地域全体の被災状況が甚大でしたので再建を進めるための土建工事の見積もりにも着手できない状況でした。もともと千葉家の家族を中心に全部で十数名、従業員の多くは近隣の漁師の奥様というアットホームな小さな小さな水産加工会社である歌津小太郎は、この震災で解雇せざるを得なかった従業員の皆さんがバラバラになってしまうのが一番辛く、一日でも早い再建を目指し気持ちだけが焦っていました。本当に思うようにはコトが進まず、心が折れそうになることの連続でした。
     一方、歌津/馬場中山地区の地域全体としての状況を思い出しますと、震災直後に数週間の「孤立集落状態」を経験し、震災直後は約200名で始まった避難所生活が、その年の8月くらいまでには50名ほどになりましたが、地域の集会所で集団避難生活を送っていたときに苦労を分かち合ったことから、それぞれが修復した自宅や避難所に移ってしまってからも強い結束力を維持していました。諸問題を地域全体で解決しようという気運がおこり、沢山の困難がありましたが様々な「プロジェクト」を行いました。

     震災直後から地域にボランティアで入っていただいた、多くの皆さん達の強力な支援があって、わかめの養殖を細々ながら再開できていましたので、2月の下旬には震災後初のわかめ収穫にまでこぎつけることができました。こちらは「福福わかめ」と名付け、地域の海産物の復興第一号として売り出しました。

     2012年2月の頃にチャレンジし始めたのが、手芸が得意な女性達に地域のオリジナルキャラクター「ワカメンジャー」の編みぐるみを作ってもらい、それを販売しようというプロジェクト。これは首都圏の手芸作家さんの提案で始まりました。

     編みぐるみもわかめも、震災ボランティアで馬場中山地区に来てくれたことをキッカケにその後も気にかけてくれている日本中の皆さんたちのご好意で購入して頂くところからスタートしました。震災直後から馬場中山地区の情報発信を毎日行い、こういった企画商品の販売のWebサイトも運営していたのが、震災前は歌津小太郎の従業員で“第三の男” であった弟のカオル。 (注: 歌津小太郎は社長と私とカオル以外は全て女性の力で運営していました)
    いずれも1個(1袋)数百円というものですが僅かながらでも現金収入を得る最初の一歩となりました。 全体でみれば、港の復興も進まずに決して芳しい状況ではなかったですが、小さな喜びの数を数えている、そんな暮らしぶりでした。

     「なじょにかなるさ~」(なんとかなるさ~)
     これが地域のプロジェクトのネーミングの一つですが、私も何度となく、「なじょにかなるさ~」と言い聞かせ、地域の皆さんとともに一歩ずつ進んでいました。

     ☆2013年2月のこと: 歌津小太郎新工場の内装工事中!
     一年の単位で経過を見ますと、ものすごく進捗があると感じますが、震災から丸2年という2013年の2月は元の工場から3kmという位置に新工場を建設しており、ちょうど内装工事に入っているところでした。震災後にようやく心からの喜びを感じられるようになってきました。
     (ここに至るまでの詳細な経緯は、今後、毎月ご報告していきたいと思います)

     また、この頃には震災前に歌津小太郎の直販コーナーを設けていた仙台の老舗デパートの「藤崎」にコーナーを2年ぶりに復活させる計画が決まっており、再開に向けた打合せで仙台を頻繁に訪れ、昔のデパ地下の仲間の皆さん達に激励を頂いていました。

    ●2014年2月の歌津の海・港・漁師・旨いものそして歌津小太郎情報
    そして今は――歌津の浜では、これからが1年でも1番活気づく季節「初物わかめ」の収穫(わかめ刈り)を迎えます。以前の工場があった場所(南三陸町歌津 馬場、中山地区)でも港の復旧(わかめの作業が出来る程度)が整い、漁を待つばかりとなりました。例年ですと、早い方は漁がはじまっている時期にもなっていますが、今年はわかめの生育が少し遅れているようで、漁師さん達も気をもんでいるようです。

    (現在の港の写真)


    (船引き場はあの時のままです。)

     歌津小太郎でも「初物わかめ」の収穫に合わせて、直営店の藤崎でもいち早く「湯通し塩蔵わかめ」の販売を予定でいます。さらに、わかめの「めかぶ」だけをシンプルに味付けした、春一番の磯の香りたっぷりの人気商品「めかぶ漬」の販売も始まります。わかめは2月から4月までが収穫期ですので、「めかぶ漬」はこの時期に1年分の仕込みを済ませます。特に、歌津小太郎では新芽のやわらかい時期の素材(地元漁師が食べている「めかぶ」)にこだわって仕込むため、3月中旬には完了させなくてはなりません。そして現在、「初物めかぶ漬」を「買って応援、セキュリテセット」での販売を目指し計画しているところです。旬の時期でしか味わえない逸品として、是非、皆様の食卓にお届けできるよう実現したいと思います。


    (めかぶ漬、ご飯と一緒の写真)
     【セキュリテセットでの販売は3月中旬の予定です。】


    今回、「被災地応援ファンド」のシステムを使わせていただくことで、皆様からのご要望にやっとお応えできる通販事業として、震災後、初めて発信できるようになります。今できる私たちの技術を存分に発揮して、自慢の磯の宝たちを驚きの鮮度でお届けすることをお約束いたします。どうぞご期待ください!

    今回の報告はこのへんで閉めさせていただきます…これからも応援よろしくお願いいたします!!

    <あとがき>
    いつも長~くなってしまう歌津小太郎のブログの一部は、我々を気にかけてくださる 出資者の方などからの情報発信に対するアドバイスを元に構成しています。 自分達にとっては当たり前すぎてこれまでお伝えできていなかった歌津のことに漁師 の仕事や海の旨いもののことなど、「こんなこと知りたい!」とリクエストを頂けれ ば今後のブログで反映していきたいと思いますのでよろしくお願いします。
     (すぐには全てに対応出来ないかもしれません。そのときはゴメンナサイ!)

    ○記事担当 千葉孝浩

    2014年1月21日 08:40歌津小太郎の11-12月~歌津の海と仙台のデパ地下より~

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。 こちらの被災地からのレポートでは2013年10月に前編と後編に渡って震災のあの日から看板商品である昆布巻が復活するまでを長々とご報告させて頂きました。
    その後、あまりご報告が出来ないまま3ヶ月が過ぎてしまい、皆様にはご心配をかけていたのではないかと思います。

     言い訳になってしまいますが、この間、実はあまりにも多くの出来事がありまして、パソコンに向かう時間がほとんどとれないままでした。大変に遅くなってしまい申し訳ありませんが、まとめてご報告させて頂きます。


     ●11月-12月のお歳暮商戦のご報告  ~最高のステージに戻ってきた喜び~
     三陸の海の幸をふんだんに使って“昆布巻”を中心とした水産加工品を製造販売します歌津小太郎では、例年11月と12月がお歳暮や年末年始のご自宅用にということで活気づく時期となります。2011年のあの日以来、そういったお歳暮商戦からは遠ざかっていたのですが、3年ぶりに歌津小太郎のお歳暮セットが戻ってきたわけです!

     (藤崎百貨店 歌津小太郎コーナー 12月の売場の様子)

    私達が直売コーナーを設けておりますのは、仙台の老舗百貨店「藤崎」の地下2階、いわゆる“デパ地下”ですが、こちらでの店頭(7階ギフトセンターを含む)と藤崎デパートが運営するお歳暮期間限定の通信販売という2つのチャンネルで歌津小太郎お歳暮セット小(3,150円)、大(5,250円)を販売させて頂きました。


     (藤崎百貨店2013お歳暮カタログより)


     3年ぶりということで以前のお客様は既に忘れてしまっているかもしれない、そんな不安を抱えながら贈答用の化粧箱の発注数をどうしようか、原材料の調達は間に合うだろうか、作りすぎて在庫を抱えたら――などと模索しながら藤崎のバイヤーさんはじめ取引先様と入念な協議を行い、万全の準備で11月14日より店頭受付と通販サイトを開始!


     結果は、おかげさまで計画していた以上のご注文を頂くことができました! 3年前は仙台を中心に宮城県内にお住まいの方が、県外のご親戚や関係先に贈られるのがほとんどでしたが、今回は県外にお住まいの方からのご注文も増えてきたように思います。こちらのファンドのお客様やその他の震災をきっかけにした情報発信により3年前よりも歌津小太郎を知ってくださったおかげではないかと推測しております。いずれにしてもありがたいことです。

     このお歳暮商戦の約1ヶ月半の間、私は一週間のうち歌津と仙台を2-3往復(通常期は1往復)し、工場では製造管理と、お客様の注文に応じた配送業務の管理や伝票管理、仙台では店頭での顔なじみのお客様からのお歳暮ご注文の受付にと〝てんやわんや〟の状態でした!正直、配送伝票が1,000枚近く溜まった時期(期間指定伝票などのため)は本当に商品を発送できるのか不安な時期もありました。


     (こんな感じで包装されてお届けしました)

    お客様からは、  
    「東京に嫁いだ娘に贈るのよ~」
    「お節料理のメインにするのよ~」  
    「田舎に帰省する時のおみやげに~」
     といったお声を頂き、3年ぶりのお歳暮復活をいっしょに喜んで下さいました。

     工場では、12月に突入と同時に土日も返上で製造作業にあたる毎日でした。ある程度多めに仕込んではいたものの、その想定を上回る受注を11月から承ったので、1日250本しか作れない3種類ある昆布巻を、いかに効率よく製品にしていくかが勝負どころでして、ベテランスタッフと新人スタッフがそれぞれの役割を担いながら、何とかチームワークで乗り越えることができました。




     (昆布巻はすべての工程が手作業です)

     歌津小太郎の製造スタッフのほうは12月30日に仕事納め、藤崎の直売コーナーは12月31日17時の閉店の時間直前までお客様にお立ち寄り頂き、最後まで活気に溢れた歌津小太郎復活1年目の仕事納めとなりました。


    ●10月26日 被災地応援ファンドツアーのご報告  ~我が家の家族でお出迎え~
    11月-12月のお歳暮商戦のご報告と時系列が前後してしまいましたが、遅ればせながら10月26-27日に開催された被災地応援ファンドツアーのご報告を致します。


    今回のツアーでは合計6箇所の被災地応援ファンドの事業者をまわられるということで、歌津小太郎には2日目、10月27日(日)の午前中にお越しいただきました。 前回の歌津小太郎へのツアーは2012年12月のまだ工場が基礎工事中だった頃でしたので、完成した工場を見て頂くのは今回が初めてとなります。


     日曜日でしたので工場は休日のため製造スタッフは居りませんでしたが、専務である私(孝浩)と母のあさ子(歌津小太郎の全ての商品の味はこの母が決めています)家内(歌津小太郎では主に経理部門を担当)と小学1年生の息子と千葉家の4人で歌津小太郎の新工場をご案内いたしました。肝心の小太郎社長(父)は私の代打で藤崎の店頭に立っておりましたので、皆様にお会いすることが出来ずに残念にしておりました。


    10月の「復活物語」のブログ記事のほうで、こぶ巻き復活までのストーリーを読んでくださっていた方も多かったため、しみじみと“さんま昆布巻”を味わって下さいました。そう! この昆布巻には鵜の助さんの昆布を使っていますから、そういったつながりにも関心を持って頂きました。 当日の参加者の中には、歌津小太郎の出資者の方もいらっしゃいまして、改めて激励の言葉を頂きました。


     同時に、歌津小太郎工場のお隣にあります南三陸直売所“みなさん館“にもお立ち寄り頂き、嬉しいことに多くのみなさんが、歌津小太郎の昆布巻をはじめ、他の出品者さんが作る歌津の旨い特産品を沢山お買い上げ頂きました。その後、整理してみましたらなんとこの日はみなさん館始まって以来の最高売上を歌津小太郎として記録しました。(みなさん館販売スタッフもビックリ!) 遅くなりましたが、ご参加の皆様、本当にありがとうございました!!!
    (南三陸直売所みなさん館は、震災復興のために地域のNPOで作った直売所でして、私も地域の一員としてみなさん館の運営に携わっています)


     (南三陸直売所 みなさん館)


     歌津小太郎で1時間ほど視察された後、次の目的地の気仙沼方面に向かわれるということで、歌津小太郎の千葉家4人、精一杯、手を振ってお見送りしました。小学1年生の息子にとっても人生初の家業のお手伝いでしたが楽しい一日になったようです。


    ● 11月3日-4日 蓮田市(埼玉)・座間市(神奈川)でのイベント参加報告 ~歌津小太郎応援団との再会~
    2012年に引き続きまして、毎年恒例のイベントになりました蓮田市(埼玉)と座間市(神奈川)のイベントに参加して参りました。

    (蓮田イベントの様子 2013.11.3)

     (この焼き台…はんぱなく火力が強いんで、すんごく熱いんです!!)




    (網にのせて、5分もすれば…)


    (出来上がり!!)

     (大盛況のため、2時で400個 完売!!)

     (座間イベントの様子 2013.11.4)



    (小雨交じりの天候でも、この盛況ぶり!)

    (焼くのが間に合わない…?)

     (今年も最前列でお神輿を担がせてらいました!!)

     どちらのイベントも震災支援が縁で参加2年目の出店になる今回は、お世話になった皆様に少しでも元気になった南三陸を知っていただきたくて、生きたままのホタテをその場で 食べてもらえるように、歌津小太郎製品と合わせてホタテの炭火焼を販売しました。
     
    なお、両会場でご用意したホタテ各400枚ですが、11月1日の朝に水揚げしたものを私がトラックで直送したもので、歌津の漁師仲間にお願いして、このイベントのためだけに準備したものでした。




    (水揚げしたばかりのホタテ達…口をパクパク 生きてます!!)

     
    またまた長くなりましたので今回の記事はこのくらいで締めさせて頂きます。2013年10月の記事では、歌津小太郎の復興の達成度を「登山に例えると3合目」とお伝えしました。


    2013年の年末商戦を終えまして、最重点課題として取り組んで来ました、お歳暮商戦にもギフト商品の販売が出来るようになり、11-12月期は予想以上の実績を計上することが出来ました。おかげさまで、何とか自分たちが目指す商売が出来るようになってきたかなと、登山に例えるならば、なんとか5合目までたどり着けたのかなと感じられるようになりました。


    事業再開2年目を迎える2014年は、本当の意味で真価を問われる1年になると思います。海の状況も徐々に回復してまいりました。震災以前にあったような品揃えに近づけていくことはもちろん、震災があったからこそ実現できたと言えるような、新しい分野の商品づくり、情報発信にも挑戦してまいりたいと考えています。 出資者の皆さまには、新しく生まれ変わった歌津小太郎の2014年にご期待をいただきながら、温かく見守っていただければと思います…がんばります!!
    (記事担当、千葉孝浩)

    2014年1月6日 11:38新年のご挨拶

     被災地からのレポート


    (2014年元日 南三陸町歌津、中山漁港より撮影した初日の出)


    謹んで新年のお慶びを申し上げます。


         旧年中は大変お世話になり有難うございました。
         昨年4月からの営業再開より、沢山の皆様からご支援、ご協力をいただきま
    した。
         おかげさまで、昨年の年末商戦は、自分たちが計画した以上の実績を計上す
    ることが出来ました。これも、「被災地応援ファンド」にご支援いただいた皆様の
    ご尽力の賜物と、心より感謝申し上げます。

         新しき年の皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
         本年も宜しくお願い申し上げます。  


    (集合写真)

    (平成26年1月6日 新年初営業日、歌津小太郎製造スタッフ集合写真)

                                                   平成26年1月6日 有限会社 橋本水産食品                                                                                                         千葉小太郎

    2013年11月2日 19:29秋のイベント出店情報

     被災地からのレポート

    皆さんこんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。
    今週末(明日から)、南三陸の海産物と、歌津小太郎の加工品を持って、震災支援で大変お世話になった皆さまの地域のイベントに参加いたします。

    開催の日時や場所は下記のとおりです…

    ○埼玉県蓮田市 「雅樂谷の森(うたやのもり)フェスティバル」
    日時 11月3日(日) 午前10時~
    場所 埼玉県蓮田市 蓮田市役所特設会場




    (去年の雅樂谷の森フェスティバルの様子)


    ○神奈川県座間市 「座間市民ふるさとまつり」
    日時 11月4日(月) 午前9時~午後3時
    場所 座間中学校、市役所ふれあい広場




    (去年の座間市民ふるさとまつりの様子)

    ※いずれの地域にも、震災復興支援で大変お世話になりましたのが縁で、今回も南三陸町歌津 馬場、中山地区を代表して出店いたします。

    今回は、な…なんと

    今朝、水揚げされたばかりの「活ほたて」を炭火焼にして販売する予定です。もちろん私も、一生懸命ホタテを焼きますよっ!!




    (ホタテがパクパクと動いてます!!)

    お近くにお住いの方は、是非ご来場ください…お待ちしてまーす!!

    2013年10月24日 10:45歌津小太郎の復活物語 (後編) 2013年10月まで

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    前編に続きまして歌津小太郎の復活物語の後編、
    2012年8月以降に関しましてご紹介します。
    前編はこちら

     前編は、2012年6月28日からこちらミュージックセキュリティーズさんの
    ご支援により“歌津小太郎こぶ巻きファンド”の募集を開始したこと、7月中旬には
    工場は無いながらも自宅の台所で作った「三陸歌津産湯通し塩蔵わかめ」を
    仙台/藤崎さんの特設売り場で販売させていただいたというところまで、
    2012年7月までの出来事をご紹介しました。
    後編もついつい長くなってしまいましたがお付き合いください。

     ● 2012年8月…新工場建築確認申請と歌津小太郎応援団
    2012年12月より新工場建設の計画を始めまして、ようやく建築確認申請提出(気仙沼土木事務所)
    にまでたどり着きました!
    当初計画は4月には建築確認申請、6月着工でしたが4ヶ月ほど遅れたことになります。
    建設費の高騰や建設資材調達の遅れなどさまざまな理由から、建設事業計画を何度も
    見直した結果ですが、針生承一建築研究所さんのご尽力になんとかここまで参りました。
    気持ちばかりが焦っていた日々でしたが、一つずつ問題を解決しながら進めておりました。

    (気仙沼土木事務所に申請書類提出)

     一方で、ものすごく嬉しいこともありました!
     8月中にも2日間だけですが仙台/藤崎百貨店での販売をいたしまして、
    さらに埼玉県蓮田市でのイベントにも出店出来ました。
    蓮田市さんとは歌津地区にボランティアに来ていただいたことでご縁ができまして
    「はすだ市民祭り」にお呼び頂いたのでした。
    驚くことにはすだ支援隊のみなさんだけでなく、歌津/馬場・中山地区への
    ボランティア参加がご縁で親しくなりました福井・静岡・神奈川・東京からも
    「歌津小太郎応援団」として遠路はるばる駆けつけイベントを盛り上げて下さいまして、
    大成功に終わりました。
     この頃から自宅台所工房はフル稼働! 家族総出でわかめを袋詰めしていました。



    (はすだ市民まつり)

    ● 2012年9月…南三陸・略して“みなさん”―南三陸直売所「みなさん館」 震災から1年半を迎え、
    復興もあまり進まない状況の中、小さな町の報道がされなくなってきたことを感じはじめたのがこの頃です。
     しかしこの時期、目に見える復興の気配が一つ。歌津小太郎新工場のお隣に建設中の南三陸直売所「みなさん館」の工事は着々と進んでいました。 9月中旬には歌津小太郎の元従業員の皆さんにも再び集まって頂きました。遅れております歌津小太郎新工場完成の前に、「みなさん館」のレンタル厨房を借りて再スタートする計画を伝えるためでした。震災前の規模の十分の一の規模からの再出発。家族同然の仲間たちと再び仕事が出来る日が近づいた喜びは言葉に出来ないくらいのものでした。 9月中もお彼岸の頃の3日間だけ仙台/藤崎さんでの出店。久しぶりにお会いするお客様にも、「みなさん館」での仮の工場再開をお伝えすることが出来ました。

    (工事中のみなさん館 店内)

    (お借りする予定のみなさん館 レンタル工房)

     ● 2012年10月…南三陸町・歌津地区の復興のさきがけ「みなさん館」 10月7日、南三陸直売所「みなさん館」がオープンしました。私(千葉)も地域のメンバーの一人としてこのプロジェクトに1年以上関わって参りましたので、竣工式でもご挨拶させて頂くなどスタッフ側で出席しました。 ここでは、地域の農産物・水産物に加工品や手工芸品などを販売します。南三陸町の北側の歌津地区(旧・歌津町)は人口5000人の小さな漁師町。決して観光客が訪れるようなところではなかったので、広い駐車場も備えたこのような直売所などありませんでした。これからは「みなさん館」が地域の特色ある品々の発信の場となります。遠方からのお客様にも足を運んで頂くことを期待していますが、大きなスーパーなどが少ないこの地では地元の人々にとっても日常の買い物や地域のイベントなどの交流の場になります。 そして何よりも歌津小太郎にとってはここのレンタル厨房が新工場完成までの仮の製造設備となるのです。




    (みなさん館 レンタル工房にて磯人漬 復活!!)

    この「みなさん館」のオープンまでにも様々な方のご支援を頂きました。なかでもNPO法人故郷まちづくりナイン・タウンさんと公益社団法人アジア協会アジア友の会さんには、地域をまとめて事業を興すという立ち上げから始まり、長きにわたって助言を頂き、ここまでたどり着くことが出来ました。


    (プロジェクト仕掛人のお二人 左の男性がナインタウン 伊藤寿郎さん 右の女性がアジア協会 松井聡子さん)

     ● 2012年11月…蓮田市と座間市でイベント 11月は埼玉県蓮田市と神奈川県座間市でイベントに呼んで頂きました。いずれも南三陸にボランティアで来ていただいたご縁です。 こちらに関しては詳しくは沢山の写真とともにご紹介している“歌津小太郎ホームページの活動日誌2012年11月20日”をご覧下さい。


     ● 2012年12月…「石巻・南三陸ツアー」の皆さんと交流 12月15日、被災地応援ファンドの「石巻・南三陸ツアー」のみなさんがやってきました。 歌津小太郎は建設中の新工場の様子、といっても基礎工事中ですので図面とともに構想を説明し、歌津小太郎をはじめこの地の特産物は「みなさん館」でご紹介しましてお買い物を楽しんで頂きました。
     歌津小太郎にとってはこれが出資者のみなさんにお会いするのは初めての機会でした。引率役のほやファンドの三陸オーシャン/木村社長にマルセン食品の三浦さん、さけファンドの伊藤さん、山内鮮魚店の山内さん、かまぼこファンドの及善商店の及川さんといった我々と同じように復興に向けて頑張っている皆さんにも初めてお会いできました。それぞれの事業再建のお話を伺うことが出来まして、工場再建がこれからとなる我々にとって参考になることが多かったです。
     出資者のみなさんからは温かい励ましの言葉を頂き、元気が出ました。何よりもこうして南三陸の地まで足を運んで下さること、遠くにいても永きに渡って気にかけて頂けること、それが事業を続ける励みになります。

    (ファンド事業者の皆さん 「南三陸 さんさん商店街」にて)

    肝心の新工場のほうは12月中に基礎工事を終えました。スケジュールが厳しい為に、寒い中、工事関係者のみなさんには本当に苦労をかけました。

    ● 2013年1月…工場の上棟
    新工場建設が着々と進みまして上棟を行うところまで参りました。目に見えて柱が立っていく様子に期待が高まります。本来であればここで上棟式を行うのが通例ですが、まだまだ復興のめどがたたずにいる皆さんのことを考慮しお祝いの行事は行わないことにしました。



    (工場の棟上げ 平成25年1月17日 大安)


     ● 2013年2月…新工場は内装工事に入りました
    新工場は外装工事が終わり、内装工事に取りかかりました。邪魔にならないように覗き込んでは、ここにあの設備を置いて、ここにあれが来て…と想像力が膨らみます。



    (工場 内装工事)

    ● 2013年3月…あの日から2年―歌津小太郎売り場が復活しました
     震災の日から丸2年の節目を迎える3月11日に仙台藤崎百貨店の「歌津小太郎コーナー」の常設テナントが再開となります。全従業員を集めた決起集会を3月1日に開催しました。この日から元・従業員から再び歌津小太郎で働く仲間となりました。総勢13名です。 藤崎百貨店の友の会の会報でも我々の再出発を取り上げて頂き、再開初日には多くの歌津小太郎ファンの方が懐かしいお顔を見せてくださいました。たくさんの皆様の応援があって、この場に戻って来られたのです! その日は感慨ひとしおの中、以前と変わらない環境で仕事ができる感謝の気持ちと、この日を目標にしてやってきたのが間違っていなかったのだと、あらためて確認することが出来ました。不安だらけの再出発でしたが、お客様の笑顔が、これから進む険しい道のりを乗り越える、大きな自信となりました。

    (再開した仙台藤崎 歌津小太郎コーナー)

     また3月初旬でしたがミュージックセキュリティーズさんと東京・丸の内にあります新丸の内ビルディングさんのご協力で「被災地ウィークス」というイベントを開催していただきました。その中で歌津小太郎の商品を特別にレストランでご使用いただいたり、社長の千葉小太郎がトークイベントに出させていただいたりしました。

     震災以降、自社の再建とともに歌津の地域の復興に全力を注いでいたもので、実は社長も私もほとんど都心に出ることなく、過ごしていたこの丸二年間でしたので、都内で出資者のみなさんにお会いするイベントに参加するのも、この時が初めてでした。 小太郎社長いわく、「熱心に応援してもらっている皆さまに、お礼を言いたくてこのイベントに参加したつもりが、ついつい皆様の熱意につられて自分達がしてきたことを話し過ぎてしまい、最終の新幹線で帰るのを断念したんだ。でもじっくり話ができたんで行って来て本当に良かった。」と誇らしげに土産話をする姿を見て、皆様と過ごした有意義な時間にとても満足そうでした。

     ● 2013年4月…待ちに待った新工場オープン!
     4月2日(大安)、待ちに待った歌津小太郎新工場の引渡しを受けました。55坪木造平屋の真新しい工場です。工事関係者の皆様には厳しいスケジュールをご対応頂き、なんとかここまでたどり着きました。 新工場の建設費は国と県から補助金が支給される制度(通称グループ補助金)を活用しています。当初、何が何でも平成24年度中(2013年3月31日)までの完工でないと補助金が下りないという縛りがありましたので、材料不足・人材不足で計画通りにはいかない現状を、なんとかみなさんが頑張って下さいました。
    (補助金制度の工事期限はその後、若干緩和されるようになり事業者にとって使いやすい制度になりました)
     建屋の完成を待って、新品の厨房機器やパック詰め機械に冷蔵庫など生産に最低限必要な機器を据付け、4月22日(大安)に新工場稼動となりました。 製造はベテラン従業員を中心に6名、そして4月から入社しました事務兼庶務を含む新人3名の総勢9名が工場を切り盛りしてくれます。
    (ちなみにこのくらいの規模でも旧・歌津町のなかではベスト10に入る従業員数を誇ります)

    (工場前での再出発 記念写真)

     ● 2013年5月…新工場での商品復活―難題が山積み
     待ちに待った新工場が出来、新しい環境に少しずつ慣らしていきながら歌津小太郎の商品を復活させております。加工品のうち早期に復活したのが「陸中漬」(くきわかめの漬物)と「磯人漬」(海藻4種類の和え物)。
    5月末には、お客様からのリクエストの多い「さんま昆布巻」も試作してみました。ところが…
    何十年も昆布巻を作っているのになんと大失敗! 同じようなレシピで同じように作っているのに違う。理由は簡単、さんまも昆布も納得のいく素材を揃えられなかったのです。震災前のこれらの原材料は、取引先もその産地もまだ復興しておらず手に入りません。 さあどうするか!

     ● 2013年6月…理想の昆布は案外すごく近いところにありました
     納得のいく材料を探し、小太郎社長も私も北は岩手県大船渡から南は宮城県石巻まで、三陸海岸を右往左往。解決策はなんと被災地応援ファンドの中にありました。30年来のおつきあいのあるタツミ食品遠藤社長から「こぶ巻にするならあのしたづ(あの人たち)の昆布が最高だ!」とご紹介いただいたのが鵜の助さん。そう、“鵜の助4人の漁師ファンド”の彼らの昆布でした。

    タツミ食品、遠藤社長の写真 (タツミ食品 遠藤社長と小太郎社長)
    詳しくは企業秘密で申し上げられないですが、簡単に言うと、昆布巻に適した昆布というのは、肉厚で弾力があるにも関わらず、柔らかくなけれがばならないため、昆布の刈り取り時期や養殖をする海域など、特別な条件で水揚げされた昆布だけを用意してもらいました。
    しかし昆布は手に入っても昆布巻のもう一つの主役、さんまは手に入りません。シーズンとなる9月までは昆布巻の生産を断念することにしました。

    (鵜の助の皆さんと小太郎社長)

    ●2013年7月…歌津におしゃれなカフェがオープン―歌津の元気発信基地 7月の出来事ですが、まずは千葉家の身内のことではありますがとても嬉しいことを 一つご紹介します。次男の馨(カオル。私=孝浩の弟)が夫婦でカフェをオープンし ました。旧・歌津小太郎工場のあった海岸を見下ろせる高台です。

     なぜ突然カフェの話か…きっかけは震災なのでした。馬場中山地区の200人が暮らす 避難所に震災ボランティアとしてやってきたのがカオルの奥さんカナエさん。東北に は全く接点がなかったのに報道を見ていてもたってもいられないと、妹のナナコさんとともに横浜からやってきました。女性ならではの細かい気配りで支援してもらい、何度も何度も継続的に歌津に訪れて、我々の避難生活を明るく盛り上げてくれました。誰が名づけたか「草刈り姉妹」。我々の手の回らない雑草退治を汗だくになりながらやってくれる姿に賞賛の気持ちと親しみを込めつけられた名前なのでした。

    (草刈姉妹の二人)

     ただ彼女達が活躍できるようになるには最初の頃は問題が―歌津のおじいさん・おば あさんたちの強い方言が理解できなかったのです。その“通訳役”となったのが弟・ カオル。ここから先は長い話となるのでこのくらいで割愛しますが、詳しくはカオル が運営するホームページ“馬場中山カオル商店”をご覧下さい。

     カオル&カナエさんの“カフェかなっぺ“は馬場中山の地元の方と遠方から訪れる方 が集まれる場所を用意することで活気づけていくことを目指しています。早速「馬場 中山に行ってみようプロジェクト」を立ち上げ、さまざまな仕掛けをご用意していま す。こちらもぜひ見守って下さると嬉しいです。

    (カオル&カナエ)

     さて、歌津小太郎の活動に話を戻します。
    7月30日にはミュージックセキュリティー ズさんの企画で3事業者合同の被災地応援ファンド事業者報告会を開いて頂き、40名 ほどのみなさんに現在の歌津小太郎の状況を説明させていただきました。八木澤商店 の河野さんや寒梅酒造の岩崎真奈さんにも初めてお会いしました。我々は工場を再建 したばかり、次々に新しい課題に直面しているのですが、他の事業者の方も同様に悩 みをかかえていること、そんななかでもファンドの出資者の方の強力な応援に助けら れていること…事業者として同じような痛み、同じような志を、みなさんがお持ちであることを確認し、想いを分かち合えた貴重な機会となりました。

     ● 2013年8月…はすだの皆さんと再会
    8月24日、昨年に引き続き埼玉県蓮田市の「はすだ市民祭り」に南三陸町の地域を代表して特産品の販売を行いました。
     震災直後から南三陸町歌津馬場・中山地区に支援に入っていただいた「はすだ支援隊」の皆さんにはこの2年半、お世話になりっぱなしでした。
    (詳しくは歌津小太郎ホームページの活動日記2012年7月1日) 昨年は歌津小太郎の商品としては半加工品の「湯通し塩蔵わかめ」だけしかお持ちできなかったのですが、今回は封を開ければすぐに食べられるご飯のお供、「陸中漬(りくちゅうづけ)」と「ひと味ぼれ(ひとみぼれ)」もお持ちしました。
    海のない埼玉県蓮田市の皆さんと、海の幸だけはどこにも負けない宮城県南三陸町の私たち。直線距離で350kmを超える距離、震災前は何の接点もなかったこの二つの地域ですが、地域ぐるみの大きな親戚同士みたいなおつきあいが続いています。

    (埼玉県蓮田市 中野市長さんと、はすだ支援隊の皆さん)

    ● 2013年9月…さんまを待ちわびる日々―そして“昆布巻 復活!
    “ 9月は想定外の問題が発生しました。例年この時期は、初物のさんまを使って「さんまのこぶ巻き」のフル生産体制に入るのですが、肝心のさんまが来ないのです。鵜の助さんの昆布を用意して準備万端の体制で臨んでいたのに! 今年は海水温が高い状態が続き、さんまが南下してくるのが遅くなったのです。
     この間、仙台・藤崎/歌津小太郎売り場では、うまいものの時期を知っている常連のお客様が「昆布巻はまだ…?」と何人もやってきました。ここに来て看板商品である昆布巻をさらにお待たせすることになるとは…。
    最終的には計画よりも3週間ほど遅れて、9月下旬からさんまの昆布巻作りに取りかかりました。藤崎に訪れる歌津小太郎ファン(特に昆布巻ファン)のお客様たちには、9月の終わり頃ようやく昆布巻をお届けすることが出来ました!
    「この味を待っていたのよぉ!」
    お客様のお声を頂き、ようやく歌津小太郎復活の第一段階をクリア出来たように思いました。製造を担うベテラン従業員さん達も、長年培った自分たちの技術が、まだまださびれていないことを確認できて、ほっと一安心といった感じでもありました。

    (仙台藤崎 店頭の様子)

     ● 2013年10月…そして今の状況は “歌津小太郎こぶ巻ファンド“。ファンドの名前に掲げている看板商品のこぶ巻が2年7ヶ月ぶりに店頭に戻ってきました。出資者のみなさんにも真っ先のお届けしたくて、フル生産を行いまして、なんとか10月中旬までに出資者特典を発送し終えることが出来ました!


    現時点で500名強の方々が歌津小太郎を応援して下さっています。商品の大半を仙台の百貨店の売り場で対面販売していた“歌津小太郎“ですから、これまで知らなかった出資者の方のほうが多いのではないかと思います。名も知らぬ小さな水産加工会社の我々を、永く応援してくださる皆さんのお一人お一人にご挨拶したい気持ちを込めて、自信作の昆布巻をお送りしました。

     うんと長くなってしまいましたので、後編はここまでに致します。工場を再建した、看板商品の昆布巻を作れるようになったものの、生産設備の規模は震災前の半分以下、こだわりの原材料はなかなか揃わない、そんな状況ですので、登山に例えるとようやく3合目にたどり着いたくらい。震災前の状態に戻るにはまだまだ上り坂が続きます。

     しかし我々歌津小太郎は、従来からのお客様にお取引先様、震災後にご縁が出来た歌津地区&歌津小太郎を応援する全国の応援団、さらに応援ファンドの皆さまと多くの方が応援してくださっています。

    今後も、皆さまからの厚い信頼にお応えできるよう、自分たちにしか作れない「三陸のうまいッ」を心を込めて作ってまいります。そしてお客様には、うれしくなるような感動を、従業員には、うれしくなるようなやりがいを創造していく企業を目指して、地域と共に発展してまいります。

    これからも応援よろしくお願いします!!



    -----------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

     


    2013年10月19日 10:36歌津小太郎の復活物語(前編)2012年7月まで

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。
    9月下旬からようやく看板商品の昆布巻をみなさんにお届けすることが出来るようになりました! あの震災の日から2年と7ヶ月。ここに至るまでの出来事を簡単にご紹介したいと思います。(ちょっと長くなっちゃいました…)

    ≪みなさん館 歌津小太郎コーナー≫


    (10月から歌津小太郎 専用コーナーが設けられました!)


    (復活したさんま昆布巻です!!)



    (みなさん館スタッフ 酉抜(トリヌキ)さん 2013/10/18)

    まず震災前の歌津小太郎はどんな風だったか、一言で申しますと創業者の千葉小太郎が“漁師が食べている「うまいッ」を、限りなくそのままお届けする”ただそれだけを追求してまいりました。昭和50年に漁師と兼業しながら、わかめの塩蔵品などの半加工品や、味付けした「めかぶ」や「くきわかめ」といった加工品を作るようになりました。当初は盛岡のスーパー等で「むきホヤ」を直接納品に行ったり、近くの産業まつりなどの物産展のイベントに出店したりと、そんな商売をしていました。
    やがて私たちが作る味が評判となり、仙台の老舗百貨店の藤崎さんにお声がけ頂き、常設の店舗を構えるようになったのが平成5年。その時に、私たち自身のブランド名を作り、その名前を「歌津小太郎」と名付けました。
    その後も、徐々に歌津小太郎の味が評判となり、週に一度は必ず足を運ばれるようなファンがつくまでになりました。加工品の中でも、煮物製品の味に高い評価をいただくようになり、特に昆布巻が人気でして、年間を通じて一番みなさんに愛される看板商品でした。本当に本当に順風満帆でした。

    会社概要: 有限会社橋本水産食品(商品ブランド名: 漁師歌津小太郎)
    震災前の住所:宮城県本吉郡南三陸町
    (旧・歌津町)歌津字馬場82  (本社、兼自宅)
    字中山59-4(工場) ※海まで5歩
    震災後の新工場住所:南三陸町歌津字管の浜55-1
    従業員数(社長も含む): 14人
    取り扱い商品: 季節商品も含め全8品目
    代表商品 こぶ巻(さんま・にしん・さけ)、めかぶ漬、陸中漬 など
    販売チャンネル:  仙台・藤崎における直営店舗での対面販売       7割
    提携先 ㈱カドヤ加藤物産による首都圏の百貨店での対面販売 2割
    その他催事販売など  1割
    震災前の3年間の平均売上額:  1.1億円 

    なお、小太郎社長は昭和60年頃までは漁師との兼業を続けていましたが、加工・販売が軌道に乗ってからは周りからの勧めもありまして、50代で漁師を引退しました。(本人は続けたかったらしいですが、年齢・体力的に社長業との兼業はムリということで…)

    歌津小太郎は現代には珍しい“対面販売”でほとんど売り上げるという昔ながらの商売をして参りました。私自身も仙台/藤崎の歌津小太郎コーナーの責任者として、売り場に立ってお客様と商品のご説明に、世間話にと楽しみながら販売をしていました。時代遅れのビジネススタイルかもしれません。しかし、震災後はそれが歌津小太郎を再建に導いたのです。

    では、ここからが震災のあの日からの出来事になります。

    ●    2011年3月11日(金)14時46分地震発生からの2週間
    その日、歌津小太郎工場では社長の千葉小太郎、専務の私(孝浩)も不在の中、従業員の12名は散り散りになりながらも、逃げ延びました。地震発生時、仙台にいた私が歌津にたどり着いたのは2日後の13日深夜、従業員全員の無事を確認出来たのが、それから一週間後のことでした。
    海の目の前に建っていた工場は高さ、15mを超える津波に跡形もなく流され、海岸から200mほど入った、馬場地区にある自宅は流されはしなかったものの一階の天井まで津波を被り全壊の判定となりました。
    さらには、自社の生産資源だけでなく、原材料と製品の委託保管先でした冷凍庫会社も全壊し流失しました。全て失ってしまい事業再建を断念せざるを得ない状況に、再起と再開を誓い合いながらも、従業員の生活を守ることを最優先に判断した結果、断腸の思いで離職証明書(←これにより失業保険が得られる)を手渡しました。一番長い方では勤続30年を超える方など、歌津小太郎とともに歩んで来てくださったみなさんでした。歌津小太郎の存在が無くなってしまった瞬間でした。

    ≪津波が工場襲う瞬間≫


    2011年、お正月の爆弾低気圧の写真                (2011/01/01/ 16:17)

    ここからが、3月11日の写真です。


    (2011/03/11 15:20)


    (2011/03/11 15:21)


    工場は基礎ごと津波で流されました。        (2011/03/11/ 16:26)

    ●    2011年4月~7月
    震災当時の報道で、みなさんもご覧になったと思いますが、南三陸町は庁舎も壊滅的な被害を受けました。従って震災後の数ヶ月は会社の再建に必要な手続き、例えば新工場を建てるには様々な届出が必要ですが、そういった手続きは一切進めることができませんでした。それ以前に最低限の生活を送ることもままならなかったのです。震災から3週間ほどたった日の夜、自宅1階はぐちゃぐちゃでしたが、津波の被害から逃れた2階で、私と親父、弟の3人で会社のこれからや、家族のこれからについてロウソクを囲んで本音で話し合いました。事業を再開するには工場の再建よりも前に、地元の漁業の復興が不可欠であること、大切な家族や身内の方を亡くした方たちが身近にたくさんおられたことなど、今は自分たちの事をするよりも地域のことに専念するべきと意見がまとまり、「私たち家族は、これからの1年間は地域に貢献することを仕事とする。」という結論に至りました。


    (自宅1階の写真 2011/03/13)


    (馬場、中山生活センターの写真 2011/04)

    詳細は、歌津小太郎ホームページの活動日誌(2012年7月1日版)で沢山の写真と、どんなに感謝しても足りないくらいお世話になった皆さんの姿を紹介しています。

    震災直後から地域の人々、約80世帯・200人が共同生活を送ったのが馬場・中山生活センターです。地域の中でも高台にある公共施設でして、ここは津波を被りませんでした。
    私はこの避難所で避難生活を送りながら、物資調達班としてガソリン不足の中、仙台の宮城復興支援センターに何度も伺いました。歌津小太郎の仕事で仙台-歌津の往復に慣れていましたのでこの任務を自然に分担していただいたわけです。とにかく生活のすべての物資が足りませんでしたから、日本中からの支援物資が大変にありがたかった!なかでも、我々の避難所は歌津小太郎のご縁で、仙台/藤崎百貨店さんのネットワークで様々な物資を我々の避難所宛に直接ご支援頂くなどありましたので、避難所のなかでは恵まれていたように思います。

    この間、避難所の男達が何をしていたか…なんと地域の人々とボランティアの方で未来につながる道“未来道”を行政主導ではなく自分達自身で作っていました。 私たちが計画した“未来道”は「今後いつかはまたこのような災害が必ず来ることを、私たちの子孫に伝えるためにも、救急車が国道から通れる道をつくって将来にそなえよう。」と言う最低限、自分たちの命だけは守れる地域の大事な財産として建設しました。
    (※未来道の詳しい内容についても、2012年7月1日版をご覧ください)

    ●    2011年8月
    全壊の判定を受けながらも、なんとか持ちこたえた自宅は、ボランティアの方々や、地域の皆さんの協力で瓦礫がキレイに撤去されましたので、その後、知り合いの大工さんにもお願いして、当面は人が住める状態まで直してもらい、自宅での生活に戻りました。
    このころには馬場・中山生活センターに当初避難していた200人の人々も徐々に少なくなり、8月中旬には、全ての方が仮設住宅に住めるようになりました。
    また、役場のほうも落ち着きを取り戻しましたので、復興に向けた対応を取れるようになってきましたので、歌津小太郎もようやく再建に動き出しました。

    ●    2011年11月
    事業再開に向けて申請していたグループ補助金(3次募集)が、採択を受けて本格的に歌津小太郎が再出発できる環境を模索し始めました。中でも、工場の建設地がなかなか決まらずに、何度か暗礁に乗り上げそうになりました。地権者の方との賃貸借契約を済ませたのは、申請書類の提出期限2日前でした。


    (工場予定地の写真 2012/09)

    ●    2012年4月
    新工場の設計図面が出来上がり、いよいよこれからという段階になって、工事費の大幅な高騰や、町の復興計画の遅れによって、計画の見直しを強いられることになります。そんな絶体絶命の時に、工場の設計を始めから見直すことから引き受けていただいたのが、仙台の針生承一建築研究所の針生承一先生です。特に建設資金に問題を抱えていたため、針生先生からの強い勧めもあって、今回取り組んでいる、ミュージックセキュリティーズ㈱ 「被災地応援ファンド」に取り組もうと決意しました。今思うと、歌津小太郎のターニングポイントはこの時でした、ピンチからチャンスに状況が大きく変わったのは…

    ●    2012年6月
    ひさしぶりに元従業員のみなさんに集まってもらいました。会社再建に向けての話し合いのためです。
    仙台/藤崎デパートさんのご好意で、工場もない我々のために短期間ですが販売会を開催していただくことになり、自宅の台所で出来る範囲での商品作りを行うことになったのです。
    元々、漁師の食卓にのぼるおかずを商品化したわけですから、台所でも商品は作れるのです! 出来る範囲からの再建の大きな一歩になりました。
    話し合いののち、元の工場の場所に行きました。地盤沈下により半分は海面下となってしまった敷地で再起を近い写真撮影をしたのがこの写真です。みんな嬉しそう!自然と笑顔になりました。


    (2012/06)

    工場建設に関してですが、地元、南三陸町の山庄建設㈱の協力もあって、海岸より1kmほど内陸にはいった管の浜(くだのはま)という地域に建設することになりました。
    歌津小太郎の工場に隣接して、南三陸直売所「みなさん館」を建設することも決まり、6月中には地鎮祭が執り行われました。こちらは公益社団法人アジア協会アジア友の会さんにご協力頂きここまでたどり着きました。完成後にはもちろん歌津小太郎の商品も扱っています。


    (みなさん館オープンの写真 2012/10)

    そして6月28日、この日からミュージックセキュリティーズさんによる“歌津小太郎こぶ巻きファンド”の募集を開始しました。

    ●    2012年7月
    自宅の台所で作った商品で1年4ヶ月ぶりに仙台/藤崎B1階の“歌津小太郎コーナー”が復活しました。7月12日-16日の5日間だけ、商品も「三陸歌津産湯通し塩蔵わかめ」だけですが大きな一歩でした。顔なじみのお客様と沢山の再会に目頭が熱くなりました。
    これが実現したのは藤崎さんの多大なるご支援ですが、そのバックには歌津小太郎ファンのみなさんの多大なるお力添えがありました。


    (藤崎、売り場写真 2013/03/11)

    詳細は、歌津小太郎ホームページの活動日誌(2012年7月7日、11日、19日版)をご覧下さい。
    =======

    簡単にまとめようと思いましたが、これまであまりに沢山の出来事がありまして、みなさんのお力添えに感謝する気持ちを全部お伝えしたくて、長くなってしまいました。
    前編はここまでにしまして後編に続きます。
    今回の記事の多くの部分は歌津小太郎ホームページの活動日誌にも詳しく掲載されています。合わせてご覧下さいませ。

    震災支援で大変お世話になった皆さんです。(ほんの一例です)


    (宮城復興支援センターの皆様と地域の皆さん 2011/04)


    (福井県建設業会の皆様 2011/07)


    (埼玉はすだ支援隊の皆様 2011/08)


    (神奈川県座間市 ㈱かおる建設工業の皆様 2011/08)


    (仙台市 ㈱藤崎百貨店の皆様 2011/04)


    >>後編を読む




    -----------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

     

    2013年10月9日 11:07感謝祭

     被災地からのレポート

    2013.10.6(日) お隣の南三陸直売所・みなさん館では、
    1周年感謝祭が開催されました。



    昨年のオープンより、多くの皆さんから暖かいご支援と
    ご愛顧をいただいたおかげで、1周年を迎える事が出来ました。

    この日も多くの皆さんに足を運んでいただき、
    本当にありがとうございます。




    秋と言えば、食欲の秋!(^-^)

    今が旬のサンマ焼きやホタテ焼き、豚汁が登場!








    皆さん、自然と笑顔がこぼれていました!(^^)!




    杵と臼を使った昔ながらの餅つきもあり、
    つきたてのお餅が皆さんに振る舞われました。


    (・・・おじいちゃんと一緒に、「よいしょ!」)

    この日は、トラ模様のネコまで登場!!(このネコはしゃべります。)


    (・・・只今、子供達はとらネコとたわむれ中!
    その後ろでは、餅つき中!)     

     
    また1周年を記念して、みなさん館前には顔出し看板が出来ました。



     お買い物に来た際には、是非、記念撮影してけさいーん(*'▽')

    (記事担当:渡邊)

    2013年9月30日 21:38いよいよ 販売開始!!

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。待ちに待ったさんまが9月下旬よりようやく調達できるようになりまして看板商品である”さんま昆布巻”を作れるようになりました。製造を担うベテラン従業員のみんなも張り切っています。


    (完成品!! 「さんま昆布巻」○右と「にしん昆布巻」○左)

    ■さんまの昆布巻が愛される理由
    多くの皆さんにとっては「お正月のお節料理でみかけるくらい」、それが昆布巻だと思います。
    漁師の食卓のおいしいものを作り続けてきただけ…南三陸・歌津の小さな小さな水産加工食品会社の我々ですが、仙台の老舗百貨店の藤崎さんとそのお客様をはじめ多くの方が歌津小太郎のこぶ巻きを熱烈にそして辛抱強く待っていてくれました。
    「たかが昆布巻になぜ?」
    正直、昆布巻を作って売っている私自身も判りませんでした。
    震災後の半年が過ぎた頃、ようやく工場再開に向けて活動を始めた時、
    多くのみなさんから昆布巻の復活を待つ激励の言葉を頂くようになりました。

    み なさんがいうには歌津小太郎のこぶ巻きは、お正月のおせち料理にはもちろん、お弁当のおかずや来客の際のもう1品と言う時には欠かせないとおっしゃってい ただきます。中でも、お盆やお正月にふるさと宮城に帰省された子供さんやお孫さんに是非食べさせたいとか、お土産で持たせてあげたいなど、ご身内でのご利 用が圧倒的に多いのが、他の商品と大きく違う点です。


    (南三陸直売所 みなさん館 歌津小太郎コーナー 9月27日撮影)


    (仙台 藤崎百貨店 歌津小太郎コーナー 9月29日撮影)

    私にとっては子供の頃からなじんでいた昆布巻の味ですので普通のことでしたが、その”三陸の普通の昆布巻の味”がみなさんに愛されていたのでした。

    ■出資者の皆様へ
    製造再開となりましたさんまのこぶ巻きですが、9月中は充分なさんまが揃わずに、まだまだ充分な量が作れていません。
    しかし、出資者特典は10月初旬より順次、発送しますのでもう少々お待ちくださいませ。

    ■みなさまへ
    歌 津小太郎ファンのみなさまの中でも、何よりも待ち望まれる声が多かった「さんま昆布巻」が私たちの納得する出来栄え(歌津小太郎の味)でよみがえりまし た。皆さまには、待たせに待たせてしまい本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。心を込めてつくりました…感謝の想いを南三陸からお届けいたします…。


    (仙台藤崎百貨店 での写真は、特別にご許可頂き掲載しております。)

    これからも応援よろしくお願いします。



    -----------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

     

    2013年9月20日 10:35さんまのこぶ巻製造再開!

     被災地からのレポート

    秋の味覚と言えば「さんま」、
    と言う方も多いと思います。
    そのさんま、猛暑の影響なのか
    今年はさんまが三陸沖までなかなか南下せず、
    不漁が続いていました。
    
    みなさまの中でも、
    ニュースで、スーパーで、
    さんまの不漁とその影響による価格の高騰を見たり感じてたと思います。
    
    でも、やっとさんまが南下し獲れるようになりました。
    そこで大忙しになるのが、
    有限会社橋本水産食品の歌津小太郎です。
    震災前の看板商品を震災3年目にして復活させます。
    
    
    歌津小太郎こぶ巻ファンドの契約を9月末までに完了した、
    出資者の方々に10月初旬よりさんまのこぶ巻をお送りします!

    10月26日、27日のツアーでは、歌津小太郎にも立ち寄ります。
    詳細はこちらから
    宮城県の事業者を回るツアー開催決定!!(10/26-27)
    https://www.securite.jp/news/securite?a=343 


    製造風景の写真です。
    【作業工程の簡単な説明です】
    1. 下処理したさんまを昆布(鵜の助さんの昆布です!)で巻きます。
    2. 味がしみ込むように真ん中をあけて鍋にいれます。
    3. 独自のしょうゆ、みりん、砂糖などを使ったタレで煮込みます。
    4. パックに詰め、2週間ほど熟成して完成です。
     
    1
    2
    3
    4
    5


    -----------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

     

    2013年9月19日 20:24サンマを待ちわびる日々

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産食品の千葉孝浩です。今回はお詫びしたいことがありまして、その理由とともにご報告します。

    2013年4月22日に現在の工場(南三陸町 歌津 管の浜)での生産を再開しました歌津小太郎ですが、震災前の30品目の品揃えを全て復活するには程遠く、5月-6月はおよそ3品目、7月-8月には新たに3品目を常時生産できるところまで立ち上がって参りました。

    9月にはいよいよ主力商品であり投資家特典にもしています”さんまこぶ巻”の生産を再開しようとしていたのですが、肝心のサンマが入荷しないために少々遅れてしまう見込みです。本当に申し訳ありません!


    (歌津小太郎 自慢の逸品、“復活”さんまこぶ巻)

    報道でご覧になっている方もいらっしゃると思いますが、今年は三陸沖の海水温が高い状態が長引き、サンマの南下がなんと例年比の3週間も遅れているのです。9月11日の時点では、宮城県の気仙沼港でも今年最初のサンマの水揚げが始まったと報道されましたが、先日の台風の影響などもあり、わが南三陸の地では、まだまだ加工に回すほどの水揚げが十分足りていないのです。


    (今年のサンマ漁 初水揚げの写真、宮城県気仙沼港 平成25年9月11日)


    (出荷寸前、氷づけの状態で箱詰めされます…一般小売用には、サンマが出てきていますが、今はまだ水揚げが少ないため、その大半は大都市などの市場に出荷されます。)

    歌津小太郎の一番人気「さんまこぶ巻」をはじめ、「ひと味ぼれ(ひとみぼれ)」の原料となるホタテやカキ、ほや醤油漬、塩うに、焼うに、あわび煮貝など、主力商品の材料が揃わずに、作りたくても作れない!

    サンマの他にも、ホタテ、カキ、ホヤ、ウニ、アワビなど、計画どおりの生産を行うには足りないものばかり。さまざまな事情が解決されておらず、その要因の一つが、南三陸町内の各漁港に整備する予定の、荷さばき場(漁師さん達が水揚げした、海産物の下処理施設)が完全に復旧しておらず、震災前の4分の1くらいの水揚げしかないのです。だから美味しいものほど、生食用/一般小売用に優先的にまわされますから、我々の加工業者に回ってくる分は量が限られ、しかも競争率が高い! でも、歌津小太郎は地元、三陸産にこだわりたい…。

    常設テナントがあります仙台の藤崎デパートB2階では、震災前からの歌津小太郎ファンの方より、「こぶ巻はまだ?」と連日お声がけを頂きまして、嬉しい反面、2年半もお待たせしまして本当に申し訳ない気持ちでいっぱいの毎日です。


    (仙台藤崎デパート本館地下2階、歌津小太郎コーナー)


    (店頭POPでもお知らせしています。)


    従業員一同、祈るような気持ちでサンマを待ちわびる日々が続いています。
    「サンマよ~!早ぐこっちゃ来~ぃ!(早くこっちに来~ぃ)」
    出資者の皆様には、投資家特典のお届けをお待ち頂くこと何卒、ご理解を頂ければ幸いです。

    これからも、皆さまからの応援よろしくお願いいたします。

    2013年9月10日 13:46由来

     被災地からのレポート

    ”歌津小太郎こぶ巻ファンド”の有限会社橋本水産の千葉孝浩です。

    今回は”歌津小太郎”と”橋本水産”と苗字の"千葉"の関連が
    よく 判らないと出資者の方からご質問受けることが多いので、
    その辺の 解説と、震災から2年半を迎える、今の地域の状況
    との2部構成で 報告したいと思います。

    まず、”歌津小太郎”についてです。
    現在の南三陸町はもともと歌津町(うたつちょう、人口約5000人)と
    志津川町(しづがわちょう、人口約12000人)が合併し2005年に誕生しました。
    その歌津町の地名と、創業者の千葉小太郎の名前を取って、贈答用の昆布巻きを
    はじめとした商品のブランド名にしたのが”歌津小太郎”です。





     田舎では古くから苗字のほかに屋号を持っていまして、
    ウチの場合は近所に 千葉の苗字の方が沢山いらっしゃったので、
    そもそも海に 流れる小川に橋がありまして、その近くに当家があった
    ので”橋本”と 屋号を名乗っていました。



    震災前までの工場跡地です。
    ここが「橋本」由来の場所です。
    (平成23年3月13日撮影)

     ちなみに、田舎は近くに親戚がまとまって住んでいることが多いので、
     一つの集落に同じ苗字の家が多く、そのために区別をつけるために
     屋号が欠かせないのです。
    その屋号を会社名につけたのが”橋本水産”です。

    正直、合併直後は南三陸町という名前にあまりなじめず、
    歌津の地名が なくなっていくことが悲しかったのですが、
    震災後に全国からのご支援で 建設された、地域の直売所「みなさん館」
    の名前を決めるときに、 南三陸を略すと”みなさん”になり、”皆さん”に通じる
    ので”みなさん館”と 名前が決まった際には非常にしっくりきていい町名だなと
    思いました。



    そんな南三陸町にある”歌津小太郎”の新工場ですが
    元の町名では歌津町(うたつちょう)の管の浜(くだのはま)と
    いうところに ありまして海からは約1kmの内陸に入ったところになります。
     
    震災前からの従業員の皆さんのほとんどが旧・歌津町の出身者で、
    以前は元の工場のすすぐお近くにお住まいの方ばかりでしたが、
    沿岸部の自宅が津波で被害を受けた方が多く、今でも家庭の事情など、
    様々な理由で遠く離れた地域で暮らしている方もいて、現在は12名いた
    従業員のうち、5名の方が歌津小太郎を離れ、違う環境で生活しています。


     「震災から2年半、今の地域の状況」

     あの日から、2年半という時間が経過しますが、町の景観など、
    ここ最近は特に 大きな変化が見られず、震災からの復興はなかなか
    目に見えてきません。
    先日あった新聞報道では、南三陸町の事業者の7割が震災後に廃業した
    との記事も 流れました。ここに来て、故郷での生活再開を断念する方など、
    さらなる人口流失 も始まってきています。

    次の世代が働く場所があまりにも少ない、近くに緊急病院が無い(石巻の緊
    急病院 までは救急車でも1時間かかります。) 子供たちの教育環境も、
    なかなか改善されない。 住み続けたくても暮らしていけない、これが被災地に
    暮らす私たちの、悲痛な思いです。

    沿岸部にあった以前の工場の近くで、歌津地区で最初の災害公営住宅の
    建設が急ピッチで 行われています。町も1日も早い復興を目指し、担当部署
    と地域住民が一体となって、 今後のまちづくり計画などの合意形成を進めて
    います。

    <建設中の災害公営住宅の写真>







    がれき撤去や道路工事など、復旧工事の段階はほぼ終わり、
    これからが本当の意味での 復興に向けて、正念場を迎えます。

    今後も、ファンド出資者の皆さまには、これまで同様、被災地の
    復興に強く関心を持って いただき、末永く寄り添い、見守って
    いただければ本当にありがたいです。

    これからも応援よろしくお願いします。
     (記事担当 千葉)

    2013年8月29日 09:21今年も行ってきました

     被災地からのレポート

    8月24日(土)に埼玉県蓮田市で開催された「はすだ市民まつり」に地域を代表して、
    南三陸町の特産品を販売に行ってまいりました。

    蓮田市とは、震災直後から南三陸町歌津馬場、中山地区に支援に入っていただいた
    「はすだ支援隊」の皆さんとのご縁がきっかけとなり今も尚、支援隊の皆さんはもちろん、
    市長さんはじめ、自治会や商店街の皆様にもご支援を頂戴し、私たち被災地に合わせた
    目線で2年半もの長い間、継続したお付き合いのなかで、ご支援をいただいています。

     ※当日の写真



    午前中から、気温30度を越える中、いよいよ開店です。



     開店直後、蓮田市の中野市長さんから激励をいただいた時の写真です。
    (写真一番右の方が、中野市長さんです。)



    はすだ支援隊の皆さんの熱心な呼び込みに、お客様が自然に集まってきます。



     あまりの暑さに、スポーツドリンクで、本日3回目の乾杯!!

    今回の参加で2年目になる特産品販売イベントも、
    少しずつ増えている商品アイテムを見て、市民の皆さまにも、
    南三陸がゆっくりではありますが、復興に向かっていることを実感していだけるのだと、
    改めて感じました。

     ※商品の写真 毎度、ご好評の「わかめ」と…



    今回から歌津小太郎の「陸中漬(りくちゅうづけ)」と
    「ひと味ぼれ(ひとみぼれ)」が初お披露目!!



    また、同日に神奈川県座間市で開催されたイベントでは、
    ㈱かおる建設工業の皆さまにも、南三陸の特産品を販売していただきました。

    かおる建設さんも、はすだ支援隊の皆さま同様、震災直後から私たちの地域に、
    多大なるご支援を頂戴し、現在も会社全体で南三陸町歌津馬場、中山地区を応援していただいています。

    これからも、皆さまの温かい応援の力をお借りして、地域の復興、歌津小太郎の復興につなげていきたいと思います。

    (記事担当:千葉)



    歌津小太郎こぶ巻ファンド募集中です:
    https://www.securite.jp/fund/detail/305

    2013年8月21日 11:41押しますよ。

     被災地からのレポート

    この度、南三陸町で新しい取り組みが始まります。

    私達、歌津小太郎もグループの一員である、南三陸町地域観光復興グループの企画で、
    南三陸町内のお店では、プレセント付、スタンプラリーが行われています。

    その名も『南三陸てん店(てん)まっぷ2013』!


    南三陸町の街ナカにあったお店達が「点々」と各地区に復活しています。  
    そんな点々と点在する南三陸のお店を、転々と巡って南三陸を元気にしよう!と
    点在したお店と人々を結びつけるのが目的で始まった、南三陸てん店まっぷ。

    地産品・食料品販売や飲食店・仕出し、宿泊施設や理容・美容・健康、
    趣味・レジャーや生活・農産業用品、ガソリンスタンドなど多くのお店が
    スタンプラリーに登場しています。





    歌津小太郎もここに押しますよ(^^♪



    地元の方も、観光で訪れた方も、マップ片手に来てけさい~ん(*'▽')

    2013年8月2日 14:33独占インタビュー

     被災地からのレポート

    歌津小太郎の商品の味付けは、小太郎夫人・千葉あさ子さんの味付けが基本となっています。

     今、この味を従業員の及川智子さんが引き継いでいます。 従業員のほとんどが、地元漁師の奥様達。智子さんもその一人です。                                                                            
    (写真左側が、あさ子さん、右側が智子さん)
    ※この日は、こんぶ炒りを引継ぎ中

    一つ一つ材料を見極め、一つ一つ材料を切る。
     一つ一つ味付けをし、一つ一つ袋に詰める。


    ※智子さん、こんぶ炒り中!

     歌津小太郎商品が出来るまでには、従業員の“皆さんに、届けたい。”気持ちが 込められ、作られています。


    ※二人で味の確かめ合い。 


    “よしっ!これでOK”

    あさ子さんはこう話します。 『従業員は職人だねぇ~』

    工場、従業員の事をとにかく第一に考える、歌津の母です。


    “はい!出来上がり~!”

    あさ子さんはいつもこのような感謝の言葉を使います。

    “ありがとさんでござりした。”(ありがとうございました。)


    2013年7月23日 15:11お食事会。

     被災地からのレポート

    震災前まで歌津小太郎で一緒に働いていた、小太郎社長の次男千葉馨さん夫妻のカフェオープンに先駆けまして、お先に従業員がお邪魔してきました!

     場所は震災前の橋本水産工場近く。
    カフェからは海が一望でき海好きの心を癒してくれる空間がいいですよ。




     次々と出てくるお料理を前に私達も話が弾み・・・


    あっという間にデザートとなっちゃいました(^^♪


    7月27日(土) カフェ CANPE(かなっぺ)オープン。
    震災からの地域復興に貢献できる施設となるよう、歌津小太郎共々応援宜しくお願い致します。




    2013年7月16日 13:06毎日暑い日が続いていますね!  こまめに水分補給を心がけましょう(^^)v

     被災地からのレポート

    今回は、お隣の“南三陸直売所みなさん館・歌津小太郎コーナー”を紹介します。
    
    みなさん館は、震災から一年半が過ぎた、2012年10月7日にオープン。
    
    25

    地域の生産者が中心となり、農産物、海産物、それらを活用した味噌や漬物、 弁当や惣菜など製造販売しています。 そんな店内の一郭に、歌津小太郎コーナーがあります。

    20
    私達の商品は、 めかぶ漬、磯人漬(いそっとづけ)、陸中漬(りくちゅうづけ)、ひと味ぼれ(ひとみぼれ) ひじき炒り、こんぶ炒りの6種類が売り場に出ています。

    24
    中でも、磯人漬とめかぶ漬は冷凍品としても売り場に出ており、お土産用として ご利用頂けます。

    19 南三陸町にお越しに際には是非、寄ってて~!(^^)! 

     
    ------------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

     

    2013年7月8日 16:49めかぶ漬けができるまで(みなさんの資金で買った機械も登場?)

     被災地からのレポート

    ミュージックセキュリティーズ神山です。
    歌津小太郎の千葉さんにお願いして、
    めかぶ漬けの製造工程を写真付の説明をいただきました。
    めかぶ漬けといえば、
    出資者のみなさまからの資金で購入した
    「めかぶスライサー」が大活躍する製品です。
    実は、企業秘密がたっぷりつまったこの商品。
    できるところまで、お見せします!
    ======================================================================

    歌津1

    その1:水揚げしたばかりのめかぶの色は茶色なんですよ(^^)


    歌津2

    その2:やわらかいめかぶの部分と、硬い茎の部分に選定中です(^^)/



    歌津3

    その3:これぐらいの大きさのめかぶが特に美味しいですね(^O^)

    歌津小太郎では、水揚げされた「めかぶ」をその日のうちに、
    スライサーで細かくきざんで、急速冷凍にかけます。
    この辺は企業秘密のためお見せできません…ごめんなさいm(__)m


    歌津4
    その4:急速冷凍しためかぶを半解凍の状態から作業します!(^^)!
    その時作業がしやすいように切り目を入れておきます

    歌津5

    その5:まだ凍っていますが、切れているので小分けにして作業が出来ます(^^)v


    歌津6

    その6:食べやすい大きさに整えています。



    歌津7

    その7:みんなで取り掛かるのでめかぶが解けないうちに仕込めました(^^)v
            めかぶがすっかり解けてしまうと製品にした時の状態が全然違うんですよ…特に色!!
             (他にも理由がありますがこれ以上はナイショ(*_*;)

    歌津8

    その8:もう一度、冷水でめかぶを洗っていよいよアツアツのお湯に入ります(^^)/~~~



    歌津9

    その9:熱湯に入れた瞬間がこれ…色の違いが写真にも良く出ていますよネ(@_@;)

    歌津10

    その10:どうです!この青さ(緑とも言う)!!


    次の工程は特に歌津小太郎がこだわっている作業になっているので、画像ではお
    見せできません…湯切の部分と味付けの部分は省略させていただきます。どうか
    お許しくださいm(__)m


    歌津11

    その11:袋詰めも一個一個、手作業です。

    歌津12

    その12:出来上がった製品をもう一度急速冷凍で冷やして完成です。

    以上がめかぶ漬になるまでの作業工程です。
    シークレット情報が多すぎて皆さんにうまく伝えられないのがとても残念ですが、
    この商品は発売して30年以上になりますが、
    今でも進化し続けている商品なので、
    どうか企業秘密としてご理解いただければ幸いです。
    ======================================================================
    なんと、「めかぶスライサー」が活躍する工程も企業秘密!
    でもとっても役立っているんです。
    「味」と「技」で美味しい海のものをみなさんに届ける歌津小太郎。
    長い歴史の中で培われた、作業工程に秘密はつきものです。
    秘密があるということは、「他では出せない味がある」ということ。
    この美味しさをみなさんにぜひ味わっていただきたいです。
    ------------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

    2013年7月5日 06:44導入を計画しています…

     被災地からのレポート

    いつも応援ありがとうございます。歌津小太郎の千葉です。

     

    今回の報告は、7月2日(火)に岩手県盛岡市で開催された、食品加工事業所向けの機械設備の展示会に行った時の様子をお伝えします。

     

    ただ今、募集中の「被災地応援ファンド」で、皆様から出資していただいた資金を使って購入を予定している、設備の機能や実際の大きさを、この目で確かめながら、将来に向かって本当に必要な設備なのかをしっかり判断するために行ってまいりました。

     

    設備メーカーさんとの詳しい商談は、まだこれからなのですが、以前から導入に関心を持っていた設備も当日、展示されるということでしたので、皆さまにもご報告できるよに、何点か写真に収めてまいりました。

     



    この機械は「X線異物検査装置」です。その名の通り商品に異物が混入した場合に異常を知らせる機械です。

     

    歌津小太郎の商品は、そのほとんどが袋詰めでの販売をしており、現在の製造ラインは、手作りや手作業を基本としています。しかしながら、より高度な 安全性を追求し、お客様からの信頼にお応えするためにも、人には見えない異物を発見できる機能を、是非とも導入していきたいと計画しております。

     


    (写真なので解かりずらいのですが、大きな液晶画面なので、とても見やすくて、異常がある場合には、商品のどこの部分に混入しているのかを知らせてくれます。)

     


    (ベルトコンベアに検査する商品を乗せて、この入口を通過するだけでOKなんです。)

     



    「X線異物検査装置」の次の工程で必要になる「ウエイトチェッカー」です。この機械、商品が規定通りのグラム数で製品になっているのかを判断する装置です。

     



    検査するラインとしては、こんな感じです。

     



    商品が向こう側から流れてきます。手前にあるステンレスの箱に異常がある場合、その商品はラインからはじかれます。


     

    このほかにも、わくわくするような機械がいろいろ展示してありましたが、これからの歌津小太郎にどうしても必要な、この2つの機械を隅々までチェックしてまいりました。

     

    是非、皆様の応援で、より高度な衛生環境を現実に整えて安心、安全、信頼を揺るぎないものにしてまいります。

     

    これからも応援よろしくお願いします!!


    ------------------------------------------------------------

    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

     

    2013年6月27日 10:50外からみると・・・

     被災地からのレポート

    私達の工場は、な!な!なんと!!

     外から丸見え状態です(@_@)
    (お向かいのLAWSONさんより撮影)

     外から見ると・・・ こんな作業風景でーす!(^^)!

    (撮影した日が快晴過ぎて、ちょっと反射して見えずらい~(・´з`・))


    『皆さーん!はいチーズ(*^^)v』

     何故、丸見えかと言うと・・・

    そこには小太郎社長のこだわりがあるんです(*'▽')

    加工工場ではあまり見られない開放的な雰囲気のオープンスタイル。

    「歌津小太郎の商品作りを地域の皆さんに知って頂く事で、
    “安心・安全”をお届け出来る事。
    スタッフが皆さんから見られている事によって、いい意味での緊張感があり、いい商品作りが出来る事。」



     『食品作りは安全と安心が第一である!』と社長。



    ------------------------------------------------------------

    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。













    2013年6月21日 10:30新商品 登場!

     被災地からのレポート

    ひじき炒り(ヒジキイリ)登場!


    この春に歌津の浜で水揚げされた、地元産のひじきを
    たっぷり使って素朴な味に仕上げました。

    試作の段階ではぎこちなった二人でしたが、
    本番では二人の息がピッタリ合ってましたよ。

    (只今、ひじき、炒り中!)

    アサコさん「なじょだい?」(どうでしょう?)
    トモコさん「いいあんばいでねーべが!」(いい感じに仕上がりましたね。)

    (ひじきの袋詰め作業風景)

    6月20日(木)より、仙台藤崎百貨店地下2階マイキッチン「歌津小太郎コーナー」
    にて、販売しております。
    お近くの方は、足を運んでみて下さい。

    今回から、ブログの担当になりました、歌津小太郎の渡邊です。
    4月に入社し、製造作業兼事務を担当しております。
    これからも、楽しい情報をお届けするよう頑張りますので、
    どうぞ、よろしくお願いいたします。


     ------------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

    2013年6月21日 09:00ファンドの資金活用の報告と今後の予定について

     被災地からのレポート

    こんにちは、ミュージックセキュリティーズの神山です。

    歌津小太郎 千葉さんよりメッセージをいただきましたので、

    掲載させていただきます。


    メッセージは以下3点です。

    1.ファンド資金を使って購入した物

    2.これからの資金ニーズ

    3.投資家の皆様との交流の企画について



    1.ファンド資金を使って購入した物

    設備名 『めかぶスライサー』

    3月から製造を開始した「めかぶ漬」には欠かせない

    「めかぶ」を均等な間隔に細断する設備です。

    わずか2週間で、1年間使用するめかぶを仕込みます。

    新芽の時期のやわらかくて、ねばりが強く、

    シャキシャキ感がある「めかぶ」の水揚げは短期間に限られているため

    短い期間でめかぶを製品のサイズに仕込みます。

    短期間で作業ができるこの設備の役割はとても重要です。

    仮に手作業で仕込んだ場合を想定すると、

    10人でかかっても作業効率は1割にも満たないはずです。

    おかげ様で、今シーズンのめかぶの仕込みは、

    ほぼ予定通りの数量を準備することができました。

    「色鮮やかで、磯の香り深い」旬の時期の風味を逃すことなく製品に仕上げております。






    2.これからの資金ニーズ


    歌津小太郎が今、最優先に取り組んでいる計画が、

    年末のお歳暮商戦に向けた取り組みです。

    今月、良質な昆布も入荷して「さんま昆布巻」の復活まで

    あと3ヶ月ほどとなりました。

    (さんま漁が順調であればですが…)

     


     

    もちろん昆布巻きは1本からの単品販売が基本ですが、

    震災前は、ご贈答用(特にお歳暮)の需要としても

    お客様からのご期待も大きく、

    まずは11月までに2アイテムのギフト商品を

    揃えていこうと計画しています。

    今後の資金の使い道としては

    お歳暮ギフトに係る資材購入費、

    原料購入費などに集中して投入してまいります。


    3.投資家の皆様との交流について

    さんま昆布巻体験ツアーのような、

    体験型のイベントを是非、実現したいと思います。

    計画としては、工場の休業日を利用して

    投資家の皆様から希望を募り、

    昆布巻きが出来るまでの過程を

    体験していただくような感じです。

    衛生面の問題などクリアする条件もありますので、

    その辺をしっかり整えたいと思います。

     

     

    「無知すぎる」、とお叱りを受けることを覚悟で言いますと、

    めかぶ漬けのめかぶは、あの細い形状が

    生えている姿かなと思っていました。

    わかめの新芽をよりおいしく食べやすくするために、

    細かく切っていたのですね。

     

    先日のセキュリテナイトでも参加者のみなさまに試食いただきましたが、

    ご好評をいただきました。 

    「とてもおいしいメカブでした!投資家特典の昆布巻きも気になります。」

    「普段あまりメカブは食べませんが、歯ごたえも味も美味しく、近くで販売していたらほしいなと思ったからです。」

    「海苔、昆布類は家族も好きで、メカブは大好きで、健康に良い、生産地の顔が見えるもので安心できる。」

     

    素敵な写真をただいたので、ご覧ください。


     

    従業員の方々です。

    赤い作業服が工場の印象を明るくしてくれます。

    工場の見学をさせていただきましたが、

    丁寧に、リズミカルに作業をする姿は静かなのにとても楽しそうでした。

    昆布巻き体験、ぜひ参加してみたいですね。



     ------------------------------------------------------------

    (宮城県南三陸町)

    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    http://www.musicsecurities.com/communityfund/details.php?st=a&fid=305

    皆様の資金は、

    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。

    2013年6月20日 19:22めかぶ漬でめかぶそば

     被災地からのレポート

    こんにちは。ミュージックセキュリティーズの岸野です。

    先日、歌津小太郎さんがめかぶ漬を送ってくださったので
    早速おうちでいただきました。



    歌津小太郎ならではの絶妙な味つけで
    そのままでもおいしいですし、
    白いご飯にももちろん合うのですが、
    今回は少しアレンジして めかぶそば にしていただきました。

    納豆も一緒に栄養満天のねばとろめかぶそばです。

    茹でて冷水で冷やしたおそばに
    たっぷりのめかぶ漬。
    そして納豆、あげ玉、最後に温泉たまごをトッピング。
     

    めかぶの緑があざやかです!

    温泉たまごを割ると…


    黄身がとろっと。

    めかぶの緑と、たまごの黄色で色どりもよく
    食欲をそそります。

    よくまぜていただきます!

    めかぶとおそばって本当によく合って
    おいしい。

    めかぶがとろっとしてるから、おそばによく絡むんです。

    これなら、食欲のないときでもぺろっと食べられちゃいます。

    実はこの日少し体調が悪かったのですが、
    栄養たっぷりのこのめかぶそばを食べたら
    次の日にはすっかり元気になりました。

    歌津小太郎の皆さんがまごころこめて作っためかぶ漬だから
    食べると元気になれるんだと思います。

    歌津小太郎さん、新工場が稼動して、このめかぶ漬をはじめ
    商品の製造を再開されていますが
    まだまだ生産できる量が限られています。

    このめかぶ漬 ぜひもっとたくさんの方に食べていただきたいです。

    セキュリテセットでの販売を検討していますので
    お楽しみに。

    ------------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    皆様の資金は、
    昆布巻、めかぶ漬等を製造する工場の設備費用や、原材料の購入費用等に充てられます。



     

    2013年6月8日 11:22昆布巻きプロジェクト

     被災地からのレポート

    おかげさまで歌津小太郎、新工場が稼働して、すでに1ヶ月半が過ぎようとしています。

    決して順調な船出とは言えませんが、スタッフ一丸となって今、
    出来ることから一つ一つ形にしていこうと日々取り組んでいるところです。
    現在も原料の調達など、さまざまな課題があるため、
    未だに限られた加工品みの製造ラインでしか稼働しきれていないことも事実です。








    (めかぶ漬の作業風景です。)


    今の季節は、今後の歌津小太郎の商品づくりにとって非常に大事な時期でもあります。

    9月からの製造再開を計画しています「さんま昆布巻」用の
    三陸産昆布の収穫がいよいよ大詰めを迎えています。

    お客様からも、昆布巻の復活を待ち望まれている声が、
    特にここ最近、たくさんいただくようにもなりました。
    実は5月中旬には試作でさんま昆布巻を造ってみました。

    しかしながら、同じ作り方をしても、
    歌津小太郎のさんま昆布巻ではありませんでした…
    同じ設備、同じ技術なのに…何が違うのか…答えは簡単です。
    さんまも昆布も納得のいく素材では無かったからです。








    (試作で作ったさんま昆布巻の作業風景です。)



    納得のいく「昆布」を探して岩手県大船渡から宮城県石巻のあたりまで
    右往左往しながら情報収集していたところ、
    ある方から石巻市北上町十三浜に来てみたら…とのお誘いを受けました。

    タツミ食品の遠藤社長です。




    (左が遠藤社長、右が小太郎社長です。)

    遠藤社長と弊社の千葉小太郎社長とは、
    かれこれ30年来のお付き合いをさせていただいており、
    漁師から起業された経緯などこれまでのお互いの事業スタイルがとても共通するため、
    商売を抜きに良き相談相手として、現役の漁師の目でアドバイスいただいておりました。

    連絡をいただいた時は、遠藤社長が今シーズン収穫した
    昆布を薦められるのかと思ったら違いました…
    「昆布巻きにするんだったら、俺の昆布よりもいいのがある!」思いがけないお言葉でした…


    その遠藤社長から「あのしたづ(あの人達)の昆布は最高だ!!」とのお墨付きを得て伺ったのが…













    西條さんをリーダーに漁師仲間4人で事業化した
    石巻市北上町十三浜の「鵜の助」さん達の昆布でした。


    (リーダーの西條さんです。)

    そうです…歌津小太郎も支援を受けている
    ㈱ミュージックセキュリティーズが運営する「被災地応援ファンド」に取り組んでいる方たちです…

    今回の「鵜の助」さんとのご縁は、
    本当にいろいろな方たちが関わったことがきっかけとなって、
    たくさんの点と点が一本の線としてつながったのだと、しみじみ感じました…

    たくさんの皆さまがつないでくれた、
    温かいご支援で「鵜の助」さん最高傑作品の昆布を譲り受け、
    この秋、これぞ「歌津小太郎の昆布巻」と皆さまを唸らせる逸品を世に送り出します!!
     









    (6月7日工場入荷)

    これからも応援よろしくお願いします。



    ------------------------------------------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
     

    2013年5月18日 12:03新しい工場に命が吹き込まれました

     被災地からのレポート




    新工場の完成から約1ヶ月が経過して、やっと最後の仕上げ、看板の取り付け工事が完了しました。







    これまで、看板の無い建物でしたので地域の皆様からも「この施設はどこのなの?」とか「ここで何やるの?」など歌津小太郎の新工場であることをお知らせできずにおりました。





    沢山の皆さまからの応援やご支援でここまで来ることが出来ました。

    実は、この看板は震災支援が縁で埼玉県蓮田市の小森敏一さんから届けていただいた、熱い想いが込められた、とてもとても大事な看板です。

    小森さんは「埼玉はすだ支援隊」のリーダーとして震災の直後から私たちの地域に、意味のある力強い応援をしていただきました…避難所の建設…未来道(避難道)の工事…漁師さん達の休憩小屋の建設…(詳しい内容はこちらをご覧ください。)

    今では、蓮田市で開催されるイベントにも招待を受けて歌津小太郎商品の新しい販路拡大にも多大に貢献いただいております。









    今回ご紹介させていただいたのは、私たちが受けたご支援のほんの一例でございます…今、私たちは全国の皆さまからの温かい想いを受けて、この場所から再出発をいたします。





    看板にふさわしい商売をして、少しずつ皆さまに恩返しをして行くことを改めて心に誓いました…感謝…

    -------------------------
    (船橋東武「宮城・山形の物産展」)
    22日から29日まで、船橋東武でめかぶ漬けを販売します!
    http://www.tobu-dept.jp/funabashi/event/6f/miyagi.html

    歌津小太郎 歌津小太郎

    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2013年4月29日 22:46看板も掲げ、いよいよ操業開始です!

     被災地からのレポート

    4月22日にオープンし、少しずつ操業を開始していた歌津小太郎さんの新工場を訪問させていただきました。
    以前の記事でご紹介したときには完成間近で中は空っぽでしたが、今は加工設備も入り、またスタッフの方が明るい赤の衣装に身を包んでてきぱきと仕事をされ、活気溢れる新工場となっていました。震災から2年たつとはいえ、瓦礫の山やさら地も多く残る中、こういった様子を見られるのは大変うれしいことです。
     
    歌津小太郎
    煮物用の昆布や、めかぶの加工品の製造過程を見せていただいたのですが、その緑の色の美しさ、あざやかさにびっくりしました。また、めかぶを実際にいただいたのですがそのおいしさに、感動してしまいました。

    歌津小太郎
    めかぶ といえばスーパーでもパックで販売しているものをよく見かけますが、こちらのものは全く違います。理由を聞いて納得しました。めかぶのよしあしというのは今までよく知らなかったのですが、めかぶにも新芽 というのがあるようです。お茶のようですね。もちろん大きく育ててから収穫したほうが目方があがって高く売れます。ですが、本当においしいのはやわらかい新芽。
    そういった本当においしいものを知っている地元の企業だからこそ、作れるのがこういった商品なんですね。つけこむたれも試行錯誤しながら商品開発をされているそう。めかぶの新芽が持つ、独特のさわやかな香りを活かした、絶妙な味わいです。
    商品作りについてだけではなく、震災当時やその後のお話をきかせていただき、目頭が熱くなりました。自分たちが商売ができるのは、それを支えてくれるお客様のおかげ。だからこそ、そんな地域の方々のために自分たちにできることをしたい。そういった思いから、自分たちのことより先にまず地域のこと、と考えられ、未来道づくりをはじめ地域の復興に取り組んでこられたとのこと。地域で商売をしている事業者さんには、横のつながり、また長年のお付き合いから生まれる信頼感があり、だからこそ復興時に担える役割が大きいそうです。

    歌津小太郎さんはひとつのお店、商店という存在以上の、かけがえのない存在なのだと感じました。地域において大きな役割を担う、地元で愛される企業を守ることは、その地域のコミュニティの存続にかかわり、一企業の再建ではなく、地域の復興、再生ということなのだと思います。そういった意味で、歌津さんを支援することには、一企業の支援以上の大きな意義があると強く感じました。
    最後に、千葉さんがおっしゃっていた、「震災後に『頑張る』という言葉は今使わなくていつ使うのか という思いでがんばってきた という言葉がすごく印象的でした。『頑張る』という言葉、我慢してやりぬく といったネガティブにも聞こえる意味あいを帯びることも最近は多いようですが、千葉さんの使う『頑張る』はとても強い意志と前向きさが感じられる一言でした。

    歌津小太郎
    (左は看板を運ぶ千葉さん)
    歌津小太郎
    (左は小太郎社長、右は千葉さん)
    歌津小太郎
    (右は小太郎社長の奥さま)
    歌津小太郎
    (社員の皆さん)


    (ミュージックセキュリティーズ・岸野)
     
    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2013年4月5日 15:10新工場がほぼ完成しました!!

     被災地からのレポート

    昨年の12月に始まった新工場建設工事は真冬の厳しい寒さの日程にもかかわらず、ほぼ予定通り(3月末ぎりぎりまで時間を要しましたが)無事に完了し4月2日(大安)に引き渡しを受けました。









    工事関係者の皆さまのご協力とここいちばんの頑張りで、この強行スケジュールに対応していただきました。

    今回の新工場建設費の一部は国と県が窓口としてとりまとめている補助金(通称、グループ補助金)を申請しているため当初の計画では、なにがなんでも平成24年度内(平成25年3月31日)に完了させることが条件にあったため、工事関係者の皆さまにとっては難しい注文だったに違いありません。(その後、県の担当課には若干の期間延長を申請しています。)

    震災からの復旧に関わる国や県の支援制度は、私たち被災した小規模企業にとっては非常に有り難く、このような制度がなければ資金的な課題を克服するのは到底困難です。

    私たちはこの「グループ補助金」と、昨年の6月から取り組んでいる「被災地応援ファンド」、そして「銀行借入」の三本だてで事業再開に必要な資金を調達しようと計画を進めてきました。











    新工場での操業再開は、若干の設備が整備不十分なため、今月中旬を予定しています。

    新しいスタッフも加わって歌津小太郎の新たな門出が目前に迫りました。

    これまでもそうでしたが、一歩一歩をしっかり踏みしめて前に進んでまいります…どうかこれからも応援よろしくお願いします。


    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    https://www.securite.jp/fund/detail/305

    2013年3月14日 22:59確かな一歩

     被災地からのレポート

    平成25年3月11日、東日本大震災から丸2年を数える節目の日に、私ども歌津小太郎は大きく、確かな一歩を踏み出しました。













    (藤崎百貨店の友の会、会報でも紹介していただきました。)

    大勢の皆さまからの心強い応援があったからこそ、この日を迎えることが出来ました。


    私たちの地域のほとんどの方は、あの日から2年の月日が経過しても、震災で負った心の傷が癒せないでいる方が多く、一人一人の復興には依然として時間がむなしく過ぎていくばかりの状況が続いています。

    私たち歌津小太郎も自分たちだけの力では、今日のように店頭に立つまでには到底いたらなかったはずです。

    …私たちは幸せ者です…

    これまで私たちを支えていただいた本当に沢山のご支援にただただ感謝するばかりです。


    しかしながら、店頭販売は再開しましたが、まだまだ実力が伴っていないことも事実です。

    少しずつ…本当に少しずつではありますが、お世話になっております皆さまへの感謝の気持ちを胸に、これからも歌津小太郎らしい「うまいっ」を追求してまいります。

    新工場の完成も間近に控え、いよいよ私たちの持っている技術を発揮する日が目前に迫っても参りました。

    震災で止まっていた時間がやっと動き出します…

    これからも応援よろしくお願いします。

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    https://www.securite.jp/fund/detail/305

    2013年3月4日 15:16被災地応援ウィークス開始!3月5日のイベントに注目!

     被災地からのレポート

    いよいよ、東京の新丸ビル7階丸の内ハウスで、歌津小太郎初め、ファンド募集中の会社の食材を楽しめる「被災地応援ウィークス」が始まりました(詳細はこちらをクリック)

    それに合わせ、歌津小太郎こと、有限会社橋本水産食品の社長、千葉小太郎さんが、南三陸から上京し、新丸ビルで行われる「事業者が語る被災地の今」に登場します(詳細はこちらをクリック)。


    ◇3月5日(火) 19時-20時 @新丸ビル7階「ライブラリー」スペース

    ※ アクセスはこちら
    ※ 参加費:無料
    ※ お申込はこちら

    大変貴重な機会ですので、今からでもぜひお申込下さい。

    歌津小太郎の特別メニューがあるお店は次の2店舗です。
    ぜひ、足をお運び下さい。

    ソバキチ
    -温かい蕎麦に磯人を添えて(900円)

    歌津小太郎
    こんな風に、磯人漬けをお蕎麦にどっさりのっけていただきます。
    歌津小太郎

    TOKYO SOUL STATION
    -陸中漬け(500円)
    -磯人漬け(500円)

    お酒のお供に、そのままの陸中漬けと磯人漬けもお楽しみいただけます。
    歌津小太郎

    ソバキチのお蕎麦でお腹を満たして、TOKYO SOUL STATIONでお酒を楽しむのがいいかもしれません!

    被災地応援ウィークスは15日までです。
    お近くの方は、ぜひ、足をお運び下さい。

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    https://www.securite.jp/fund/detail/305

    2013年3月3日 08:55決起集会開催!!

     被災地からのレポート

    まもなく、東日本大震災から2年を迎えようとしています。

    丸2年を数える節目の日(平成25年3月11日)に歌津小太郎は大きく前進します。

    かねてからお知らせしておりますように、仙台藤崎百貨店「歌津小太郎コーナー」のテナント再開が目前に迫り、この日は全従業員が集まって決起集会を開きました。











    震災後、歌津小太郎でもさまざまな事情で違う環境での再スタートを余儀なくされている方は少なくありません…離れて暮らしている仲間の分まで、今回集まった総勢13名が新しい歌津小太郎の土台を築いてまいります。

    これからも応援よろしくお願いします。

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    https://www.securite.jp/fund/detail/305

    2013年2月11日 21:15新工場の建設状況の報告と今後の事業計画

     被災地からのレポート

    少しずつ…確実に…歌津小太郎の復活の日が近づいています。







    一年でも一番寒さの厳しい時期での建設工事となり、工事関係者の皆さまには大変なご苦労をお掛けしておりますが、おかげさまで現在のところ工程表通りに計画が進められて来ております。

    現在は外装工事が7割がた終了して、これからは内装の中でも一番手間のかかる加工設備の作業に移ってまいりました。











    3月末までの完成を目指し、これからも急ピッチで作業が行われます。



    そして、いよいよ歌津小太郎の販売再開計画も具体的になってまいりました。

    震災以前まで歌津小太郎、唯一の直営店としてテナント契約いただいていました、仙台藤崎百貨店「歌津小太郎コーナー」が3月から常設での本格営業体制で復帰する運びとなりました。



    藤崎百貨店からは震災以降、これまでも多大なご支援を歌津小太郎のみならず、私たちが暮らす地域に頂戴してまいりました。


    (平成23年4月25日に南三陸町歌津 馬場、中山地区に藤崎百貨店から4㌧トラックに満載の毛布や食料品の物資をご支援いただきました。)

    先日、ご担当者様との打ち合わせで、工場の完成が若干遅れている状況ではありますが、本年3月11日の震災から丸2年を迎える節目の日より、常設のテナントとして復帰することが決まりました。





    …こんな私たちを待っていただき、ご期待いただける環境に本当に…本当に感謝です…これまでの環境がどんなに恵まれていたのかを全てを無くして、はじめて気付きました…あれから2年…ここに戻って来ることを一番の目標に、ただただ前だけ向いて歩んで来ました…。

    ご期待にお応えできるほどの以前のような実力は、まだまだ備わってはいませんが、いただいている信頼にしっかりお応えできるよう3月11日に向かって準備をしてまいります。

    これからも応援よろしくお願いします。

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:
    https://www.securite.jp/fund/detail/305




    2013年1月25日 08:31住宅基礎の撤去作業

     被災地からのレポート

    震災で全壊した住宅基礎の撤去作業が始まりました。

    歌津小太郎の千葉孝浩です。

    今回は、歌津小太郎の状況報告からは少しそれてしまいます…お許しください。








    (4台の油圧ショベルのうち、手前の3台はがれき撤去作業、奥の1台は住宅の敷地造成作業)

    私たちの地域(南三陸町歌津馬場、中山地区)でも震災から1年10カ月が経過して、やっと基礎瓦礫の撤去作業が始まりました。


    「始まるまで2年かがったげっと、始まったらば、たったの1日か2日で終わんだもんなぁ~…」(私のつぶやき)





    撤去費用は復興予算から全額補助されますが、新しい移転先は、まだ計画段階です。

    私たち家族は、住み慣れたこの地域を離れて、現在建設中の新工場が建つ地域(南三陸町歌津管の浜「くだのはま」地区)での高台への集団移転を町に希望しています。

    実は、今週の日曜日に、この地域に高台移転を希望する方を対象にした説明会が開催されますので、私も家族を代表して出席する予定でおります。



    私たちはこれまでも、事業再開と生活再建を同時に進めてまいりました…正直なところ、まだまだ課題も多く、不安を抱えながらの再出発ではありますが、こんな時こそ家族が一丸となって乗り越えて行きたいと思います。


    「今の状況に負けずに一歩づつ進んでまいります!!」
    これからも応援よろしくお願いします。


    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2013年1月17日 22:06工場の棟上げが始まりました!!

     被災地からのレポート

    いよいよ新しい工場の骨格が現れてきました。















    再三にわたる計画の見直しで遅れに遅れておりました工場の建設が、工事関係者の皆さまの並々ならぬお力添えをいただきまして、本日の棟上げに至ることができました。

    これまでに建物の設計図を3回書き直し、その都度、宮城県土木事務所に建築確認を申請してまいりました…

    本当に、やっとの思いでこの日を迎えることができました。

    本来なら、上棟式を執り行うのが常識なのですが、私たちの地域はまだまだ住む家の候補地さえも決まっていませんし、仕事にも就けずにいる方が大勢いらっしゃいます…事業再開をしたくても再開できる土地がなくて前に進むことができずにいる同業の事業主さんも少なくありません…大切な行事であることは重々承知しておりますが、地域の状況と置かれている私たちの立場を考慮し、工事関係者の皆さまとも相談しまして、お祝いの行事は今回は自粛することにいたしました…

    地域全体を見れば、小さな水産加工場の一歩に過ぎませんが、しっかりと地域に貢献できる施設、水産業の一翼を担っていく施設になるよう、自分自身の気持ちにも新しく柱が一本建った思いで工事の様子を眺めました。


    (完成予定の立面図、木造平屋、建坪55.1坪)

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2013年1月5日 17:50新年のご挨拶

     被災地からのレポート


    (2013年1月1日撮影)

    (津波で全壊した自宅の前から撮影した2013年の初日の出です。まだ流されたお家の基礎部分が残されたままで迎えている、私たち地域の新年の状況を伝えたくて、少しピントを引きぎみにして撮りました。)


    ご挨拶

    新年、明けましておめでとうございます。

    おかげ様で私たちは震災から2度目のお正月を迎えることができました。

    年末は大晦日まで仙台藤崎百貨店にて店頭販売の機会をいただき、震災以前の慌ただしい年末の雰囲気を久しぶりに味わうことができました。

    その際には、沢山のお客様から励ましや応援のお言葉を頂戴しました。取り扱い商品も限られたアイテム数にも関わらず「工場ができるまで待ってるからね」など、本当に温かいお言葉をいただきました。

    また、年賀状やメールなどで「被災地応援ファンド」の出資者様や震災以降も支援の体制を継続していただいている皆さまからの心温まるメッセージも頂戴いたしました。この場をお借りしてお礼申し上げます。  

    2013年は歌津小太郎が大きく飛躍をする年です。念願の新工場も3月に完成の予定でございます。

    震災から1年9カ月、まだまだ事業再開には道半ばの状況にもかかわらず、皆さまからは、長い間いろいろな面で私たちを支えていただきした。

    皆さまのご期待にお応えするためにも、一つでも多くの感動を創造し、沢山のありがとうが頂戴できる一年にしてまいります。

    何卒、本年も歌津小太郎㈲橋本水産食品をお引き立ていただきますよう、宜しくお願い申し上げます。

    そして、皆さまにとっても2013年が素晴らしい一年になりますよう心からお祈り申し上げます。

    平成25年元旦  ㈲橋本水産食品  代表取締役  千葉小太郎

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年12月22日 21:32『石巻、南三陸ツアー』の様子です

     被災地からのレポート

    報告が遅れましたが、12月15日(土)に被災地応援ファンド「石巻、南三陸ツアー」で出資者の皆さまとお会いする機会をいただきました。

    当日はあいにくの雨模様の中、私たちと同じように被災地応援ファンドに取り組んでいる「㈱三陸オーシャン」の木村社長のご案内のもと、大勢の出資者の皆さまに、南三陸町の状況と歌津小太郎の現状を報告をいたしました。




    右から㈱三陸オーシャンの木村さん、歌津小太郎の千葉、㈱マルセン食品の三浦さん、伊藤㈱の伊藤さん、㈱ヤマウチの山内さん、㈱及善商店の及川さんです。





    南三陸直売所「みなさん館」でのお買い物風景です。



    雨にも関わらず、まだ始まったばかりの建設工事の状況も熱心に見学されていました。

     

    その際にはお一人、お一人から温かいお言葉をちょうだいし、「自分たちらしい復興を成し遂げて、恩返ししなければ」と改めて強い気持ちを抱きました。

     

    工事は基礎部分の作業が本格的に始まりました。

    年内には基礎工事全般を完了させる予定です。









    (12月15日撮影)








    (12月20日撮影)

    工事の状況は今後も、こまめに報告します。

    これからも応援よろしくお願いします。

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年12月12日 20:29工事着工!!

     被災地からのレポート

    12月12日(水)念願の新工場の建設が始まりました。







    当初の計画では9月には着工できるはずでしたが、敷地内のライフラインの問題や建設費の高騰など、事業計画の見直しを余儀なくされてしまい、今日の着工となりました。

     

    来年3月の完成を目指して地元、南三陸町の建設会社さんに工事全般の施工管理お願いしました。

     

    補助金との兼ね合いもあり、急ピッチで建設する工事になりますので、関係者の皆さまには最も厳しい季節の中での作業となりますが、なんとか無事に完成できるよう力をお借りできればと思います。

     

    予定では、年内中に基礎工事までを完了させて、年明けからは建物の建設に着手する計画です。

     

    今後の工事の状況など、こまめに報告したいと思います。

     

    これからも応援よろしくお願いします。


    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年11月25日 21:50新たなる一歩

     被災地からのレポート

    仙台藤崎百貨店に歌津小太郎の専用スペースができました。






    (藤崎百貨店本館地下2階)

    現在の取り扱い商品は地元で水揚げされた海藻類の一次加工品がほとんどですが、陸中漬(茎わかめの醤油漬け)などの自社加工製品も数量限定ではありますが販売しております。

    今後も歌津小太郎らしい商品を提案しながら、皆さまから必要とされる企業となるよう取り組んでまいります。


    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年11月10日 21:25震災で生まれた固い絆・・・

     被災地からのレポート

    報告が遅くなりましたが、先週の埼玉県と神奈川県のイベントに出店した時の様子をお伝えします。

    11月3日(土)埼玉県蓮田市の「雅楽谷の森フェスティバル」の様子です。








    11月4日(日)神奈川県座間市の「市民まつり」の様子です。







    どちらのイベントも震災支援で大変にお世話になった埼玉はすだ支援隊の皆さまと、神奈川県座間市の㈱かおる建設工業の皆さまのご好意で出店することができました。

     

    今回に限らず、これからも全国の皆さまからの応援をいただきながら、事業再開に向けて取り組んでまいります。

     

    ※写真が多すぎて載せきれなかったため、まとめた記事はこちら・・・

    2012年10月25日 22:44復活! 自慢の味!!

     被災地からのレポート

    歌津小太郎の千葉孝浩です。

    いよいよ…いよいよ始まりました!!











    東日本大震災から1年半…止まっていた時間がやっと動き出しました。

    10月7日にオープンした南三陸直売所「みなさん館」のレンタル工房をお借りして、やっとの思いでここまでこぎつけました。

    今回製造している商品は「陸中漬」と「磯人漬」の2アイテムです。




    (陸中漬【りくちゅうづけ】)




    (磯人漬【いそっとづけ】)

    まだまだ生産量に限りがあるので、手探りの状況ではありますが、皆さまからの力強い応援が私たちの心の支えとなって、大きな一歩を踏み出すことが出来ました。


    「本当に、本当にありがとうございました。」


    正直、納得のいく商品が作れるのか不安のほうが大きかったので取引先にも公表せずに製造を再開しましたが、おかげさまで私たちが作ろうとした納得のいく商 品に仕上がりましたので、急きょ、関係者の皆さまのご理解をいただきまして下記の地域で販売を開始する運びとなりました。


    ●10月25日(木)~10月31日(水)まで 横浜市『京急百貨店上大岡店』 地下1階食品催事場 加藤物産カドヤコーナー(磯人漬のみ販売)

    ●10月26日(金)~仙台市『藤崎百貨店』 地下2階 生鮮食品イベントコーナー(陸中漬のみ販売)

    の2会場で販売されることになりました。もちろん『みなさん館』でも販売しております。

    お近くの方は是非ご来場ください。これからも応援よろしくお願いします!!

     

     

     

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年10月17日 20:52祝進水! 第三大黒丸!!

     被災地からのレポート


    皆さんこんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。

    10月13日(土)に私たちの地域で震災後初めての大型養殖船、第三大黒丸4.8トンの進水式が盛大に執り行われました。





    この第三大黒丸は船主の佐々木英幸さん(30才)がいち早く、南三陸町歌津馬場、中山地区の漁業復興の足掛かりとなるよう北海道まで造船所を訪ねて三陸仕様の養殖船を今年の3月から8ヶ月の月日を経て特別に手掛けてもらったそうです。






    (船主の佐々木英幸さんです。)

    これまで南三陸町にも造船所が2ヶ所程ありましたが、この震災で大きく被害を受け再開がだいぶ遅れていたため、先輩の漁師仲間から紹介された北海道の造船所に何度も足を運びやっとの思いで依頼が承諾されたとの苦労話を伺いました。

    佐々木さんを見ていると業種こそ違いますが、同じ地域の事業主としてよくぞこの不安の中で自ら進んで復興の牽引役を引き受けられたと感銘を受けるとともに、私自身もこれまで以上に奮起しなくてはと、とてもいい刺激を受けました。

    実は歌津小太郎の新工場建設地は、この佐々木さんのお父さんから土地をお借りできたことが突破口となって事業再開の具体的な計画が進められて来られました。


    (お父さんの佐々木一郎さんです。)






    (佐々木家の皆さんの当日の写真です。)

    震災後、誰よりもお世話になった一家の皆さんが復興していく姿を拝見しまして、私も自分の事のように喜び、その日は夜遅くまでお祝いしました。





    次は私たちの番です!!

    歌津小太郎もいよいよ来週から「みなさん館」レンタル工房で加工品の製造が始まります。

    不安もありますが、新しいステージに向かってもう一歩、勇気を持って進んでまいります。



    これからも応援よろしくお願いします。

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年10月10日 12:37南三陸直売所 「みなさん館」 盛大にオープン!!

     被災地からのレポート

    皆さんこんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。

    前回のレポートでもお知らせしました、南三陸町歌津地区に、

    この度、新しくオープンしました南三陸直売所「みなさん館」の開店の様子を報告します。




    (南三陸直売所「みなさん館」)

    当日は、朝までのが雨が嘘のように回復して、絶好の秋晴れの下、オープニングベントが盛大に開催されした。

    思えばここまでの道のりは、いろいろな試練の連続でした…
    私自身も1年以上このプロジェクトに関わってまいりましたので、
    この日を無事に迎えられたことは何よりも"ほっ"としましたし、
    関係者や支援者の皆さんのご苦労に心から感謝しております。

    …当日の様子をいくつかアップします。


    (オープニング挨拶の大役を任されました。)


    (今回のプロジェクトの仕掛け人を紹介しております。)


    (左がNPO法人故郷まちづくりナイン・タウンの伊藤さん、右が公益社団法人アジア協会アジア友の会の松井さんです。)




    …店内の様子です。

     


    当日のオープニングイベントや店内の様子など、詳しい内容はこちら・・・
    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年9月30日 20:15「みなさん館」近日オープン!!

     被災地からのレポート

    皆さんこんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。

    今回のレポートは、私たちの地域の情報をお伝えします…



    (この看板は南三陸町歌津地区の国道45号線沿いに5箇所設置してあります。)

    南三陸直売所「みなさん館」のオープンがいよいよ一週間後に迫りました!!

    施設を運営する会の役員に名前を連ねている私も、10月7日(日)の開店に向かって、ここ最近はてんやわんやの毎日を送っています。


    この日、9月29日(土)は施設の完成を祝う決起集会「みなさん館キックオフパーティー」が大勢の出品者の方や工事関係者の方などを交えて盛大に開催されました。



    (かんぱ~い!!)


    (鍵の贈呈式…みなさん館を代表して責任を持って施設をお預かりしました。)


    この決起集会の前に、出品者の方には、みなさん館の直売スペースや厨房スペースなど、自分たちがこれから積極的に関わっていく施設をじっくりと見てもらうために、内覧会の時間も用意しました。


    (内覧会の様子…皆さん真剣に説明を聞いています。)


    荷物の整理がまだ終わっていませんが、ここが歌津小太郎も使用するレンタル工房(加工施設)です。




    (お惣菜などの加工品を製造するレンタル工房です。)


    現在、歌津小太郎の工場建設地は施工業者さんとの確認作業などが終わっていないため、いまだに未着手の状態です。(8月に提出した建築確認申請は無事に許可が下りまして10月の着工を目指しています。)




    (敷地の半分は、みなさん館お客様専用駐車場になります。)





    (9月30日撮影)

    地域の未来を担う施設、人々が気楽に集える施設を目指して出発する南三陸直売所「みなさん館」を歌津小太郎共々、どうぞよろしくお願いいたします。



    (みんな集まって…ハイポーズ!!)

    …今後の情報にも乞うご期待ください!!

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年9月24日 19:49販売会の報告

     被災地からのレポート

    9月20日(木)から22(土)までの3日間、仙台藤崎百貨店で毎月定期的に開催しております「わかめ」、「こんぶ」の試食販売会に行ってまいりました。

    予定では2日間の日程でしたが彼岸と重なり、より多くのお客様にご挨拶ができればと思い、こちらの都合で1日延長していただきました。

    3回目となった販売会でしたが、震災後初めてお会いできたお得意様も結構いらっしゃいまして、改めてご不便とご心配をお掛けしたことにお詫びをし、また感謝の想いをお伝えしてまいりました。

    これまではお客様に対して、今後の計画や予定をなかなか示せずにいましたが、来月完成する「みなさん館」直売所の加工施設を借りて海藻を原材料とした加工品が製造再開の予定であることをお知らせできましたのは何よりの収穫でした。

    また、11月頃からは歌津小太郎コーナー(テナント)として限られたスペースではありますが、本館地下2階のフロアに復帰できる運びとなりました。(本格的な復帰は来年の春を目標に取り組んでまいります。)

    今回も、たくさんのお客様や藤崎の仲間たちから勇気と希望をいただきました。

    待ち望まれている環境がある私たちは本当に幸せ者です…歌津小太郎が進むべき道を再確認できたとても有意義な機会にもなりました。


    (いつもご利用いただいているお客様の増田さんです)


    (閉店後、撤退作業で最後まで残っていたスタッフ…右から庄司担当長・私・近藤さん・木下さん・古賀さん)

    これからも応援よろしくお願いします!

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年9月15日 21:22事業再開に向けてのスタッフミーティングを開きました

     被災地からのレポート

    東日本大震災から一年半が経過しました…


    これまで、従業員の皆さんに対して具体的な再開までのタイムスケジュールをなかなか示せずにいましたが、来月の「みなさん館」直売所のオープンに伴い、なんとか事業再開にも目処がつこうとしている旨を皆さんの前で報告しました。








    仮の加工施設とはいえ、震災前のスタッフと共に再開できる日がすぐそこまで来ているのだと思うと本当に感慨深く、いろいろな思いが込み上げてきました。(製造できる商品は、設備が十分でないので震災前の1割程度の生産能力しかありません。)


    ……しかしながら、これまでのスタッフ全員が再度、働ける環境にある訳ではなく、家庭の事情で大きな病院の近くに引っ越された方もいれば、事業再開を待てずに違う仕事に就いた方もいます…

    …住まいを失い、仕事を失った私たちには、家族を守り安心して生活ができる環境を取り戻すために、その時々でしっかりと自分たち家族が進むべき道を決断する時が必ず来ます…

    …ふるさとを離れ、住み慣れた地域を離れることになっても、大切な家族と一緒に暮らしていくためには避けられない現実です。歌津小太郎でも3名のスタッフが新しい環境で頑張っています……

    こんなところにも震災の傷跡が残っているのだと感じています。


    そんな中にあっても、家族同然の仲間たちと再スタートの日を迎えることができる喜びは、どう表現しても言葉にできません…

    ここまで本当に時間がかかりましたし、これからも時間がかかるかと思います。

    今の環境に負けないで一歩一歩、歌津小太郎らしく進んでまいります…これからも応援よろしくお願いします!


    (歌津小太郎の再スタートのメンバーです)

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年9月5日 19:11地域一丸! 新たに挑戦します…「みなさん館」直売所!!

     被災地からのレポート

    みなさんこんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。

    以前に報告しました、南三陸町歌津地区に建設中の直売所「みなさん館」の現在の状況です。



    7月中旬から着工した建設工事も8割がた出来上がり、細かい内装や給排水の作業を残すのみの段階まで出来上がってきました。





    大工さんの話しでは、これから最後の仕上げまでが結構面倒なそうです…

    建物の完成、引き渡しを9月25日頃に予定していまして、その後開店に向けた準備を整えていきながら、直売所のオープンは10月7日(日)に先日の出品者会議で決定したところです!!

    更に詳しい内容はこちらへどうぞ!…

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:


    2012年8月29日 21:49大盛況でした!!

     被災地からのレポート

    8月25日(土)に埼玉県蓮田市で開催された「はすだ市民まつり」の様子です。
    当日は、午前中から30度を越える暑さの中、私たちを含む南三陸町馬場、中山地区のメンバー、「埼玉はすだ支援隊」をはじめとする現地応援スタッフ、そして福井県、静岡県、神奈川県、東京都などから駆けつけくれた歌津小太郎応援団(私が勝手にそう思っているのですが)の皆さま総勢で20名を越える大人数でお祭りに挑みました…







    おかげさまで「わかめ」はほぼ完売しまして、私たちの予想を上回る売り上げを達成出来ました。

    お祭りの写真や私たちが予定した催しの結果など当日の詳しい様子は…こちらへどうぞ!!

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年8月24日 23:23出発です!

     被災地からのレポート

    歌津小太郎の関東再デビュー戦!!埼玉県蓮田市で開催される「はすだ市民まつり」がいよいよ明日に迫りました。


    じゃジャーン!  



    今回の主役「わかめ」……その数ざっと1000袋!!

    お知らせのページでは“限定1000袋”なんてもったいぶって書きましたが、「限定」は今回の場合、あまりにも大げさ過ぎますかね…

    そして、急きょ持って行くことになった秘密兵器……






    ……続きはこちら

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年8月20日 22:11「はすだ市民まつり」 出店準備中!

     被災地からのレポート

    皆さんこんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。

    いよいよ今週末に迫った歌津小太郎の関東再デビュー戦「はすだ市民まつり」の準備であたふたしております。





    今回のイベントは「わかめ」一品で勝負します。



    その数…な、なんと1000袋!  かなり強気!!


    実は「はすだ市民まつり」には今回が初出店なんです。

    こんなにいっぱい用意して大丈夫なのかって思いますよね……確かに不安ではありますが…それよりも、今回はここまで地域の復興ができた恩返しに行くのが本当の目的なので全然大丈夫なんですよ!!

    とはいえ、しっかり商売しに行きますが…

    埼玉県蓮田市とのご縁は、震災復興がきっかけと成りまして、私たちが住む南三陸町歌津馬場、中山地区にはこれまでに何度となく力強いご支援を賜わりました。

    どうして蓮田市が被災地の自治体でなく限られた集落を支援してもらっているのかと言うと……続きはこちら

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年8月9日 20:58近況報告です!! 建築確認申請を提出しました!

     被災地からのレポート

    こんにちは歌津小太郎の千葉孝浩です。

    遅れていました新工場の建設計画もなんとか本日、針生建築研究所の笹原さんと一緒に気仙沼土木事務所に建築確認申請を提出してまいりました。


    (気仙沼合同庁舎内土木事務所)


    (建築確認申請一式)

    本当であれば、4月には建設確認申請を提出して、6月から工事が着工している計画でしたが、建設費の高騰や建設資材調達の遅れなどさまざまな理由から、建設事業計画の見直しを余儀なくされてしまい今日の提出になりました………

    ただし、このような見直しで事業再開に遅れが生じている事業所さんは私たちだけではないはずです。

    建築制限や土地のかさ上げなど町の復興計画の遅れ、被災施設の建設費高騰や製品の原材料費高騰による資金面の問題、ハローワークに求人票を出してもなかなか雇用につながらない従業員不足などなど問題は山積しています。

    歌津小太郎

    歌津小太郎
    (南三陸町歌津伊里前商店街の現在の写真)

    これらの課題を一つ一つ解決して行きながら、やっとの思いで事業再開のスタートラインにたどり着けるのです…
    誰かのせいで悪い訳でも無いので、誰のせいにも出来ない………
    なので………自分達がしっかりとした決意を持って最初の一歩目を踏み出さないと何も始まらない………
    それが私たちの現実です。

    つくづく思います…皆さまからの応援があったからこそ、ここまでたどり着けたのだと…頑張らないといけませんね…私たちが歌津小太郎らしく復興するまでは………

    ……続きはこちら

    -------------------------
    ★10日と11日、仙台の仙台藤崎百貨店に出店しています!

    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:


    2012年7月26日 22:06地域一丸となって頑張っています!!

     被災地からのレポート

    皆さんこんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。先日の仙台藤崎百貨店での販売会で「歌津小太郎こぶ巻ファンド」に出資いただいた方にお会いすることが出来ました。なんと、その方は以前から弊社の商品をご利用いただいていた顔馴染みのお客様でした!…こんな身近なお客様からも応援していただいているのだと改めて事の重大さを身をもって知ることが出来ました!!

    今回のレポートは、地域のみなさんと力を合わせて取り組んでいるプロジェクトについてご紹介します…





    詳しくはこちら…


    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年7月19日 20:51…あれから一年四か月…

     被災地からのレポート

    こんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。
    いつも歌津小太郎を応援していただきありがとうございます。

    今回は歌津小太郎のホームページより、7月12日(木)から7月16日(月)までの
    販売会の様子と最近の出来事をお伝えします。

    ----------
    歌津小太郎ホームページより


    去年3月14日売り場撤退作業終了時に撮影。左から㈱藤崎 庄子担当長、私、㈱藤崎 鈴木バイヤー、歌津小太郎スタッフ 三浦


    …あれから1年4ヶ月…

    …「お帰りなさい」、「再開おめでとう」…お客様や売り場スタッフからいただく声に
    私は懐かしさと申し訳なさが入り交って何度も胸がつまり、
    込み上げて来る熱い感情を抑えながらも皆さまの前では
    何とか平常心を装うことができました。
    …この5日間でつくづく思い知らされました…いかにこれまでの間、
    私たちが恵まれた環境で商売をさせて頂いていたのかを…

    …嬉しかったです…皆さまから今でも私たち歌津小太郎を必要として頂いていることが…

    頑張ります…私たちが「ただいまっ」って自信を持って言える日が早く来るようにするために…

    つづきは こちら にアクセスしてください!!

    -------------------------
    (宮城県南三陸町)
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年7月11日 20:00いよいよ明日から販売会開始です

     被災地からのレポート

    こんにちは、歌津小太郎の千葉孝浩です。
    「被災地応援ファンド」を通じ、
    たくさんの皆さまから応援していただきまして誠にありがとうございます。
    いよいよ、仙台藤崎百貨店での販売会が目前に迫ってまいりました。
    1年4ヶ月のブランクがありますのでワクワクもしてますが、
    不安のほうがやっぱり大きいですね…。
    20120711_01


    前回の「被災地からのレポート」でもお知らせしましたように、
    今回は「わかめ」のみの販売会となります。
    震災以前には程遠い品揃えのため、
    お客様のご期待には十分な対応が出来る環境ではありませんが、
    私たちが今できる商売を一生懸命全ういたしたいと思います。
    期間中は歌津小太郎を代表して私が店頭で対応させていただきます。
    20120711_02


    皆さまのご来店を心からお待ちしております。 より詳しい情報は こちら にアクセスしてみてください!!
    
    
    
    
    -------------------------
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年7月7日 19:54販売会開催決定!!

     被災地からのレポート

    皆さん、こんにちは。歌津小太郎を応援していただきありがとうございます。

    20120707_05

    7月12日(木)~16日(月)まで5日間の日程で仙台藤崎百貨店にて震災後初となる歌津小太郎の販売会が、

    たくさんのお客様からのご要望や㈱藤崎のお力添えによって実現することになりました。

    詳しくはこちら
    -------------------------
    歌津小太郎こぶ巻ファンド(1口1万500円)の詳細・お申込はこちら:

    2012年6月28日 23:45「歌津小太郎こぶ巻ファンド」募集開始しました!

     被災地からのレポート

    満を持して、南三陸の歌津半島から
    歌津小太郎こぶ巻ファンド」が

    セキュリテ被災地応援ファンドに登場です!
    小太郎
    「歌津小太郎」は、歌津で漁師をしていた橋本水産食品の社長が、
    自分の名前をつけて立ち上げたブランドです。

    ガンコだけど、新しもの好き。
    正面からも、横からも見る柔らかさがある。
    そんな歌津の小太郎が、男一代で築いてきた会社です。

    こぶ巻きや塩うに、いかめかぶなどを主力に、
    日頃、食べている「おいしい」を限りなくそのままの状態で
    お客様に食べていただく事を追求しながらやってきました。

    被災地の復興はまだまだこれからです。
    是非、応援を宜しくお願いします。

    ファンド詳細はこちら:

    ファンドニュース
    ニュースカテゴリ
    アーカイブス
    • セキュリテ熊本地震被災地応援ファンド
    • 【特集】農業の未来を創るファンド
    • チャレンジ!ふくしま創生プロジェクト
    • 【手造り】志津川の大きな「たこしゅうまい」